「ワテの名前は『冥王ジズ』言いまんねん! 以後よろしゅうなぁ~、兄さん♪」
「あっ……そうなんだ。ってか、アンタ冥王だったのかよ!? 本物のお偉いさんじゃねぇかよ……」
俺は自分の妻である元ラスボス的存在の魔王様もそう思ったのだが、未だこのドラゴンが現魔王様だとはとても信じられなかった。だがそれも『冥王である』と聞き、急に現実味を帯びたのを肌で実感する。
ちなみにその『冥王』とやらは、数多くいるドラゴン種族の中でもトップに立つ存在で、言わば『王の中の王』とも言える存在なのである。だがこれまでドラゴン達はボス的存在意義にも関わらず、人間と魔王軍との争いには一切干渉をしてこなったのだ。なのにそれがまさかまさか冥王自身がその『魔王様』になっているとは、夢にも思わなかった。
「じゃあ、これからはジズさん……って呼んでいいのかな?」
俺は恐ろ恐ろと言った感じで、ズボンの裾にしがみ付いているもきゅ子を振り落とさぬよう、最善の注意を払いながら玄関まで摺り足で歩きジズさんの元へ向かう。
「はいなー! ならワテも兄さんのことは『兄さん』と呼ばさしてもらいまっせ~♪」
ジズさんもそれに呼応するかのように、更に顔をずいっと突き出してきた。
「…………」
「…………」
だがしかし、俺達の間には何とも言えないびみょ~な、雰囲気と共に互いに沈黙してしまうのだった。
「……あっ、すんまへんなぁ~。兄さんと握手したいのは山々なんやけど、生憎ワテの手が中に入りまへんのんや。でも兄さんがどうしても! 言いはるなら、無理矢理にでも中に……」
ミシッ♪ ジズさんが顔だけでなく、手まで玄関から入れようとしているせいで、建物全体に景気良い破壊音が響き渡る。
「いや、いいっていいって!! そんな無理しなくてもいいからさぁっ!!」
店が壊されては堪らないと、俺は慌てて両手を突き出しながらジズさんの動きを止めに入る。
「ありゃ? そない不始末でよろしいんでっか? ほんなら、甘えさせてもらいますわ。兄さんとの握手はワテが外に出たときにでも、させてもらいますわ」
「ああ、ああ! できればそうしてくれるかな!」
ジズさんは首を傾げ不思議そうな顔で、思い留まってくれたのだ。まさか握手一つするために玄関を、またひいては建物全体を壊されでもしたら割に合わない。
「あっ、そろそろドア閉めるんでその邪魔な顔、引っ込めてもらえますかね?」
「えっ? ああ、姉さん邪魔してすんまへんなぁ。いま、引っ込めますさかいに……」
シズネさんはそんなに店の中に埃が入るのが気になるのか、どうしても玄関ドアを閉めたいご様子である。
いや、まぁ確かにジズさんが息をする度に、埃というか床に落ちている砂がフンスフンスっと舞い上がってるのは事実であった。だが相手は冥王で、しかも『現魔王様』なのだ。だがそれを一切我関せずの何食わぬ顔で……いや、シズネさんも元魔王様だったか。なら、大丈夫なのかな? 確か話ではシズネさんが後任に選んだって言ってたから、顔見知り以上の関係なのは確かだと思う。それに何よりジズさん自身もシズネさんを『姉さん』って呼んでるし。
「ん~っ、んん~~~っ」
「……ジズさん、どうしたの?」
「あっ、いや、その……これ、全然抜けませんねん」
引っ込めると言ってたわりに、いつまで経ってもジズさんは玄関ドアから顔を引き抜かなかった。いや、頑張ってはいる。だが一向に抜ける気配がないのだ。たぶんだけど無理に顔を入れたせいで填まり込み、抜けなくなっているのかもしれない。
「しょうがねぇですねー。ならば、これを使いマジックショーのようにいとも容易く解決してご覧にみせましょうか♪」
ジャラリッ、ドゴーン。そう言ってシズネさんはどこから取り出したのか、鎖付きの鉄球いわゆるモーニングスターを右手に持ち、木で出来た床に叩き付けたのだった。
店の床は既存の安物の板張りのせいなのか、鉄球の重さによりガゴッっとへこみができ、まるで収穫前のキャベツのように木の板が鉄球を包み込んでいた。まぁ平たく言えば、重くて床にめり込んでいるってわけなのだよ。
「し、シズネさん!?」
「姉さん、何する気ですのんや!?」
俺とシズさんは不安になりながら、シズネさんのこれからの行動とその動機について聞いてみた。
「ああ、何も……。いえね、これで顔を打っ叩いて自由の身にしてあげようかなぁ~っと思いまして……ね♪」
「きゅ♪」
シズネさんともきゅ子は、まるで姉妹のように目配せをすると意気揚々とばかりに頷き、やる気に満ち溢れているみたいだ。
「さぁ~って! いきますよ~♪」
ブォーン、ブォーン。どだい美少女がモーニングスターをぶん回している音とは思えない、まるで地獄の底から何かを召喚するような、ヒューンヒューン……いや、もう音が重低音から軽い音になっている。たぶん超大型ハドロン加速度的存在になろうとしているのかもしれない。身近なもので例えると、簡易バター製造機とも言うべきであろうか。
「兄さん……すんまへん」
「ぶっ! ごほっごほっ……じ、ジズさん!? いきなり何言ってんだよ!?」
俺は何か(たぶん死だろう)を悟ったようなジズさんの謝罪に、思わずむせり込んでしまった。
「あっ、危ないですよー……そこぉぉぉぉっ!!」
「っ!?」
俺はその言葉に無意識下の脳脊髄的反射運動を利用し、右側の床へと倒れこんだ。そしてその瞬間、ブン……ドッゴーン!! そんな何か重いものを投げた音と共に少し間を置き爆発音がしたかと思うと、玄関ドアが仕切りごと破壊されたのだった。
そして後に残ったのは、粉々になった木の欠片と共に、傷一つ付いていないジズさんの顔だけがそこに佇んでいた。
「ごっほごっほ。肝心要のジズさんの顔が抜けていねぇじゃねぇかよ……」
そんな俺のボヤキと共に、第12話は終わりを迎えてしまうのだった……。
常に無意味と意味あり気な出来事を交差させつつ、お話は第13話へつづく
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