オレがアイドルをプロデュースしたらこうなる

JUN
JUN

最終章 決戦の行方、そして 2

公開日時: 2020年10月11日(日) 18:12
文字数:3,976

「祐司……」

 メンバーが心配した表情でオレを見ているのも、見えなくなっていく。

 

 負けた。

 

 もう二度と、岩山豪を母に謝らせるような機会など訪れることはないだろう。

 そして、オレの短い音楽人生も終わる。

 

 その日、どうやって家に戻ったのか、覚えていない。

 年が明け、去年のCD売上枚数の最終集計データが発表された。

 シングル、アルバム合わせ、『sweet heart』以外全てラブデドールに負けていた。

 完敗だった。

 

 ………………

…………

……

 どれくらい時間が経ったのか。家のインターフォンが鳴った。

 モニターを見ると、綿中さんが映っている。

「そうだ、モーニングコートを返してなかった」

 オレは畳んでいたモーニングと、封筒を手にした。

「祐司君、出社してこないし、携帯も繋がらないから心配で」

 そういえば、携帯を充電していなかった。電源が切れているのだろう。

「綿中さん、これ、ありがとうございました」

 モーニングを差し出すと、そっと押し返された。

「それは、祐司君にプレゼントしたものだから」

「そうだったんですか……でも、こっちは受け取ってください」

 オレは封筒を綿中さんに渡した。辞表だ。

「祐司君、受け取れないよ。あんなこと、守らなくたって……」

「だめですよ、オレは、負けたんですから。みんなには、頑張ってくれと、伝えてください」

「祐司君……」

 まだ言いたそうな綿中さんを押し出して、玄関の鍵を締めた。

 ベッドに横になる。

 なんにも、やる気になれない。

 何をすればいいのかも分からない。

 この二年近く、ずっと3JAMのために時間を使ってきた。

 それを取り上げられてしまった今、まるで抜け殻になってしまったようだ。

 このままずっと、家に引きこもっていようか。

 幸い一生働かなくてもいいくらいの預金はある。

 それとも、バックパッカーで自分探しをするか。

「母さん、ごめんよ……」

 オレを目を閉じた。

 

 インターフォンが鳴る。

 綿中さんが来てから、何日経ったのか、それともまだ数時間しか経っていないのか。時間の流れも麻痺していた。

 ピンポーン、ピンポーン。

 インターフォンはしつこく鳴り続ける。

 のっそりと起き上がって、モニターを見る。

 オレが見たくない顔、ナンバーワンが映っていた。

 無視して、ベッドに戻ることにする。

 ピンポーン、ピンポーン。ピンポーン、ピンポーン。ピンポーン、ピンポーン……

 インターフォンは鳴り続けた。

 うざい。

 考えるのも面倒なので、エントランスのドアを開いてやった。玄関を開けると、ジャラジャラアクセとキザなサングラスの、岩山龍一が立っていた。

 オレを見るなり、いささか瞠目したようだ。

「なんだそのナリは。飯食ってるのか? 風呂は?」

「どうでもいいだろ。なんの用だよ」

 龍一は、花束を持ち上げる。

「愛子さんの墓に案内してほしい」

 オレは龍一を睨んで、ドアを閉めようとした。龍一はドアの隙間に足を挟んできた。

「愛子さんの墓の前で、お前に話したいことがあるんだ」

「話ならここで充分だろ。だいたい、オレはもう辞表を出してるし、約束は守った。もう帰ってくれよ」

 ドアを閉めようとしても、足が邪魔で閉まらない。反対に、アッサリと片手でドアを開かれてしまった。

「まるで廃人だ。愛子さんも浮かばれないな」

「なっ……! 誰のせいだと思ってるんだ! 卑怯な事ばかりしてたくせに!」

 龍一は肩をすくめた。

「その話をしに来たんだ。ここじゃ近所迷惑じゃないのか?」

 そうかもしれない。

「車の中で話をしよう。行くぞ」

 オレの腕を掴んで歩き出そうとするので、慌てて止めた。

「待てよ、着替えてくる。いや……シャワーも浴びなきゃ」

 母のお墓に行くのに、このだらしない無精髭もないだろう。

「お前……女みたいだな」

 龍一は呆れている。

「性別は関係ないだろ!」

 三十分後、オレは龍一の真っ赤なフェラーリの助手席にいた。

 どうして、こうなった。

 車の中で話をしよう、と言った龍一は黙って運転している。オレも話しかけるきっかけがつかめなかった。

 結局、そう遠くない霊園に到着してしまう。車で墓のすぐ近くまで乗り入れられる、広い霊園だった。

「綺麗だ、祐司が掃除してるのか?」

「毎月来てるから」

 母の月命日には必ず来ていた。枯れた花を捨て、器を洗って龍一が持って来た花を飾る。豪華な白ユリだった。

「愛子さん、練り菓子が好きだったろ」

「なんで知ってるんだよ」

「何度も会ってるからさ」

 龍一はお墓に練り菓子と缶のお茶を供えた。火をつけた線香を置き、両手を合わせる。目を閉じて、しばらくそのままでいた。

母に、何を語りかけているのだろうか。

 それから立ち上がると、龍一はお墓に向かって、深く頭を下げた。

「すみませんでした」

「りゅ、龍一……?」

「勝負は無効だ。いや、僕の負けだ」

 龍一は顔をあげてオレを見た。

「親父は音楽大賞の審査員を買収していた。CD売上の発表も操作したんだ。だから祐司は音楽を辞める必要はないし、僕がこうして親父に代わって謝りに来た」

 龍一は、鳴海家、と書いてある墓石を見つめた。

「愛子さんにも祐司にも聞いてほしい。親父が愛子さんと別れるときに、うちでなにが起きていたのか」

 母と岩山豪が付き合っていた時、既に離婚協議中だった。龍一の母親の方も巨額の慰謝料さえ手に入ればいいと思っていたようだが、成立する前に母の妊娠が発覚。それを知った龍一の母親は手の平を返し、訴えてやる、必ず愛子を地獄に落としてやるとものすごい剣幕だったそうだ。子を認知することも許さないとも言っていたという。

「そんな脅しに屈せず、愛子さんと結婚していれば、親父は幸せだったんじゃないかと思うよ。僕はその頃四歳で、三人でよく遊んだ。二人とも幸せそうだったし、僕も愛子さんが大好きだった。母親になってもらいたかった。だけど二人の仲が破たんしてから、父も母も家に殆ど帰ってこないで好き勝手していたよ。僕は住み込みの家政婦に育てられたようなものだ」

 家政婦に育てられたというなら、オレもそうだ。と思ったけど、母は毎日笑顔でオレを迎えてくれた。愛されていた。

「親父なりに、愛子さんを愛していたんだと思う。だからって、許される事じゃないが」

 母は知っていたのだろうか。たぶん薄々、事情が分かっていたのかもしれない。

「親父は、祐司の事も気にしてるはずだ」

「はぁ!? そんなわけないだろ」

 あんな剣幕で事務所に怒鳴り込んできたというのに。

「親父の車に、お前の作ったCDが揃ってる」

「……」

「可愛い所もある人だ。そうじゃなきゃ、愛子さんだって親父を好きになってないだろ。基本的に反面教師にしてるけどな、僕は」

 複雑な親子だなあ、としみじみとした気持ちで龍一を見た。

「僕は、ずっと祐司に会いたいと思ってたんだ。居場所が分からなかっただけで」

 龍一は手を伸ばしてきた。

「二人だけの兄弟だ、これから、よろしく」

 オレに会いたいって……。

 龍一のロングインタビュー記事の内容を思い出した。

 オレは頭を振って、一歩下がった。

「嘘だ、オレを騙す気だろう?」

「なぜそう思う?」

 龍一は手を下げて、腕を組んだ。

「そもそも、突然勝負とか言いだすし」

「掴み合いなんか始めるからだ。ああでも言わないと収集がつかなかっただろう。それに、お前と接点ができて丁度いいと思ったしな」

「……」

 そんな理由だったのか。

「でも、だって、ラブデドールにうちのメンバーを突き飛ばすように言ったのは、龍一だろ?」

 龍一は顔を顰めた。

「違う、監督不行き届きという意味では、僕にも非はあるが」

 メンバーの個人的な判断で、勝手にやったという事か。

 でも、まだあるぞ。

「キス写真の流出の件はどうなんだ」

「ああ……」

 心当たりがあるのか、カジュアルショートの明るい髪を乱暴にかき上げた。

「うちの事務所の後輩が、雑誌を持って報告に来た。“あなたのために、親友を裏切って3JAMを陥れました”だから付き合ってくれってさ」

「それで?」

「親友を裏切るような女は嫌いだ、と答えた」

 龍一なら言いそうだ。

 まだある。

「岩山豪事務所がスポンサーになっていた野外コンサートで、3JAMの衣装をズタズタに切ったのは?」

「そんなことまであったのか? お前たち、随分嫌われてるんだな」

 他人事のような口調だった。

「龍一たちが命令したんじゃないのか?」

「オレはなにもしていないし、親父がしたのは、さっき言った二つだけだ。親父がスポンサーのライブなら、親父に取り入るために、誰かがやったのかもな」

「キー局に干されたのは?」

「干されてたのか。それも周りが勝手にやったんじゃないか? お前たち、それだけされてよく売れたもんだ」

 龍一はむしろ感心している。

 龍一は、オレたちになんの妨害工作もしていなかったのか……。

 オレはムッと唇を引き締めて、眉間にしわを寄せ、そして俯いた。

 ずっと、岩山親子を恨んできたのに。

 なにを信じていいのか、分からなくなってきた。

「祐司、来月の愛子さんの月命日、一緒に来ないか?」

 顔を上げると、龍一が再びオレに手を差し伸べていた。サングラスの奥の目を細めて、爽やかに微笑んでいる。きっと女の子ならクラッと来るんだろう、と思われる笑顔だ。

「まだ全部、信じたわけじゃないんだからな」

 ちょっと悔しい気持ちで、オレは龍一の手を握った。

「なにを疑ってるんだか」

 龍一が苦笑した。

「練り菓子、持ち帰って仏壇に供えろよ。僕は甘いものが苦手なんだ」

 長い手を伸ばして、ヒョイとお墓から練り菓子とお茶を取る。

 ふうん。甘いもの、苦手なんだ。

「お墓に供えたものって、その場で食べないといけないって決まりがあるんだよ」

「そうなのか? じゃ、お前が食えよ」

「オレも甘いのが苦手なんだよ。五つもあるじゃん。半分こしよう」

 甘いの、オレは好物だけどね。

「……まいったな」

 品のある程よい甘さの練り菓子を、盛大に眉をしかめながら食べる龍一を見て、上手くやっていけるかもしれないなと思った。

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