「は~い♪ ナポリタンお二つあがりましたぁ~っ♪ アマネ、奥の四番テーブルにお願いしますね! サナ、あちらの二番テーブルですよ。さっきみたいに落とさないように気をつけてくださいねっ!!」
「あいや、その命令ぇ~……この勇者アマネが心得ぇ~たぁぁぁぁっ!!」
「そのようなこと言われなくとも、妾だって分かっておるわ! 落とさねばよいのであろうにっ!!」
ジュ~ッ。シズネさんは出来上がったばかりの熱々ナポリタンをカウンターテーブルへと置き、給仕をしている二人へと声をかけた。
いつもどおりアマネは歌舞伎ながら応対をし、先程配膳時に失敗したサタナキアさんは今度こそ落ちぬようにと剣先だけでバランスを取りながら、フラフラ、フラフラしながら、料理を待ちわびるお客の元へと運んでいった。
また音もなく浮遊しているとお客だけでなく従業員であるアマネやもきゅ子にも危ないからと、サタナキアさんは「ファ~ン♪ ファ~ン♪」っと自ら浮かび移動している効果音を口ずみ、周りにいる人にその存在を知らしめていた。
またこのテーブルを『番号』で呼ぶアイディアは、アマネが元いたギルド直営レストランで使われたシステムだった。客から注文を受けた給仕以外の人がどこのテーブルに料理を運べばよいのか、また混雑時には俺達料理人でさえも出来上がったばかりの料理が冷めぬ内に運ぶ際、とても役立っていた。
これならば料理を運ぶテーブルを間違えたり、今現在調理している注文品を、そして誰もが一目でその注文順が分かるため効率を考え、シズネさんはこのアイディアを採用した。
「今日も客が昼に集中してるなぁ~」
今日もお昼時だけ混雑していた。ウチのようなレストランつまり飲食店全般の場合、絶対にお客の入りが重なる時間帯であるランチタイムがその日一番の稼ぎ時なのである。これが朝や夜になるとお客の入りがまちまちになるため、混雑する日とそうでない日が必ず出てきてしまう。
だから少々の無理をしてでも調理時間短縮と来店するお客の案内とテーブルの片付けを効率化し、回転率を上げなければならないのだ。そうでなければ今の時間帯ランチタイムでお客が料理を待つ時間や座るまでの時間が長引く事で店の中へと中に入れず、来店するはずだった客が帰ってしまうこともあるのだ。
またお客も暇ではないので、どんなに料理が美味しくて安い店だったとしても待ち時間が長い店は敬遠されがちになり、下手をすれば別のお店や露店などに流れてって二度とウチの店に来店しなくなるだろう。ひいては本来得られるはずの売上を得ることができず、また客の数自体も次第に減っていってしまうのだ。
「ふぅ~、っと。こんなもんかな」
「旦那様~、掃除終わりましたでしょうか~」
俺は地の文を回想しつつも、溜め息をつきながら床を掃除していたのだ。何故これまで説明したとおり、「忙しい時間帯なのに床の掃除なんてしているだよ?」と思われるだろうが、これもサタナキアさんが原因……ガッシャン!!
「うわっ、アチチチチッ!? てめえ、なにしやがんだクソ野郎がっ!!」
「す、すまんのじゃ。というか、そのような所に座っている方が悪いのじゃぞ!!」
「すみませんすみませんっ!! ほら、サタナキアさんも早く謝らないとっ!」
そうサタナキアさんが料理を、それも熱々に熱せられた鉄皿inナポリタンを運ぶ度に落としてしまい、俺がその後始末をさせられていたのだ。
「なんで妾が謝るのじゃ、小僧よ! むしろハゲ頭に毛が生えたようになったであろうに。妾は感謝こそされ、謝る道理などないわっ!! かっかっかっ」
「いやいや、そりゃいくら何でもこのハゲたおっさんに失礼すぎんだろうがっ!! このおっさんだって、好きで頭部をハゲ散らかしてるわけじゃねぇんだぞ! ハゲはハゲなりの激しい言い訳があるんだよ!!」
しかも今度は客の頭目掛けて落ちたものだから、もうそれが髪の毛なんだかナポリタンの麺なんだか、もはや見分けがつかないほどである。
「てめえら……よくも俺様のキュートでアイディンティティ溢れる、この頭部を辱めやがったなっ!! 表に出ろおうぅぅぅっ!!」
「うわっやべっ!? 一体どうすりゃいいんだよ、これだよっ!?」
「なんじゃとーっ!? やる気なのか、このクソ坊主風情がっ! ならば、この聖剣フラガラッハの錆にしてくれようぞ、さぁさぁ覚悟するがよいわ!!」
ガッシャーン!! そのおっさんはいかにも強そうな斧を振り回し、プッツンキレッキレ状態になってしまった。あと相手の武器を見て興奮しちゃったのか、サタナキアさんも謎の逆ギレを披露している。
近くにいた他のお客達もいきなり武器を振り回すおっさんに驚き、たじろぎ料理やジョッキを持ったまま自分のテーブルから離れている。
このままここで戦闘が始まってしまえば他のお客達にも迷惑がかかり、ひいては店の評判にまで影響してしまうと懸念した俺はこの事態を収めるため、周りに使えそうなものはないのかと見渡した。
「あっ!? あ、あれは使えるかもしれない……」
俺はとあるものに目をつけ、急ぎ行動に移すことにした。
『この事態を打破するため、何を見つけましたか? 以下よりお選びくださいませ♪』
『アマネが運んでいる熱々ナポリタン』更に頭に乗せて毛の増量を図ってみる?
『何故かその隣のテーブルに座っているシズネさんに声をかける』何でそこにいるんだよ……
『サタナキアさんに声をかける』ふははははっ。我が世界を滅ぼしてくれようぞ!
「(ほんとロクな選択肢ないよなぁ~。どれ選んでも結局同じじゃねぇか!? というか、全部喧嘩売って更に状況悪化してんじゃねぇかよ……)」
俺は何かしら選ばないといけないと物語が先に進まない……そう決意し、アマネの名前を呼ぼうと声をかけようとした。
「アマ……」
「おっとと」
だがアマネはバランスを崩し、今にもハゲ散らかしているおっさんの頭目掛けてナポリタンを乗せようとしているので、止めた。
「シ……」
「(ニッ♪)」
そして今度は何故か隣のテーブルにいるシズネさんに声をかけようとするのだったが、口元を少し上げ悪魔の微笑みだけで何もしてくれようとはしなかった。というか、サボってねぇで仕事しろや!
「…………」
「なんじゃ小僧。妾のことは呼んでくれぬのか?」
自分だけ一文字すら名前を呼ばれないことが寂しいのか、サタナキアさんは逆に声をかけてきた。だがトラブルメーカーであるサタナキアさんの問いかけに反応しては、更なるトラブルを量産してしまうので無視することに。
「もきゅもきゅ♪ もきゅもきゅ♪」
「も、もきゅ子っ!? こ、こっちに来てくれないか! 早くっ!!」
「もきゅもきゅ? もきゅ♪」
ちょうどタイミングよく、そこらを歩いているもきゅ子に声をかけることができた。俺の意図が伝わったのか、「なぁ~に、また困りごとなのぉ~? 今行くから待っててね♪」っと可愛らしく返事をしてくれた。
実を言うともきゅ子ならば、その可愛らしさを武器にハゲオブザイヤーに輝くおっさんを宥められるかもしれない……そんな思惑があったのだ。
「(な~んてのは言い訳で、ホントは同じく頭部がツルッツルのもきゅ子ならば、おっさんも同じ仲間だと認識してくれると思っただけなんだけどね)」
「もきゅ~♪」
トテトテトテ……。ペンギンのように可愛らしくも右左右左っと体ごと揺らしながら、もきゅ子が俺の元へと来てくれた。そして「到着ぅ~♪」っと抱きついてくる。そんな行動が何とも愛らしい。
だがいつまでももきゅ子の癒しを堪能するわけにもいかず、抱きしめ短い両手を少し引き離すとこう声をかけた。
「もきゅ子、あのおっさんをどうにか宥められるか? 頼むっ!!」
「も、もきゅっ!? きゅ~……もきゅ、きゅ!」
俺はプライドもクソもなく、自分の身長の1/3もないもきゅ子へと頭を下げ必死に頼み込んだ。いきなり言われもきゅ子は驚いた表情をすると「そ、そんな頭なんて下げないでよ!? あの人……うん、任せてよ!」っと自らのお腹をポンポン叩くと、自信のある表情で俺の目の前テーブルの上へと乗り、おっさんの前へと躍り出たのだ。
「もきゅもきゅ!」
「ああん? 何だこの赤いのは……おめえ……」
おっさんはもきゅ子を見たその瞬間、目を奪われたかのように釘付けとなっていたのだ。
「(うっし! やっぱもきゅ子は頼りになるぜ!!)」
「もきゅ、きゅ! (ペチペチ)きゅーきゅーっ」
俺は心の中で喜びながら、思わず拳を握りこんでしまう。そしてもきゅ子は「ほら、見てよ! 私の頭も貴方と同じなんだよ」っと言いたげに、短い両手を必死に頭へと伸ばすが届かず、額辺りをペチペチっと叩いてアピールしていた。
「お、おめえも俺と同じ目に……遭ったのか? うおぉ~ぃ、おいおいおい(泣)」
「きゅ、きゅ~っ(泣)」
どうやらおっさんが頭をハゲ散らかしたのには、何か外部的要因があったらしい。まるでもきゅ子とおっさんが謎の絆で結ばれたかのような、そんな何とも言えぬ雰囲気を醸し出すと互いに泣き出しながら抱き合っていた。
「(……何やってんだ、コイツら?)」
俺は読者を代表してその場に佇み眺め、そんな真面目なツッコミをすることしかできずにいた。
「「「ぬおぉぉぉぉぉぉっ!!」」」
「な、なんだ一体っ!?」
いきなり客の男達が数人、その場で立ち上がると大きな叫び声を上げた。俺は何事が起こったのか理解できずに目を白黒させ、その場から動けないでいる。
そしてそんな俺を尻目に近くのテーブル席へと座り、サボっていたはずのシズネさんがスクっと立ち上がると、両手を広げ店の隅々まで響き渡るよう声高らかにこう宣言した。
「皆様っ! 当店ではこのような催しが毎日行われます。また時間帯も問わず不定期に開催する予定ですので是非とも毎日朝昼晩っと、お食事やお酒だけでなくショーをお楽しみにいらしてくださいねっ!! また本日はお客様を驚かせたお詫びと致しまして、一杯ずつではありますがエールを無料提供いたしたいと思います! 皆様っ、本日はどうもありがとうございました♪」
そうしてシズネさんはお客の目の前で丁寧なおじぎをしながら挨拶を終えたのだった。
「(パチパチパチ)面白かったぞーっ! 途中から本気にしちまったじゃねぇかーっ!!」
「(パチパチパチ)また明日も来るからねーっ!」
「(パチパチパチ)おっさぁ~ん、良いキャラしてんなぁ~っ!」
「(ペチペチペチ)もきゅ~♪」
「(ペチペチペチ)よっ、明日も期待してるからねーっ!!」
その途端、割れんばかりの拍手喝采と声援が各テーブルからあげられた。来店していた客が皆一様に、今し方行なわれたショーを褒めていた。あと何でか知らないけれども拍手している客の中に、頭をペチってるもきゅ子とさっきのハゲおっさんも交じってるのは、俺の幻覚・幻影気のせいなのだろうか?
「(……というか、どっかで見たことあるおっさんだよなぁ~。もしかしてリサイクル……いや、まぁ敢えてはツッコミを入れないのが無難なのかもしれない)」
俺はおっさんの容姿に既視感をジャブジャブと感じつつも、スルースキルを発動することにした。
そうしてシズネさんに近づき、事の真相を訪ねようと声をかけることにした。
「シズネさん……今のが催しってのは一体な……」
「シィッ♪」
唇に右の人差し指を当てられ、「これでいいのですよ……旦那様♪」っと小声で囁いた。それは今のが想定外のトラブルでシズネさんがそれに合わせ、数日後から行なうはずだったショーの宣伝にしてしまったようだ。また大盤振る舞いとして客一人に付き、エール一杯提供することで更なる集客を呼ぼうとしているようだ。
「さぁ旦那様、アマネ。皆様にエール一杯ずつ振舞ってくださいね♪」
「あ、ああ……分かったよ!」
「う、うむ! 心得た!!」
俺とアマネは急ぎ、客に配るためのエールを提供することにした。またジョッキを持ちエールを注いでいるその途中、背後からお客達に聞こえぬよう小声でシズネさんが声をかけてきた。
「(あっ、ちなみになのですが……これは無料提供ですので、エールを注ぐときはいつもより下目の6分程度にお願いしますね♪)」
例えお客に無料で振舞うと言ってもちゃっかりと何食わぬ顔でしれっとそのコストカットを謀るあたり、俺の妻であるシズネさんはしっかり者であった……。
想定外のトラブルでさえも伏線にしつつ、お話は第55話へつづく
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