“無名の新人”から“話題の新人”に変わった、アイドルグループ、3JAM。
デビューして八ヶ月、試しにと始めた週一のライブは大盛況で、箱を大きくしようかと思案中だった。大急ぎでアルバムを出したとはいえ持ち歌がまだ少ないので、ライブでは鈴のダンス、結衣のヴァイオリン、紫苑の歌手のモノマネやエチュードなどを入れている。帰り際には来場者全員と握手。身近に触れあえて、テレビとはまた違った魅力の彼女たちを見られるのが、ライブ人気のひとつだろう。
人気も知名度も上昇しており、スケジュールに空きはあまりなかった。しかも今日は久しぶりに、全国放送の音楽番組に出演することになっている。
「綿中さんから、音楽番組以外の仕事をする気があるか聞いてほしいって言われているんだけど、どうする?」
オレが運転するアルファードの中で三人に尋ねる。バラエティー番組やドラマのオファーも増えているそうだ。
「鈴はなんでもいいよ~」
「私は喋るのは苦手なので、バラエティー番組は、ちょっと」
鈴と結衣は正反対だ。
「あたし、ドラマに出てみたいな」
ライブでエチュードをしたいと言ってきたのは紫苑からだった。元々演技にも興味があったんだろう。
「うん、分かった。これからバラバラの現場も増えだろうね」
三人揃っている間はオレが担当するとしても、そろそろ、それぞれにマネージャーをつけるべきだろう。
「よし、着いたぞ。生放送だ、気合入れて行こう!」
「はい!」
全国放送なのは嬉しいけれど、リハーサルが長いのでも有名な番組だった。今日は待ち時間がかなりありそうだ。
メンバーがメイクやら衣装やらと忙しくしている中、オレはコーヒーを飲みながら、新聞と大まかなネットニュースを読み、業務用のメールをチェックして、音楽雑誌に目を通していた。
「これは……」
音楽雑誌の巻頭カラーで、岩山龍一のバストアップが掲載されているのを見つけて、オレの顔が強張った。龍一はジャラジャラとブレスや指輪をつけ、茶髪にキザなサングラスをかけていた。相変わらず、チャライ。
“都内某所に現れた岩山龍一さんは、まるでモデルのようなすらりとした長身で、噂通りのイケメンぶりに記者もうっとり。プロデュースしている『ラブデドール』のサードシングルが、既にドラマのタイアップに決まっており、今や飛ぶ鳥を落とす勢いで日本ポップス界で快進撃を続けている。そんな彼の音楽感から、最近取り沙汰された父親である岩山豪さんのスキャンダルまで、ロングインタビューに赤裸々に答えてくれた”
「裏方に容姿は関係ないだろ、容姿は」
読みながら、記事に突っ込むオレ。なぜ音楽雑誌の記者は、女性が多いのだろうか。
それにしても、ラブデドールはサードシングルもタイアップが決まったのか。三枚連続じゃないか。
こっちは一度もタイアップになっていないし、次にリリースされるサードシングルも、タイアップの予定はなかった。
気落ちしながら、雑誌の続きを読んだ。途中、オレの事にも触れている。
“――豪さんの隠し子騒動ですけど、どうやら事実のようですね。
「それについては分かりませんが、僕は一人っ子なので、もし鳴海祐司君が弟だとしたら嬉しいですよ。弟が同じ仕事をしていると思うと張り合いがあります。ただ、僕は兄にあたるので、負けたくはないですね」”
「なにが嬉しい、だ。なにが張り合いだ!」
圧力かけて3JAMをキー局に出演できない状況にしておいて、どの口が言うんだ!
オレは飲み終わっていたコーヒー缶を力いっぱい握った。
「祐司、それ全力? 少しも缶が変形してないわ。相変わらず非力ねえ」
後ろから紫苑が、呆れたような声をかけてきた。
「放っておいてくれ」
オレはむくれて、傍にあったゴミ箱に缶を捨てる。
「あ、龍一ね。チャコが大好きなのよ」
「チャコ?」
オレは座ったまま、少し屈んでいる紫苑を見上げた。ヘアメイクや着替えは終わっていた。紫苑の衣装は見慣れた、白いモーニングコートをアレンジしたミニスカートだった。
「私の一番の友達よ。祐司も見かけたことがあると思うけど、覚えてる?」
紫苑の学校に行ったとき、傍にいたショートボブの子かな。
「チャコは龍一と同じ事務所だから、結構前から知り合いだったみたい。携帯の待ち受けが龍一なのよ、イケメンだもんね」
クスクスと笑う紫苑の言葉に、オレは増々ムッとする。
「龍一がイケメンって言ったから、気を悪くしたの? 仕方ないじゃない事実なんだから。でもあたしは、草食動物みたいな祐司の方が好きよ」
なんなんだ草食動物みたいって、フォローになってないぞ。確かにオレ、ちょっと目の間隔が離れてるノッペリした顔だけど……。ああ、悲しくなってきた。
「オレに追い討ちをかけに来たのか」
オレのガラスのハートは砕ける寸前だ。
「そっちこそ、ちゃんと聞いてた?」
紫苑が後ろからオレの首に腕を巻きつけてきた。たわわな胸が、オレの背中で潰れるのをリアルに感じる。
「おい、紫苑」
「あたしは、祐司が、好きだ、って言ったんだけど」
耳元で、吐息混じりに囁かれる。
体温が急上昇して、身体が硬直した。
「だ、だ、だから、冗談はやめろって……」
そこで控室がノックされた。
「3JAMさん、リハお願いします」
「は、はい!」
オレは紫苑の腕を解いて立ち上がった。なんていいタイミングなんだ。
「ほらみんな、呼ばれてるぞ!」
オレが手を鳴らして促すと、入念にストレッチしていた鈴と、歌詞カードと睨めっこをしていた結衣が「はい」と返事をした。
紫苑はグロスでいつもよりツヤツヤしたチェエリーのような唇を尖らせて、オレの胸をバシンと叩いて控室から出て行った。
ジンジンと痛む胸を押さえて、オレはゆっくりと肩の力を抜いた。
「はー、ドキドキした」
紫苑の場合は、どこまで本気なのか分からないのが困る。
気を取り直したオレは、このまま一人控室に残り、モニターからメンバーのリハーサルを見守ることにした。
パソコンを開いて、次回のライブの台本をチェックする。外注の作家に頼んで三人のコントを挟んでいたりしているんだけど、3JAMのファンじゃなくても楽しめるクオリティーの高いネタが時々あった。ライブを見に来てくれるのは殆どがファンクラブの会員だから、このトークを一般の人にも見てもらえたら、ファン層が広がる気がしてもったいない気がする。
「今度のシングル、初回特典にDVDをつけるか……」
そんな事を考えている時だった。スピーカーからガタガタッと物々しい音が聞こえた。
「きゃあっ!」
続いて音割れするほどの悲鳴が聞こえてきた。
「なんだっ!?」
モニターを見上げると、鈴が倒れている。
「鈴!!」
オレは控室を飛び出してスタジオに向かった。ライトで明るく照らされたステージで、鈴は左の足首を両手で掴んで座っている。その周りをラブデドールの五人のメンバーとスタッフが取り囲み、微妙な空気が流れていた。
ラブデドールはいつも何かの人形が曲のコンセプトになっていたが、今日はビスクドールのようにフリルを重ねたふんわりとした豪奢なドレスに、ヘッドドレスを頭に乗せていた。
「鈴、大丈夫か?」
「祐司ニイ、病院に連れて行って!」
オレがしゃがむと、鈴がオレに抱きついてきた。
「そこの人が鈴の足を引っ掛けて突き飛ばしたのよ! あたし見てたんだから」
そこの人、というのは、ラブデドールのメンバーの一人だった。
紫苑が言うのに、他のスタッフも同意するように頷いている。
「ちょっと、言いがかりはやめてよ。こっちに倒れて来たから、肘で振り払っただけでしょ。だいたい大袈裟なのよ」
「なんの騒ぎだ」
声に人垣が割れた。そこから、サングラスにジャラジャラアクセの岩山龍一が現れた。
来ていたのか……。
心の中で舌打ちする。
「龍一さん! この人たち、私たちに勝てないからって同情を引こうと、小芝居打ってるんです」
「なんですって!?」
紫苑が眉をつり上げた。
「紫苑、いいから落ち着けって」
オレと龍一が勝負していることは、ラブデドールのメンバーも知っているようだ。これでは、3JAMとラブデドールの仲が険悪にもなるだろう。
「鈴、医務室に行こう」
「やだ、ちゃんと病院に行かなきゃやだ!」
「鈴ちゃん、足を捻ったみたいだから」
結衣は心配そうに眉を顰めている。
「でも、病院まで行っていると本番に間に合わないだろう。まず医務室で見てもらって、必要なら病院に行くから」
「すごく痛かったんだもん! 早くお医者さんに診てもらわないと!」
鈴がヒステリックに叫んだ。主張を曲げそうもないし、このままでは番組に迷惑がかかるだろう。
「分かった、病院に行こう」
オレはスタッフに謝り、紫苑と結衣だけでステージをする旨を伝えた。本番前のトラブルとなるとラブデドールが絡んでいる分面倒なので、初めから体調不良だったことにしてもらう。
二人には、撮影が終わったら病院に来るように伝え、現場を離れた。
「いい教育してるな」
すれ違いざま、オレは龍一に嫌味を言ってやった。せっかくの全国の舞台に水を差され、それくらいしないと気がすまなかった。
鈴を横抱きにすると、フラリとよろけてしまう。
「ちょっと祐司ニイ、鈴、重くないからね!」
「ごめん、軟弱で」
これが紫苑や結衣じゃ、抱えられなかっただろう。鈴だったのがオレにとっての不幸中の幸いだった。と、鈴に言ったら怒られそうだ。
車に乗せて、事前に連絡しておいたワタナカ音楽事務所行きつけの医者に連れて行く。受付を済ませて待っていると、ほどなくして診察室に呼ばれた。
――診察の結果は、“異常なし”だった。
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