オレがアイドルをプロデュースしたらこうなる

JUN
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第四章 トラブルだらけのアイドル生活 5

公開日時: 2020年10月10日(土) 11:06
文字数:5,371

 翌日、綿中さんに野外ライブで起こったあらましを話し、事務所内で連携を強化することと、面識のない担当者とのやりとりには慎重に対応するよう徹底することになった。

「鈴から簡単には聞いていたんだけど、大変だったねえ」

 綿中さんは大きく眉を下げて、オレを労ってくれた。

「パパラッチも増えているようですよ。なにかいい方法はありますか?」

「完全にシャットアウトするのは不可能なんだよね、向こうも隠れるのが上手だから。それに、持ちつ持たれつのところもあったりしてね」

 そういうものなのだろうか。

「とはいえ、私もなにかできないかと思う時があって、ある程度マニュアルにしたんだ」

 綿中さんは机の引き出しからファイルを取り出し、オレに差し出した。

 中を開いて見る。インデックスがついていた。

パパラッチの車種とナンバー。隠し撮りされない方法、張り込みを妨害する方法、記者の行動パターン……エトセトラ。

「芸能班のある編集部っていうのは、追っかけ専用の車を持っていることがあるんだ。それから、フリーのカメラマンは面子がだいたい決まっていて自車で来るから、その車の車種とナンバーをリストアップしてあるよ。覚えておけば対処しやすいんじゃないかな。ちょっと古いから、半分以上使えない番号かもしれないけど。それにタクシーを使われると、車からは判断できないね」

 すごい数がある。

「古いって、どれくらいですか?」

「君が生まれた年ぐらいに作ったんだ」

「え?」

 綿中さんは、黒目がちの目を細めた。

「愛ちゃんのグループはとても人気があったからね、突然の引退にマスコミが自宅に殺到してたんだよ。しばらく追跡されたりしてたから、私なりに調べてね。妊娠の事は絶対にバレちゃいけなかったし。当時私は、岩山豪事務所で愛ちゃんたちのグループのマネージャーをしていたんだ。愛ちゃんは当時の事情を私だけに話してくれてね。私は許せなくて、独立して会社を興してたんだ」

 初めて聞いた。

 母は綿中さんだけは信頼して家にも入れていて、少しだけ二人の関係を疑っていた時期もあった。そうじゃないことは、二人の態度で分かったんだけど。

「じゃあ、この資料は母さんのために……」

「役立つなら、嬉しいよ」

 ふふふ、と綿中さんは丸いお腹をさすってクマさんスマイルを浮かべた。

 マニュアルには、追跡された時の対処法、現場の外で張り込まれている時の対処法、隠しカメラの見つけ方、見つけた場合の対処法等々、色々な対策が書いてる。

「ありがとうございます。マネージャーさんたちにもコピーして配ってもいいですか?」

「もちろん。それにしてもマスコミに追われるなんてね。ある意味人気のバロメーター、うちからマスコミ対策が必要なアイドルが出るとは思わなかったよ。祐司君のおかげだね」

「と、とんでもないです! 彼女たちが頑張ってるからですよ」

 オレは恐縮した。

 

 数日後、自宅の防音室に籠って曲を作っていると携帯が鳴った。鈴だった。

「祐司ニイ、怖いよう~」

 鈴の声は震えていた。

「どうした?」

「分かんない、早くうちに来て!」

 鈴の声は、今にも泣き出しそうだった。

「うちって、綿中さんは?」

「今、海外じゃん」

 そうだった。綿中さんは半年に一度くらいのペースで、二週間ほど海外の事務所の視察に行っていた。

 時計を見ると、夜の七時だ。

「分かった、すぐ行くから待ってて」

 尋常じゃない状況だと、オレは慌てて鈴の家に車を飛ばした。

 厳重なセキュリティーのマンション内にいる鈴を尋ねると、ドアを開けた鈴が抱きついてきた。寝間着姿で、珍しく髪を下ろしている。

「すごい、気持ち悪いんだよ~」

「もう大丈夫だから、なにがあったの?」

「来て」

 オレの腕を掴んだまま部屋に招き入れる鈴。

「……っ!」

部屋に入ったオレは、絶句した。

なんだ、このファンシーな部屋は……。

 青い天井は白い雲型の模様が描かれ、壁はカラフルな写真やポスターやはがきで埋め尽くされている。黄色と紫の大きなドット柄のカーテンがかかり、どぎついピンクのベッドに、パステルカラーのぬいぐるみが所狭しと並べられ……。

 ファンシーというよりもファンキーかもしれない。

 あまりの配色に、目がチカチカしてきた。よくこんな部屋で寝られるな。

「祐司ニイ、これ見てよ」

 テーブルの前に座らされて、やっと我に返った。

 そうだ、それどころじゃないんだった。

 赤と緑の市松模様のテーブルに、青い便箋が並べられていた。三十通以上ある。

 事務所の住所で、鈴の宛名が書いてあった。

「ファンレター?」

「うん、初めはね」

 手紙は届いた順に並んでいる。一通目は鈴たちがデビューして二週間ほど後の日付だ。

「中、読んでいいか?」

「もちろんだよ。でも、それは普通だよ」

 鈴は不安げに、ぶかぶかの寝間着の袖からちょこんと出ている指を胸の前で組んだ。常にサイドテールに纏められている髪がおりていると、いつも以上に幼く見える。

 オレは一通目から目を通す。九通あたりまでは平凡なファンレターだ。曲が良かったとか、衣装が可愛かったとか。

 十通目から雲行きが怪しくなった。

「 “今日は仕事オフだったんだね。久しぶりの学校はどうだったかな? 夜にファーストフードだなんて、太っちゃうゾ”」

「変でしょ? なんで鈴が学校に行ったこと知ってるんだろう。そういうこと、ツイッターにも書いてないのに。それより、夕食にハンバーガーをテイクアウトした事知ってるなんてオカシイでしょ?」

 鈴が通ってる学校は、調べれば分かる。ずっと学校を張っていて、帰りの鈴を追跡したのかもしれない。不可能ではないだろうが、随分と根気のいる作業だ。いつ登校するのか分からないんだから。

「二十通目から切手が貼ってないな」

「うん。直接マンションのポストに入れてるんだと思う。そのあたりから、リアルタイムなことが書いてあるの」

 住所が割れてるのか。

「二十五通目、“紫苑ちゃんが出演してるドラマを毎週見てるなんて、仲間思いなんだね。紫苑ちゃんが主人公を怒鳴ってるシーン、素っぽいって笑ってたでしょ? 僕も鈴と一緒に見ている気分になったよ”」

 そして最新の手紙にはこう書いてある。

 

“昨夜は鈴の寝息を聞きながら僕も眠ったよ。愛してるよ、僕の鈴”

 

 背筋がゾッとした。

「確かにこれは、気持ちが悪いな」

「今日これがポストに入ってて、もう鈴、限界!」

 鈴がオレの腕にしがみつく。

「この手紙、綿中さんに見せた?」

「もちろん。こういう手紙が来てることは警察に相談したんだけど、巡回を増やすって言われただけで、手紙が来るのは止まらなくて。今日の手紙を見てパパに電話したら、祐司ニイに来てもらえって」

「そっか」

 鈴の小さな頭をポンポンと撫でる。

 これは間違いなく、盗聴されてるな。

 書いてある情報は音声で分かるものばかりだ。多分マイクのみで、カメラはついていないのだろう。

「この部屋に、綿中さん以外の誰か入れた?」

「友達が来たことあるけど、でも何年も前だよ」

「去年も今年も、誰も来てない?」

「うん」

 という事は、コンセントやら家電には細工されていないとみていいかな?

「ファンからもらったプレゼント、持って帰ってる?」

「気に入った三つだけ」

 ぬいぐるみ二つとくまの置時計だった。

「もらったのはいつ?」

「どれも、二ヵ月前かな。事務所に届いてたの」

 盗聴器の電源ってどれくらい持つんだろう? 電池だろうから、持って一ヵ月程に違いない。だとしたら、もうとっくに電池切れのはずだ。

 まだ動いてるのなら。

「この置時計、解体していい?」

「うん」

 マンションの管理人室に行って工具を借りると、置時計を解体する。

ビンゴだった。

アンテナつきの黒い盗聴器が内蔵されていた。

「分かる? 置時計を改造して、この電池で置時計と盗聴器の両方に電気が行くようになっていたんだね。電池交換してたでしょ?」

「うん。電池消費が早いなとは思ったけど……」

 オレは電池を抜いた。もうこれで盗聴されることはないだろう。

「どうするこの時計? 盗聴器を抜き取れば、普通に時計として使えるけど」

「もういらないよ」

 だよな。これは警察に提出した方がいいだろう。

「残念だけど、ファンからのプレゼントは持ち帰らない方がいいね。もしくは、事務所でチェックしてからにしよう」

「分かった。ありがとう祐司ニイ」

「盗聴していたってことは、盗聴犯はそう遠くない場所に潜んでいるってことだ。電波が届くところにいたんだからね。絶対に、一人で行動しちゃだめだよ?」

「ラジャー!」

 アヒル口を窄めてピッと敬礼する鈴。いつもの明るい調子に戻っている。オレは鈴のサラサラの髪をクシャッとかき混ぜた。

「早く犯人を捕まえてもらえるように、警察にちゃんと言っておかないとな。じゃ、今日は大人しくしてるんだぞ」

工具を持って帰ろうとすると、鈴に服を掴まれた。

「どうした?」

 鈴は大きな目でオレを見上げていた。

「帰らないで」

「まだなにかあるのか?」

 鈴は頬を赤らめて、オレの服をギュウギュウと引っ張った。

「怖いからに決まってるでしょ~!」

「分かった分かった、放して、服が伸びる」

 鈴は服から手を放すと、またも腕を絡めてきた。

「リンが寝るまで一緒にいてよ」

「まだ早いけど、もう寝るのか?」

「ちーがーうーのー! 一緒に遊ぶの! 夕ご飯も一緒に食べるの!」

 なんでそうなるんだ。

「こんな怖い手紙が届いてたんだよ! すごい怖くて気持ち悪かったんだよ! だから祐司ニイは鈴を楽しくしてくれなきゃだめなんだよ!」

 支離滅裂だった。

「鈴が明日からキラキラできなくなっちゃってもいいの!?」

 それは脅迫か。

 オレは青空模様の天井を見ながら襟足を擦った。年頃の女の子の部屋に二人きりでいるのは、褒められたことではないと思うんだけど。事情が事情だからなあ。

「分かった、もう少しだけつき合うよ」

「やった~! 祐司ニイ大好き!」

 抱きついてきた鈴の身体をそっと離して、小さな顔を覗き込んだ。

「なにがしたい?」

「ゲームセンターに行きたい!」

 ふにっ。

 オレは鈴の柔らかいほっぺを掴んだ。

「にゃにっ!?」

「それは目立つからだめ。それに鈴はアイドルなんだから、例え仕事仲間だろうと、外で男女ツーショットになるようなことは、なるだけ避けるように」

 だから、これは“ふにっ”の刑だ。オレ得のいい罰だ。

「じゃあ、テレビゲームしよっ」

 鈴はテレビの前にオレを座らせると、足の間に身体を滑りこませ、オレの胸に背中を預けてきた。

「えへへ、人間椅子~」

 正しいが、オレは有名な小説を思い出して苦笑いする。

 鈴はゲーム好きなようで、ソフトをたくさん持っていた。その中から対戦できるゲームを選んだ。

コントローラーを鈴の身体の前で持つと、リンの小さい身体はオレの胸の中にすっぽりと納まった。風呂に入ったばかりだったのか、石鹸のいい匂いがする。

 妹がいたら、こんな感じなんだろうな。

 鈴は大分ゲームをやりこんでいるようで、どのゲームも、オレは全く勝てなかった。

「鈴、強いな」

「祐司ニイがどんくさいんだよ」

「こいつめ」

 ふにっと鈴の頬をつまむ。

「祐司ニイ、なんですぐ鈴のほっぺた触るの~?」

「ははっ、ごめん。触り心地がいいんだよ」

 オレが手を放すと、「そうかな?」と不思議そうに自分の頬を撫でる鈴。

「じゃあ、いっぱい触っていいよ」

 鈴は小さい両手でオレの手を取り、自分の頬に押しつけた。もちもちと柔らかで温かい肌の感触を手の平全体に感じた。

オレの胸に頭を乗せたまま鈴が見上げてくる。ストレートの前髪がかかる大きな瞳に蛍光灯の光が映り込んで輝いていた。

「気持ちいい?」

「あ、うん」

 不覚にも、ドキリとしてしまった。

「マネージャーさんが来て、祐司ニイとあまり会えなくなっちゃったから、鈴、淋しかったんだよ?」

「そっか、ごめんな」

 鈴は首を横にふるふると振った。鈴の頬に乗せているオレの手の甲に、アッシュブラウンの髪がサラサラと流れた。

「祐司ニイは、やっぱり紫苑ネエみたいにグラマーな人が好み?」

「え?」

「紫苑ネエに、背中に胸を押しつけられて、祐司ニイ鼻の下伸ばしてた」

 そんな事があった気もする。見られていたのか、恥ずかしすぎる。

「別に、好みとかは」

 オレはしどろもどろで答える。

「じゃあ、紫苑ネエの胸と鈴のほっぺた、どっちが好き?」

 おいおい、何を比べてるんだ。

 鈴は視線をそらさずに、ずっとオレを見ている。困って顔をそむけると、時計が目に入った。

「あっ、鈴、十時過ぎてる。長居しすぎちゃったよ。悪いな、オレ帰るね」

 これ幸いにと立ち上がった。

「寝るまでいてくれるんじゃなかったの?」

 無茶言わないでくれ。

「じゃあ、おやすみのチュー」

 鈴も立ち上がって、目を閉じた。

 目で物を言う程眼力のある瞳が閉じられると、無垢な小動物のような愛らしさがあった。形のいい小さな鼻の下のツヤツヤした唇は生意気にも軽く開いていて、オレを誘っているようだ。

オレは黙って、ふにふにふにっと、三ふにっの刑に処した。

「にゃあ、ひっぱり過ぎだよ~」

 頬を押さえて怯んでいる隙に、オレは玄関のノブに手をかけた。

「ちゃんと戸締りするんだよ。おやすみ!」

「おやすみなさ~い」

 鈴はハタハタと長い寝間着の袖を振った。

 鈴が十四歳という年齢よりも幼い容姿なので完全に子供扱いしていたけど、女性というのは年齢関係なく魔性なのだと、オレは不本意ながら動悸の激しくなった胸を押さえて思うのだった。

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