「おやおや、これは私の旦那様ではありませんか! もしかしてその場で今までの様子を見ていらしたのですか? ふふふふっ……」
「何をしれっと、そしていけしゃしゃと一応は旦那である、この俺の存在綺麗さっぱり忘れやがってんだよ……ったく」
俺は依然蚊帳の外の存在なのか……いや、絶対ワザと恍けてからかっているに違いない。何故なら最後に右手を口元に当て、軽く笑いを堪えているのが何よりのその証拠だからである。
ま、文句を言っても今更感全開なので、敢えては問わないが事の概要だけは確認してみる事にした。
「シズネさん、これで本当に良かったのかよ? だってあそこはギ……」
「ええ、そうですね。あそこのレストランはギルドが経営しているののですよね? ふふっ……私がそれくらい知らないとでも思っていたのですか?」
シズネさんは俺の言葉を遮るように、そう言葉を続けた。どうやらすべて最初から理解した上で店を潰しにかかっていたようだ。
ちなみにこの世界で言う『ギルド』とは、商業・工業・農水産業・風俗業などすべての産業や業界を束ねる商会の総称を指す言葉だ。
ま、いっちまえばこの街の……いや、この世界にあるすべての店の大本と考えて良いだろう。新規で店を出す際はもちろん、増築や取り壊し、営業時間に休業日、そして仕入れ先や果ては店の商品価格など、それら店に関わるすべての事柄は『ギルド』を通して認可されないといけないのだ。これは互いの無益な競争を無くすことで、業界全体を保護するという大義名分、つまり体裁の良い権力の象徴でもあったのだ。
また国も国で、魔王軍との戦争や度重なる飢饉により財政が困難なため、毎年多額の税と共に貧しい庶民に対して、食料や寄付を納めるギルドの声を容易には拒む言葉できないらしい。だからこそ、ギルドは国の許可を名ばかりで認可させ、好き勝手している有り様なのである。
もしもそんな巨大な権力を持ちギルドに歯向かう者がいるならば、あの手この手と色々な嫌がらせと称し営業許可の取り消しや仕入れの妨害などを受け、店は一ヶ月もせずに潰れてしまうだろう。それほどまでにギルドには、『権力』と『カネ』と『人材』などすべての要素が揃っているのだ。唯一例外があるとするならば、それは『教会』くらいなものかもしれない。
「あんなことしたら正直、ギルドが黙っていないと思うんだけれども……」
「ま、普通ならそうでしょうね。ですが、悪いドラゴンが街で暴れ回り、たまたま転んでしまい、ギルド直営のレストランを破壊した……そんなシナリオで十分なのですよ」
どうやらシズネさんは、ジズさんを悪いドラゴン……いや、まぁ現魔王様なんだからすっごく悪いのだけれども……に仕立て上げ、合法的(?)に事故という線で片付けると言いたいらしい。
「それに……」
「……それに?」
少し言葉を詰まらせるシズネさん。俺はそれが少し気になり、オウム返しをして続きを促す。
「……あっいえ、ギルドはこの世界では疎まれる存在ですしね。みんな喜びはしても、悲しむことはないと思うのですよ。それは旦那様もご承知でしょ?」
シズネさんはやや暗い顔をしながら、そう告げる。何だかそれが俺には何かを堪える悲しい表情にも見えてしまった。
事実ギルドは飢饉などの際、食料品を売る店で意図的に品不足を引き起こし、価格を吊り上げて庶民に高く売りつけるなどして、とても恨まれていたのだ。先も述べたように、本来なら国が戒めるべき事柄なのだが、税や寄付の名目を盾に取られ口を阻めないのが現状である。
「も、もしかしてだけどさ、シズネさんがこのレストランを経営してるのって……ま、まさか……」
「ええ、ええ。もちろんそのまさか、ですよ私の旦那様♪ ギルドをぶっ潰して、私がその代わりとなるのです!! あっ、もちろんアナタは既に私の夫なのですから、今から逃げても無駄ですからね。ちゃ~んと私が言いふらして、ギルドから敵対させておきますのでね♪」
そういうシズネさんは、まるで悪魔のような微笑みと共に、俺の肩を掴んで逃がさないようにしていたのだった……。
今後の展開に不安の文字を覚えつつ、お話は第15話へつづく
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