僕たちはあてどもなく残り一体のモンスターを探していた。
僕は倒れそうになった少年を抱きとめた。彼は高熱を出し、ぶるぶる震えていた。
「どうしよう…吹雪さん!」
僕がそう言って彼女を振り返ろうとした時、彼女はもう僕たちに向かって屈み込もうとしたところだった。
吹雪さんはスカートの裾をたくし上げて膝をつき、シャツをまくって少年の額に手を当てて、それから目を閉じてじっとしていた。
「…これでよし。あとは目覚めるのを待つだけでいいです」
彼女がそう言った時には、腕の中の少年はすうすうと寝息を立てているだけで、苦しそうでもなく、震えてもいなかった。僕はほっとした。
でもその様子を見ていたヴィヴィアンさんは、僕の手から少年を奪い取るように引き寄せた。
「あっ…」
僕は急にそんなことをされたのでびっくりしたけど、昨日聞いた話を知っていたから、そのまま黙っていた。
でも、僕が何も言わないのもヴィヴィアンさんの気に入ったわけではないらしく、彼女はじれったそうに僕を睨んでいた。
とにかくと、ロジャーさんや僕たちはその場に集まって相談を始める。
「どうする?アイモが寝ちまったんじゃ、俺たちはどうも動きにくいぜ」
ロジャーさんがそう言うと、横からジョンさんはこう言った。
「攻めるだけなら俺たちが協力し合えばできるとは思うが…」
「そうね、多少の負傷を覚悟すれば、いい線行くと思う。吹雪、大丈夫そう?」
ヴィヴィアンさんがそう言って吹雪さんを振り向くと、吹雪さんは黙って頷いた。
「だってよ、新入り。お前は平気か?」
ロジャーさんが僕にそう言ったので、僕は「多少の負傷」という言葉が気にかかってはいたけど、なんとか「はい」と言った。
それから僕たちは、岩場が続く荒れ果てた地平線に向かって、2キロばかり歩いた。
アイモというらしい少年は、ヴィヴィアンさんが背負っていた。
ゴツゴツとした足場を一つ一つ踏み越えていくだけでも僕はかなり疲れたけど、「もう慣れたもの」と言ったように、他の人たちは平然と突き進んでいく。
ある小さな岩陰を越えると、僕たちは小さな沼くらいの、水の張った地帯に出た。
「変だな、こんなところに沼なんかあったか?この前来た時は…」
そうジョンさんが言いかけると、急にその沼が持ち上がり、ざばりと水が降りた時、さっきと同じ巨大なモンスターが姿を現す。
「出た!ロジャー!」
「おうよ!」
ロジャーさんはそのモンスターに手をかざして「喰らえ!」と叫んだ。
水をまとっていたはずのモンスターの皮膚は一瞬にして干からび、熱く熱しているのが苦しいのか、モンスターはもがき苦しんでそこらを転げ回る。
沼の水がこちらまで飛んできて、地面がズシンズシンと大きく揺れた。
「こっちに来るぞ!みんな俺の後ろに回れ!」
苦しがって暴れ、こちらに向かって転がってきたモンスターにジョンさんが両手を向ける。
それは一瞬のことだった。
モンスターの、まるで象牙のような鉤爪が僕たちに降りかかると思った時、ジョンさんが両腕をそれぞれ左右に払った。それで、モンスターの体は真っ二つに裂けたのだ。
「グオオオオオ!」
恐ろしい断末魔を残して、そのあとモンスターは動かなくなった。
「…報告だと3体だから、まだ近くに居るかもしれない。警戒して」
ヴィヴィアンさんはそう言いながら、モンスターに近寄った。
それは胴体から真っ二つになって、黄色いぶよぶよした腸を中から吐き出し、オレンジ色の血を滴らせていた。
辺りにどんどんオレンジ色が広がっていく。それは禍々しいと言ってもいい光景で、僕は思わず吐き気を堪えた。
「ヴィヴィアン!血に触るなよ!」
「わかってるよ」
僕はモンスターの死体に近寄っていったヴィヴィアンさんが心配になって、何をするのだろうと見つめていた。すると、僕の隣でロジャーさんがこう説明してくれた。
「ヴィヴィアンは、データ収集も担ってる。あいつの観察眼は並じゃねえからな。元の世界じゃ、あんなんで研究者だったらしいぜ」
「そうなんですか…」
ヴィヴィアンさんは、短パンのお尻のポケットからメモ帳と小さな鉛筆らしきものを取り出すと、何やら少しの間メモを取っていた。
そこにジョンさんは駆け寄っていき、「ふーむ」と興味深げな声を出す。そしてモンスターの体を拳でコンコンと叩いた。それはかなり硬いようだった。
「…こいつはいい。ヴィヴィアン、剥ぎ取っちゃダメかい」
「待ちな。こいつと似た種には、内臓に触るだけで有害な奴が居る。今調べるよ」
そう言うと、ヴィヴィアンさんはもう一つのポケットから今度は手帳を出して、調べ物をしながら独り言を言っていた。
「オレンジの血…オレンジ…。黄色の内臓は…」
しばらくパラリパラリとページをめくっていたヴィヴィアンさんは、「うん、やっぱり」と言い、手帳を閉じた。
「大丈夫。こいつなら多分、触っても害は無いよ。有毒種の内臓はオレンジが濃くなるんだ」
「ラッキー!」
ジョンさんは嬉しそうに、デニムにくくりつけた革の道具入れからナイフを取り出して、その場でモンスターから殻を剥ぎ取ろうとした。
しかしそれはかなり硬かったのか、一度違うナイフに持ち替えてからバリバリと剥がれていく皮を引っ張る。
それを僕が口を開けたまま眺めていると、僕の隣に寝かされていた少年が、気がついたらしく起き上がった。
「う、ん…眠い…」
「あ、起きたんだね」
僕と目を合わせると、少年はびっくりしたのか、うつむいて顔を真っ赤にする。
内気な子なのかなと思ったけど、「さっきは、疲れさせちゃってごめんね」と僕は謝った。
すると少年は僕を見ておろおろしていたけど、しばらくして「大丈夫…」とだけ言った。
ヴィヴィアンさんとジョンさんが戻ってくると、僕たちはもう一度話し合いをした。
「アイモ、目が覚めたんだね。気分は?」
「大丈夫か?二班の方に戻っても俺たちのことは心配ないぜ」
「かなり疲れていたし、そうした方がいいかも」
口々にみんながそう言っていた時、「アイモ」と呼ばれた白髪の少年は、急に目の前を睨みつけ、まるで敵を目の前にしているかのような顔をした。
「…大丈夫。僕、できるよ」
「アイモ」がそう言った時の目の色には、確かに憎しみが見えた。
僕はほんの小さな少年が見せたその表情に驚いていたけど、周りのみんなはそれに気づかなかったかのように、「そうか、じゃあ行こう」と言って、僕たちはそこを去った。
「それにしても、まとめて3体かかってきてくれりゃ楽なのにさあ、こんなに岩場を歩いたら、足が太くなっちゃうよ」
「文句言うなよ。俺は3体同時の方がいやだぜ」
先頭を切るロジャーさんの後ろで、そんなふうに言いながら、ロジャーさんとヴィヴィアンさんが歩いている。
僕はその後ろで隣に居たアイモを気にしていて、吹雪さんは黙って僕たちの後ろからついてきていた。
なかなかモンスターが現れないから僕たちは探し回ったけど、今度は音もしないので、現れるのを待つくらいしか出来なかった。
「それにしても、居ないねえ。おなかがすいてるから早く帰りたいよ」
「そいつぁ同感だ。まったく。食える奴が出てきたらすぐに食っちまいたいぜ…」
そんな会話が聴こえていた時、僕は後ろに居る吹雪さんに「どうしましょうか」なんて話しかけようとして、振り向いた。
そして、僕は戦慄し、叫んだ。
「吹雪さん!」
彼女の後ろから、ぬらぬらしていて木の幹ほども太い、長い触手が音もなく襲いかかろうとしていて、それはあと何メートルかで僕ら全員を飲み込みそうな数と長さだった。
僕は無意識に吹雪さんの手を取ろうと駆け出して、僕の声に驚いて振り向いたロジャーさんたちも、闘おうと身を翻す。
「おいでなすったな!」
「吹雪姉ちゃん!」
「きゃあっ!」
叫び声がこだまする。なんと、吹雪さんは真っ黒い触手に捕まえられて、その触手の根本にあった、モンスターの口へと引きずり込まれていったのだ。
「吹雪!」
ヴィヴィアンさんが叫んで手を払うと、飲み込まれかけていた吹雪さんを絡め取っていた触手が破裂し、弾け飛んだ。
「これが爆発か」。そう思って僕は少しほっとしたけど、モンスターはそれで怒り狂ったのか、僕たちに向かって猛烈な勢いで飛びかかってきた。
「…ストップ」
アイモがそうつぶやいて両手を掲げると、飛びかかろうと地面から跳ねた瞬間のまま、モンスターは動かなくなる。
「よしきた!」
「任せろ!」
血の気の多い男たちがそこで触手を切り落とし、本体を黒焦げになるまで焼き尽くした。それで終わった。
本当に、十秒くらいのことだったんじゃないかと思う。僕はただ見ていることしか出来なかった。
あまりに素早く、モンスターは見る影もない体をどさりと地に落とされて、転がった。
「終わったね。帰ろう」
アイモはそう言って、どこかさみしそうな顔をしていた。
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