「ヒット、ヒット、曲をヒットさせるには……」
オレは自宅の防音室で、書き途中の五線譜の上に突っ伏した。3JAMのセカンドシングル曲を作っている最中で、手ごたえを感じるサビのメロディーを思いつき、メモをしていた。いい曲になりそうな予感がする。
いい曲、というなら、ファーストシングルの曲もよかった。
だけど思うようには売れないのだ。
曲を知ってもらわないと、数字は動きようがない。だけどワタナカ音楽事務所には、宣伝費を多く使えるほどの予算はなかった。どうしたらいいというのだろうか。
もうひとつ、オレをモヤモヤとさせる火種を見つけてしまった。
今日発売の週刊誌に載っていた【岩山豪引退か? 息子・岩山龍一デビュー】という記事。そこには岩山龍一がプロデュースした五人組アイドルグループ『ラブデドール(Love de doll)』のデビューシングルがヒットしたのを受け、写真つきで岩山豪がインタビューに答えていた。
“龍一は才能がありますから、私が引退に追いやられる日も遠くないでしょう(笑)”
「なにが、カッコ笑い、だよ」
なんの因果か、岩山豪の息子がオレと同時期にアイドルをデビューさせていた。しかもあちらはいきなりタイアップありで、ファーストシングルは十万枚を超えているようだ。
考えたくもないが、岩山龍一は間違いなく、オレの腹違いの兄だった。
「うー、むー、知名度の違いも大きいよなー」
額を机にゴリゴリと押しつける。
龍一率いるラブデドールのPVをチェックした。コンセプトは面白いけど、客観的に見て3JAMの方が可愛い。断じて、身内の贔屓目なしでだ。曲だって劣っていない。
一度でも注目されたら、あとは実力勝負になるのに。
「『バースデーソングス』の時は、迷惑な程マスコミが来たんだけど」
雑誌やテレビに取り上げられたら影響力は大きいだろうけども、そう上手くはいかないものだ。
「……あれ?」
そうか。オレはスマッシュヒットを飛ばして、一時的にしても話題に上っていた。元アイドルの故・鳴海愛子の一人息子でもある。曲や彼女たちをどう売り出すかばかり考えていて、オレの知名度を利用することを考えていなかった。
それに……。
オレはガバリと身体を起こして、前髪を掴んだ。動悸が激しくなってきた。
これは一石二鳥なのか、諸刃の剣か。
思いつくと、いても立ってもいられず、オレは部屋をウロウロと歩き回る。
「あっ、……ぃつー」
マイクスタンドに裸足の小指をぶつけて蹲った。
なにをやってるんだ、オレは。
「だめだ、明日まで待てない」
オレは携帯を胸のポケットから取り出して、綿中さんに電話をかけた。
まだ興奮しているオレは、綿中さんに思いつきを無秩序に説明した。すると綿中さんにも思う所があるようで、オレたちは電話会議の末、企画を構築したのだった。
後日3JAMのメンバーを集めて、計画を説明する。三人は賛成してくれた。
これはセンセーショナルなニュースになるはずだ。
乾坤一擲、吉と出るか凶と出るか。
そして一ヵ月後、週刊誌にこんな記事が掲載された。
“【鳴海愛子の忘れ形見、デビュー】90年代に活躍したアイドルグループ・シュガービーナスのアイ(本名:鳴海愛子 享年33)の息子である鳴海祐司(22)が、先日リリースされた『passion for the dream』(3JAM)でプロデュースデビューしていた事が分かった。早くも来月、3JAMのセカンドシングル『Be My Love』の発売が決定している。彼は幼い頃から母の誕生日にバースデーソングを贈っており、それをまとめたアルバム『バースデーソングス』が10万枚の大ヒットとなっていることから、これからの活躍が期待される”
この記事により、ネットニュースに載ったりワイドショーに取り上げられたりと、若干3JAMが話題となった。小さな扱いながら、さすがに全国放送などで流れると反響は大きく、オレや3JAMへの取材や出演依頼が増えた。
しかしこれは、前哨戦に過ぎない。
綿中さんが懇意にしている記者が書いた記事なので、友好的に書かれていたが、これはその三週間後の記事のリーク料のようなものだった。
“【独占スクープ! 岩山豪の隠し子発覚!】数多くのアイドルを輩出している人気プロデューサー岩山豪(66)に隠し子がいることが分かった。最近プロデュースデビューしたばかりの鳴海祐司(22)で、母親は元アイドルのアイ(享年33)。現役アイドル時代、当時17歳のアイと豪の間にできた子であり、これをきっかけにアイはグループを解散。その後は鬱病、肝硬変を経て、肝癌で若くして亡くなった。ご存知の読者も多いだろうが、豪には長年連れ添った妻がいるため、当時は不倫関係だったと思われる。豪はアイの妊娠発覚後、認知しないと宣言し、高額の慰謝料を払ったとされる。くしくも岩山豪の息子、岩山龍一(27)もプロデュースデビューしたばかり。腹違いの兄弟対決に、激しい火花が散るだろう”
「載ったね」
「載りましたね」
「朝から電話が鳴りっぱなしだよ」
「僕も手伝いましょうか?」
「本人が出ちゃ、まずいでしょう」
ワタナカ音楽事務所の社長室で、オレと綿中さんはテーブルに向き合って座り、コーヒーを飲んでいた。カップを持つオレの指は、緊張で少し震えていた。
「テレビのワイドショーでは、この記事が紹介されるたびにファーストシングルの曲がバックに流れるし、来週発売のセカンドシングルについて触れる番組もあるね」
「今のところ、計算通りですね」
間違いなく、認知度は飛躍的に高まった。
不安なのは、3JAMのイメージダウンに繋がらないかという点と、岩山豪事務所の反応だ。こちらに不正はないので表から食ってかかってくる事はないだろうが、向こうには事務所力があるので、どれぐらい圧力をかけて来るのか分からない。
「ちょっと、困ります!」
事務所の方が騒がしくなった。オレと綿中さんが顔を見合わせていると、社長室のドアが乱暴に開かれた。
「綿中! これはどういうことだ!」
「……っ!」
思わずオレは立ち上がった。
ドアから飛び込んできたのは、岩山豪だった。
豪は日焼けした浅黒い顔面に、怒りで血管と深い皺をいくつも走らせている。手には週刊誌が握られていた。急いで飛び出してきたのか、青いシャツのボタンを掛け違えている。
まさか、本人が登場するとは思わなかった。こんなに早く、岩山豪に直接会うことになるなんて。
「お久しぶりです、岩山さん」
綿中さんも立ち上がり、普段と変わらないクマさんスマイルで豪を迎えた。二人には面識があるようだ。
「なんの嫌がらせなんだ、名誉棄損で訴えてやるぞ!」
「おや、その雑誌には事実しか書いてありませんでしたけども。ご自分で名誉を毀損する行いをしておいて、明るみに出たらそれですか」
口は笑ったままだけど、声のトーンを下げた綿中さんは、飢えた羆のような迫力があった。
「俺があいつにどれだけの金をやったと思っとるんだ! 取り消せ! 間違いでしたと謝罪しろ!」
「そんな事をしても焼け石に水でしょう。あなたの浮気報道は、過去に何度もあった事じゃないですか。今更目くじらを立てなくても」
「あの書き方はなんだ! まるで俺のせいで愛子が死んだみたいじゃないか」
「事実だろ!」
耐えられず、オレは叫んでいた。
今までも岩山豪を憎い憎いと思っていた。だけどどこかで、母の事を好いている気持ちが残っているんじゃないかと思っていた。それがこんな、言い訳ばかりの情けない男だったなんて。
「母さんは、あんたのせいで死んだんだ」
「お前が……」
ぎょろりとした大きな目でオレを見る岩山豪を、オレは歯ぎしりしながら睨んだ。そうしないと、泣き出してしまいそうだった。
「謝れ! 母さんの墓の前で、土下座して謝れ!」
「ばかばかしい」
豪は吐き捨てる言った。
「母さんに、少しの罪悪感もないの?」
「あるわけがない。あいつが一生働いても手に入らない金をやってるんだぞ」
大きな手振りで、開き直ったように薄笑いを浮かべている。悔しくて、涙がこみ上げてきた。こんな奴のために母さんは……。
「引きずってでも、連れて行く!」
オレは豪に掴みかかった。このまま、母の墓に行くまで離すつもりはない。
「やめろ! おい、誰か写真を撮れ! 暴行罪の現行犯だぞ」
「祐司君、気持ちは分かるが、それはだめだ。手を放しなさい」
「やだ! 絶対謝らせるんだ!」
オレたちが三つ巴になっていると、
ドガンッ!!
ドアを蹴飛ばす大きな音が響き、オレたちは動きを止めた。
そこには両手をジャケットに突っ込んだ、長身の若い男が立っていた。カジュアルショートのライトブラウンの髪、彫りの深い輪郭でサングラスをかけている。
「どうだろう。同じ肩書きを持つ者同士、音楽で勝負しようじゃないか」
その言葉にハッとした。
こいつは、岩山龍一だ。
「お前が勝てば、親父に土下座でもなんでもさせればいい。その代り、僕が勝った時には」
一旦言葉を切って、室内に一歩踏み込んだ。
「3JAMを解散させろ」
「そんなことできない!」
オレは豪から手を放して龍一に駆け寄った。
「はなから負けるつもりか」
「そうじゃない。でも、彼女たちを巻き込むのは違うじゃないか」
オレは少しだけ高い位置にある龍一の目を見た。サングラス越しにうっすらと見える切れ長の目は面白がっているようだった。
「オレが、ここを辞める。音楽も辞める。ずっと音楽しかしてなかったんだ、だからオレの人生をかけるようなものだ。それで充分だろ」
「いいだろう」
ジャラジャラとブレスのついた手で髪をかき上げる龍一。
「勝負は、ラブデドールと3JAMのどちらが世間に評価されるのかだ。年末までのCD売上枚数と、大賞の受賞数にするか。分かりやすいだろ?」
「ああ、分かった」
オレが頷くと、綿中さんが慌てた。
「ゆ、祐司君、それは……」
「バカめ! もう勝負はついたようなものだな!」
豪は既に勝った気でいるようだ。
ファーストシングルで差がついているのは分かってる。だけど、あの男に謝罪させるには、これしか方法がない。
「話はついた。帰ろう親父」
「おい、まだ肝心の、記事の訂正を……」
「あれじゃ無理だろ」
二人は事務所から出て行った。
「ただの話題作りのはずが、とんでもないことになっちゃったねえ……」
綿中さんはいつものように、思い切り眉を下げて困った顔をした。ヒグマは再び冬眠したらしい。
「本当ですね」
上手くいけば、母への謝罪の言葉を引き出せるんじゃないかという目論見もあった。あんな、欠片も反省の色がないとは思っていなかった。
「でも、絶対に負けられません」
雑誌に書いてあったとおりの、兄弟対決になってしまった。
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