オレがアイドルをプロデュースしたらこうなる

JUN
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最終章 決戦の行方、そして 1

公開日時: 2020年10月11日(日) 11:11
文字数:2,837

「祐司のモーニング姿、初めて見たわ」

「初めて着たんだよ」

 音楽大賞会場に向かう際、それぞれの家にメンバーを迎えに行くと、最後に乗せた紫苑がしげしげとオレを見た。受賞するのは3JAMなんだから、スーツくらいで良いだろうと思っていたら、綿中さんが正装するべきだと、いつの間にかオレのために準備していたのだ。

 会場は取材するテレビ局で、メンバーは楽屋に入ってから衣装に着替える。

 この大賞は発表の仕方が変わっていて、事前にどのアーティストが入賞するのか分からない。過去、犬猿関係の歌手がバッティングして土壇場で帰ってしまった事があるそうで、受賞者も当日になるまで、他に誰が来るのか、何の賞で呼ばれているのか、隠されるようになったそうだ。それでも事前に、受賞を辞退する人はいるようだけど。

 スタッフに特設の楽屋の鍵をもらう。通常楽屋の前には“3JAM様”なんて大きく張り紙がしてあるものだけど、それもない。徹底している。

「鈴たち、どの賞をもらうのかな」

「順当にいけば、新人賞だと思う」

「ラブデドールも呼ばれてるんでしょうね」

「オレが審査員だったら、人形をコンセプトにして面白い演出をしていたラブデドールは、企画賞にするんだけどな」

 新人賞と企画賞なら、どっちが上というものでもない。

メンバーが準備をする中、そんな話をしていた。

「鳴海さんも、少しメイクしましょうか」

 ヘアメイクさんに声をかけられた。

「えっ? いいですよ、オレは」

「きっと、映っちゃいますよ」

 名前を呼ばれた時の入賞者の顔は、視聴者が見たい一瞬の一つだろう。それを逃さないために、楽屋内にはカメラが設置されている。端に逃げていても、オレも撮られてしまうかもしれない。

「そうです、よね」

 オレは観念して、お願いすることにした。

 リハーサルやらなにやらとスケジュールが進行して、あっという間に本番になった。有名なタレントが煌びやかな衣装に身を包み、司会を務めている。

「始まっちゃったね」

「私、緊張します」

「祐司の勝負がかかってるからね」

「そういう緊張の仕方をしないでいいから」

 壁際に立っているオレは苦笑した。

 三人はペティコートとレースで膨らんだ、膝上のピンクのワンピースを身に着け、同色の編上げのロングブーツを履いている。『sweet heart』の衣装だ。部屋の中央に並んで椅子に座っていた。

 そう言いつつも、オレもドキドキしている。でもこれは、悪くないドキドキだ。CDでは勝っている。新人賞に選ばれたら、文句なく、オレたちの勝ちだ。

 卑怯な手ばかり使ってきた岩山親子に負けたくない。負けちゃいけない。

《続いて、作曲賞です》

 ドラムロールが鳴り、突然部屋がワントーン明るくなった。おや、と思う。

《『Be My Love』『sweet heart』などを作曲された、鳴海祐司さんです!》

「えっ」

 寄り掛かっていた壁から体を浮かす。

 カメラがこちらを捉えていた。

「うわ」

オレはきっと、とんでもない間の抜けた顔をしているだろう。

「祐司ニイ、すごい!」

「やりましたね、祐司さん!」

「呼ばれてるから祐司、早く舞台に向かって」

 三人に見送られながら、楽屋から出た。すぐに舞台に出られるようになっている。

《おめでとうございます、鳴海さん。今のお気持ちは?》

「あの、こ、光栄です」

 眩しいスポットに照らされて、なにを質問され、なんと答えているのか頭に残らなかった。

 ただ確かなのは、オレの入賞を、綿中さんは知っていただろうということだ。

 事前に聞いていれば、辞退したのに……。

 オレはヘロヘロになりながら、スタイル抜群の有名女優に花束と楯をもらって、受賞者席に着いた。

 クロスのかかった五人掛けの丸テーブルにつく。既に受賞した人たちが、同じようにポツリポツリと丸テーブルに座っていた。大御所ばかりで、偉い所に来てしまったと改めて緊張した。

 オレが想像していた企画賞に、ラブデドールは呼ばれなかった。この音楽大賞に呼ばれていないのだろうか? もしかすると、新人賞で二組受賞するのか?

《それでは、今年デビューされ、もっとも活躍された歌手の方に贈られる、新人賞を発表します》

 ドラムロールが鳴る。

 オレは司会者の後ろにある大きなスクリーンに注目した。

 画面が切り替わり、表情を硬くした3JAMの三人が映った。

《3JAMの皆さんです!》

「きゃ――――!!」

 鈴が真っ先に飛び跳ねて、三人抱き合っている。

「よしっ」

 オレもテーブルの下でコッソリ固いガッツポーズをとり、周りよりも一際大きな拍手を送った。

 舞台上でチャーミングなステップを踏みながら歌う三人を見ながら、初めて出会った時から今までの日々を思い返していた。

 一番反発していたのは紫苑で、オレは紫苑に叩かれ、プロデュースを降りようとしたこともあった。だけど今では一番頼りになるチームのまとめ役になっている。

 結衣は男性恐怖症で、異性に触れず、肌を露出することもできなかった。今着ている膝上のスカートなんて、半年前の結衣なら着れなかっただろう。よく乗り越えてくれた。

 鈴は初めからオレに懐いてくれて、実は折れそうになるオレの心の支えになっていた。神経質な二人を和ませるムードメーカー役にもなっている。

 おめでとう。

 そして、ありがとう。

「祐司ニイ!」

 鈴が駆け寄って、オレに飛びついて来た。オレは立ち上がって、鈴の背中をポンと叩いた。3JAMはオレと同じ受賞席のようだ。

「離れて鈴、撮られてるって」

「いいじゃない。結衣も行こう」

 紫苑が結衣の手を取って、二人して鈴に重なるようにオレに抱きついてきた。

 胸に、愛おしさがこみ上げてくる。

“グループって、家族みたいだよね”

 鈴に言われた言葉が思い浮かんだ。

「おめでとう、みんな」

 オレはしっかり三人を抱き返した。

《美しいチーム愛ですね。この絆が、新人賞に結び付いたのでしょう》

 改めて拍手がわき上がった。オレたちは礼をして席に着いた。

 オレたちは周りに迷惑がかからないよう、小声で雑談をしながら授賞式を眺めていた。出番が終わって、気楽になったのもある。

《それでは最も栄誉ある、今年の最優秀音楽大賞は……》

 ドラムロールが鳴る。

 どんな大御所の歌手だろうと見ていると、

 スクリーンに映ったのは、

 ビスクドールのような衣装を着た五人組だった。

《ラブデドールの皆さんです!》

 人形のがコンセプトの彼女たちは、無表情のまま同時に立ち上がると、クルリと一回転してスカートをつまんで礼をした。一糸乱れぬ動きに歓声と拍手が上がる。

《歌唱力は勿論、芸術性、企画性全てにおいて最も秀でた方に贈られる、最優秀音楽大賞。長い音楽大賞の歴史の中、デビュー一年の新人の方が受賞されるのは初めての快挙です》

《今年はレベルが高かったですからね》

 司会者の声がだんだんと遠くなっていった。

「祐司……」

 メンバーが心配した表情でオレを見ているのも、見えなくなっていく。

 

 負けた。

 

 もう二度と、岩山豪を母に謝らせるような機会など訪れることはないだろう。

 そして、オレの短い音楽人生も終わる。

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