「こんにちは」
約束の日となり、学校帰りに事務所入ると、何やら甲高い声が聞こえてきた。
「なんでこんな音痴なチビとグループを組まなきゃいけないのよ!」
「嫌だったら出て行けばいいでしょ! 鈴はここの社長レイジョウなんだからねっ」
一人は先日会ったばかりの綿中鈴の声に間違いない。するともう一人は……。
オフィスに目を向けると女性一人しかおらず、会議室を指でさしながら電話で話している。手が離せないらしい。
オレは慌てて声のする会議室に飛び込んだ。
そこには綿中社長と鈴、そして映像で見た華宮紫苑と涼川結衣がいた。女性三人は別々の学校の制服を着て向かい合っている。
「やあ祐司君、ちょっと、揉めてしまってね」
スーツを着た綿中さんが、困ったように短くて太い眉毛を下げながら、軽く手をあげた。
「ちょっと? 社長、これはどういうことですか!? よりによって、ボイトレで“こんな音痴に生まれなくて良かった”と鼻で笑ってた子がここにいるのよ!」
「ええっ! 鈴、鼻で笑われてたの!?」
「あの、落ち着いてください、華宮さん」
華宮紫苑の怒りを鎮めようとする涼川結衣に、矛先が向いた。
「あなたも顔こそ可愛いけど、蚊の鳴くような声しか出ないじゃないの。だったらモデルにでもなればいいのよ!」
「そんな……」
結衣は悲しそうに眉を寄せて、肩を落とした。
「待ってくれ、これからチームになる仲間だっていうのに、なんでこんな怒鳴り合いをしているんだ」
主に怒鳴っているのは紫苑一人だけだけど。
オレが声をかけると、ライトブラウンの巻き髪を揺らして紫苑が振り向いた。制服がまるで紫苑のためにオーダーメイドされたかのようにフィットしている。腰の位置が高くてミニスカートから伸びる白い足はスラリと長い。こんなにスタイルがいい女性は、そういないだろう。
頭の先からつま先まで目で辿っていると、バチンといきなり頬を張られた。
「なにジロジロ見てるのよ! だいたいあなたが一番悪いのよ!? どうしてこのあたしが素人にプロデュースされなきゃいけないのよ!」
細い眉を吊り上げて、腰に手を当ててオレを睨む紫苑。オレは張られた頬を手で押さえながら、なんとなく状況が分かってきた。
グループになるメンバーを社長から紹介されて、気に食わないメンバーだと思っていたところに、有名プロデューサーに代わってにわか男がプロデュースを担当すると聞かされて、紫苑はキレたんだろう。
「紫苑君、そろそろ言いたい事は出し切ったかな?」
綿中さんが珍しくキリッと眉を上げている。
「プロデューサーの帰国を待つか、新しいプロデューサーを探すか、私は君に尋ねたね? 君が待てないと言ったんだよ」
「だけど社長、こんな素人が来ると思わなかったから……」
「いい加減にしなさい、紫苑君」
紫苑の言葉をピシャリと遮る綿中さん。いつもの癒しクマとは違う、社長の風格を纏っていた。
「君だって完璧なわけじゃないだろ? 仲間と一緒に成長していってほしい。焦る気持ちは分かるけど、私だって最良の選択をしているつもりだよ。祐司君は才能がある人だから、安心してついて行きなさい」
紫苑は厚みのあるチェリーのような唇を噛みしめ、やっと大人しくなった。
「デビューまでにまだ半年あるんだから、歌もダンスも上達するよ。みんな、仲良くやっていけるね?」
三人とも、反応が鈍い。
「そうだ、みんな名前で呼び合うのはどうかな? 苗字で呼ぶより親しい感じがするからね、いいよね?」
彼女たちはお互いを見回した。微妙な空気だった。
「まあ、座ろう。改めて今後の打ち合わせをしようか」
中央のテーブルを挟み、三人掛けのソファーに紫苑、結衣、鈴が座る。向かいの一人掛けのソファーには、オレと綿中さんがそれぞれ座った。部屋の雰囲気は、かなり重い。
「三人はさっき挨拶したから省くよ。はじめましては彼だね」
促されて、オレは立ち上がってみんなに挨拶をした。紫苑の視線が痛い。
「シングル用の曲を作ってきました。聞いてもらってもいいかな? みんなの意見を反映して、次までに直してくるから」
「早いね、一週間しか経ってないのに。さすがだね祐司君!」
「いえ」
綿中さんに褒められて、少し嬉しくなる。オレはCDと歌詞を綿中さんに渡し、三人にも歌詞を配った。
「まだ彼女たちの声が分からないからプロト版です。みんなに歌ってもらってから、ユニゾンにするとかハモリにするとか考えます」
「仮歌入ってるの?」
「はい、一応」
メロディーと歌詞だけ渡しても、どう歌えばいいか分かりにくいから、オレが歌った声が入っているんだ。
早速曲を流す綿中さん。メンバーは目を閉じたり、歌詞を目で追ったりしながら曲を聞いている。
自分の作った曲を聞かれるのは授業なんかで慣れてるけど、この沈黙は緊張する。
「どうかな?」
曲が終わり、オレはメンバーを見回した。
「完成度高いね。このまま祐司君の歌で売り出せちゃいそうだよ」
綿中さんは雰囲気を和ませるつもりなのか、べた褒めしてくれる。
「いいじゃん! テンポが速くて踊りやすそう!」
鈴はパチパチと拍手した。
もちろん、ダンスのことは考慮していた。鈴はダンスの成績がトップだと言っていたし。
「あの、とても爽快感のある曲で素敵でした。ちょっと、歌詞は恥ずかしいところも多いですけど」
結衣はほっそりした指に長い黒髪を絡めて、頬を赤らめて感想を述べた。
それもわざとで、歌詞は際どい所を狙っていた。ダブルミーニングでちょっとエッチな意味にも取れるワードを入れるのは基本だと思ったからだ。
みんなの視線が紫苑に向かう。
「余程おかしくなければ、曲に口を出す気はないわ」
紫苑はソファーに寄り掛かり、腕と足を組んでいる。綿中さんが黙っているからオレも注意しないけど、こんな態度のままでいいのだろうか?
「綿中さん、じゃあこれをアレンジャーさんと詰める形で」
「うんうん、頼むよ祐司君」
バシンと肩を叩かれた。結構痛い。
「みんなの歌を聞きたいんですけど、いいですか? どうアレンジするか、参考にしたいので」
「いいんじゃないかな、ここでどうぞ。ドアを閉めればある程度防音になるし、聞こえても私たちのオフィスだからね。じゃあ私はデスクに戻っているよ。終わったら声をかけてね」
綿中さんは、ふよんふよんとお腹を揺らして出て行った。
「好きな曲を一番だけ歌ってくれればいいから。アカペラになっちゃうけど。誰から行く?」
結衣と鈴は顔を見合わせ、紫苑はソファーに凭れたまま目を閉じている。こっちから指名するしかないか?
「あたしが歌うわ」
意外にも、初めに立ち上がったのは紫苑だった。
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