オレがアイドルをプロデュースしたらこうなる

JUN
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第二章 アイドルたちとの対面 4

公開日時: 2020年10月4日(日) 11:02
文字数:3,131

 そしてレコーディング当日。朝から蒸し蒸しすると思ったら、昼から雨が降り出した。九月にしては冷え込んできたけど、湿度は高い方が喉にいいとポジティブに考えて、オレはレコーディングスタジオに向かった。

「おはようございます! よろしくお願いします!」

 オレは気を引き締めるように、大きな声で挨拶しながらスタジオに入った。エンジニアさん二人から「おはようございます」と返事がきた。

 既に来ていた三人は、昨日とは違い私服姿だった。こうなると、それぞれ個性が出て面白い。

結衣は淡いピンクのカットソーの膝下ワンピース。

鈴は白いTシャツに原色の黄色いベスト、ジーンズの短パンという健康的な格好だ。

「みんなおはよう。早速一人一人録ろう。まずは紫苑、ブース入って」

 体にフィットしたタイトな白いパーカーに、黒のミニスカートとロングブーツを合わせた紫苑は、はっとしたように手を前にかざす。

「後回しにして、うがいしてくる」

 スタジオを出てしまった紫苑。

 出端を挫かれて一瞬戸惑う。エンジニアはオレの様子を伺っている。事前に打ち合わせをしていたから、オレがアルバイトプロデューサーだということは知っている。その顔は、頼りないなあという表情に見えた。

オレが弱腰だから、舐められた態度を取られるのだろうか? もっとこう、命令口調とかのほうが、ついて来てくれるのだろうか?

 オレはこめかみを押さえて首を振る。できもしないことを考えても仕方がない。

「じゃあ結衣、先に始めよう」

「あの、プロデューサー」

 結衣が肩を縮めて、申し訳なさそうにオレを見る。

「今日は、見学させてもれませんか?」

「け、見学!?」

 驚いて思いのほか大声になってしまった。ビクリと結衣が肩をすくめる。

「どうして?」

「体調が、悪くて。ごめんなさい」

 どういうことだ。紫苑に続いて結衣までも。

 スタジオを使うのはタダじゃない、当然利用料が発生する。今日録れないってことは、また別の日に予約しなきゃいけない。一番問題なのは、今日録り終る予定で全てスケジュールを組んでいることだ。デビュー前で今は時間に余裕があるからずらせるけど、簡単に日程を変えられると思われても困る。ここは強気に出るべきか。

 今日録らないといけない理由を、オレにしては鋭い語気で説明した。

「ここには来れたんだから、もうひと頑張りして歌ってみよう、な?」

 結衣は両手で体を抱きしめると、小さな声で「できません」と答えた。

「結衣、我儘を言うなよ。歌えない程、体のどこが悪いんだ」

 結衣の、形のいい薄い唇が微かに動いた。

「なに? もっと大きな声で」

 オレは結衣に顔を近づけた。すると結衣は一歩下がり、白い肌を真っ赤に染めて、みるみる瞳に涙を溢れさせた。

「ごめんなさい!」

 結衣はスタジオから走り去ってしまった。

「結衣!」

 突然の事で、オレは呆然と突っ立っていた。なんで結衣は逃げ出したんだ。

「今、結衣が出て行ったけど」

 紫苑がスタジオに戻って来た。

「うん、なんかね、祐司ニイが結衣ちゃん泣かせちゃって」

「泣かせたって……!」

 事実だけど。だけど泣く程の事、オレがしたか? いいや、断じてしてない。

「ふうん」

 紫苑はオレを胡乱な目で見る。

「なんだよ」

「別に」

 紫苑は視線を逸らして、長い指で喉を撫でている。

「紫苑、戻ったならブースに入ってくれ」

 紫苑はチラリとオレを見た後、無言で中に入った。最悪な状況だ。

 それでも、紫苑と鈴の収録は終わらせないと。

 オレは気を取り直して、紫苑がマイク前に立つ姿に集中する。ヘッドフォンをつけたのを確認して、合図を送った後に曲を流す。

 紫苑が歌う声が、オレたちのいるスタジオのスピーカーから流れてきた。

「……!」

 声が、いつもと違う。

 チーフエンジニアがオレを見る。

「プロデューサー、あの子の声、少し掠れてない?」

「はい。いつもはもっと張りがあるんですが」

 ほんのわずかの違いだ。だけど本人も気づいてるようで、時々喉に手を当てている。後半になるほど走る癖は直ってないし、高音になると音程まで不安定になった。

「だめだ」

 こんなに喉が枯れているんじゃ使えない。

 どうしてだ、紫苑も、結衣も、今日に限って。

 オレは拳を握りしめた。

「すみません、彼女も後日に回します」

「了解」

 チーフはスケジュールの紙に赤いペンでメモをする。

 紫苑が歌い終わると、ブースを出るように指示する。

「なんで喉を枯らしてるんだ。今日がレコーディングの日だって分かってただろ」

紫苑は眉を上げて、オレを流し見た。

「あら、気づかないと思ったのに。そうか、耳はいいんだったわね」

 オレは拳を更に握り込んだ。爪の先が手の平に刺さる。

「オレを見下してるのは分かってるよ。だけど本番に合わせて体調を管理するなんて、プロなら最低限の務めじゃないのか?」

 紫苑は何も言わず、鞄を持ってスタジオを出ようとする。その肩を掴んで引きとめた。

「どこに行くんだ」

「帰るのよ。結衣が録れないんじゃ、どうせまたスタジオを借りるんでしょ。私もその時にするわ。ベストなコンディションで来るわよ」

 なんでこうも勝手なんだ。彼女たちのために、オレは努力してこの数ヵ月走り続けてきたのに。

「簡単にいうな! 本当にやる気があるのか!?」

 バチン!

 紫苑の平手が、オレの頬を打った。

「当たり前じゃない! 誰のせいでこんなことになってると思ってるの? 全てはあなたが力不足で頼りないからでしょ! あなたは自分の事ばっかりよ、あたしたちの人生を握ってるって、自覚はあるわけ!?」 

 紫苑はオレの胸を両手で突いた。よろけた拍子にテーブルの角が腰に当たる。痛みに顔を顰めると、紫苑はオレの胸倉を掴んだ。

「あなたさえいなかったら、もっとまともなプロデューサーが来ていたはずなのよ。どうしてくれるの!?」

 細い眉を上げ、双眸をぎらつかせてオレを睨みあげる紫苑。鬱積した憤懣を、全てぶつけてきているようだ。

 ここまで言われて黙っていられるほど、オレだってお人よしでも人間ができてもいない。大体、元はといえば、希望してプロデューサーになったわけでもなかった。

「やってられっか、こんなこと!」

 オレは紫苑の腕を振り払って、鞄を掴んでスタジオを飛び出した。鈴の声が聞こえた気がしたけど、止まらなかった。

走って走って、雨でぐしゃぐしゃになって、

頭が冷えた。

 ……やってしまった……。

 町の歩道にあるベンチに腰を下ろす。傘をさした通行人がチラリとオレを見て、何事もなかったかのように通り過ぎていった。

 張り付いた前髪をかき上げて、空を見る。雨が目に入らないように手をかざした。

「気は長い方だと思ってたのにな」

 どこからオレは間違っていたのだろう。慣れない仕事を、必死でこなして来たのに。

“あたしたちの人生を握ってるって、自覚はあるわけ!?”

 紫苑はそう言っていた。

 人生を握ってる。そうだ、分かっているつもりで、分かっていなかったかもしれない。どんなアイドル生活を送るのか、オレの先導にかかっている。若い彼女たちの将来を預かっているんだ。紫苑は特に、親の反対を押し切って九州から上京して来たんだから、やる気がないわけがないじゃないか。あの質問は愚問だった。怒らせて当然だ。

「オレじゃ、だめだな」

 明日、綿中さんに謝りに行こう。そして、プロデューサー業から降ろしてもらおう。それで来年、事務所に就職できなくても仕方がない。彼女たちに中途半端なことをしてしまったんだから。

「岩山豪からも遠くなるな……」

 そう呟いてから、はっとする。

 こういうところを、紫苑に見透かされていたのだろうか。

「はあぁぁーー……」

 特大のため息が、ついに漏れてしまった。

 やっぱり向いてない、プロデューサーなんて。

 頭を抱えるオレに、容赦なく雨が降りそそいでいた。腰の鈍痛が、やけに身体に響いた。

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