オレがアイドルをプロデュースしたらこうなる

JUN
JUN

第三章 息子 VS 息子 4

公開日時: 2020年10月6日(火) 20:02
文字数:1,711

 旅館に戻ると、二人は浴衣に着替えていた。

 さすがアイドル、浴衣姿もよく似合っている。

「遅いよ~! 暇だったから、温泉入ってきちゃったよ!」

「花火も買ったわよ。後でやりましょうね」

 完全にオフモードだった。

「じゃ、オレたちも風呂入って来るか」

「はい、祐司さん」

 結衣が微笑んだ。

 恐怖心が薄れたからか表情が柔らかくて、今まで以上に可愛らしく見える。正統派美少女の真骨頂に、オレの胸がドキリと鳴った。

 アイドルを辞めると言って車を飛び出した時にはどうなるかと思ったけど、もう大丈夫みたいだ。

「祐司ニイたち、いい雰囲気じゃない? いつの間にか、名前で呼んでるし」

 鈴がニヤニヤと笑う。

「えっ? なにそれ、ズルイ!」

「ち、違いますよ!」

 結衣は赤くなって否定すると「全部はくのよ!」と一度入ったはずの紫苑と鈴も、結衣と一緒に温泉に行ってしまった。

 あの三人、仲が良くなったな。

 オレも準備をして温泉に入ることにした。

 

 宴会場に用意された海鮮料理に舌鼓を打ち、部屋に戻ると布団が敷かれていた。こういうの、いいよな。

 中居さんに花火ができる場所を尋ねると、駐車場の空きスペースを使っていいと言われた。オレたちは早速、浴衣とサンダルで駐車場に出た。

 初夏の北海道は涼しい気候だったが、温泉と食事で暖まった体には半纏を羽織るくらいで丁度よかった。

「鈴は二刀流なのだ~」

 両手に花火を持った鈴はクルクルと踊る。

「鈴、周りに気をつけて!」

「分かってるよ~ん」

 鈴は良く走るなあ。

「花火なんて久しぶり」

 そういう紫苑は蝋燭の近くに腰かけて、のんびりを花火を眺めている。片側に長い巻き髪を寄せると、花火にほっそりとしたうなじが照らされて色っぽい。視線を落とすと広く開いた浴衣の合わせから胸の谷間が目に入り、オレは慌てて目を逸らした。

「オレも久しぶりだ」

誰にともなく呟いて、花火を手に取った。

花火をする時は暗闇に火花の残像で文字を書いて遊んだりしたものだけど、もう走り回る気力はない。鈴を見ていると、オレも年なのかなぁなんて考えてしまう。

 オレは適当なところに腰をかけて、花火に火をつけた。

 火薬の独特な匂いと煙、そして色が変わりながら輝く火花を眺めていると、風物詩ってのはいいものだなと改めて感じる。

「祐司さん」

 声を主を見上げると、長い黒髪をアップにした結衣が、細い首に手を当てて微笑んでいた。結衣も綺麗なうなじをしてる。……あれ、オレって、うなじフェチだったのかな?

「そのまま、動かないでくださいね」

 立ったままの結衣は前屈みになると、オレの背中に温かい手の平を置いた。

「今までは私から触ることも出来なかったんです。父でもダメだったんですから」

「そっか。治って良かったな」

 結衣はオレの背中に指先を押し付け、そのまま動かす。文字を書いているようだ。

 

 あ り が と う ご ざ い ま し た

 

「どういたしまして。スパルタだったけどな」

「そうですね。親知らずを抜いた時くらい怖かったです」

分かりにくい例えだった。

「そこの二人、誰が一番長持ちするか、線香花火で勝負しましょうよ」

「紫苑ネエ古い! 線香花火はまとめて大きな玉にするものだよ!」

「古いとか言わないの!」

 花火の後は部屋に入って、鈴の強い強い強い要望で、枕投げが行われた。隣室に迷惑になるから静かにするつもりが、最終的にはエキサイトしてしまい、中居さんに怒られた。

 それからも就寝までわいわい騒ぎ、疲れ果ててからオレたちは眠った。

 

翌日は午前中から営業にまわる。

 数か所歌う機会をくれる局やショップがあり、特に結衣は回を重ねるごとに明らかに自信が漲っていくのが分かった。握手を求められても、もう悲鳴をあげたりはしない。

 こうして四日間の北海道周りは終わり、三日間は東京で取材や商品PRイベントの仕事などをして、次は大阪。東京に戻って、最後の福岡と、無事に三都市の営業を終えた。

 ところで、なぜ結衣の男性恐怖症と露出NGな事をオレに教えてくれなかったのかを綿中さんに尋ねると、

「本人から聞いた方がいいと思って」

 と、のほほんとした答えが返ってきた。

 そしてちょっと真面目な顔になって綿中さんは言った。

「祐司君、オールバックに髭って全然似合ってないから、元に戻した方がいいよ」

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