オレがアイドルをプロデュースしたらこうなる

JUN
JUN

第四章 トラブルだらけのアイドル生活 6

公開日時: 2020年10月10日(土) 13:07
文字数:2,126

 野外ライブから三週間ほどが経ち、アルバムのレコーディングで、久しぶりに揃った三人に会った。毎日のように歌っている彼女たちは、出会った頃よりも上手くなっている。特に結衣は格段に成長していた。

「結衣、声量が上がったね」

「ありがとうございます」

 小首を傾げて結衣は嬉しそうに微笑んだ。

うおっ、アイドルスマイルフラッシュをまともに浴びてしまった、眩しい。

 最近の三人は魅力値が上がり過ぎて、うっかり直視するとドギマギしてしまう。それではプロデューサーとしての威厳が保てないので、まともに目を合わさないようにしていた。

「鈴は? 上手くなった?」

「まあね、ははは」

 あまり変わっていない、とは言いづらい。つぶらな瞳で期待するように見ないでくれ。

「祐司、ちょっと」

 離れた所にいた紫苑がオレを手招いた。二人に聞かれたくない話なのだろうか?

「あたしのマンション、毎日男の人が張りついてるの。なんか気持ち悪くて」

「ゴシップ記者かな?」

 鈴の家といい、どうやって自宅を割り出すんだろう。やっぱり仕事帰りに追跡されてしまうのか。

「オレが家まで送って行くよ。今日もその男が来るか、部屋で様子を見てみようか」

「えっ? 祐司、あたしの部屋に入るの?」

「えっ?」

 しまった。先日鈴の部屋に呼ばれたから、てっきりそういう流れだと。

「間違った、外でチェックするから、外で」

 オレは慌てて、取り消すように手を振った。

 こっちがパパラッチの車のナンバーを知ってるってことは、向こうもうちの事務所カーのナンバーを控えているんだろうな。オレのアルファードのナンバーも変えた方がいいかもしれない。

 レコーディングが終わり、二人はタクシーで帰り、オレは紫苑を車に乗せてマンションまで送った。マンション内の地下駐車場で紫苑を降ろすから、車の乗り降りを外部の人間に見られる心配はない。

「今日はオレが外で見張ってるから、安心していいよ」

 助手席の紫苑に声をかける。

「ねえ祐司、やっぱりあたしの部屋まで来て」

 嫌じゃなかったのか?

「ドラマの台本覚えるの、手伝ってほしいところがあるし」

「芝居なんてオレ、分らないよ」

「いいから」

 結局オレは外来用の駐車スペースに車を置いて、紫苑の部屋に行くことになった。

「入って」

 紫苑の部屋はアイボリー基調で落ち着いた雰囲気だった。ファブリックや調度品も拘っていて、まるでラグジュアリーなホテルのようだった。

「いい部屋だね」

 鈴と大違いだ。部屋って趣味や性格が顕著に表れるな。あ、これは紫苑に以前言われた言葉だっけ。

「いつもあの自動販売機の前辺りに、黒い車が停まってるの」

「どれどれ」

 しっかりと閉じた厚手のカーテンをずらして外を覗く。紫苑の言う場所に、確かに車がある。

 オレは双眼鏡で車のナンバーを確認した。見覚えのある数字の並びだった。

「この車、週刊新極のカメラマンの車みたいだ」

「なんで分かるの?」

 紫苑は驚いている。

「紫苑にもマニュアル渡したじゃないか」

 暗記していたリストの、車の車種とナンバーが当てはまった。

「覚えられないわよ。あたし、車種とか全然分からないもの」

「そう? オレは元々車が好きだからかな」

マニュアルを思い出す。 

 張り込まれた場合の撃退方法、その一。

警察に通報する。

 不審者がいると通報すると、警察は必ず来てくれる。それでもまだ張っている場合もあるから、再び通報する。何度も呼ばれると警察もうんざりして、「仕事なのは分かるけど帰ってくれよ」としっかりカメラマンを排除してくれるってわけだ。

 ということで、一一〇番、と。

「お、来た来た」

 警察は十分程で来た。注意を受けたらしいカメラマンの車はいなくなったが、しばらくして再び現れた。

“一”の法則に則り、警察に何度も通報してもいいけれど、今回は試しに、次の手を実践してみよう。

 撃退方法、その二。

フリーのカメラマンでも、通常ひとつの媒体の専属になり、そのほかの雑誌や新聞などでは仕事をしないそうだ。外で張っているフリーカメラマンも、これに該当しそうだった。

 ということで、編集部に電話、と。

 おたくのカメラマンに迷惑してるんです、と訴えると、「カメラマンは社員ではないので、うちは関係ありません」という返事をされて、電話は終わった。

しかしこれは効果があって、芸能事務所を怒らせないうちにやめておこうって方向に、大概なるそうだ。編集者からカメラマンに連絡が行って、解散になると。

 さてさて、どうなるか。

 電話をしてから十五分程して、みごと車は走り去った。

「戻って来なくなったな」

 去ってから三十分が経過して、まだ車は現れない。なんとも実用的なマニュアルだった。綿中さんに感謝。

「ちゃんといなくなったのか、まだ分からないじゃない」

 紫苑はコーヒーをテーブルに置いた。豆の香ばしい匂いがする。

「ありがとう」

「コート脱いで。様子見の間に、台本につき合ってよ」

 温まってきた部屋でまだ着ていたコートを紫苑に渡すと、交換にドラマの最終回の台本を受け取った。3JAMが主題歌で、紫苑が準主役のドラマだ。

 オレが座るソファーの隣に紫苑は座った。ペラペラとめくっている台本には所々付箋が貼ってあり、紫苑のセリフは蛍光ペンで線が引かれている。

「ここ」

 紫苑が指差したのは、こんな場面だった。

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