「じゃあ旦那様、これらは厨房脇にある倉庫へと仕舞っておいてくださいな。ワタシはもうお眠さんなので寝ますから……ふぁああ~っ、おやすみなさ~い。う~~ん、今日も良く働きました、っと♪」
「……ああ、うん。おやすみー……」
そう言って仕入れてきた麻袋を床へと置くと、俺に後始末を任せた。そして欠伸をしながらお休みの挨拶をすると、ストレッチをしながらさっさと二階にある部屋へと戻って行ってしまった。
トントントン……。階段を昇る軽やかな足音だけがやけに耳の中に残ってしまう。あとに残されたのは俺が後ろ抱えしている麻袋と、床に置かれパンパンに膨らんでいる麻袋だけである。
「……マジで?」
いつまでもこうしていても始まらないので、シズネさんに言われたとおり倉庫へと運ぶことに。
「まぁ別にいいんだけどね。こんな扱いでもさ……うん……」
寂しさと灯りも点けぬ暗さからちょっとだけ強がりを口にして、倉庫へと仕舞い込んでいく。と言っても暗いため、文字通りただ置いただけで棚などに仕分けなどはしていない。きっと明日の朝、仕事前に仕分けもやらされるのだろう。
「こんなもんかな。さて、俺も寝るとしますか……」
ギシッ、ギシッ……。階段を昇っていくと木特有の軋む音が聞こえてくる。昼間は外からの雑音で気にはならなかったが、こうして夜静かなところで耳にすると何とも不気味である。
「……あっ、ノックはいらねぇよな」
二階の廊下奥にある自分の部屋の前に辿り着くと、間違ってノックしそうになり慌てて手を引っ込める。
キィィィィッ。ドアノブを捻り、部屋のドアを開くとテーブル上にある小さなライトに光が灯されていた。暗闇の中で灯る小さな光。たったそれだけなのに何故か安心感を得られる。
「とりあえず着替えるか……」
見るといかにも高級そうな毛布の上には、ちゃんと寝巻きが畳んで置かれていた。一体誰がこれを置いてくれたのだろう? シズネさん? それともアマネ? どちらか分からないが感謝をしながら、着替える事に。
今日の今日まで着の身着のまま何も持たず、またどこにも定住せずに宿屋などを転々とするその日暮らしの生活から一変、自分の部屋がある贅沢……ちょっと嬉しい。しかも小さいとはいえ、部屋の中は綺麗でテーブルや透明な窓ガラスまであるのだ。今までの生活からは考えられない。
その日暮らしの冒険者が一般的に使う部屋と言えば、実際簡素なものである。それは定住しないのも理由だが、当然宿泊代にも関わってくる。
これは注文時の前払いでも説明したのだが、冒険者達が常に旅の費用……いわゆる路銀を持ち合わせているとは限らない。だから当然宿泊代は食事抜きの一番安い素泊まりが基本だし、それに部屋の中に備品などがあると勝手に持ち去り売り払われる可能性があるのだ。だから冒険者達が利用する宿屋などは、その費用によりランク付けをしていたのだ。
「ふぅーっ。今日は色んなことがあったよなぁ~」
俺は脱いだ服を畳み、いつでも着替えられるようベットの傍へと置くことに。
これは緊急時すぐに着替えることを前提に置いた、言わば『保険』である。いくら店の中だから安全とはいえ、いつ押し入られるか分からないし、魔物だって来るかもしれない。
だから先程のように武装した治安部隊が、夜の街を見回り安全を確保しているのだ。もちろんそれも税金によって賄われ、国は護衛騎士などが治安部隊を組み、ギルドは私兵を雇っている。
「さっきから気にはなってたんだけど、ベットの中に膨らみがあるんだよなぁ~……って、もきゅ子かよ」
「もーっ、きゅ~っ。すぅーっ。もーっ、きゅ~。すぅーっ」
見ればベットの中には、全身赤い子供ドラゴンの住人が既にお休みのようだ。規則正しく健やかな寝息と共に、「もきゅもきゅ」っと鳴いている。ちょっと萌えポイントなのだが、ベット中央に陣取っている。このあと、どうすればいい?
『ぷぷっ。ドラゴンにすらベットを占領されるなんて、さすがモブ男……あっ、何これ始まってんの!? ……こほんっ。以下より行動をお選びくださいませ♪』
『もきゅ子を起こして、ベットから追い出す』読者からクレーム殺到します♪
『もきゅ子はそのままにして、ベットの隅っこで悲しみに暮れながら眠りにつく』明日筋肉痛になりますね♪
「…………寝よ」
俺は設問にすらまたもや馬鹿にされ、さすがに読者からクレームを入れられるのは御免被りたいので空いているベット脇で寝ることにした。
「もっきゅ~」
「ちょっとだけごめんなぁ~」
もきゅ子を起こさないよう毛布を少しだけ捲り、もきゅ子の上を跨ぐと壁際隅へ。静かにしないともきゅ子を起こしてしまう可能性もあり、またもきゅ子を踏まないよう慎重に、である。
そうしてどうにか横寝できるスペースを見つけると、壁を背にしもきゅ子の方へ向いてから、これまたゆっくりと毛布をかけてやる。
「きゅ~きゅ~」
ぽっこりお腹が呼吸に合わせ上下し、顔もなんとなくだが幸せそうに見える。
「もきゅ子、可愛いなぁ~」
なんだか自分の子供が隣で寝ているようで、なんとなく心が安らぐ。
ドッシーン、ドッシーン。窓の外から赤いお目目が二つ浮かび上がり、そっと部屋の中を覗き込んでいた。そうそれは、先程まで治安部隊と死闘を繰り広げていたジズさんだった。
「ええなぁ~、姫さんも兄さんもベットで眠れて。ワテなんて外でっせ外……なんでや……人種差別と違いますか? ……あっワテ、そもそも人やなかったわ……」
ちょっと悲しげな声と共に、ジズは向かいにある潰れたレストランの自分の寝床へと帰っていた。
「んっ? 外で何か音がしたような感じが……」
俺は気配を感じふと後ろを振り返ったのだが、そこには何もいなかった。
「ま、気のせいか。さぁ~てっと、俺も寝るとしますか。おやすみなさ~い♪」
そして誰に言うでもなく、お休みの挨拶をすると目を瞑り眠ることにした。
でろでろでろでろ、ででーん、でーん♪ 俺が目を瞑ったその瞬間、どこからともなく変な音が華麗に流れ出してきたのだ。
「何で呪われたBGMが流れるんだよっ!? って、もう朝なのかよ!? まだ目を瞑ってから1秒と経ってねぇぞ!!」
そうそれはRPG名物ベットに横になると一瞬で朝がくぅ~る、であった。しかも呪いのBGMが何とも嫌な感じを助長している。
「もきゅもきゅ!」
「も、もきゅ子……起きたのかよ?」
どうやら本当に朝になり、もきゅ子が目覚めてしまったようだ。そして寝たおかげで体力全回復なのか隣にいる俺に対し、元気に右手を挙げながら朝の挨拶をしてきてくれる。
「も、もう俺の睡眠時間は終わりっすか……」
「旦那様ーっ、もう朝ですよ~♪ さぁ楽しい楽しい労働の始まりです~♪ 今日も馬車馬に負けないくらい働いてくださいね♪」
結局俺は一睡もできず、また完全に疲れを残したまま今日も元気よく楽しい楽しい強制労働とやらを、妻であるシズネさんからさせられるようだ。
「(ぼそりっ)マジで昨日の夜、逃げたほうがマシだったかもしれないなぁ……」
そんな苦言と共に俺は急ぎ早に着替え、もきゅ子と共に下へと降りて行くのだった……。
これから毎朝呪いのBGMをシズネさん自ら口ずさみつつ、お話は第41話へつづく
読み終わったら、ポイントを付けましょう!