「ふむふむ……。これはちゃんと元通りの形に直されていますね。このような短時間で直されてしまうとは……」
「へっへっへっ。そりゃ~もちろんでさぁ。なんせ俺達が壊しちまったんですからね!」
シズネさんは玄関ドアを触ったりして、状態を確かめている。ま、本当はドアを壊したのは山賊達ではないのだけれども……。
「ならばそこら辺の片付けが終わりましたら、どうぞ店の中に入り昼食でも食べていってくださいな。ま、例の如くナポリタンくらいしか出せませんけどね」
「えっ!? あっしらに昼食まで作ってくれるんですかい!? さっすが姉御、心が広いお方ですね! すぐに片付けまさぁ!!」
シズネさんは作業を終えて山賊達に対して「ま、お前らにしては頑張った方じゃない? ほれ、褒美にエサをくれてやるわ。犬みたく這い蹲りながら、豚のようにブヒブヒ言いながら食べろよ。かっかっかっ」などと言いたげな顔をしながら、山賊達を店の中へと案内するとナポリタンを作るため厨房に向かって行った。
「……さて。目的も済んだところだし、アヤメ。私達もそろそろお暇しようかしらね?」
「ふぇっ? ま、まだ私食べ終わってませ……って、お嬢様いつの間に食べ終わったのですか!? まっ、まっふぇくらふぁ~い……もぐもぐっ」
マリーも空気を読んだのか、「少し長居しすぎたようね……」っと食事を終えると出て行こうとする。アヤメさんはその後を追うか追うまいかと右往左往しながら悩み、結局はマリーを呼び止めの声かけはしたものの、席に戻って口一杯にナポリタンを詰め込んでいる。
「……あ、ありがとうございました~」
「ふふっ。そうね、こちらこそ……っと言ったところかしらね」
俺が退店の挨拶をするとマリーは意味深な笑みと共に「じゃあ、また明日も寄らせてもらうわね♪」っと言い残し、未だ食べているアヤメさんを置き去りにして店を出て行ってしまった。
「ふぉふぉうさまぁ~……ごくんっ。あっ、ま、また明日も来ますからね!!」
「あっ、はい。ありがとうございました~」
アヤメさんも去り際に俺に一声かけると、慌てふためきながらマリーの後を追うように店を出て行った。
「…………明日も来るってマジかよ」
俺は今日と同じ日が明日も来るのだと思うと、やや憂鬱に感じながら二人を見送る。
「旦那様ぁ~、そろそろ厨房の方を~、手伝ってもらえますかねぇ~」
さすがに大人数を一人で捌くのは大変なのだろう、シズネさんが俺を呼んでいる声が聞こえてくる。
「分かったよ、シズネさんっ! あとはアマネ、もきゅ子。テーブルの片付けとか山賊さん達の接客頼むな!」
「ああ、心得たぞ! 勇者らしく、勇ましい接客と片づけを見せ付けてやるさ!!」
「もきゅ!」
……そもそも勇ましい接客と片付けってなんだよ、あと誰にそれを見せ付けるんだアマネさんや? 俺は若干の不安を残しつつも、厨房へと急いだ。
「ようやくおいでになりましたね。おいでやすぅ~……旦那様。まずは寸胴に入っている麺の茹で加減を見ながら、ソーセージを輪切りにしてもらえますかね? 私はその間、タマネギとピーマンを切りますので……」
「(何で今、舞妓さんっぽい返事をしたんだよ……)……わ、わかった!」
「あとスパの乾麺を一人前ずつに別け、水に漬けておいてもらえますかね? そろそろお昼なので他のお客さんも来店されるでしょうし……」
「そっちまで!? この乾麺、マジ硬ぇ~っ」
それから俺はシズネさんに指示されるがまま、一日中料理のサポートに回ることになった。その途中、色々なハプニングが起きるとその対処から対応までやらされてしまうことに。
「何っ!? おカネを持っていないのに、店に来たのか!? ええいっ、狼藉者め! この勇者アマネがぁ~、成敗してくれるぅぅぅぅっ」
「アマネ、何でまた歌舞伎役者になってんだよ!? それは山賊さん達だから、カネはいらねぇんだってばよっ!!」
「えっ? いつ私があの達に無料で昼食を提供すると言ったのですか? ちゃんと代金はいただきますよ!」
「って自分で誘っておいて、カネ取るってマジかよっ!?」
アマネの接客態度とシズネさんのボッタクリ話術に驚いたり……
「きゅ~っ、きゅ~っ」
「えっ? 何この子、とても悲しそうに鳴きながらスカートを引っ張ったりして……もしかしてまだ帰って欲しくないのかな? いやぁ~ん、もう可愛いんだから♪ なら、今食べたばかりだけどもう一回注文しちゃお♪ そこのお姉さぁ~ん、このテーブルにナポリタンもう一つお願いねぇ~♪」
「あいや、その注文ん~、承知いたしたぁぁぁぁっ!!」
「……あのお姉さん、既に五回もああやって食ってるけど……腹、大丈夫なのかよ。あとアマネもいつまで歌舞いてやがんだよ。疲れねぇのかな……」
もきゅ子の可愛さに魅了されてる客の腹を心配しつつ、アマネの歌舞伎っぷりに溜め息をつきながら……
「お~い、洗い物はここに置いてよいのかぁ~?」
「もきゅもきゅ♪」
「あっ、は~い! 旦那様、新たな洗い物が来ましたよ! まずは鉄のプレート水を水に漬け置いてから、このステンレスのタワシで洗ってくださいね。早くしないと次の分のプレートが無くなってしまいますよ!」
「チクショーっ!! もう手が痛ぇぞ。ぬおぉぉぉぉおっ!!」
洗い場に山の如く積み上げられた汚れた鉄のプレートを前にして、必死こいて磨きまくったり……
「(ダンダン)旦那様ぁ~、まだできないのですかぁ~。ナポリタン~早く早くぅ~っ」
「(バンバン)お腹が空いたぞ~、この店は一体いつまで客を待たせるのだぁ!? (パンパン)女将を呼べ!!」
「(ペチペチ)もきゅもきゅ、もきゅきゅ!」
「はいよ! ……って、何てめえらまでテーブル着いて注文しやがってんだよ!? 俺にばっか働かせてねぇで、ちっとは働けよっ!!」
何故か作る側の連中が客側の立場になっていたり。しかもテーブルが壊れんばかりに激しく叩いており、来店する客よりもとてもマナーが悪い。
「おや、10万シルバーでこの店を更地にできるのかね? ならば、このオプションを一つおねがいするとしようかね!」
「それではまず、お金を出してください……」
「……シズネさん、何金持ち風な客とトンチ対決やってんだよ。ってか、アンタマジでもきゅ子売っ払う気満々じゃねぇかよ!? そのオプション注文なしなし!!」
金持ち風の老人とシズネさんは互いにトンチ対決に勤しんでいた。……いやだから、働けよな!!
「ただのナポリタンに興味ないわよ! この店にミートソース、ボンゴレ、ナポリタンいずれか一つでもあったなら、私の前に出してみなさい! 以下略!」
「あのぉ~お姉さん。ナポリタン一つ、お待ちどうさまでしたぁ~……(この姉さん、頭大丈夫なのかよ……もうナポリタン冷めきってんぞ)」
ちょっと頭沸き気味のツンデレポニーテールのお姉さんに、ナポリタンを提供しつつ……
「ここを通りたければ、私を食べるがいいさ!!」
「きゃーっ、たすけてー、人間達に食われちゃうよー、たすけておくんなましー」
「……だから食べ物で遊ぶんじゃねぇよ。アマネもシズネさんもさ、何ナポリタン用の水で戻した麺を両手両足に絡めながら、寸劇始めてんだよ……しかもちょっと面白いじゃねぇかよ」
ちょっとした劇を披露してサボ……いや、お客を楽しませたり……
「ふむ。私ほどの者になると一口食べれば分かる。このナポリタンは……本物のナポリタンだな! 時にご主人よ、つかぬ事を聞くようだが……もしやこのナポリタンに使われているのは、生麺なのでは……」
「……いえ、ウチは乾麺でございます(そこ一番肝心なところだろ? 間違えちゃダメじゃねぇ? あとつかぬ事の意味知らねぇのかよ……むしろつかる事だわ)」
似非評論家気取りのおじさんなど様々なお客が我先に、我先に……などと押し寄せ、俺だけが休む暇すら与えられず働き続けた。
そうしてアレよアレよと瞬く間に時間が過ぎ、そして日が欠ける暇も一切与えずして夕方になったかと思えば、すぐさま夜になってしまった。
また夜にはガラリっと客層が変わり、ダンジョン帰りの冒険者達が集まり出して様々な話をしている。
「うぇ~い♪ 今日もダンジョン行って来たよ~♪」
「ふぅーっ。ようやく帰って来れたようね」
あからさまなダンジョン帰りを口にしている男女や、
「今度の冒険が終わったら、俺と……一緒になってくれねぇか?」
「ごっめ~ん♪ ……そういうの生理的に無理だから」
「…………(最初ノリ軽くて、後半マジボイスなの。あれは堪えるわぁ~)」
屈強な男が連れ添いの女性にせっかくプロポーズをしたのに、軽いノリと本気のディスりで玉砕しているのを目の当たりにしたり、
「きゅ~っきゅ~っ」
「きゃ~ん、もう可愛いわね(うぷっ)……お、おねぇさーん。こ、こっちのテーブルにな、ナポリタンを……一つ(うっぷ)」
「はーい! ……なぁ、ところでキミ。あそこにいる女性は大丈夫なのか? ウチとしては助かるのだが、昼間からああして食べてばかりいるのは心配になるなぁ……」
未だもきゅ子の可愛さに魅了され、アマネにさえ心配されてしまうずっと食べ続けているお姉さんなど、昼に劣らず夜でも客が途切れることなく賑わいをみせていた。
「あ、ありがとうーございましたー」
カランカラン♪ そうしてようやく最後のお客が帰ると、今日の営業は終了することとなった。既に喉は嗄れ、腕と足はパンパンになり、腰も首も……いや全身が悲鳴を上げていた。
ダンジョンで魔物と戦うよりも、キツイの一言でしか言い表せない。作業時間に追われ、来る客にはペコペコを頭を下げ、だからと言って得られるカネはほんの僅か。そしてそれが毎日永遠と繰り返される。
それこそダンジョンのように命こそ取られはしないが、別の意味で疲れ果て命がゴリゴリと削られているのを自覚してしまう。
「やっと初日の営業を無事に終えることができましたね。あっ、それではこれから夕食にいたしますかね? っと言ってもナポリタンしかありませんけどね……」
「おっ、ようやく夕食なのか! 今日は一日働いていたせいか、とてもお腹が減っているぞ! 私は大盛りで頼むぞ♪」
「もきゅもきゅ♪」
俺以外の全員タフなのか、それとも適度にサボりを入れ休憩してたから余裕なのか、営業が終了したというのに未だハイテンションのままであった。
「な、ナポリタン……うっぷ」
朝から何も口にせず隣でナポリタンばかり作っているのを見ていたせいなのか、『ナポリタン』という言葉を聞いただけで体が拒絶反応を示してしまった。
「俺、夕食はいいやパス……」
「旦那様?」
そうしてシズネさんに断わりを入れると風に当たるため、店の外へと出ることにした。途中呼び止めるシズネさんの声が聞こえたが、構わず出て行ってしまった。
ダンジョン同様にレストラン経営も戦場と同じなのですよ! などと世の中の真理を少し描きつつ、第38話へつづく
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