元冒険者と元魔王様が営む三ツ星☆☆☆(トリプルスター)SSSランクのお店『悪魔deレストラン』

~レストラン経営で世界を統治せよ!~
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第59話 似たもの同士の温かさと高鳴る鼓動

公開日時: 2020年12月1日(火) 07:07
文字数:5,791

「私が幼い頃、両親を早くに亡くしてしまい、身寄りのない私はいつも一人でした。一人寂しく……こうして膝を抱え何の希望もなく、施設の窓から外をずっと眺めていました」


アヤメさんはまるで当時を思い出すかのように、顔を俺とは反対方向に向けて言葉を続けた。彼女が言った『施設』とは、身寄りが無い子供を集めた孤児院なのかもしれない。つまらないことで口を挟むわけにもいかないので、俺はただ黙って彼女の話を聞くことにした。


「あの部屋もここと同じでした。部屋には明かりの一つも無く、こうして暗がりで冷たく……そして、寂しい。もしかしたら世界中でたった一人、私だけが取り残された……そんなことを思ってしまう時もありました」

「…………」


普段冷静な彼女には似つかわしくない感情が込められた、そんな言葉が続いていく。俺はただ黙って彼女の言葉に耳を傾けるだけ。


「両親がいた頃はとても裕福とは言えませんでしたが、毎日が楽しく、そして……何より温かかった。これは今だから言えるのですが、私はその頃が一番好きだったかもしれない。大好きな両親がいて、私がいる。毎日を両親と共に笑って過ごせる。そんな幸せな日々がずっと続く。私はそれ以上、何も望んではいませんでした。ですが……」

「…………」

(きっとその後、何かがあってアヤメさんの両親が亡くなったんだな。それで……)


俺はアヤメさんが悲しみ、何かを訴えたいのに気の利いた言葉の一つもかけることができないでいた。俺が……彼女にしてあげられるのは……。


「アヤメさん」

「ユウキ……さん?」


俺は彼女に近づくと自らの二の腕を掴み、膝を抱き抱えているアヤメさんの左手に自分の右手をそっと重ねた。


重ねたアヤメさんの左手は冷たく、それはまるで彼女の心を表しているかのように思えてしまう。そして今度は温めるように少しだけ擦ると、両手でアヤメさんの左手を大事に包み込み安心させるよう言葉をかけた。


「大丈夫。今は……俺が貴女の傍にちゃんとこうして居ますから……」

「……はい」


俺はアヤメさんの手を包み込んだまま、話の続きを促した。今ここで彼女の話を聞かなければ、きっと二度と自分の事を語ってくれないかもしれない。


そして彼女の心内にある寂しさを、彼女の冷たい手を握ってあげることで少しでも和らいでくれればいい……そんな思いもあった。


「実は俺もなんです。俺も……両親の顔をまったく知らないんです」

「えっ? ユウキさんも…………そうだったのですか」


自分と同じ境遇だと知り、アヤメさんはとても驚いた顔をしていた。だがすぐに俺の言葉を意味を理解すると「貴方は私よりも……」っと一言だけ発し、そのまま黙ってしまった。


アヤメさんはきっと、『自分は両親の顔を覚えているだけ、恵まれているのかもしれない……』と思ったのだろう。


「そういえば、マリーとはどうやって知り合ったんですか?」

「あ、はい。両親は元々、今の私のようにお嬢様のお父上が経営なさっているギルドの護衛をしていたのです。両親を失った私はすぐに孤児院へと預けられましたが、後からその事実をお知りになり、私を引き取ってくださったのです。それからお嬢様とは護衛の仕事と共に、本当の姉妹のように育ちました」


アヤメさんは髪をかき上げながら、マリーとの馴れ初めを教えてくれた。きっと幼い頃から一緒に育ったから仲が良いのかもしれない。


「あのぉ~、ところでユウキさんは、シズネさんとはどちらで……」

「あ、ああ……俺はそのぉ~、元々はダンジョンに潜る冒険者だったんですよ。それでその……こ、このレストランに客として来てみたら、最初コックになってくれ! って頼まれたんです。それからあれよあれよと言う間に……」


俺は事実なんだけど、事実ではないことをアヤメさんに告げるのがとても心苦しかった。だがシズネさんが本当は元魔王様とかを言ってしまうことは当然できないので、なんとか誤魔化しつつシズネさんとの出会いやもきゅ子、アマネについてを言える範囲でアヤメさんに伝えていった。


「そうだったのですか! 皆さんとても仲良しなので、昔からの知り合いなのかと思ってましたよ!」

「あっはは……ま、まぁ色々ありまして……」

(言えねーっ! 俺がいつもみんなにディスられ、馬鹿にされまくってるなんて絶対にっ!!)


俺はそれだけはアヤメさんに告げるわけにはいかず、どうにかアヤメさんの話に戻すよう言葉を繋げることにした。


「な、何だか俺達って、似てますよね……色々と」

「……ええ、そうですね。似たもの同士ですね。だから私は貴方に惹かれたのかもしれません」


互いの境遇が似ている……ただそれだけなのに、何故だかアヤメさんと心が繋がったような気がした。彼女もまた同じく思ったのか、左手を包み込んでいる俺の両手の上に右手を乗せてくれた。


なんだかそれが少し嬉しくも、また恥ずかしいやらの気持ちになってしまう。彼女の手から物理的な温かさの他に、別の温かさをわけてもらっている気がする。それは心の寂しさを紛らわせるものなのかもしれない。



「少しだけ……例え、今この瞬間だけでも……貴方に、甘えてもいいですか?」


アヤメさんも同じ気持ちなのか、そう甘えるような言葉を耳元で囁くと返事も聞かず俺の方へと体重を預け、左肩に少しだけ頭を持たれ掛けてきた。もちろん互いに両手は重ねたまま。


彼女の吐息が、息を呑む音がほんの間近から聞こえてくる。そして寄り添った体から彼女の熱と鼓動が伝わり、俺の心を更に掻き乱してしまう。


俺は自分の熱と心臓の音が、そして早いくらいに高鳴っている胸の鼓動が彼女に聞こえてしまっているのではないだろうか? そう考えると余計、傍に寄り添ってくれるアヤメさんを意識して更に体が熱くなり、そして……鼓動が早まるのをより意識してしまっていた。


「あの……俺の心臓、うるさくないですか? すみません、俺、その、こうゆうことってか、女の子に……アヤメさんみたいな綺麗な女性とこうしているだけで、その、ありえないくらい意識しちゃって……」

(ばかーっ! 俺の馬鹿ばかバカーっ! ドギマギしすぎってか、動揺しすぎじゃないか。こんなとき男が余裕というか、リードするもんだろ? あああっ、なんでこう俺は肝心なときでもダメなんだよ……)


主人公補正のかからない乱れに乱れた俺の気持ちを察してか、アヤメさんは更に俺へと頭と体を持たれかけてきた。


「ふふっ。本当ですね。ユウキさんの鼓動が早く、そして火傷しそうなくらい熱を感じますね。もしかして緊張なさっているのですか?」


それはまるで俺の言葉を再度確認するかのように、今度は左胸へと頭を寄せ耳を澄まして煩いくらい高鳴っている鼓動を聞かれてしまう。俺は心の内を全部覗かれてしまうのではないか? そんな錯覚を覚えてしまうほど、彼女との距離間がなくなりつつある。


目の前には彼女の長く綺麗な髪が目の前に現われ、思わず手を伸ばし抱きしめてしまいそうになった。だが、未だ互いに両手を握ったままなので、それもできない。


「え、ええ。緊張するなって方が無理ですよ。そ、それもアヤメさんみたいな美人な女性とぉぉぉっ」

(は、恥ずかしい!! 声まで上擦っちまうなんて。どんだけ緊張してんだよ、俺は。こんなのダンジョンで遭遇エンカウントした凶悪なモンスターでさえ、なかったことだぞ)

「まぁ、ふふっ」


極度の緊張から声が上擦ってしまい、アヤメさんに笑われてしまう。だがそれも馬鹿にするような笑いではない。その証拠と言わんばかりに、互いに握った手を自らの胸元へと手繰り寄せていた


「あ、あやめしゃん!? にゃ、にゃにをなさって……」

「ふふっ。何だかユウキさんが可愛らしく思えてしまい、つい悪戯したくなりました♪ で、ですが、ほら……貴方だけじゃなく私だってこのように……き、緊張しているのですよ!!」

「ぶっ!! ごほっごほっ、あ、あやめさん!?」


アヤメさんの胸へと押し当てられた右手の掌からは、女性特有の柔らかさと彼女の熱と早い鼓動が伝わってきていた。また近くにいる彼女からはとても甘く優しい香りがして、更に俺を刺激した。


「(アヤメさんも俺と同じですっごく鼓動が早くなってる。あとあと右手にすっごい柔らかいものが……。アヤメさんって着やせするタイプなんだなぁ~。いや、これはサラシの感触なのかな……)」


手に当たる感触は確かに柔らかさもあったが、それと同時に下着ではないまるで包帯を巻いたような段差のような感触もあった。


「あっ、その、私の胸……硬かったですかね?」

「いえいえいえいえ、とっても柔らかいです……はい」

「すみません、私普段から動くので胸にはサラシを巻いているんです。こうでもしないとその……し、下着だけだと激しく動くとき上下に動いてしまい、む、胸が痛くなってしまうんです……」

「アヤメさんも色々と苦労というか、大変なんですね……」


そんな俺の疑問が顔に出ていたのか、アヤメさんは「か、硬いのはサラシですので……」っと小さな声で断りを入れた。俺も俺で何と言っていいのか分からずに、無難なことを答えてしまう。


「「…………」」


そして何だか互いに照れてしまい、そのままの格好で押し黙ってしまう。だが右手はずっとアヤメさんの胸元に当てられたままだったので、彼女の鼓動が更に早くなったのが手から伝わってきていた。


「……すみません」

「えっ? な、なんで……」


なんで「謝るの……」そう続けて口にしようと思ったが、それよりも先にアヤメさんが言葉を口にして遮られてしまった。


「いえ、私その、口下手なものでして……だからこうして行動といいますか、その……あっ! ご、誤解しないでくださいね。誰にでもこんなことをしているわけじゃないんですよっ!! あ、貴方が……私がこんなことをするのは、ゆ、ユウキさんが初めてですから……その(照)」

「あっはい。ありがとうございます……」

(って、だから馬鹿野郎なのかよ俺は!? 何でここで「ありがとう」だなんて口にしてんだよ!! もうちょっと気の利いたセリフを……)


「ふふっ。ありがとう……このような時にでも感謝の言葉なのですね。貴方は出逢った瞬間から変わりませんよね♪」

「アヤメさん……」

「は、はい」


俺は少し真面目な顔をしながら、彼女の顔を見つめ恥ずかしながらもこう言葉を口にする。


「貴女がそうやって笑いかけてくれる。それだけで俺は十分です。だからもしもこれから寂しかったり、悲しいと思ったときには、今のように俺の手を取って握ってください。それだけで貴女の涙が笑顔へと変わるなら、俺は満足です」

「ユウキさん……ありがとうございます。私……私っ!!」


俺は空いている左手で彼女の左肩へと手をかけると、そのままやや強引にアヤメさんを抱き寄せてしまう。そして互いに握ったままの右手はそのまま彼女の胸に当てながら、互いの吐息が届く距離で彼女の綺麗な瞳を見つめた。


そしてアヤメさんも同じ気持ちなのか、俺達は目が離せなくなるほど見つめあい、互いにそっと目を瞑ると、そのまま流れに身を任せあった。


「んっ」

「んっ……あっ……」


もはや言葉はいらず、俺はアヤメさんの柔らかな唇に優しく自分の口を重ね合わせる。少し強引だったかもしれないが、彼女も俺を受け入れてくれた。


少し間の長いキスが終わると、互いに名残惜しそうに口を離した。だがそれだけで終わらず、再び目の前にいる彼女の瞳から目を離せない。


「んっ!」

「んっ……あ、や……」


今度は彼女からキスをされてしまう。ちょっとだけ勢いがあったのか、思わず舌と舌とがぶつかりそうになってしまった。そして今度は彼女からすぐに口を離した。


「す、すみません……その、私、あまり慣れていない……というか、前にも言いましたがキス……をするのは、貴方が初めてでして……その、あの(あたふた)」

「いえ、俺の方こそ……そのぉ……ありがとうございます」


アヤメさんは慌てたように手をバタバタさせようとするのだが、どちらも俺が握っているためつられて動いていた。


「ふふっ。なんだかおかしいですよね、私達?」

「ははっ。そうですね、なんで俺達謝ったり、感謝しているんでしょうかね?」


互いに何故だか急に可笑しくなり、俺達は笑ってしまった。


「んっ♪」

「アヤメさん♪」


アヤメさんは俺の胸へと顔を押し付け、まるで子猫のようにスリスリっと甘えてくる。俺はそんな彼女の後ろ髪を優しく撫でてみる。


「ん~っ♪ ふにゃ~♪」


どうやら頭を撫でられるのがとても気に入ったのか、更に満足そうに目を瞑りとても気持ち良さそうにするアヤメさん……いや、アヤメにゃんがそこにはいた。


「(アヤメさんって、すっごく可愛い女性だよなぁ~。まるで子猫というか、うん。そんな感じですっごく俺に甘えてきてるし……美人で可愛いとかある意味最強属性じゃねぇか?)」


キィィィィッ。だがそんな二人っきりの甘い時間も、開いた扉の音で現実へと引き戻されてしまった。


「あ、あれ?」

「あの……これって?」


俺達は抱き合ったまま、互いに食材倉庫の開いた扉を見てしまう。そこには誰もいなく、どうやら風で独りでに開いてしまったようだ。


「あのぉ~……も、もしかしてなのですが始めから鍵というか、施錠されていなかったとか?」

「ええ、ちょうど俺もそうなのかなぁ~って、思っていたところです」


そもそももきゅ子の身長では、人間用の背の高い扉の施錠をするのは不可能なことだった。だからもきゅ子がしたことはただ扉を閉めただけで、始めから施錠なんてされいなかったことに、俺もアヤメさんも今更ながらに気づいてしまった。


これがもしも、もきゅ子が去った直後に扉を押して施錠されているかどうかの有無を確かめていれば、倉庫に閉じ込められたと錯覚することはなかっただろう。だがそれも、今となってはありがたいと思えてしまう。


「あははっ。でもこれで……良かったですよね?」

「ええ。そうですね。俺もこの時間があって良かったと思います」


俺達は短い時間ながらも互いに求めているものが知れて、この時間が決して無駄なモノではなかったと、閉じ込めてくれたもきゅ子に感謝するのだった。


「…………(ふっ♪)」


そんな俺達の様子を扉の外から窺うように見ていた赤い影がいたことを、俺もアヤメさんも気づくことは無かったのだった……。



ラヴュ~な雰囲気をたまには演出しつつ、お話は第60話へつづく

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