オレがアイドルをプロデュースしたらこうなる

JUN
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第二章 アイドルたちとの対面 1

公開日時: 2020年10月3日(土) 18:02
文字数:2,660

「こんにちは」

 約束の日となり、学校帰りに事務所入ると、何やら甲高い声が聞こえてきた。

「なんでこんな音痴なチビとグループを組まなきゃいけないのよ!」

「嫌だったら出て行けばいいでしょ! 鈴はここの社長レイジョウなんだからねっ」

 一人は先日会ったばかりの綿中鈴の声に間違いない。するともう一人は……。

 オフィスに目を向けると女性一人しかおらず、会議室を指でさしながら電話で話している。手が離せないらしい。

オレは慌てて声のする会議室に飛び込んだ。

 そこには綿中社長と鈴、そして映像で見た華宮紫苑と涼川結衣がいた。女性三人は別々の学校の制服を着て向かい合っている。

「やあ祐司君、ちょっと、揉めてしまってね」

 スーツを着た綿中さんが、困ったように短くて太い眉毛を下げながら、軽く手をあげた。

「ちょっと? 社長、これはどういうことですか!? よりによって、ボイトレで“こんな音痴に生まれなくて良かった”と鼻で笑ってた子がここにいるのよ!」

「ええっ! 鈴、鼻で笑われてたの!?」

「あの、落ち着いてください、華宮さん」

 華宮紫苑の怒りを鎮めようとする涼川結衣に、矛先が向いた。

「あなたも顔こそ可愛いけど、蚊の鳴くような声しか出ないじゃないの。だったらモデルにでもなればいいのよ!」

「そんな……」

 結衣は悲しそうに眉を寄せて、肩を落とした。

「待ってくれ、これからチームになる仲間だっていうのに、なんでこんな怒鳴り合いをしているんだ」

 主に怒鳴っているのは紫苑一人だけだけど。

 オレが声をかけると、ライトブラウンの巻き髪を揺らして紫苑が振り向いた。制服がまるで紫苑のためにオーダーメイドされたかのようにフィットしている。腰の位置が高くてミニスカートから伸びる白い足はスラリと長い。こんなにスタイルがいい女性は、そういないだろう。

 頭の先からつま先まで目で辿っていると、バチンといきなり頬を張られた。

「なにジロジロ見てるのよ! だいたいあなたが一番悪いのよ!? どうしてこのあたしが素人にプロデュースされなきゃいけないのよ!」

 細い眉を吊り上げて、腰に手を当ててオレを睨む紫苑。オレは張られた頬を手で押さえながら、なんとなく状況が分かってきた。

 グループになるメンバーを社長から紹介されて、気に食わないメンバーだと思っていたところに、有名プロデューサーに代わってにわか男がプロデュースを担当すると聞かされて、紫苑はキレたんだろう。

「紫苑君、そろそろ言いたい事は出し切ったかな?」

 綿中さんが珍しくキリッと眉を上げている。

「プロデューサーの帰国を待つか、新しいプロデューサーを探すか、私は君に尋ねたね? 君が待てないと言ったんだよ」

「だけど社長、こんな素人が来ると思わなかったから……」

「いい加減にしなさい、紫苑君」

 紫苑の言葉をピシャリと遮る綿中さん。いつもの癒しクマとは違う、社長の風格を纏っていた。

「君だって完璧なわけじゃないだろ? 仲間と一緒に成長していってほしい。焦る気持ちは分かるけど、私だって最良の選択をしているつもりだよ。祐司君は才能がある人だから、安心してついて行きなさい」

 紫苑は厚みのあるチェリーのような唇を噛みしめ、やっと大人しくなった。

「デビューまでにまだ半年あるんだから、歌もダンスも上達するよ。みんな、仲良くやっていけるね?」

 三人とも、反応が鈍い。

「そうだ、みんな名前で呼び合うのはどうかな? 苗字で呼ぶより親しい感じがするからね、いいよね?」

 彼女たちはお互いを見回した。微妙な空気だった。

「まあ、座ろう。改めて今後の打ち合わせをしようか」

 中央のテーブルを挟み、三人掛けのソファーに紫苑、結衣、鈴が座る。向かいの一人掛けのソファーには、オレと綿中さんがそれぞれ座った。部屋の雰囲気は、かなり重い。

「三人はさっき挨拶したから省くよ。はじめましては彼だね」

 促されて、オレは立ち上がってみんなに挨拶をした。紫苑の視線が痛い。

「シングル用の曲を作ってきました。聞いてもらってもいいかな? みんなの意見を反映して、次までに直してくるから」

「早いね、一週間しか経ってないのに。さすがだね祐司君!」

「いえ」

 綿中さんに褒められて、少し嬉しくなる。オレはCDと歌詞を綿中さんに渡し、三人にも歌詞を配った。

「まだ彼女たちの声が分からないからプロト版です。みんなに歌ってもらってから、ユニゾンにするとかハモリにするとか考えます」

「仮歌入ってるの?」

「はい、一応」

 メロディーと歌詞だけ渡しても、どう歌えばいいか分かりにくいから、オレが歌った声が入っているんだ。

 早速曲を流す綿中さん。メンバーは目を閉じたり、歌詞を目で追ったりしながら曲を聞いている。

 自分の作った曲を聞かれるのは授業なんかで慣れてるけど、この沈黙は緊張する。

「どうかな?」

 曲が終わり、オレはメンバーを見回した。

「完成度高いね。このまま祐司君の歌で売り出せちゃいそうだよ」

 綿中さんは雰囲気を和ませるつもりなのか、べた褒めしてくれる。

「いいじゃん! テンポが速くて踊りやすそう!」

 鈴はパチパチと拍手した。

 もちろん、ダンスのことは考慮していた。鈴はダンスの成績がトップだと言っていたし。

「あの、とても爽快感のある曲で素敵でした。ちょっと、歌詞は恥ずかしいところも多いですけど」

 結衣はほっそりした指に長い黒髪を絡めて、頬を赤らめて感想を述べた。

 それもわざとで、歌詞は際どい所を狙っていた。ダブルミーニングでちょっとエッチな意味にも取れるワードを入れるのは基本だと思ったからだ。

 みんなの視線が紫苑に向かう。

「余程おかしくなければ、曲に口を出す気はないわ」

 紫苑はソファーに寄り掛かり、腕と足を組んでいる。綿中さんが黙っているからオレも注意しないけど、こんな態度のままでいいのだろうか?

「綿中さん、じゃあこれをアレンジャーさんと詰める形で」

「うんうん、頼むよ祐司君」

 バシンと肩を叩かれた。結構痛い。

「みんなの歌を聞きたいんですけど、いいですか? どうアレンジするか、参考にしたいので」

「いいんじゃないかな、ここでどうぞ。ドアを閉めればある程度防音になるし、聞こえても私たちのオフィスだからね。じゃあ私はデスクに戻っているよ。終わったら声をかけてね」

 綿中さんは、ふよんふよんとお腹を揺らして出て行った。

「好きな曲を一番だけ歌ってくれればいいから。アカペラになっちゃうけど。誰から行く?」

 結衣と鈴は顔を見合わせ、紫苑はソファーに凭れたまま目を閉じている。こっちから指名するしかないか?

「あたしが歌うわ」

 意外にも、初めに立ち上がったのは紫苑だった。

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