野外ライブから三週間ほどが経ち、アルバムのレコーディングで、久しぶりに揃った三人に会った。毎日のように歌っている彼女たちは、出会った頃よりも上手くなっている。特に結衣は格段に成長していた。
「結衣、声量が上がったね」
「ありがとうございます」
小首を傾げて結衣は嬉しそうに微笑んだ。
うおっ、アイドルスマイルフラッシュをまともに浴びてしまった、眩しい。
最近の三人は魅力値が上がり過ぎて、うっかり直視するとドギマギしてしまう。それではプロデューサーとしての威厳が保てないので、まともに目を合わさないようにしていた。
「鈴は? 上手くなった?」
「まあね、ははは」
あまり変わっていない、とは言いづらい。つぶらな瞳で期待するように見ないでくれ。
「祐司、ちょっと」
離れた所にいた紫苑がオレを手招いた。二人に聞かれたくない話なのだろうか?
「あたしのマンション、毎日男の人が張りついてるの。なんか気持ち悪くて」
「ゴシップ記者かな?」
鈴の家といい、どうやって自宅を割り出すんだろう。やっぱり仕事帰りに追跡されてしまうのか。
「オレが家まで送って行くよ。今日もその男が来るか、部屋で様子を見てみようか」
「えっ? 祐司、あたしの部屋に入るの?」
「えっ?」
しまった。先日鈴の部屋に呼ばれたから、てっきりそういう流れだと。
「間違った、外でチェックするから、外で」
オレは慌てて、取り消すように手を振った。
こっちがパパラッチの車のナンバーを知ってるってことは、向こうもうちの事務所カーのナンバーを控えているんだろうな。オレのアルファードのナンバーも変えた方がいいかもしれない。
レコーディングが終わり、二人はタクシーで帰り、オレは紫苑を車に乗せてマンションまで送った。マンション内の地下駐車場で紫苑を降ろすから、車の乗り降りを外部の人間に見られる心配はない。
「今日はオレが外で見張ってるから、安心していいよ」
助手席の紫苑に声をかける。
「ねえ祐司、やっぱりあたしの部屋まで来て」
嫌じゃなかったのか?
「ドラマの台本覚えるの、手伝ってほしいところがあるし」
「芝居なんてオレ、分らないよ」
「いいから」
結局オレは外来用の駐車スペースに車を置いて、紫苑の部屋に行くことになった。
「入って」
紫苑の部屋はアイボリー基調で落ち着いた雰囲気だった。ファブリックや調度品も拘っていて、まるでラグジュアリーなホテルのようだった。
「いい部屋だね」
鈴と大違いだ。部屋って趣味や性格が顕著に表れるな。あ、これは紫苑に以前言われた言葉だっけ。
「いつもあの自動販売機の前辺りに、黒い車が停まってるの」
「どれどれ」
しっかりと閉じた厚手のカーテンをずらして外を覗く。紫苑の言う場所に、確かに車がある。
オレは双眼鏡で車のナンバーを確認した。見覚えのある数字の並びだった。
「この車、週刊新極のカメラマンの車みたいだ」
「なんで分かるの?」
紫苑は驚いている。
「紫苑にもマニュアル渡したじゃないか」
暗記していたリストの、車の車種とナンバーが当てはまった。
「覚えられないわよ。あたし、車種とか全然分からないもの」
「そう? オレは元々車が好きだからかな」
マニュアルを思い出す。
張り込まれた場合の撃退方法、その一。
警察に通報する。
不審者がいると通報すると、警察は必ず来てくれる。それでもまだ張っている場合もあるから、再び通報する。何度も呼ばれると警察もうんざりして、「仕事なのは分かるけど帰ってくれよ」としっかりカメラマンを排除してくれるってわけだ。
ということで、一一〇番、と。
「お、来た来た」
警察は十分程で来た。注意を受けたらしいカメラマンの車はいなくなったが、しばらくして再び現れた。
“一”の法則に則り、警察に何度も通報してもいいけれど、今回は試しに、次の手を実践してみよう。
撃退方法、その二。
フリーのカメラマンでも、通常ひとつの媒体の専属になり、そのほかの雑誌や新聞などでは仕事をしないそうだ。外で張っているフリーカメラマンも、これに該当しそうだった。
ということで、編集部に電話、と。
おたくのカメラマンに迷惑してるんです、と訴えると、「カメラマンは社員ではないので、うちは関係ありません」という返事をされて、電話は終わった。
しかしこれは効果があって、芸能事務所を怒らせないうちにやめておこうって方向に、大概なるそうだ。編集者からカメラマンに連絡が行って、解散になると。
さてさて、どうなるか。
電話をしてから十五分程して、みごと車は走り去った。
「戻って来なくなったな」
去ってから三十分が経過して、まだ車は現れない。なんとも実用的なマニュアルだった。綿中さんに感謝。
「ちゃんといなくなったのか、まだ分からないじゃない」
紫苑はコーヒーをテーブルに置いた。豆の香ばしい匂いがする。
「ありがとう」
「コート脱いで。様子見の間に、台本につき合ってよ」
温まってきた部屋でまだ着ていたコートを紫苑に渡すと、交換にドラマの最終回の台本を受け取った。3JAMが主題歌で、紫苑が準主役のドラマだ。
オレが座るソファーの隣に紫苑は座った。ペラペラとめくっている台本には所々付箋が貼ってあり、紫苑のセリフは蛍光ペンで線が引かれている。
「ここ」
紫苑が指差したのは、こんな場面だった。
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