「なんでジズさんを呼んだのだろう?」
未だシズネさんの馬となっている俺はこれを読んでいるイチ読者と同じ心境を共有しながら、そんなことを考えてしまう。
「姉さん、何の用ですかぁー?」
道路を挟み、ジズさんの声が聞こえて来ていた。
「ええ、実はこの壊れた玄関を修理するのに『木材』が必要なのですよー。そこでですね、そちらのお店にある立派な柱とか、使えそうな木材をこちらに運んでくれませんかねー? ってか、言われなくても運びやがれよ!」
だが当のシズネさんはと言うと、そこから動かず近寄らないで会話を続けた。
どうやら先程破壊した向かいのレストランの木材を盗み、こちらの補修に当てようという腹積もりらしい。あとセリフなのに口悪すぎ。それが人……いや、魔物達の頂点ドラゴンに頼む態度なのかよ?
「ええですよー。ちょっと待っててやー。よいしょっと。ほんなら、これなら良さそうでんなー。あっよっと。……あっ!」
バサバサッ、ドッスーン。ジズさんは自らの寝床(?)から飛び立つと、その店の前に降り立ち、そこから使えそうな木材を選び口に咥え引き抜いた。
ガッ、ガッ、ガッシーャン。何気にそれが店舗を支える中心的な柱だったのか、引き抜いた瞬間ギルド直営の店舗は完全に倒壊してしまったのだ。
「あーあー。向かうの店、完全に崩れちゃいましたね。ま、これもウチに喧嘩売った報いなのでしょうねぇ~♪ ね、旦那様もそう思いますよね?」
「あ、うん。そうかもしれないね……はははっ」
俺は同意を求められ乾いた笑い声と表情をするほか、自らの命を守ることは出来なかった。
「ほいな、姉さん。これくらいあったら足りますやろ?」
ドッシーン。ジズさんは柱など何本かを口に咥え、俺達の目の前に持って来てくれたのだ。
「ええ、そうですね。ま、足りなくなったらまた奪えば良いことですしね。ご苦労様です、ジズ。もう用済みですよ、しっしっ」
シズネさんはお礼の言葉を告げると、「埃が立つから、早くあっち行っててくださいよ!」っと手でジズさんを追っ払っていた。
「(ひでーえ。自分で呼んでおいて手伝ってもらった挙句、その態度かよ……)」
「はいなー! また何かあったら、いつでもワテを使うてくださいや。ほんならこれで失礼しますさかい」
バサッ、バサっ。ジズさんはそんなシズネさんの態度を気にも留めていないのか、再び羽をバタつかせるとそのまま向かいにあるギルド直営のレストランに降り立ち、眠りに着いた。
「ぽかーん」
「おや、どうされたのですか? ほら、貴方が所望していた木材が届いたのですよ」
その光景を傍目で見ていた山賊のリーダー格の男は呆気に取られ、お口をアングリっと開け放ったまま置かれた木材を見ていた。
「(ま、気持ちも分からないでもないけどさ。実際、あんなラスボスチックなドラゴンを見たら誰でも……いや、『木材を見ていた……』だから木材の調達方法で驚いてやがったのかな?)」
俺は自分で補足説明しているにも関わらず、反義語の如くリーダー格の男が何に驚いているのかを真剣に考えてしまうのだった。
「あの~、修理してくれないのですか? もしかしてこれだけでは足りないのですかね?」
シズネさんは「なに、てめえこの期に及んで修理する気ねぇの? 存在価値の無い貴様らなんか、もうサクっと殺っちゃうけど……それでもいいの?」っとややお怒りモードになりながら、修理してくれるのか再度問いただしている。
「あっ、いえいえ滅相もない! これだけありゃ、修理できますわ!! いえね、姉御は何でもできるお人なんだと関心してんでさぁっ!! おい、てめえら早くコレを使って修理をおっぱじめるぞ!!」
「「「へ~い!!」」」
そんなリーダーの掛け声と共に手下達は各々指示されなくとも、壊れた仕切り部分を外したり、向かいの店から奪った柱などを手持ちのナイフなどで、一切寸法も測らず目視だけで加工し始めていたのだ。しかも寸分たがわぬ、精度である。
「すっげー」
「ま、これでなんとか格好をつけることができますね」
本職に負けない手際の良さと指示系統無しで作業している山賊達に感心の声を漏らしてしまう。まぁシズネさんは「壊したのだからこれくらい当然のことです」みたいな謎のドヤ顔決め込んでいるのは、きっと気のせいだろう。
そのときゴロゴロ、ゴロゴロっと、向かいの店から木樽が横に転がってきていた。たぶんジズさんが寝ぼけて蹴ってしまったのかもしれない。
「おわっ!? っとと。あぶねーな、おいっ!」
だが幸いにも、その樽には中身が入っていないため重そうな見た目に反しとても軽く、地面に四つんばいになっている俺でも容易に受け止めることができたのだ。もしも中身が入っていれば無事では済まなかったことだろう。
「ちっ……」
何か俺の背中に乗っていらっしゃるシズネさんが、「何で受け止めれたんだよ? 樽に押し潰されりゃいいものを……あっ、でもまだコイツには、掛け捨ての生命保険掛けて無かったわ。あぶねーあぶねー」などと不満そうな舌打ちをしていたのは、もはや言うまでも無かった。
「大丈夫でしたか、旦那様!? どこかお怪我をしていらっしゃいませんか?」
「あ、ああ。ありがとう。シズネさん……心配してくれてさ」
遅ればせながらシズネさんが俺のことを心配するように声をかけてくれた。
きっとその言葉は「まだアナタは生命保険未加入です。このままだと1シルバーも保険金が降りないから、加入するまではどうか無事でいて下さいね♪」っと言う意味も含まれているかもしれない。
「あっそうだ、旦那様。椅子役はもういいので、その樽を立てて店の前に置いてくれませんかね?」
「へっ? ああ、いいよ」
ようやく俺の背中からシズネさんが降りると、転がってきた空き樽を立てるよう頼まれた。
「あっ、よいしょっと。え~っと、こっちの左側でいいのかな?」
「はい。そちらでいいです。はいはい、そこですそこ。ストッ~プ!」
指示されるがまま今なお修理中の玄関を尻目に、向かって店の左側に空樽を立てて設置した。
「(一体何に使うんだ、こんなもの?)」
俺はシズネさんの意図が分からずに、ただ首を傾げてしまう。
「それではもきゅ子! 貴女の出番ですよ!!」
「へっ? も、もきゅ子?」
「もきゅ!」
文字描写すら一切されずに所在不明だったもきゅ子だったが、シズネさんが呼ぶと俺の後ろから可愛らしく元気に鳴き、右手を挙げながらトテトテっと歩いて出てきたのだ。
「(そういや、すっかりもきゅ子の存在忘れてたぜ。確か俺達と一緒に店の外に出たんだったよな? 一体今までどこに居やがったんだよ?)」
「もきゅ子、これが噂のお立ち台というものですよ~。どうです? 気に入りましたか?」
「もきゅもきゅ♪」
シズネさんはもきゅ子を抱き抱えると、ちょこんっと樽の上へと乗せた。
どうやら目の前を通る人の目を惹く為に、目立つ樽の上にもきゅ子を置いたようだ。シズネさんはこれで、自分の店の宣伝にしようと考えたのかもしれない。これはいわゆる『客引き』と呼ばれるものであろう。
「いや、確かにもきゅ子は可愛いけどさ。そりゃもう~、メチャメチャ可愛いけどさ! でも、ウチはレストランなんでしょ? 可愛らしい小物を扱うお店、ファンシーショップならこれでも客が食いつくかもしんないけど、いくら可愛いもきゅ子でも……」
「きゃーっ! かわいい!! なになにこの子、なんのなぉ~っ!!」
「本当ですね。まるでヌイグルミのようにとても可愛らしいですね、お嬢様」
まるで俺の言葉に悉く反発するかのように、さっそく可愛らしい女の子が二人もきゅ子に食いついていたのだ。
「…………」
(何で毎回毎回俺の言葉を全否定するような、物語展開が待ち受けているんだろうね? 何かの嫌がらせか何かかよ?)
俺は目の前の光景に呆気に取られ、何も言葉を発する事も出来なかった。
もきゅ子に食いついている女の子達は、見た目的に15~16才と言ったところだろうか? 一人は金髪ロングツインテールのクルクルした髪で、緑色とベージュを基調としたワンピースを着ており、いかにもツンデレそうな女の子である。
その隣にいる長く綺麗な赤髪を束ねた女性は従者なのか、見たこともないような服を着ており、左腰に洋剣よりも細長い槍のような武器を携えていた。一瞬見ただけでも、この女性はできると思ってしまうほど得も言えぬオーラに包まれている。
「もっ♪、きゅきゅっ♪ もきゅきゅ♪ もっ♪ きゅきゅっ♪ もきゅきゅ♪」
「きゃー可愛いっ!! この子、こんな小さいのに飛び跳ねたりしてるわよ!! ダンスの真似事なのかなぁ~♪」
「これは意外ですね。まさか子供ドラゴンとはいえ、こんな可愛らしいダンスまでするなんて……」
もきゅ子は更に女の子達の気を惹く為か、樽の上で飛んだり跳ねたりして、より自らの可愛さをアピールしていた。
「もーきゅっ♪ もきゅきゅ♪ きゅ~っ♪」
そしてそんな可愛らしいダンスがほんの1分ほどで終わると、もきゅ子はその女の子達の前でペコリっと深々と丁寧なお辞儀をした。そして「ご静聴ありがとうございました。お嬢さん方、さぁお店の中へどうぞ♪」っと、左手を店の中へ差し向けエスコートしていたのだ。
「えっ? なになに、店の中に入れって言うの? いや~ん。もう私、何の店か分からないけど入っちゃおっ♪」
「ええ、ですね。この子が言うなら一度だけでも入ってみましょうかね♪」
女の子達は玄関付近を修理している山賊達を無視して、もきゅ子の指示通り店の中へと入って行ってしまったのだ。
「ま、マジかよ……」
それを目の当たりにした俺は「とても信じられな~い」と言った感じの軽い放心演技状態になっていた。
「いらっしゃいませ~っ、お食事処『悪魔deレストラン』へようこそ~♪」
シズネさんは突然の来客でもすぐさま対応し、店の外に居ながら女の子達に出迎えの挨拶をかけていた。
「ほら旦那様、お客様のご来店ですよ! 何をボヤっとしているのですか? ちゃんとお客様にご挨拶をしないと!!」
「あ、ああ……い、いらっしゃいませー……ごふっ!? ぐごごっと……い、いらっしゃませ!! お、お食事処『悪魔deレストラン』へようこそっ!!」
シズネさんに促され、俺は慌てて来店の挨拶と店の名前を詰まらせながらに叫んだのだ。
何故俺は叫んだのか? それはあまりにやる気の無い声と、また初めて来店の挨拶をしたのでとても声が小さかったせいか、シズネさんにボディブローを食わらされ、生命の危機を感じての最後のロウソクだったのかもしれない。
基本的に言葉より先にまず暴力を……いや、武力を行使しながら、お話は第27話へつづく
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