オレがアイドルをプロデュースしたらこうなる

JUN
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第二章 アイドルたちとの対面 6

公開日時: 2020年10月4日(日) 18:02
文字数:4,928

 目を覚ますと、見慣れた白い天井があった。額には冷たいタオルが置いてある。

「あれ……」

 タオルを持とうとすると、それを取り上げられた。

「起きたの? ……祐司」

「……? 母さん?」

 そんなわけがない。母は死んで……。

 首を傾けると、紫苑の心配そうな顔があった。

「ええっ? しお……」

「まだ寝てなさいよ」

 起き上がろうとしたオレは、ベッドに押さえつけられた。

「あたしがどれだけ苦労したか分かる? ガリガリとはいえ、デカイを男一人ここまで抱えて来たんだからね。それから、鞄の中漁ったわよ。ここの住所調べなきゃいけなかったし、鍵を探さなきゃいけなかったし。あとタクシー代も祐司の財布から出したから。あたしはお金持ってないし、だいたい祐司を運ぶために使ったんだから」

 紫苑は一気に捲し立てた。

「別に、いいけど」

 いつの間に名前で呼ばれるようになったんだろう? というか、今だろう。それまでは、あなたとか、そんな代名詞で呼ばれていたはずだ。

「紫苑」

「なによ、そっちだって馴れ馴れしくあたしの名前を呼んでるんだからね。祐司だって呼び捨てで充分でしょ」

「ありがとう」

「……っ」

 紫苑は顔を赤らめて、椅子から立ち上がった。寝ていると、制服のミニスカートから伸びる白い太ももの奥まで見える。もう少しで下着が見えてしまいそうだ。短くしすぎじゃないかな。

「なにか食べるでしょ? お粥でいいわよね」

「作らなくっていいよ」

「どうせ朝から食べてないんじゃないの?」

 そうだけど。

 意外にも、紫苑はまめまめしかった。

 二十分もすると、お茶とシンプルな梅干しの乗ったお粥を持ってきた。スプーンで食べさせようとするので、慌ててトレイごと受け取る。大分熱も下がってきたようだ。

「ちゃんと自炊してるのね。冷蔵庫に食材がいっぱい入ってたわ」

「料理は、結構好きだから」

 手を合わせて「いただきます」と呟いて、お粥を一口食べてみる。薄く出汁の味がついていた。

「美味しいよ」

「病人用のお粥なんて、誰が作っても同じよ」

 紫苑はベッドサイドの椅子に座って、オレの部屋を見回す。あまり家具も家電も置いていない殺風景な部屋だった。作曲する防音の部屋は別にあって、そっちにピアノやら機材やらが置いてある。

「部屋って、性格が現れるわよね」

「どんな?」

「生真面目で面白味がなくて頑固で潔癖って感じ」

 そんなイメージだったのか。

「結衣は昨日、なんで突然帰ったんだろう。しかも、泣きながら」

 そんな疑問が口に出た。本当は本人に聞きに行くはずだった。

 紫苑は膝の上に肘をつき、頬杖をついてオレを流し見た。

「知りたい?」

「分かるのか?」

 紫苑は肩をすくめる。

「生理よ」

「……え?」

「生理、月経、女の子の日だったのよ。その場にはいなかったけど、どうせ体調の悪い原因を無理矢理聞こうとしたんでしょ?」

「ぐっ……」

 だけど、原因は聞くだろう、普通。

 やっぱり女性同士は、そういう話をしているのだろうか。

「あの子が言うわけないでしょ。聞かなくても、様子を見ていれば分かるわよ。結衣の生理は重いようだったし、そういう日は全然声が出ないから顕著だったのよ」

 そうだったのか……。

 変化が顕著だったというし、オレもしっかりメンバーたちを見ていれば気づけたかもしれない。

オレはガックリと肩を落とした。

 でも、そういったデリケートな話、男のオレが聞けるわけがないじゃないか。

「そんな事ないわよ。生理の周期も把握して、スケジュール組んでる男性のマネージャーがいたのを知ってるわ。だって、重い時にライブ入れられないでしょ」

「……」

 オレはまるで綿中さんのように眉を下げて紫苑を見た。そんなスケジュール管理、オレができるとは思えない。特に結衣がオレに教えてくれはずがない。なんだか嫌われているみたいだし。

「そんな情けない顔しないでよ」

 紫苑は呆れたような表情を浮かべて、軽く息をついた。

「仕方がないわね、あたしが協力してあげるわ」

「本当、か?」

 今まであまりにも反発されていたので、お粥を作ってくれたり、周期の調査をしてくれるなんて、なにか裏があるとしか思えなかった。

「ちょっと、おかしなことを考えてるなら、協力してあげないわよ」

「か、考えてない考えてない!」

 探るような目を向けてきた紫苑に手を振って、ごまかすようにお粥をかきこむ。

 それからしばらく沈黙が続き、オレはお粥を食べ終えた。

「ごめんなさい」

 ふいに紫苑が呟いた。

「え?」

「今まで八つ当たりしていたことよ。じゃ、帰る」

 紫苑は立ち上がって踵を返した。

 あ、見えた。白だ。

「紫苑」

「なによ」

「暗くなったから、タクシーで帰ってよ。オレの財布から持って行って」

「大丈夫よ、電車賃ぐらいはあるんだから」

 少々頬を赤らめ、ふてくされたような顔で一瞬紫苑が振り向くが、歩みを止めない。

「紫苑」

「なによっ!」

「スカートはもう少し長い方がいい。見える」

 足を止めた紫苑はきょとんとした顔をしてから、真っ赤になってキッと眉をつり上げた。

「バカ!!」

 紫苑は足音も荒く、乱暴にドアを閉めて帰って行った。

 オレはクスリと笑って、空になった器を見た。

 久しぶりに、心が温かくなっていた。

 

 腹が満たされ、少し頭が回るようになった所で、帰って行った紫苑の事を考えていた。

 分かっていたことだけど、紫苑がオレに敵意を向けてきたのは、夢が真剣だからこそだ。このデビューに全てを捧げているのだろうし、だからオレの緩慢さが見えて、許せなかったんだろう。

 オレだって不真面目な気持ちなんてなかった。だけど本当に全力で取り組んできたかというと、少し引っ掛かりがあった。

 プロデューサーを引き受けたのは、岩山豪に近づけるんじゃないかという邪な心があった。曲作りに関しても、売れ筋の事ばかり考えていた気がする。

 売れ筋のコード、売れ筋のメロディー、売れ筋のフレーズ。

 商売なんだから、そう考えるのは悪い事じゃないはずだ。

 アイドルだから恋愛の歌がいいと思ったし、一般受けするように覚えやすい曲にした。

 だけどそこに、彼女たちのが歌う意味とか、そういうものを置き去りにしていた気がするんだ。

 紫苑の音域、鈴のダンス。それは考慮した。

 だけど、なにか足りない。

 彼女たちの思い。彼女たちの情熱。

「あっ!」

 オレはガバリと上半身を起こした。

「鉄也さん、出るかな」

 オレは携帯を手に取っていた。

 

 仕切り直して、今日はデビューシングル二曲のレコーディング日だった。

オレが熱を出してから一週間が経ち、十月になった空は程よい晴れもようだ。

軽い足取りでスタジオに向かっていると、紫苑の後姿に気づいた。白いシャツとジーンズのスリムパンツというシンプルな格好だったが、スタイルが良いので洗練されて見える。

 オレが声をかけると紫苑は振り向いて、ふんわりと笑顔になった。思わずドキリとした。初めて笑顔を向けられた気がする。

「おはよう、祐司」

「お、おはよう」

紫苑が隣に並んだ。元々身長差が十センチちょっとしかないので、高いヒールを履いた紫苑と顔の位置は殆ど変わらなかった。

「スカート、長くしたから。ちょっとだけね」

「?」

 一瞬なんの事か分からなかったが、すぐに制服の事かと思いだした。オレは紫苑に見えないように小さく笑った。

「メールした生理周期メモ、役に立ってるでしょ?」

「紫苑っ。感謝してるけど、そういうことは必要な時に話題にすればいいだろ」

 どう反応していいか、分からないじゃないか。

「鈴は、初潮がまだだったなんてね。生理が来たら、みんなで赤飯食べましょうね」

 紫苑がオレの耳元でコソコソと話す。

「だから、小声ならいいって話題じゃないだろう」

 オレはポーカーフェースを保つのに必死になる。保ててないけど。

「あら? 照れてるの? この手の話、苦手なんだ? もしかして、二十歳をすぎてるのに、童・貞、だったりして」

 完全にからかわれていた。ツンケンされるのも困るけど、こういう絡まれ方も非常に困る。

「ねえねえ祐司」

 オレが無視を決め込んでいると、紫苑は腕を絡めてきた。豊満な胸の柔らかさと温かさを腕に感じて、慌てて足を止めた。

「紫苑、悪ふざけはやめろって」

 至近距離に少し目尻の下がった大きな瞳があった。香水のいい匂いが鼻梁をくすぐる。

「あたしが、もらってあげようか?」

 一気に全身の血液が、頭のてっぺんと身体の中心に分かれて集中した。

「やや、やめろやめろっ、そういう冗談はマジでやめてくれっ」

 心臓が早鐘を打つように高鳴っている。オレの血よ、早く元の位置に戻ってくれ。ああもう、こういうシチュエーションに免疫がないから、どうにもならない。

 オレは紫苑の腕を解いて、早足でスタジオに向かう。カッカッとヒールを鳴らして、紫苑が追いかけてきた。

「冗談だってば祐司、置いて行かないで」

 紫苑がオレのシャツの腕を軽く引っ張った。

「……」

 歩速を緩めて振り向くと、紫苑は伺うように上目づかいでオレを見ていた。オレが困った顔を浮かべていると、紫苑がなにか思いついたかのように、ニッ笑みを浮かべた。

「そうだ。あたしたちのシングルが十万枚を超える日が来たら、感謝のチューをしてあげる」

 オレは再び赤面してしまった。

そして、こっそり首を捻った。

 なぜこんなに懐かれ始めたんだろう?

 

スタジオに到着し、集まった三人と綿中さんに、鉄也さんと作り直した曲を聞いてもらった。

「あれ、歌詞が変わってる」

「テンポが速くなってるね」

「全体が早くなってるんじゃなくて、後半が徐々に早くなってるのよ」

 そう。紫苑の歌が後半走ってしまうなら、走らせてやればいい。スピードも早めて、キーも半音ずつ上げていっている。

「疾走感パないね~!」

「変えてみたんだけど、どうかな? みんなの意見を聞きたい。前の方がよかったら、戻すよ」

 オレがメンバーを見回すと、三人から即答が返ってきた。

「こっちの方がいいよ~!」

「歌いやすくなってるわ」

「歌詞がいいですね」

 反応は上々のようだ。

 綿中さんも、うんうんと頷いている。

「いいんじゃないかな」

 綿中さんの許可ももらい、オレはホッとした。

「テーマは“夢への情熱”。タイトルはそのまま『passion for the dream』だ」

 特に、紫苑から発せられる情熱を曲に盛り込んだ。きっと聞く人に伝わるだろう。

間奏にはダンスで鈴の見せ場を作りつつ、結衣のコーラスを入れる。ポップでありながらメロディアスな曲に仕上がった。鉄也さんと思わずガッツポーズをしてしまったほどの自信作だ。

「みんな、初めてのレコーディングは緊張するかもしれないけど、楽しんで。いいものを作ろう!」

紫苑に視線を送ると、ウインクを投げてブースに入って行った。

収録はスムーズに行われ、押さえていたスタジオの時間よりはるかに早く終わった。とはいっても、とっくに日は沈んで、半円の上弦月が輝いていた。

「うええ、もう外は真っ暗だよ~」

「結構、時間がかかったわね」

「レコーディングって、こんなにハードなものなんですね」

 さすがに三人ともヘトヘトになっている。綿中さんはレコーディングが安定しているのを確認すると、途中で事務所に戻っていった。

「お疲れさま! 初めてのレコーディング祝いに、どこかに食べに行こうか。オレ、奢るからさ」

 まだ彼女たち三人揃って食事に行ったことがなかった。コミュニケーション不足だったと、改めて反省する。

「やった~! なにがいいかな、フグ鍋かな、割烹かな、お寿司かな」

 鈴のヤツ、高級かつ渋い所をつくな。綿中さんの影響か。

「あの、大丈夫なんですか?」

 結衣が心配して、こっそり声をかけてくれる。

「お祝いだからね。どこでも、好きな店を言ってよ」

 憎い岩山豪のおかげで、お金には余裕があった。普段は贅沢をしないんだけど、こんな日ぐらいはいいだろう。

「あたしは、祐司とふたりだけで打ち上げしたかったわ」

 紫苑が耳打ちしてきて、オレは苦笑する。

 

 こうして、プロデューサーとしての初レコーディングが、なんとか終了したのだった。

 

 細々と広告を打ち、ネットでも煽るように情報を流したりもした。有線やラジオで曲がかかり、評判は上々だったけれど、彼女たちのデビューシングルの初回プレスは七千枚となった。

ノンタイアップの新人としては悪くない数字だったが、トップアイドルへの道は、遥かに遠かった。

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