令は先ほど女性が“爆発”した場所の近くを目指して走っていた。
あのタイミングで爆発が起きたのは、作為的なものだろう。
ならば女性を爆発させた犯人はきっとあの時、あのそばに居たはずだ。
令はそう考え、あの角までやってくる。今も人の気配はない。
都会の人間の関係性の希薄さか、あんな爆発が起きたというのに辺りには誰も出てきてはいないのだ。
だがそれも当然の防衛術かもしれない。
最近では、こんな事件も近所で起こってしまうのだから。
令は周囲を見回す。犯人は闇に隠れて何処かからこちらを見ていたはずだ。
今度は何も見逃さないように、意識を集中させて闇を見詰める。
――ふと、何かの音が断続的に聞こえていることに気付く。
それは何処かの民家から漏れ出てきているものか……。
しかし音は屋外で響いているように感じられた。
かすかだが、「ピッピー、ピッピー」と音が響いている。
令は闇に耳を澄ます。
意識を集中すれば、音が聞こえてきている方向が何となく判った。
令は、恐る恐るその音がする方向へ歩いていく。
これは何の音だ? 聞き覚えのあるような――。
音源は意外に近くにあるらしく、歩いていくに連れ音量を増す。
音は近い。電子音だ。
繰り返される電子音が響いている。
その音は明らかに近くで聞こえているのに、令はその正体を見つけることが出来ない。
令は警戒しながら辺りを見回す。
――そして、不意にそれを見つけた。
ガードレールの上に“何か”が乗っている――。
令はそれを凝視する。
それは――子供向けのニワトリの目覚まし時計だった。
――次の瞬間までは。
目も眩むような明るさで、それは爆発した。
令も反射的に腕で顔面をガードする。
その、背後だった。
令の体躯を大幅に超えるような人影が、令の後ろに聳える――。
令はその人影に気付いていない。
その人影が、令に向けて拳を振り下ろす――。
――満月によって落とされた足元の“その影”に、令はその瞬間気が付いた。
振り向きながら令は腕をクロスさせてガードする。
正にそこに、敵の拳が叩きつけられた。
令は軽々と宙に浮き、大きな弧を描いて吹っ飛ばされる。
だが辛うじて低い姿勢で着地には成功し、令はそのまましゃがみ込む。
敵の攻撃をもろに受けた左腕が軋んで悲鳴を上げる。
この身体では痛みこそ感じないが、その重い衝撃は全身で感じられた。
令は攻撃をしてきたその“人影”を睨む。
そこには――身長二メートル三十センチはありそうな、巨体の“器”が立っていた。
否、巨体の“器”に入った連続殺人犯が、遂に姿を現したのだ。
まるで中世の鎧を彷彿とさせる敵の“器”。
銀色の巨体が月光に鈍く光る。
「かくれんぼは止めて出てきたか、“爆発魔”」
「……いつからテメエが“鬼”になったんだ? ――“鬼”はオレだろ」
――敵が小首を傾げながらその言葉を言った途端、令の左腕が爆発する。
「グゥッ!!」
敵の攻撃を受けた箇所が爆発、消滅し、令の左の拳が宙に舞い、ぼとりと地面に落ちる。
肘から先を失った左腕から、白煙が昇る。
敵はその様子を、淡々と見詰めていた。
しゃがむ令を威圧的に見下ろす。
「マッタク――オレの楽しみの邪魔をする奴がいるかと思えば、“SCCA”の人間かよ。もう出張ってきやがったか」
「……安心しろ、俺はSCCAじゃあない。ただの“賞金稼ぎ”だ」
喋りながら、令は思考していた。
左腕が爆発した。
――しかし、爆発したのは“左腕”だけだ。
ということは、敵は接触した“部分”だけを爆発させることが出来る能力者だ。
「“賞金稼ぎ”ダア? リヴァイヴ犯罪者に“賞金”なんて懸かってたかよ?」
「正式には“捜査協力費”って名目だ。一般人が無理するといけないから公にはなっていないけどな」
喋りながらも、令は敵の様子を観察する。
巨大な体躯、落ち着いた態度。
有り余る自信がそこかしこから溢れ出していた。
今も慌てて攻撃してくる様子がない。令は訊ねてみる。
「ところでさっきお前が言った“楽しみ”ってやつは、ひょっとして昼のことか?」
令のその厳しさの篭った声の質問に、敵がぴくりと反応する。
そして、敵は肩を揺らし始める。
地下から響くように低く、敵は笑っていた。
「アア、気付いてた訳じゃあなかったのか。――ククッ、そうだよオレの“舞台”さ」
「……舞台?」
「そう、脚本演出監督はオレ。出演は……あー、なんだっけかな、安田だか金子だかっていう男さ」
令は、本来の肉体であれば、今眉をしかめている。
敵の短い言葉で全てが把握できた。
目の前で女性が爆発した時から予想はしていたが、それが望まなかった真実であると確信に変わった。
「お前――“刺させた”のか――! “爆発させる”と脅して、善良な人間に人を刺させたのか!!」
敵は短く沈黙する。
そしてやれやれといった様子で肩を竦めてみせる。
「いーや、それは正しくないね。――“刺せ”じゃあない。“殺せ”と言ったんだ、正しくは!」
そう言って敵はケタケタ笑い始めた。
全てを馬鹿にした笑い。
人も、令も、命も。
「テメエ……ッ!!」
「オマエのお陰で失敗しちまったがな。まあ、ドでかい花火が見られたからヨシとするがな。……お前のお陰で見られたんだぜ? あの花火はよぅ……!」
ネットリと、ねばりつくような陰湿さで敵は令に吐いて捨てた。
令は“器”の姿でもハッキリと分かるほどに、怒気を纏っていた。
「トラックの運転手もお前の言いなりに――ッ!」
「ハハッ! イーイ働きをしてくれたよ! “あの女”と違ってナア!! テメエの連れのガキを殺せって命じたのに、出来ねえと怖気付くからあの女は爆破してやったのヨオ!!!」
“あの女”という言葉が指すのがさっき令の目の前で爆発した女性であることは、考えもしなくても理解できた。
令は立ち上がる。
確かな怒りと覚悟を持って。
「お前は必ずここで倒す!」
「ヘーエ! そりゃ怖い! だが片腕失くしたおマヌケさんが一体何が出来るのカナア?!!」
敵は両腕を広げて爆笑する。
夜の住宅街にその不快な笑い声が木霊する。
しかし令は、努めて冷静だった。
怒りは深いところに身を潜めて、今はしんと冷えた頭で敵を見ていた。
令は、腰に手を回してベルトに付けられたボックスを開ける。
敵は令のその動きを大げさに首を傾げながら眺めている。
ボックスから離された令の手には、“何か”が握られていた。
「どんな秘密兵器を出すのかナア?」
「これだよ」
その言葉と共に、令は拳の中のものをバラ撒いた。
それは――いくつもの“石”だった。
「バッ! ――ハッハッハッ!!! おいおい小石かよ! 小石でオレが倒せるつもりな――」
言いかけて、敵が言葉を止める。
その“異変”に、敵は気が付いたのだ。
――投げた石が、地につかない。
石の群れは、宙を漂っているのだ。
「なっ、なんだコレはっ?」
「お前を倒す武器だよ」
令はその手に、更にボックスから取り出した石をひとつ握っていた。
それを、宙に向かって投げる。
投げ放たれた石は、宙に漂う石にぶつかる。
弾かれた石は、また別の石にぶつかる。
そうやって連鎖的に石たちがぶつかり合い、周囲の壁や道路標識なんかにぶつかって、まるでビリヤードのブレイクショットのように空間を石が飛び交いあう。
「ナ、ナニをしたか知らねえが、石は石だ! そんなもんでオレを倒せるワケが――!」
そう言っている敵の目の上で、石が跳ねる。
それは突然動きの鋭さを増し、突き刺さるように敵の“肩”を捉える――。
「ガ――ッ!」
巨体の敵が、跪く。
そうなってしまうほど、衝撃は重かった。
「バ、バカな――何で石コロにこんな威力が――!」
敵にぶつかった石は砕け散ったが、与えた衝撃は大きかった。
肉体的にも、精神的にも。
敵の目の前では、まだ不規則に石が飛び交いあっている。
跪く敵の目の前に、また石が飛んでくる――。
「ク――ッ!」
敵は瞬間的に、住宅の軒先に置いてあったプランターに手を突っ込む。
そうすると敵は宙に“土”をバラ撒いた。それは空中で爆発する。
爆発の眩しさに令が顔を背ける。
激しい閃光と爆音のあと、一帯をもうもうと爆煙が包んでいく。
令はすぐに爆煙に目を凝らすが、敵の姿は見えない。急襲を警戒して少し後退する。
徐々に爆煙が晴れていく――が、そこに敵の姿はなかった。
「しまった!」
令は瞬時に考える――敵は何処に行ったのか。
隠れてこちらの隙を窺っているのか――それとも。
敵の言葉が脳裏に浮かぶ。
――「連れのガキを殺せって命じたのに」――。
令は即座に進路を“公園”へと決めた――。
End
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