綿中さんや鉄也さんと相談した結果、紫苑をメインボーカルとして、結衣と鈴はコーラスとダンスを担当してもらうことにした。ただしこれは一曲目をそうすると決めただけで、二曲目は一曲目の反応を見て流動的にする予定だ。
曲が決まると、それに合わせて歌とダンスのレッスンが本格化する。そのレッスンを時々チェックしながら、PVをどうするか、衣装はどうするのかと、オレも慌ただしくなってきた。
カップリング曲を作り、ジャケットイメージを考える。しかしこの段になっても、まだグループ名が決まっていなかった。
時は、刺さるほど激しい日差しが降り注ぐ八月になっていた。
「綿中さん、グループ名を公募するのはどうですか?」
予算があまりないので、街の広告やテレビCMで大々的に宣伝するのは無理だと聞いていた。公募をすれば、話題作りになるだろうと思ったのだ。
「そうだね、そろそろ彼女たちのデビューを発表してもいい頃だ」
音楽雑誌や少年・青年向け雑誌に広告を打つ。それと同時に、あまりにシンプルだったワタナカ音楽事務所のホームページをリニューアルした。
“実力派アイドルユニット、始動”
そんな謳い文句と、三人のシルエット。まだ顔は見せない。その方が興味を引くと思ったからだ。三人の名前だけ公開して、一ヵ月限定でグループ名を募集した。親しまれやすいように、苗字は外して紫苑、結衣、鈴でデビューする予定だ。
ホームページの一角では、鋭意作成中として、サビの一部が視聴できるようになっている。
締切後、応募総数は一万通にやや届かなかった。これはオレの期待値よりも低かった。熱心な人が数十通送っていたりして、一万人が応募してるわけではない。CDの売り上げはこの数よりもずっと少ないはずだ。ホームページのアクセス数も芳しくない。ため息が出そうになるのを堪えて首を振る。
「いやいや、まだ始まったばかりだ」
事務所のスタッフにも手伝ってもらって集まった案を集計、多かった上位十個と、オレのセンスで十個選び、二十個セレクトして表を作った。
それから数日後、綿中さんとメンバーを集め、グループ名命名会議を開いた。これから彼女たちの看板となる、大切な名前だ。
「どれがいいかな?」
メンバーはじっくりと表に目を落としている。三人はダンスレッスンの合間で、全員ジャージを着ていた。
「はい! 鈴はこの『スリーパーズ(threepers)』がカッコイイと思うよ! 三人って意味でしょ?」
「これは造語のようだね。スリーパーソンズより言いやすし、面白いかもしれないな」
という感想は綿中さん。
「結衣は?」
オレはあまり好きじゃない名前だったので、ノーコメントで結衣に振る。スペル違いの有名映画のタイトルと同じだからだ。映画の内容は、まあ、アイドルからはほど遠い。
「私は『シグナル』が、捻っていて面白いと思います。私たちの頭文字だそうですし」
鈴の頭文字はR、結衣はY、紫苑はS。レッド・イエロー・スカイブルーで信号機って発想だ。ちょっと青が強引だけど、この応募は結構あった。
「あたしは『JAM×3(トリプルジャム)』。スイートなイメージで、あたしたちの詰め合わせみたいな意味でしょ」
そう言ったのは紫苑で、オレは内心「おっ」と思った。実は全く同じ理由で、オレもその名前が一押しだった。
「オレも同じなんだけど、表記は『3JAM』でスリージャムって読んだ方がいいかなって思ってたんだ。こっちの方がスマートだし」
「なるほどね。じゃあ、今あがった三つから選ぶとしようか」
「綿中さんは、どれがいいですか?」
「私かね……」
オレが尋ねると、綿中さんはしょんぼりとして眉を下げた。
「『三人小町』と応募したのに、予選漏れしていたんだよ……」
応募していたのか!
「あら、それもいいですね、社長」
だから結衣、それは選考外なんだってば。
そんな五人の会議は地味に盛り上がり、最終的にユニット名は、
『3JAM(スリージャム)』
に決まったのだった。
パチパチパチパチ!
「よし、グループ名が決まったところで、レコーディングは四日後でしたよね?」
「ああ、スタジオを一日押さえたよ」
「四日後?」
結衣が表情を暗くした。
「どうした?」
オレが声をかけると、結衣は頭を振った。
「いえ、なんでもありません」
「よし、初めてのレコーディングだな! ずっとシングルの二曲ばっかり練習して、飽きてたんじゃないか? レコーディングが終わったら、次の曲にいけるから」
まだぎこちない三人の雰囲気を盛り上げようと、オレは明るい声を出した。
「諸君のデビュー曲だ、頑張ってくれよ」
綿中さんがにっこりとメンバーに笑顔を向けた。
「はい!」
紫苑は思いつめたように、結衣は不安そうに、鈴は明るく返事をした。
初顔合わせから四カ月が経っているのに、いまひとつ和気藹々というか、仲の良さが見えてこない。オレも、溶け込めも慕われもしていないままだ。
「ちょっと聞くけど、レッスンが終わった後とか、三人一緒に食事に行ったりしてないの?」
三人は顔を見合す。
「行ってないよ」
答えたのは鈴だ。
「メールしたりは?」
「あまり……」
と結衣。
「別に、仲良くなる必要ないでしょ?」
綺麗なカラーの入った爪の先を見ながら、興味なさそうに紫苑が言う。
綿中さんを見ると、大いに眉を下げていた。
メンバー内の雰囲気を良くするのも、プロデューサーの仕事なのかもしれない。
「良かったらこれから、みんなでお茶でもしない?」
「この後は、またダンスに戻るんだよ。祐司ニイも知ってるでしょ」
スケジュール管理はオレがしてるから、知ってはいるのだけど。
「ちょっとならいいかなと思って。腹減ってない?」
「ダイエット中」
「中途半端な時間なので……」
「食べてから動いたら、気持ち悪くなっちゃうよ~」
総スカンだった。
困った。女の子たちの考えている事なんて、オレにはさっぱり分からない。彼女ができたこともないし、大学に入るまで男子校だったから、クラスに異性がいることもなかった。
プロデュースするのが男性アイドルだったら、年も近いし友達のようにやれたかもしれないのに。
ため息が出そうになるのを必死で堪える。
ため息はダメ! “たら・れば”もダメだ! オレがプロデュースしているのは、彼女たち『3JAM』なんだから。
いい曲を書いて、彼女たちを磨いて、トップアイドルにするのが、オレの役目だ。
今の雰囲気をどうにかしないとと焦燥感に駆られつつも、オレはメンバーと別れ、レコーディングの打ち合わせに向かった。
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