数後日、旭山さんから感謝の連絡が入った。
「鳴海君、本当にありがとう! 先生も喜んでいてね。いやあ、いい脚本を書く人なんだけど、細かいんだよね、すぐいろんな人怒らせちゃう」
「こちらこそ、お声をかけていただけて光栄でした」
「でね、先生がボーカルの子の声を気に入っちゃって。紫苑ちゃんだよね? あの子に出演してもえないかな。鳴海君、今脚本持ってる? 美雪って役なんだけど」
見なくても分かる。美雪って、準主役じゃないか!
「やります! 紫苑喜びますよ、ありがとうございます!」
オレは誰もいない事務所の会議室で、九十度に頭を下げていた。
頑張っていれば、ちゃんとチャンスというのは巡ってくるものなんだな。
オレは紫苑の女優デビューの話を綿中さんに報告した。綿中さんは二重顎をタプンタプンさせて喜んだ。
「それはいいね、増々セカンドシングルは期待できるよ。すると祐司君、元々セカンドシングルとして発売する予定だった曲、どうする? もうジャケット刷り上がっちゃってるんだよね。発売日を遅らせるしか、ないよね」
ちょっと困った表情になる綿中さんに、オレはずいっと詰め寄った。
「綿中さん、入れ替えじゃなくて、同時発売しちゃいましょう! サードとフォース、いっちゃいましょう!」
綿中さんは黒目がちの目を丸くさせてから、ふむと考える仕草をした。
「……いっちゃいますか」
綿中さんは、ニッコリと癒し系スマイルを浮かべた。
二枚同時に購入すると、ダイジェストのライブDVDをプレゼントする事にした。その特典が功を奏したのか、デイリーランキングでは3JAMがワン・ツートップを飾った。それは週間・月間ランキングも変わらず、二枚共に十五万枚を超えるセールスとなった。初めての首位、そして、初めてランキングがラブデドールを越えたシングルとなった。
こうなってくると岩山豪の支配力が薄れて来たのか、どんな番組・媒体からも仕事が殺到した。とうとうオレ一人では手が回らず、三人にはそれぞれマネージャーをつけることになった。オレは元々のプロデュースに専念できるというわけだ。
毎日顔を合わせていた三人と距離ができたのは少し淋しい気もしたが、これは喜ばしい事だった。
五枚目のシングル曲を考えながら、これはいい勝負になって来たと、岩山龍一のキザな顔を思い出していた。
初めは足元にも及ばず、明らかに無謀な勝負だった。だけど現在、3JAMのCDの販売数はラブデドールを抜いているものもある。今年の様々な新人賞は3JAMとラブデドールが競うだろうと音楽評論家が評しているし、オレもそう思う。
もうすぐ十月。あと二ヶ月で、勝負が決まる。
「祐司ニイが来るなんて、久しぶりだね~」
人気アーティストが集まるイベントが地方の野外特設外ステージで行われる予定で、3JAMも出演する。三人それぞれのマネージャーに事務所で作業する時間を作るため、久しぶりにオレがアルファードにメンバーたちを乗せて移動していた。ライブが終わったらすぐに東京に戻るという強行スケジュールだ。
オレの隣には紫苑、後部座席二列目は結衣と鈴、三列目はヘアメイクさんと衣装さんが乗っている。
「調子はどうだい?」
「気になるなら、もっと現場に来なさいよね」
ミネラルウォーターをストローで飲みながら、紫苑は不機嫌そうにサングラス越しにオレを流し目で見た。
「順調で毎日楽しいよ! でも大騒ぎになっちゃうから、もう一人じゃ出かけられなくなっちゃったよ~」
鈴が身を乗り出して、楽しそうに話す。サイドテールにはキラキラのスパンコールがついた黄色いシュシュがついていた。
「追っかけという意味では、時々車でつけられたりするんです。マネージャーさんによると、ファンの時もあればパパラッチの時もあるみたいだって」
結衣は細い指を口元に当てて眉を顰めた。
「それは心配だね。対策を打たないとな」
パパラッチが狙ってくるのは有名になった証でもあるけど、変な噂が流れてしまっては、アイドルにとって命取りだ。しっかり守らないと。
高速を使って片道三時間、インター出口から三十分ほども離れた山の麓に会場があった。会場スタッフに車ごと案内されて、ステージの裏に並んだプレハブの控室に到着した。
「長旅お疲れ。オレは主催者に挨拶がてら飲み物買ってくるから、みんなは準備始めていて」
「はーい」
衣装さんたちが大きな荷物を控室に運び始めるのを背に、唯一の男であるオレはステージに向かった。誰も気にしないだろうけど、メンバーがメイクや着替えをしている近くにいるのは目のやり場に困るというか、ちょっと居心地が悪かった。ああいうのは、女性の特有の世界だもんな。
会場に近づくまでもなく音の波が大量に押し寄せてくる。ステージではアーティストが本番さながらに歌っていた。揃いのジャケットを着たスタッフが、大忙しで作業している。ここで八組のアーティストが登場し、約三万人動員する予定だ。
「どうも、本日はよろしくお願いします」
「鳴海さん! 良かった、やっと来た」
主催のPR会社、SSA担当者を見つけて声をかけると、慌てた様子で駆け寄ってきた。
「もうゲネプロ始まってますよ!」
「ええっ!?」
予定通りの時間に到着したはずだ。伝達ミスだろうか。こんなことは初めてだ。
「すみません、準備を急がせます」
ゲネプロの順番を一番最後にしてもらう。照明との兼ね合いもあるから、衣装を着て舞台に上がらないといけない。
「祐司ニイ~」
鈴の声に振り向くと、控室にいるはずの五人が揃って走って来るところだった。
「どうした? なにかあったのか?」
「なにかって、祐司ニイが呼んでるって言うから、鈴たち急いで来たんだよ?」
「オレは呼んでなんて……」
変だ、おかしい。
「誰から聞いた?」
「スタッフさんだよ、イベントのジャケット着てたから。祐司ニイが呼んでるから、全員でステージに大至急行くようにって」
「控室から出るとき、鍵しめてきた?」
五人は顔を見合わせた。
「控室に戻ろう、すぐに!」
嫌な予感がする。
ステージでは、丁度アーティストが入れ替わるところだった。見覚えのある、ビスクドールのような衣装。
「ラブデドール」
岩山龍一も会場に来ているのだろうか? いや、今はそんなことを気にしている場合じゃない。
急いでステージ裏の控室に戻る。正面から大きく迂回しないと裏に行けないので、走っても一分程かかった。
オレはプレハブの控室に飛び込んだ。中には誰もいない。窓が開いていて、繁る草木がワサワサと風に揺れるのが見えた。
「誰か、窓を開けた?」
五人とも、首を横に振る。
ということは、何者かがこの部屋に入り、窓を開けたということになる。オレたちと顔を合わせないよう、窓から逃げたと考えるのが妥当だろう。
窓から顔を出して外を見る。正面には山に続く木々、そして横並びのプレハブしかなかった。オレは窓を閉めて鍵をかけた。
「みんな入って。盗られているものがないか、調べてみて」
メンバーたちはそろそろと控室に入った。
「あっ!」
結衣が声をあげた。両手で口元を押さえている。
結衣の正面にあるハンガーに掛けられた白い衣装が、ズタズタに切り裂かれていた。ブーツにも刃物で切られたような鋭利な傷跡がいくつも走っている。
部屋は荒らされた様子はなく、物も盗られていなかった。衣装だけを狙ったようだ。
「鈴たちの衣装がズタボロだよ」
「なんて酷い」
二人もショックを受けている。
「誰がこんなことを……」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!