綿中さんが社長室にいることを電話で確認して、オレはワタナカ音楽事務所に車を飛ばした。
「すみません! 勝手ですが、辞表はなかったことにしてもらえませんか?」
オレは頭を下げた。
「岩山龍一とは和解しました。もう、おかしな妨害はなくなると思います」
「祐司君……!」
綿中さんはデスクを回って、オレをギュウッと抱きしめた。ミシミシミシとオレの肋骨が悲鳴を上げる。
「よかった、戻って来てくれて嬉しいよ祐司君。これからも頼むよ」
綿中さんは涙を時にませて、短くて太い眉を盛大に下げた。
「あ、ありがとうございます、綿中さん」
綿中さんに粉砕骨折させられる前に、いっぱいカルシウムをとろうと思った。
オレは龍一と母の墓の前でした話を綿中さんに伝え、今後のスケジュール確認などをしてから、社長室を出る。
「祐司ニイ!」
出た途端、鈴が抱きついてきた。
部屋の外には、3JAMの三人が揃っていた。
「みんな、どうしてここに?」
「どうしてじゃないわよ、祐司が事務所に来るって聞いて、飛んできたの」
「祐司さんが私たちのプロデュースを辞めたって聞いて……。祐司さんに会いに行きたかったんですけど、社長から、しばらくそっとしておくようにって言われていたんです」
「そうか。心配かけて、ごめんな」
三人の顔を見ていると、早く次の曲を書きたくなってきた。みんなと音楽が作りたかった。
「ところで、祐司」
紫苑がズイッと前に出て来た。
「社長の前で、仕事上のパートナーであるうちは、私たちと絶対に男女の関係になることはありませんって言ってたわよね?」
「ああ、言ったよ」
ちゃんと聞いてたんだな。
「そうしたら、プロデューサーを降りた今なら、無効ってことよね」
「ええっ? いや、違くて」
「選んで。今、この場で、誰が好きなのかはっきりして」
紫苑が更に一歩迫って来た。オレは一歩下がる。
紫苑の後ろで、結衣は祈るように胸の前で指を組んでいるし、鈴も期待しているような顔をしている。
「祐司さんが傍にいないとまだ、他の男性が怖いんです。いつも近くにいてください」
「祐司ニイ、鈴を選べば、ぽっぺた触り放題だよ!」
二人も詰め寄って来た。
「いや、待って! 気持ちはありがたいんだけど、オレ、みんなのプロデュースを続けることになったから」
「……そうなの?」
三人は戸惑ったように、顔を見合わせた。
「うん。だから、これからもよろしくね」
空気が重い。
「あの、みんな……?」
「嬉しいような、複雑な気持ちです」
「今日こそ、決着がつくまで帰さないつもりだったのに」
「絶対、鈴を選ぶと思ったんだけどな~」
オレが休んでいる間に、おかしな方向に話が行っていたようだ。
「しょうがない、あたしたちの勝負は持越し、ということで」
うんうんと紫苑の言葉に頷く二人。
「お帰り、祐司ニイ!」
「お帰りなさい」
「今年もよろしく」
三人は手を重ねる。オレもその手に、手を重ねた。
「3JAM、今年も頑張ろう!」
「おー!」
オレのプロデュース生活は、まだまだ続くのだった。
おわり
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