オレがアイドルをプロデュースしたらこうなる

JUN
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第四章 トラブルだらけのアイドル生活 8

公開日時: 2020年10月10日(土) 23:10
文字数:3,739

 数日後、まだ日差しが強くなる前の朝の時間に、綿中さんから電話が入った。

「大至急、事務所に来てくれ」

 その声は固く、詳しい話は事務所ですると電話を切られてしまった。

 トラブルが起きたのだろうと、オレはすぐに車に飛び乗った。

 社長室には、こちらも到着したばかりの様子の紫苑が、赤いコートを姿で立っていた。

 黒い皮の椅子に苦々しい顔で座っている綿中さんは、デスクに週刊誌を広げた。

「これを見てほしい」

 オレと紫苑は、見開きのモノクロページを覗き込む。

「あっ……!!」

 そこには上半身をソファーに横たえたオレの上に、馬乗りになった紫苑の写真が大きく掲載されている。長い髪が遮っていて見えにくいが、オレと紫苑がキスしている、ように見える写真だった。

 間違いなくこれは、先日オレたちがキスシーンを練習したときの画像だ。

「どうして、これが」

 雑誌のタイトルは【肉食・華宮紫苑が狙う玉の輿!! 人気アイドルの裏の顔】とある。内容は田舎から出てきた男好きの紫苑が、地元でも東京で遊びまくっていることが匿名同級生などによって証言されている。本命はプロデューサーのオレで、金目当てだというものだった。因みにオレの資産が具体的に書いてあるけど、間違った適当な数字だ。

「ひどい……!」

 紫苑は口元を両手で押さえて、悲鳴のような声を上げた。顔が蒼白になる。

 キスの体勢的に紫苑が上にいるってことは、紫苑の携帯で録った動画が流出したのだろう。

「発売は今日だから、書店に出回ったら問い合わせが殺到するだろう。その前に話を聞かせてほしい」

 珍しく、綿中さんが静かに憤っていた。

「二人は、いつからこういった関係に?」

「えっ、違いますよ、綿中さん」

 まさか綿中さんまでこの記事を信じているとは。

 いい機会だから、きちんと言っておこう。

「そりゃ、彼女たちはみんな魅力的です、いつもドキドキさせられています。だけどオレは仕事上のパートナーです。絶対に男女の関係になることはありません。オレは、岩山豪とは違います」

 半分は紫苑に向けて宣言した。記事を見つめたまま固まっている紫苑に、どれだけ届いたのか分からないが。

「そうか、そうだよね」

 綿中さんの張りつめた空気が若干緩んだ。

 その上でオレは、紫苑のドラマのキスシーンの練習をした経緯を説明した。携帯で動画を録ったのはそのためだと。

 オレはあの日、帰った後に携帯の動画データを消去したから流出しようがない。問題は、なぜ紫苑の携帯から情報が洩れたかだ。

「あたし……」

「おい、紫苑!」

 紫苑は相当なショックを受けてた。しゃがみこみそうになるのを抱き留めて、近くのソファーに座らせる。

「まさか、そんな」

 眉間にしわを寄せて涙ぐんでいる。常に気丈な紫苑が、驚くほどに頽れていた。

「大丈夫か? お茶持ってくるから、待ってて」

 オレは自動販売機で温かいお茶を買って紫苑に渡した。熱い缶を、コート越しに掴む紫苑。

「ごめんなさい」

 紫苑は頭を下げた。

「動画はもう消しました。でも祐司と練習した思い出を全て消したくなくて、キャプチャーして一枚だけ画像を残しておいたの」

 紫苑はセンス良くデコってある携帯を取り出して、オレたちに見せた。雑誌に掲載されている画像と同じだった。

「あたし嬉しくて、誰かに自慢したくて。チャコに、たった一人の親友に学校でこれを見せました。もっと近くで見たいっていうから、携帯ごと渡して」

 おそらくその時に画像を自分の携帯にでも移したんだろう。

「大好きな友達なのに。上京してきた私にすごく優しくしてくれて。でも他に考えられない」

 紫苑は両手で顔を覆って俯いた。

「チャコって確か、龍一と同じ事務所で、龍一のファン……」

「ファンじゃなくて、好きなの。告白したことがあるって言ってた。振られちゃったみたいだけど、今でも好きなんだって」

 オレは綿中さんと顔を見合わせた。

 ソースはその、チャコって女性で間違いないだろう。

「チャコ、龍一に唆されたんだわ、きっと」

 岩山龍一。女性の恋心まで利用して、3JAMの評判を落としたいのか。本当に憎たらしい親子だ。

「同級生が絡んでるから、この証言も信憑性があるんだね。嘘に真実が混ざってるから。ごめんね、ちょっとだけ信じちゃったよ」

 綿中さんは申し訳なさそうに謝った。

「いえ、火種を作ったのはオレたちです。問題は、綿中さんさえも信じてしまうようなこの記事を、どう対処するか」

 出回ってしまう雑誌を、回収することはできない。オレはどう書かれても構わなかったが、アイドルにこの手のスキャンダルは致命傷になりかねない。築き上げてきたファンとの信頼関係が壊れてしまえば、一気に3JAMの人気もなくなってしまうだろう。

 オレも紫苑の隣に腰かけて、頭を抱えた。

「ドラマのシーンの練習だって言っても、信じてもらえないかしら?」

「どうかな、ただの言い訳に聞こえるかも」

 真実を伝えるだけでは誤解を解けないかもしれない。それだけ、掲載された写真にインパクトがあった。それに、紫苑が男遊びをしているというでっち上げ記事も、きちんと訂正したい。

 記者会見をするか? オレたちが言い訳をしているような印象にならないか?

 もっと自然に、なんだあの記事はガセだったんだな、と世間に納得させる方法は……。

「……あ」

 今、希望の断片が見えた気がした。

「紫苑、キスシーンの撮影はこれから?」

「ううん。昨日終わったわ」

「終わってるのか」

 オレはがっくりと肩を落とす。

 いや、でも昨日の今日なら、まだ編集作業は終わっていないに違いない。

 オレは二人にプランを説明した。綿中さんは、悪くないんじゃないか、と背中を押してくれた。

 ここからは時間との勝負となる。オレはすぐにHKDテレビの旭山部長に連絡をして、同局の東京支部に向かった。

 案の定、紫苑の元にマスコミが押し寄せたが、ノーコメントで通す。「一言謝罪でも釈明でもすれば終わるのに」なんて報道陣の泣き言も無視だ。彼らはコメントを取るまで紫苑を追い掛け回すのだろう。紫苑は毎日のようにお茶の間を賑わせた。

 そして問題のキスシーンが放送される前日、紫苑は新CMの会見で登壇することになっていた。テーマのCMそっちのけで、会見後に紫苑はキス写真について記者に質問攻めにあっていた。

 紫苑は一言、

「明日放送のドラマに、全ての答えはあります」

 とだけ言って舞台を去った。引っ張りに引っ張った紫苑の意味深なコメントは、ワイドショーやスポーツ新聞で報道された。

 翌日、ドラマの視聴率は、なんと四十%を超える反響ぶりとなった。

 放送後、ネットでは流出写真とテレビドラマのキスシーンが全く同じだったと、比較写真が話題となった。

 ドラマのキスシーンが写真と全く同じ角度でオンエアされたのは、オレの根回しによるものだ。何カットかあった映像の中から、最も近いものをオレが現場に足を運んで選んだのだ。

「実はあたし、一度もキスしたことないんです。あのドラマもちゃんとキスしているように見えませんでしたか? でも実際にはしていないんですよ。プロデューサーにそう見える方法を教わったんですけど、その時の写真が、なぜか雑誌に掲載されちゃって。ファーストキスは、将来の旦那さんに捧げたいんです。私、誤解されやすいのが悩みで……、きっとライブに来てくれている方なら、分かってもらえると思うんですけど。あの雑誌に載っていたことは殆どが嘘です。お騒がせして、本当にごめんなさい」

 ドラマ放送の翌日、紫苑本人が写真について直撃インタビューに答えた。この直撃も、オレが綿中さんに頼んで、岩山豪の記事でもお世話になった記者に書いてもらったヤラセだったりするんだけど。

 ドラマの視聴率が上がり、紫苑の好感度が上がった。

 今回も、なんとかピンチを乗り切ることができたようだった。

 しかし後日、紫苑にチャコとの関係は大丈夫なのか尋ねると、彼女は学校を辞めてしまい、携帯もつながらくなってしまったのだと、悲しそうに話した。

 紫苑にとっては、悲しい事件となってしまったようだ。

 

 十二月半ばとなり、現在のCD売上枚数を確認する。

 3JAMは五枚、ラブデドールは四枚のシングルを今年リリースしている。お互いハイペースで出したものだ。

売上枚数はというと、ファーストシングルこそラブデドールに劣っているものの、その他全てのシングルは3JAMの数が勝っていた。僅差ではあるが。

特にドラマのタイアップ曲となった『sweet heart』は抜きんでいて、六十万枚を超えるヒットとなった。こうなれば、一枚多く出している分、3JAMが上と言ってもいいだろう。アルバムもお互い一枚で、こちらも僅差で、3JAMが上だ。

そうなると気になるのは受賞数だが、こちらはテレビ局やらラジオ局やら有線局やらと、こまごまと音楽大賞を開催していて分かりにくかった。3JAMが受賞しているものもあれば、ラブデドールが受賞しているものもある。

 最も分かりやすいと思われるのは、来週招待されている、音楽業界で一番権威があると言われている音楽大賞の新人賞を、どちらが取るか。入賞者しか呼ばれないので、なにがしかの賞を3JAMが獲得することは必至だけれど。

 この結果次第で、はっきりと岩崎豪を追い詰めることができるだろう。

 母さん、応援してくれよな。

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