「やはり……怒られましたよね?」
「……べ、別にぃ~」
アヤメさんは俺の機嫌を伺うよう少し伏し目がちになりながら、申し訳なさそうにしている。俺は言葉では「気にはしていない」と言いつつも、内心メッチャ気落ちしていたため、口を少し尖らせ顔を背けてしまう。
「ふん! どうせ俺なんかいつもいつもオチ役がお似合いなんだろうさ!!」
ふて腐れ、強がりをアヤメさんに向けそんな言葉を言ってしまった。だが彼女の顔を見てしまい、何故そんな強がりを彼女に対して言ってしまったのか? と激しく後悔してしまう。
チラリっと窺った彼女は、とても悲しそうな顔をしていたのだ。
「あ、あの! 誤解なさらないで欲しいのです」
意を決したかのように顔を上げたアヤメさんは、俺の左手を手に取り両手で優しく包み込むと同時に自らの胸元へと手繰り寄せたのだ。
「あ、アヤメさんっ!? にゃ、にゃにお」
俺はいきなりアヤメさんに左手を握られ、また彼女の胸元付近に手繰り寄せられたため、小指に柔らかく温かい何かが当たっていた。きっとそれは彼女の女性としての柔らかさなのかもしれない。またそんな行動に戸惑い動揺からか、猫語になってしまった。
「……すみません」
「へっ?」
アヤメさんからの謝罪の言葉。一瞬何を謝られているのか、分からない。
「先程、人を守るのが強さだと言っていた自分を恥じています。私は貴方を……傷つけてしまった……」
「…………」
アヤメさんは……本気で俺を傷つけてしまったと思い込んでいる。そして今にも泣き出しそうな顔で、目に涙を溜めて必死に謝罪している。俺はそんな彼女の美しさに魅了され、何も言葉を口に出来ずにいた。
「あっ、いや……うん。だ、大丈夫大丈夫。ほら、俺は慣れてるっていうのか……うん。アヤメさん……その、あ、ありがとう……」
ふと我に返り、これ以上彼女の悲しい顔を見ているわけにはいかない。俺も謝罪しようかとも思ったのだが、それは彼女に対する冒涜でしかない。
だから俺は彼女に対して、感謝の言葉を述べた。やはり少し照れくさかったせいなのか、最後は消え去りそうな声でそう呟いた。
「えっ? ありがとう……ですか? ふふっ……やはり貴方はお優しいのですね。こんな私に「ありがとう」だなんて。普通このような時に、感謝の言葉など言えませんよ。ふふっ。それも貴方良さなのかもしれませんね。いえいえ、私の方こそ、ありがとうございます♪」
アヤメさんはもう悲しい顔はしていなかった。俺の感謝の言葉が可笑しかったのか、少し口元を緩ませ微笑んでいる。
そして右手の人差し指を曲げその腹で自らの目元に溜まっている涙を拭い、彼女もまた感謝の言葉を述べてくれた。
「はははっ」
「ふふっ」
何とも可笑しな雰囲気から、俺もアヤメさんも少しだけ笑ってしまった。俺は左手を後頭部に当てながら、アヤメさんは右手を口元へと当て、互いに笑ってしまう。
何だかアヤメさんがどうゆう女性なのか、分かった気がした。きっと彼女はとても純粋で、誠実で、真っ直ぐな女性なのかもしれない。
「「……こほんっ」」
「「あっ……」」
わざとらしい咳が傍で重なり聞こえると、互いに笑っていた俺達は我に返り、そちらへと顔を向けてしまう。そこには握った右手を口元に当て、わざとらしい咳をした二人がいた。
「旦那様、よろしかったですね~。アヤメさんと仲良しになれて……」
「そうね。私もアヤメがこんなに積極的だとは知らなかったわね。ふふっ」
シズネさんもマリーも嫌味な言葉を口にした。どうやらずっと傍で俺達を見ていたようだ。まぁむしろ二人っきりの雰囲気を作っていた俺達が悪いのだが。
「あと……手ぇっ!!」
そしてシズネさんのドスの効いた重々しい声により、俺とアヤメさんは今なお互いに手を握り合っていたことに気付き、パッと離してしまう。
「(照れ)」
彼女の温もりと柔らかさが、今なお左手に残っているような気恥ずかしさから、アヤメさんに背を向け少し熱を帯びている頬を左指で掻いてしまう。
「(照れ照れ)」
またアヤメさんも俺と同じ気持ちなのか、同じく背を向け右指で頬を掻いていた。何故かそんな一緒の行動が二人の気持ちが通じ合ってる気がして、余計照れくさいなぁっと思えてしまう。
「へぇ~。やるわね、貴方。こんな短時間でアヤメまで、意図も簡単に口説き落とすなんて……ほんと」
「アヤメさんを口説き落とすだなんて、そんなこと……」
マリーは更に興味が増したのか、少し笑いながら俺を観察している。
「……ま、いいわ。それでこそ私の夫に相応しいわ。私は別に愛人が何人いようとも、気にはしないわ。でもね……んっ、ぁっ」
「んんん~っ!?」
マリーはそう言いながら俺へと詰め寄りると、グイっと胸元の服を両手で引っ張った。そして俺に合わせるよう爪先立ちで背伸びをすると、そのまま俺の口を塞いでしまったのだ。
「なっ!?」
「まぁ!?」
「もきゅっ!?」
シズネさんもアヤメさんも、また抱き抱えて近場で見ているもきゅ子までもが、マリーのそう行動に驚きを隠せない様子。そして誰よりも俺自身が驚き、彼女のされるがまま口を塞がれてしまっている。
「(な、な、な、何で俺マリーとキスしちゃってるんだよ、おいっ!?)」
そして彼女を抱きしめるとも拒絶するともできずに、俺の左腕は所在なさ気に慌てふためきながら、上下にブンブン振ってしまう。決して喜びをアピールしようしているわけではないので、あしからず。
「(マリーってこんなまつ毛長いのか。それに改めて間近で見てみると、すっげぇ美少女だよな……)」
マリーは眠り姫のように可愛らしくも目を瞑っていた。
まるで人形のように整った顔立ちにクセっ毛のある髪、唇から伝わる女の子としての柔らかさと彼女の温もり。そして香水のように甘く香る匂いが余計そう思わせていた。
「ちゅっ。……あら。ふふっ、照れているのね。可愛らしいわ。私は何をするにも一番でなくてはいけないのよ。これでちゃんと理解したかしら?」
マリーは永遠とも思える口付けを終え、唇を離した。そしてそのまま再びキスするように顔を近づけたまま、「私の初めてを奪ったのだから、ちゃんと責任取りなさいよね」っと余裕を持った笑みと共にそう囁いた。
「(コクコク)」
今なお彼女の吐息と熱が伝わり、当てられそうになってしまう。そしてそんな雰囲気に呑まれ何も考えのないまま、彼女の言うなりに二度ほど頷いてしまった。
「もーきゅっ! もきゅもきゅ!! きゅきゅ!!」
「うわっ、なんだ!? も、もきゅ子っ!?」
今まで静観していたもきゅ子だったが、突然暴れ出し短い手足バタつかせ、もきゅ語で騒ぎ出していた。
「あらあら、これは嫌われちゃったかしら? ふふっ」
もきゅ子に嫌われたと言いつつも、マリーは余裕のある笑みのまま勝ち誇ったようにアヤメさんとシズネさんにドヤ顔を決め込んでいる。
「ぐっ!?」
シズネさんは少し顔を歪め、明らかに不機嫌そうな顔をしていた。
「くすりっ」
そんな俺達のやり取りが可笑しいのか、アヤメさんは軽く握りこんだ右手で口元を隠すように笑っていた。
そろそろ物語も始まるのかなぁ~なんて匂わせつつ、お話は第32話へつづく
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