「ただいまーっ。みんな~、勇者であるこの私が勇ましい水を汲んで来てやったぞ! ほら、マリーもナポリタンばかりじゃ味気ないだろ? さぁさぁ!」
そんなときアマネが裏にある井戸から水を汲み、木のコップに入れ二つ持ってきてくれたのだ。
「(……ってかアマネよ、水も無味だろ? だったら余計に味気無くなるんじゃねぇのか? そもそも勇ましい水ってどんなだよ? 『俺、今からこの人間に飲まれるけど、怖くないぞ!』って感じか? いやいや、それ擬人化に例えたら普通に自殺行為になっちまうだろうが。たぶん『勇ましく』ってのを誤字ったのかな……)」
などとツッコミ処満載のアマネがマリーとアヤメさんの前に水を差し出した。
「あら、アマネ。……お水を持ってきてくれたの?」
マリーはアマネから水を受け取ったのだが、ちょっとだけ顔を顰めている。
「アマネさん、こちらにいらしていたのですね! ですがあのぉ~、このお水は注文になるのでしょうか? それならば、私はエールの方が良かったのですが……」
マリー同様アヤメさんも受け取ったのだが、「注文していないのに……」っと少し不安があるようだ。
「ふふふふっ。ウチの店ではナポリタンを注文するとですね、ななな、なんと水を無料サービスとして提供するようにしているのですよ! ま、改めてエールをご注文なさるのならば、ちゃんと代金は戴きますけどね」
シズネさんは『水の無料提供』を自慢げになって説明していた。
「水を……無料提供しているのね」
「そう……なのですか」
マリーもアヤメさんもこれには驚いた様子である。もっともこの付近……というか、今は文字通り潰れた向かいのレストランでは料理同様に有料にて提供していたのだ。
またマリー達はギルドの人間。それも長と従者なのである。当然『水源の管理』も把握しているし、庶民達に有料で販売もしている。だからウチの店でナポリタンを注文してのサービスだからと言って、水の無料提供することは彼女達に対する宣戦布告と言っても決して大げさではないのだ。
「あ、あの……」
俺はマリー達が怒るのではないかと気が気ではなかった。何故ならこの街で暮らす人間にとって『ギルド』というものは畏怖の存在であり、またそれと同時に生活のすべてである。それに喧嘩を売るということは……即ちそういうことのなのだ。
「ふっ……ふふっ……ふはははははっ。あっはははははっ」
だがそんな俺の心配を他所に、マリーはお腹を抱え盛大に笑い出したのだ。
「「…………」」
いきなり笑い出し、俺もシズネさんも呆気にとられてしまう。
「ねぇアヤメ、今の聞いてたかしら? この店では水の無料提供をしているのですって。あーおかしい♪」
「そうですね、お嬢様……ですが、これはしてやられましたね。ふふっ♪」
マリーだけでなく、アヤメさんも口元に軽く握った右手を当て笑っている。
「な、何が可笑しいのですか……そのように笑ったりして。ワタシの店を馬鹿にしているのですか!?」
シズネさんは今までの冗談とは違い、とても不機嫌そうな顔で怒りを露していた。
「ふふっ。全然馬鹿になってしていないわよ。むしろ褒めているのよ」
「褒めている?」
俺にはマリーの言っていることが理解できず、思わず聞き返してしまう。
「えぇ、えぇ。だってそうでしょ? 水を無料提供すれば、オジ様が所有している『商業ギルド』に喧嘩を売るわけですもの。それも堂々と真正面から……これが褒めなくてどうするのよ?」
「うん???」
俺はマリーの言葉を受け、余計に混乱してしまった。だがすかさずアヤメさんが横から補足してくれる。
「実はお嬢様は兼ねてより、ギルドには権力がありすぎるとお考えだったのです。ですがその権力を掌握している方々はみな親族ばかりでして……それでどう抑えるべきかをいつも悩んでいたのです。それを真正面からとは……ふふっ」
アヤメさんはそう説明しながらも、「それが外部の方から、いとも容易く打ち破ってしまわれるとは……」っと笑っていたのだ。
「マリーはギルドに不満があるのか? だって長……なんだよな?」
俺はアヤメさんの話が信じられず、改めてそう聞いてしまうのだった。それもそのはず、ギルドすべてを束ねているマリー自身がそのギルドを潰そうとしているだなんて、誰が信じられるというのだ? 正直とてもじゃないが俄かには、信じられる話ではなかった。
「ま、そうでしょうね。貴方が信じられないと言うのも頷けるわね。でもね、本当よ。今のギルドは腐っているわ。各ギルドは「庶民のために……」という大義名分を傘にあらゆる手でカネを奪い、そしてその手中へと収めている。でもね、これでは『権力からの支配』であり、『奴隷』と一緒なのよ。それはもちろんカネだけではなく体も、それに……心までも支配する。今はまだギルドだけで抑えられるから良いものの、このままではいつか手痛い代償を支払うことになるわね。でもそうなる前にワタシはギルドにある権力を殺ぎ、未然に阻止しようと考えているのよ」
マリーは自分のギルドの存在に対し、まるで疑問があるような口ぶりでそう語ってくれた。どうやら庶から見れば国を超える存在のギルドでさえも、内部では一枚岩ではないのかもしれない。
コメディも面白さだけではなく、ちゃんとした物語も描きつつ、第36話へつづく
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