記事の反響は大きく、予想以上に仕事が増え、テレビに雑誌取材にとスケジュールが埋まり始めた。
「みんな! セカンドシングルのイニシャルが出たよ。いくつだと思う?」
3JAMのメンバーと打ち合わせをしていると、綿中さんが興奮気味に部屋に入って来た。因みにイニシャルってのは、初回出荷枚数の事だ。
「三万、とか?」
オレが大きめの数字を言うと、綿中さんは首を振る。
残念、さすがにそこまで行ってないか。
「八万枚だよ! タイアップもないのに八万枚!」
わあっと彼女たちから歓声が上がる。
「すごい! 祐司ニイが身を切ってくれたおかげだね!」
鈴が変な喜び方をする。
「そういう意味では、いくら枚数が多くてもラブデドールより下じゃだめなのよね」
紫苑の言葉に、せっかく盛り上がっていた場がシュンと下がってしまった。
「そんなこと気にしないでいいから。八万枚だよ? みんな凄いよ、ここは喜ぼうよ!」
一度沈んだ雰囲気は戻らなかった。困ったなあと、オレは切り揃った襟足を撫でた。
岩山親子が乗り込んで来た日の出来事は、綿中さんから鈴を通して、メンバーに伝わっていた。こんなことになるのなら、口止めをしておけばよかったかな。
スケジュールは埋まり、一見3JAMは順調に見えた。しかしオファーに変化が生じた事に気づくのには、そう時間がかからなかった。
「綿中さん、テレビからのオファーが、極端に少ないですよね?」
スケジュール帳を持って綿中さんに相談に行く。
「先々週くらいかです、特にキー局」
「ああ、これは……」
岩山豪の妨害。
「オレ、直接テレビ局に行って交渉した方がいいですか?」
「いや、それは無理だよ。だけど今の波にどれだけうまく乗っていられるかが勝負どころだから、仕事の質も大事だよね」
「そうですよね……」
妨害は想定内だったんだけど、じゃあどうするかまで考えていなかった。
雑誌のインタビュー撮影のためにメンバーがメイク中の控室で、オレは3JAMの資料を睨みながら戦略を練っていた。
最近発足したファンクラブには、会員がかなり集まってきている。せっかく彼女たちを好きになってくれたファンのためにも、イベントを増やしていきたい。だけどファンクラブ限定にするのも、新規を取り入れにくいし。
そうだ、五百人規模の小さめの箱で毎週ライブをして、ファンクラブ優先予約にすればいいんじゃないか? 生で見た方が彼女たちの魅力も伝わるし、ファンクラブの友達に連れられて、新規のファンも広がるかもしれないし。
でも、それだけじゃ範囲が小さすぎる。まだ3JAMを知らない人がたくさんいるはずなんだ。キー局をおさえられた対抗手段を考えなくては……。
「きゃはははは」
鈴がヘアセッティングをされながら、お笑い番組を見て笑っている。
「この人すごい面白い! なんで一発屋なんだろう~?」
「ああ、面白いはずよ。東京圏で一発屋って言われてるだけで、地方では引っ張りだこだもの。すっごい稼いでるらしいわよ」
紫苑が指で円マークを作り、にんまりと笑う。
「それだっ!」
「?」
関東では当たり前の番組でも、地方には流れていないかもしれない。逆もしかり。地方を味方につけるのも手だ。
「地方で営業回りをしてみるか!」
レコード屋の前なんかで歌わせてもらって、店頭販売をしたりする、別名“みかん箱営業”ともいわれるやつだ。最近少ないようだけど、顔を知ってもらうにはちょうどいいだろう。
テレビ局やラジオ局や有線局にもあいさつ回りをして、タイミングが合えば社内で歌わせてもらえばいい。力のあるプロデューサーの目に留まったらラッキーだ。
「放送局はきっと、一般人よりも更に値踏みしながら見られるだろうから、歌う環境がいいとは限らない。だからこそ度胸はつくと思うよ」
聞いていないくらいならいいけど、「仕事の邪魔だ」とあからさまな態度を取られることもあるそうだ。
早速メンバーに綿中さんを加え、五人でミーティングを開いた。
まず毎週行うファンクラブ先行予約の小規模ライブは、試しにと三ヵ月限定で決行することになった。丁度いいライブハウスを探して問い合わせると、四週間後から毎週押さえられた。内容は後日詰めることにする。
次のテーマは、地方回り。
「うん、いいんじゃないかな。ライブを始める前の三週間で、一週間ずつ三つの都市を回ってきたらどうだい? 北海度、大阪、福岡かなあ」
綿中さんの言葉に、ピクリと紫苑が反応したが、何も発言しなかった。
「北海道~、カニ、カニ~」
「こら、遊びじゃないんだぞ」
綿中さんが鈴を窘める。
「オレの他に、スタッフの方は何人来てもらえるんですか?」
「悪いねえ、祐司君。営業先のアポは事務所で手伝えるけど、基本的に四人で回って来てくれないかな? 人手が足りなくて」
「えっ?」
年頃の女の子たちを、男のオレ一人で?
「歌手とマネージャーの二人巡業とか、よくあるよね~?」
鈴が言うと、綿中さんもうんうんと頷く。
「オレ、あの、やっぱり」
「ああ、祐司君。大事なものを忘れていた」
オレの手の平にポンと乗せられたのは、名刺だった。
「正式に入社してくれたのに、まだ渡してなかったろう? これからもよろしく頼むよ」
「は、はい、頑張ります!」
大学を無事卒業して時は四月を迎え、オレはたった一人の新入社員になった。初めての名刺に感動していて、はっと我に返った。
四人の営業の旅が決定してしまった。
オレ、自信ないなあ……。
ガックリ肩を落としていると、紫苑がオレの服の袖を引っ張っていた。
「祐司、ちょっと」
呼ばれて廊下の端に身を寄せる。
「営業、福岡に行くことになったでしょ? だからって親をこっそり呼ぶとか、そんな余計な事しないでよ?」
仁王立ちになった紫苑は、不遜な態度でオレを睨む。
ミーティング中、紫苑の様子がおかしかったのは、このためか。
オレは腕を組んで、紫苑の表情を覗き込む。
「まだ、ご両親との関係は良好じゃないの? ちゃんと連絡してる?」
紫苑は細い眉をキッとつり上げた。
「連絡なんてしてないわ。まだ必要ないもの」
まだ?
「有名になってから、見返してやりたいのよ」
「CD八万枚って、もの凄い事だよ」
「そうじゃなくて、紅白出場とか」
紅白……?
紫苑からそんな単語が出ると思わなくて、ちょっとオレは驚いた。
「私が出たいんじゃないの! CD何枚売れたとか言っても、あの人たちは分からないのよ、親は古い人間なんだから!」
紫苑は顔を真っ赤にして、バシンとオレの胸を叩いた。かなり痛い。
「とにかく、親には連絡しないで! 社長にもちゃんと言っておいてよね!」
紫苑は長いライトブラウンの巻き髪を揺らして去って行った。
姿が見えなくなってから、オレはクスリと笑う。
紫苑って、見栄っ張りだなあ。
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