オレがアイドルをプロデュースしたらこうなる

JUN
JUN

第二章 アイドルたちとの対面 2

公開日時: 2020年10月3日(土) 20:02
文字数:2,712

「あたしが歌うわ」

 意外にも、初めに立ち上がったのは紫苑だった。自前のミネラルウォーターを飲んでからソファーを外れて広い空間に歩み出る。さすがチーム一の歌姫、堂々としている。

「録音させてもらうよ」

 声を持ち帰るためだ。

 紫苑が歌いだしたのは、なんと、たった今流したばかりのオレの曲だった。手には歌詞を持っているけれど、メロディーは一度聞いて覚えたということだ。覚えやすいフレーズにしているとはいえ、大したものだ。

やはり紫苑の歌唱力は抜群だった。いつか音域の広い本格的なバラードを歌わせてみたいと思った。

「どう?」

 歌い終わると、紫苑は腕を組んで仁王立ちになり、オレを睥睨する。まさにドヤ顔。オレは立ち上がって拍手をした。

「すごいよ。さすがだね」

「まあね」

 紫苑は溜飲を下げたのか、釣り上がっていた眉が元に戻った。しかしオレは、つい余計な一言を言ってしまった。

「後半ちょっと走るのと、音域が高い部分がフラット気味になるから気をつけようね。じゃあ次、結衣……」

「待って! 私のどこがフラットなのよ!」

 カチンと来たらしい紫苑は、席に戻らなかった。

「えっと、じゃあ、今の聞いてみる?」

 オレは録音したばかりの紫苑の歌を再生した。

「ほらここ、ここも、フラットだろ?」

「そんなことないわ」

 紫苑は絶対の自信があるようだ。

聞いて分からないとなると平行線になるし、なんだかオレが意地悪をしているみたいだ。

「一度曲を聞いただけだしね、これから練習すればいいし、問題ないよ」

 曖昧なフォローをするオレ。また険悪な雰囲気になるのだけはごめんだった。

「あの、私も少し低くなっていると思います」

 なんと、結衣の援護が入った。

「なんですって? 私は中学の頃からずっとボイストレーニングをしてきてるのよ! 先生にお墨付きをもらってるんだから!」

 紫苑がキレて、結衣に食ってかかりそうになる。オレはその間に割って入った。

「紫苑、ソルフェージュしたことある?」

 紫苑は勘が良いタイプなんだろう。一度聞けば何となく歌えてしまうし、声量も音域もあるからダイナミックに歌い上げてしまう。緻密な練習は置き去りにされたのかもしれない。

「ソル……? なによそれ」

 案の定、紫苑は知らなかったようだ。表情は怒りから戸惑いに変わる。

「読譜とかイヤートレーニングとか。誰かしてた人いる?」

「私、二年程コールユーブンゲンを習っています」

 遠慮がちに手を上げる結衣。

 なるほど。特技はヴァイオリンのようだし、だから結衣は耳がいいんだ。

「そしたら結衣、空き時間で紫苑に教えてあげて。もちろんボイトレの先生にも紫苑の事、頼んでおくから」

 自分の音程がずれていたようだと受け入れたのか、紫苑は顔を顰めつつ、大人しく元の席に戻った。

「じゃあ次、結衣歌って」

「あっ……」

 戸惑うように立ち上がる結衣。

「あの私、歌は苦手なんです、ごめんなさい」

 歌う前から謝られてしまった。

「そうしたら、何でコールユーブンゲンを習ってるの?」

 コールユーブンゲンとは、声楽で習うような合唱練習書の事だ。

「音大を目指しているので」

 なるほどね。オレの後輩候補だ。

 結衣が歌いだしたのは、話題に出たばかりのコールユーブンゲンだった。オレも勉強したから分かる。何度も歌うから、いつしか暗記してしまったりするんだ。

「今の、ナンバー四十九だろ?」

「は、はい」

 透明感のある綺麗な声で、音程は確かだし声量もそれなりにあった。いつかクラシックとポップスをミックスさせたクラシカル・クロスオーバーを歌わせたいと思わせた。

ただ、紫苑がさっき、結衣が蚊の鳴くような声だと言ったのが気にかかる。

 紫苑を見るとオレの意図が分かったらしく、フイッと横を向いた。

「最近のポップスを歌わせてみたら?」

「だって、結衣」

「……」

 促すと、結衣は渋々と白いセーラー服ごしの薄い腹に両手を乗せた。そして搾りだすように、紫苑と同じくオレが作ってきた曲を歌う。

 まさに、蚊の鳴くような声だった。

「なんでさっきみたいに歌えないんだ?」

 あまりの声量の違いに驚いた。結衣は唇を引き締めて、ふるふると首を振った。長い髪がサラサラと揺れる。

「どこから声を出していいのか、分からなくて」

 腹だとか鼻だとか頭だとか、響かせるポイントは教える声楽の指導者によって様々だったりするけど、当然声は声帯から出ている。

「あれだけ声が出るんだから、大丈夫。コツさえつかめばすぐだ」

 オレは安心させるように、結衣の肩をポンとたたいた。

「きゃああっ!」

 突然結衣は悲鳴をあげ、しゃがみこんで腕を抱きかかえた。顔が真っ青になっていた。

「ご、ごめん……」

 気に障ったのか、叫ぶほどオレが嫌いなのか。

 歓迎されてないわ嫌われてるわで、オレの方が泣きたい気分になってきた。続けられるのかな、オレ。

「祐司ニイ、最後は鈴でしょ?」

 オレを見上げてニッコリと笑う鈴。

「……う、うん」

なんか今、すごく救われた気分だ。

「鈴はさっきの歌はまだ歌えないから、好きな曲歌うからね~!」

 一週間前の映像に差し込んでいたのと同じ、有名なアニメの主題歌を歌う鈴。

 紫苑が音痴だと言っていた歌声は、時々音が外れるものの、オレは好きだった。

ただ、クセがあるというか、滑舌が悪いというか、喋り口調と歌声がここまで変わらない歌というのを初めて聞いた気がする。でもこれはこれでアリなんじゃないかと思わせる、明るさとパワーがあった。

 まあ確かに、ハモリに向いていないし、万人受けしないだろうけど。

どうしようかなあ。

「祐司ニイ、どうだった?」

 大きな瞳をキラキラとさせて、鈴が聞いてくる。

「正確な音を覚える練習は必要だけど、オレは好きな声だよ」

「やったー!」

 両手をあげて喜ぶ鈴。つられてオレも笑みが浮かんだ。

「みんな、ありがとう。お疲れさま」

「鈴たちはこれからボイストレーニングなんだよ!」

「そうか。頑張れよ」

「うん!」

 素直な鈴の反応が嬉しくて、サイドテールの小さな頭を撫でる。アヒル口をニヘラと曲げて喜ぶ鈴。親子そろって、オレの癒しだなあ。

 オレは三人に挨拶をしてから部屋を出て社長室に向かう。部屋では綿中さんが男性と話していた。

「祐司君紹介するよ。うちで編曲を担当してくれている、鉄也君だ」

「初めまして」

 四十代くらいの鉄也さんと握手をして、曲をどうアレンジするか三人で相談する。方針が決まって鉄也さんが部屋を出ると、今後のスケジュールについて綿中さんと相談をした。

 人手不足から、オレがマネージャー業も兼任することになった。主にスケジュール管理と伝達、そして彼女たちを現場に届ける仕事だ。今は大して仕事はないけど、デビューして現場を渡り歩くようになれば忙しくなるだろう。そうならないと困るわけだけど。

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