「それではとりあえずアマネの部屋を案内しましょうかね? こちらの店奥にある階段から二階へと上がりましょうか。またこちらの施設では、ワタシ達の部屋の他に冒険者達が泊まる宿泊施設なども兼ねていますので……」
シズネさんは一通り店内の説明を終えると、店の奥二階にある宿屋兼俺達の部屋だと言う場所を案内する事となった。
「ふむ。向かいの店と同じく、こちらにも二階があるのだな」
「もきゅもきゅ♪」
「俺、こっちに来るのは初めてかも……」
シズネさんを先頭に、アマネ、俺、そして何故か付いて来たいと俺のズボンの裾を引っ張っていたもきゅ子を右腕で抱き抱え、レストラン二階にあるという宿屋兼俺達の部屋に向かった。
二階に上がるとそこは一階の店舗同様に思ったよりも広々としており、廊下奥にある小さな窓からは光が差し込んでとても明るかった。またちゃんと掃除が行き届いているのか、何とも小ざっぱり綺麗な廊下には片面5室ずつ、全部で十ほどの部屋が見受けられる。
「こちらの二階部分には全部で十ほどの部屋があり、奥にある二つの部屋を除きすべて宿屋として部屋を貸し付け、収入を得ようと考えております。ま、今のところ人手不足の問題もありますので、当面はレストランのみの営業となりますがね」
シズネさんは「てめえらが早く仕事覚えねぇと、こっちが損失出しちまうだろ? それ、分かってんか? ああん?」などと嫌味を込めた薄ら笑いをしながら、これからの事業計画とやらを丁寧に教えてくれた。
「(聞こえない聞こえない。シズネさんの心の声なんて、モブの俺なんかじゃとても聞こえやしないんだ……)」
妻であり、ヒロインでもあるシズネさんのダークネスな心の声を聞こえように、開いている左手で耳を塞ぐ努力をしてみた。だがしかし、生憎と反対側の右手はもきゅ子を抱えているため右耳を塞げず、もうほぼ直ストレートで聞こえてきていた。
「そしてこちらの一番奥にある部屋がアマネの部屋となります。あっちなみに部屋数を節約するため、ワタシと共同になりますが……よろしいですよね? ってかいいだろ?」
シズネさんはそんな説明をしながら、一切の有無を言わず「てめえ、住み込みの従業員なんだから、そもそも決定権はねぇかんな!」などとアマネとの共同生活をすることを同意を求めていた。
きっと従業員一人一人の部屋を取ってしまうと、冒険者達に『宿屋として貸す部屋』が減り、収入が減る事を危惧しているのかもしれない。あとシズネさん……それはもう心の声じゃなくて、ちゃんとしたセリフ調になってやがんぞ!
キィィィィィーッ。まるでドア素材の存在を知らしめるような木特有のそんな音と共に、シズネさん兼アマネの部屋を見ることに。
「ほほぉ~っ♪ これは何とも可愛い部屋なのだなぁ~♪」
「へぇ~。これはいかにも女の子らしい部屋だね!」
(シズネさんのことだから、部屋全部が黒一色でテーブルの中心には、ガイコツでも乗せた、いかにも呪われた部屋を想像していたのだったが、これは……)
そこは意外や意外、全体的にピンクと薄紫を基調で、窓際や棚には小さな鉢植えやぬいぐるみなどの小物が飾られ、何とも女の子女の子をしている可愛い部屋だった。
「ま、少々手狭かもしれませんが、アマネも我慢してくださいね?」
「いやいや、狭いものか! 以前世話になっていたギルドでは、私は屋根裏部屋の物置に住んでいたからなぁ~。それに比べればここは天国のようなものだぞ! ちっとも埃臭くもないし……それに、ほら! ベットだってこんなに柔らかいのだぞ~♪ あっはははは~♪」
シズネさんの謙遜的なフォローに対してアマネは喜びながら、ベットの上で跳ね、その柔らかさを身を持って体験していた。
「(アマネのやつ、今までそんなとこに住んでいたのかよ……。勇者だってのに、ギルドではそんな扱い受けてやがったのか。ってか、そんなポンポン嬉しそうに跳ねやがって、チクショーめっ!!)」
俺はそんな些細な事で子供のように喜んでいるアマネがとても不憫に思えてしまい、ちょっとうるっとしてしまうのだった。
「ふふっ。あっ……ま、まぁワタシ達の部屋はこの辺にして、それではこの部屋の向かいにある『旦那様のお部屋』を案内しましょうか?」
シズネさんもそんなはしゃいでいるアマネを見るのが嬉しいのか、少しだけ口元を緩ませ微笑んでいたのだが、俺にそれを見られているのに気が付くと、まるで誤魔化すように次の部屋へと案内してくれようとしていた。
キィィィッ。シズネさんはドアノブを回し、今度は俺の割り当てだという部屋を開け放った。
「おっ! これまた随分とシックな感じにまとめられた部屋だね!」
「もきゅ♪」
シズネさんとアマネの部屋とは対象的に、白やグレーを基調としたとても落ち着いた色合いの部屋である。小さいながらも暖炉があり、またベット横には本棚と執筆用の机まで置いてあった。さすがにぬいぐるみなどの小物はないが、その分小さな絵が何枚も壁に飾られていた。
「おや、ここは一人部屋なのか? だがこれは……やや狭いながらも良い部屋だな!」
後ろにいたアマネもドア越しに部屋の中を覗き込むと、そんな感想を述べていた。
「シズネさん! ほんとに俺がこの部屋一人で使ってもいいの!?」
俺は再度有無を確認してしまうほど、驚きながらシズネさんに尋ねた。
「ええ、もちろんですよ。どうやらそのご様子ですと、旦那様も気に入られたようですね」
「ああ。もちろん気に入るさ! こんな良い部屋なんて初めてだもん!!」
俺は興奮を抑えられず、先程のアマネように思わず喜んでしまった。それを見ていたシズネさんも嬉しそうに頷いている。
「あっ、何ならもきゅ子と一緒にしますか? 最初はワタシの部屋に……とでも思ったのですが、どうやらもきゅ子の方も旦那様に懐いているみたいですし……どうしますか?」
「きゅ~っ、きゅ~っ」
シズネさんのその言葉を聞いてか、もきゅ子は「離れたくないよぉ~。捨てないで~」っと言った悲しそうな鳴き声と共に、俺の胸元へと顔をすり寄せ甘えてきていた。こんなことをされて、一体誰が断われようか?
「ああ、俺は別にいいよ。もきゅ子もこれからよろしくな!」
「もきゅ!」
俺が優しく笑いながら声をかけてやると、もきゅ子も嬉しそうに右手を挙げ答えてくれた。
「それではお部屋の案内はこれくらいにして、一階の方に参りましょうかね? とっくに朝も過ぎ、もうそろそろ昼の時間帯になってしまうので、レストラン開店の準備を急ぎませんと……」
「わわっ!? いきなりなのかよ!? ちょ、ちょっとシズネさん!!」
そう言ってシズネさんは「急げ急げ!」っと俺達の背中を押しながら、俺が静止するのも構わずに一階まで押し戻したのだ。
「ったく、ほんと強引だよなぁ」
俺は文句をブーブー垂れ流しながらも、先程のレストランまで戻って来た。
「で、私は何をすればいいのだ? 早く仕事を与えてくれ! 頼むっ!!」
アマネはブラック企業で洗脳されてしまった会社員のように、頭まで下げてシズネさんに頼み込み仕事に飢えているご様子。
「そうですね。まずはこの布巾を水で濡らし、全部のテーブルでも拭いてもらいましょうかね。今朝の騒ぎで埃っぽいですし……」
何食わぬ顔でシズネさんはテーブルに乗っていた布巾をアマネに渡し、指示を出した。
「ああ、分かった。とりあえず全部のテーブル上を拭けばいいのだな? なら、この勇者アマネに任せろ!! (バン!)ごほっごほっ……」
アマネは仕事の指示をされたのが嬉しいのか、元気良く返事をすると自らの胸元を叩き……そして咽っていた。たぶん強く叩き過ぎたのであろう。
「ふふっ。じゃあ中はアマネに任せ、我々は外で準備をしましょうかね?」
そんな気合十分なアマネが微笑ましいのか、シズネさんは少し笑いながらも開店の準備を進めるため、俺達を引き連れて玄関へと向かう。
カチャリ……キィィィーッ。そして施錠していた鍵を外し、ドアを開け放った。
「それでシズネさん。俺達は外で何をするんだよ?」
外で開店の準備をするとは、これいかに?
「そうですね、まずはこの玄関から修理いたしましょうかね!」
「へっ? しゅ、修理って……俺、こんなの直せないぞ!! それに材料だって……」
既に玄関周りの仕切りはその土台ごと粉々になり、どうにかこうにか……というよりも内側から玄関ドアが立てかけられているだけなのだ。それを復元するとは、無理難題なことだろう。
「ふふふっ。ご心配ならないでくださいよ、旦那様。修理をするのに打ってつけな輩が、そこらかしこの地面に転がっているではありませんか」
「じ、地面ってまさか……」
俺はシズネさんの視線の先、つまり地面に横たわっている方々に思わず目を向けてしまう。そこには第1話にてナポリタンの犠牲となった山賊達が十数人転がっていたのだ。
そこらに落ちている山賊すべてを自らの配下に収めつつ、お話は第25話へつづく
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