「代わりに祐司君がプロデュースしてくれないかな?」
「えええ――っ! プロデュース!?」
なんだか、凄い話になって来た。
「サポートはするからね。久々に新人を出すから、外注にはしたくないんだよ」
オレは弱って天井を見上げ、切りそろえている襟足を擦った。
母さん、どうしよう?
「あ……」
プロデューサーといえば、憎い岩山豪と同じ肩書じゃないか。
母の三回忌が終わってから、オレは一度『岩山豪事務所』に行って、面会を頼んだことがある。本人不在で会えなかったので、伝言を頼んだけれど連絡はなかった。その後何度電話をしても、一度も取り次いでもらえていない。
作詞・作曲家としてこの業界にいれば、いつか岩山豪に会える。その時は恨みつらみを言ってやろうと考えていたけど、プロデューサーになれば、その機会が早く訪れるかもしれない。
「オレ……あいや僕、やります!」
「そうかそうか! ありがとう祐司君!」
バシンバシンと両肩を強く叩かれた。
全身むち打ちにでもなっていそうな予感がする。
「パパ! 持ってきたよ~」
特徴のある高い声と同時にノックもなく入って来たのは、アッシュブラウンの髪をサイドテールに結い上げた幼い少女だった。学校の制服を着ていなければ小学生にも見える。グレーのダブルボタンのベスト、膝上のチェックのスカートの下には、健康的に日に焼けた細い足が真っ直ぐに伸びて、白のハイソックスを履いていた。パッチリとした大きな瞳と、いたずらっ子のようなアヒル口が印象的な、可愛らしい少女だ。
「ありがとう鈴。でも、部屋に入るときは必ずノックをすること」
「あ、この人がパパの言って祐司君? こんにちは!」
綿中さんをスルーした鈴と呼ばれた少女は、警察がするように、右手の指先を伸ばして額につけて敬礼した。
「こんにちは」
オレは軽く会釈をした。親子なんだろうけど、背が低いところ以外全く似ていない。鈴は綿中さんより更に低く、オレの胸辺りに頭があった。
「こらこら、年上に向かってその呼び方はないだろう」
「じゃあ、祐司お兄ちゃんでいい? 祐司ニイ、鈴たちのプロデュース、引き受けてくれたの?」
瞳を輝かせて、ずいっと背伸びをしてオレを見上げてくる鈴。
「あの、えっと……」
少女の話は早口な上に急な展開で、ついていけてない。
「祐司君、これは私の中一になる娘で、鈴だ。スズと書いてリンと読む。今回プロデュースしてもらう三人グループの一人だよ」
「よろしくね、お兄ちゃん」
少女が体を傾かせると、サイドテールと柔らかそうな頬がぷるんと揺れた。
「よ、よろしく」
もしかして、ちびっ子アイドルグループなのか? アイドルの低年齢化とかいわれてるから、このぐらいは当たり前なのだろうか。
「祐司ニイ、なんか堅いなあ。“ボクはマジメです”って顔に貼ってある感じだよ! 時代をクリエイトするんだから、もっとふにゃふにゃした方がいいと思うよ~」
鈴がビシッとオレに人差し指を突きつけると、綿中さんがペシリとリンの頭を叩いた。
「やん、痛~い!」
「知ったような口を利くんじゃないの。DVD、編集してくれたんだろ?」
「そうそう、見て見て!」
鈴は鞄から取り出したDVDを、早速プレイヤーに入れて再生する。
「メンバーの説明をしていいかな? デビュー曲を作ってもらわなきゃいけないし、プロデュースする方向を決める上でも、彼女たちを知ってもらわないとね。もちろん、近いうちに顔合わせをするから」
オレたちはそれぞれ、モニターが見やすい席に座った。鈴は綿中社長の隣りにぴったりと寄り添った。身長はあまり変わらないけど、体積が三倍ほど違うので、なんだかシルエットが可笑しい。
映像が始まった。
有名アニメのイントロが流れ、カラフルで派手なエフェクトの後、『最強無敵、三人娘!』とタイトルが現れた。
「……あの、これがグループ名、ですか?」
オレは恐る恐る、綿中さんに尋ねた。
「いや、まだグループ名は決まってないよ」
「だから鈴が適当に入れてみました! カッコイイでしょ?」
得意げに、ささやかな胸を張る鈴の形のいいおでこを、綿中さんがペチンと叩いた。
「紛らわしい事をするんじゃない」
「痛~い!」
この親子は、いつもこうなんだろうか?
と、画面には緩くパーマのかかったライトブラウンの髪を揺らしながら歌う少女が映った。スタイルが良い、ハーフのように目鼻立ちがはっきりした美人タイプだ。クールに見える表情は笑うと目尻が下がって柔和になった。
オレは画面に釘づけになる。可憐だ。
「華宮紫苑、十六歳、A型。身長百六十七センチ、体重五十一キロ、スリーサイズは上から八十八・六十三・八十八。三年前に歌のオーディションで優勝している」
「三年前?」
「ああ、当時福岡県に住んでいてね、ご両親の同意が得られず上京するのに時間がかかって、何とか義務教育終了と共にこっちの高校に入学できたってわけだ。彼女は歌手になるのが夢でね、泣きながら諦めたくないって言うものだから、私は何度もご実家に足を運んでご両親を説得したんだよ」
それが実を結んだってわけだな。
「デビューを急いでいるのは、彼女がそう望んでいるからなんだよね。元々決まっていたプロデューサーが帰国するのを、待てないって言うものだから」
もし東京に生まれていたら、もっと早くデビューできたはずだ。そう焦っているのかもしれない。分からなくはないけど、まだ若いし美人なんだから、急ぐこともないのに。
画面では、華宮紫苑が楽しそうに歌っていた。優勝したというだけあって歌はかなり上手い。声に張りがあって音域も広く、ファルセットも綺麗だ。しかも独自の雰囲気を持っている。この辺りは努力でどうにかなるものじゃないだろうから、大きな武器になるだろう。
「次は三ヵ月前、町でスカウトした子だ」
画面が切り替わって、白いワンピース姿でヴァイオリンを弾いている少女が映る。黒くて長いストレートの髪で、日に当たったことがないかのように真っ白な肌をしている。瞳は澄んでいて、スッと通った鼻筋の下に赤く薄い小さな唇がジェラートのように添えてあった。間違いなく、正統派美少女だ。
「涼川結衣、十五歳、O型。身長百六十センチ、体重四十四キロ、スリーサイズは八十三・五十九・八十七。何のレッスンも受けていない真っ白の子だから、育て方でいかようにも変わると思うよ。かなり人見知りなところがあるから、長い目で見てほしい。不器用な子だけど、私はポテンシャルが高いと思っているよ」
人見知りか。オレも人間不審ぎみだし、共感できるかもしれない。
ヴァイオリンは上手いから、きっと音感もいいだろう。カメラ映りはいいけれど、撮られ慣れていないせいか表情がぎこちない。
「歌っているところはないんですか?」
「まだね。人前で歌うのは恥ずかしいんだって」
「恥ずかしいって……」
アイドルになろうというのに、大丈夫かな?
また画面が切り替わり、ダンススタジオで派手にヒップホップを踊る集団が映った。クローズアップされたのは、アッシュブラウンの髪をサイドテールにしている、若さ弾ける少女だった。
「あははっ、鈴だよ~!」
鈴は嬉しそうに足をバタつかせた。
「ユニット最年少の十三歳、綿中鈴だ。身長百四十九センチ……」
「あっ! だめだよ!」
綿中さんが資料片手に、先の二人のようにプロフィールを読み上げようとすると、鈴が止めた。
「体重とか、言っちゃダメ! 情報ロウエイだよ! 人権シンガイだよ!」
「なに言ってるんだ、そのうちウェブで全世界に公表されるってのに」
ううう、と唸る鈴を無視して、綿中さんは続けた。
「体重三十八キロ、B型。スリーサイズは七十五、五十五、七十九。見ての通り、特技はダンス全般。系列のダンススクールで常にトップの成績」
「ダンスだけは、誰にも負けないよ!」
開き直った鈴は力こぶを作った。制服のYシャツで見えないけど。
なんというか、華宮紫苑と涼川結衣の二人なら、なんとなくデュエットとしてアリな気もするんだけど。鈴が加わることで、あまりに個性がバラバラで統一感がなくなっているような気がした。
「この三人は、まだ顔合わせをしていないんだ」
「楽しみだね~。グループって、家族みたいだよね、きっと」
鈴は足をプラプラとさせて、嬉しそうに笑っている。
「祐司ニイも家族だね」
「え?」
思わぬ言葉に、オレは鈴の小さな顔を凝視した。
「そうだな、会社ってのは家族に喩えられたものだし。うちは人数が少ない分、アットホームな雰囲気なのが売りだからね。祐司君、この子たちをよろしく頼むよ」
家族か。そういう関係っていいな。一緒に苦労を乗り越えて、成長していくような。
「トップアイドルにしてね!」
鈴が敬礼する。
「頑張るよ」
綿中さんが、満面のクマさんスマイルを浮かべた。
「頑張ってくれるのは嬉しいけど、祐司君も楽しんで。私たちが楽しんでないと、面白いものはできないからね」
「ありがとうございます」
オレはきっちり頭を下げた。
大役すぎて、楽しむ余裕なんかなさそうだけど。
次に事務所に来るのは、メンバー顔合わせを行う一週間後に決まった。その間、デビューシングルの構想を練る。
会ってみないと分からないところもあるけど、映像の感じから爽やかでピュアな感じがいいのかなと漠然と考えた。
不安もあるけど、気分が高揚していた。
あの岩山豪に、一歩近づいたんだ。
それからオレは、最近の売れ筋の曲をリサーチしてみた。昔のような分かりやすい流行の括りがなくて、ジャンルはかなり細分化されているようだ。
それでもやっぱり“アイドル”の曲となると、一度聞けば頭に入るような分かりやすいメロディーであり、キャッチーでポップなタイトル。歌詞には恋愛要素が入っていて、感情移入しやすいものが受け入れられているようだった。
それならと、オレはストックしていた曲をいくつか引っ張り出して、売れ筋のコードにメロディーを乗せてギターを弾いてみた。いい感じのメロディーができたら、簡単に五線譜にメモをする。結構オレの曲作りはアナログだった。
曲を作りながら浮かんだワードも書き留めることを繰り返し、曲と歌詞を合わせて一週間で仕上がった。最終的にはイメージが伝わりやすいように打ち込みにしてみた。綿中さんは一ヵ月後には曲が欲しいと言っていたから、とりあえず叩き台にしてもらえればと思う。
「うん、なかなか良くできてる」
自画自賛するオレ。
彼女たちも気に入ってくれたらいいけど。
あとは、本人たちとの対面を待つばかりとなった。
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