「あっ、いたいたローズちゃん」
(ウォルナット・ノイクス……!)
面倒な相手に声を掛けられた。
この人はパンジー様お付きの騎士……そして、『灼熱のリザレクション』の攻略対象の一人、ウォルナット・ノイクスだ。
作中では26歳、主人公より8歳年上の年上枠なのだが、今は17歳の好青年。
当然顔付きもある程度違っていて、パンジー様に言われるまでは気付かなかったほどだ。なんかすごい若イケメンがいるなーとは思っていたが。
「……そんなに警戒しないでほしいなあ。僕なんかしたっけ?」
鋭い。
「すいません、好色家に見えたもので」
「酷くない!?9歳の子に言われるほどはチャラくないと思うよ!?」
本当は警戒していた理由は別にあるのだが、チャラ男に見えていたのも事実だ。
断じて、私が引きこもりで若イケメンが全員チャラ男に見えるとか、口調がフランクだと全員チャラ男に見えるとか、仕事にあけくれて色恋沙汰はおろか交友関係すら少なかっただとか、二次元ばっか見てて三次元の区別がつかなかいだとか、そういうわけではない。そう、断じて!ツイ◯ターに沼の同志諸君が200人くらいいたもん!もうダメだおしまいだよ
話を戻そう。
ウォルナット・ノイクスは、作中において自身の主であるパンジー・エルムントの横暴に憤りを感じており、主人公の清き心に触れて新たな主と見定めパンジーを裏切る。
パンジーを斬殺して護衛に殺されるパターンや情報を横流しして主人公側に貢献するパターンなどがあるが、私達にとってはどのルートでも厄介な動きをしてくる要警戒対象だ。
現時点での関係は良好らしく、パンジー様は「ウォルは気にしなくていいよ〜☆」と言っていたが……
「ちょっと相談したい事があってさ。ローズちゃん、パンジー様と仲良いでしょ?」
心外!!!!!!!!!!!!!!!!
露骨に嫌な顔をした。
「えっ違うの……?」
「いえ、仲が悪いというわけではないのですが、単純に仲が良いかというとそういうわけではないというか、ちょっと特殊な事情があるというか、腐れ縁というか、成り行きというか、なんというか……」
「何それ……関係は悪くないと思っていいのかな?襲撃の時一番早く動いてたし」
「不本意ですが……まあ……そうですね。嫌な所を突かないでください」
「僕に対して当たり酷くない!?……ここじゃ話しにくい?」
「そうですね……」
チラリと曲がり角の陰を見る。
「ウォル様とローズちゃんが話してるわ!」「羨ましい……」「ローズちゃんそこ代わって!」「むしろウォル様そこ代わって!」「眼福!」
ウォルナットさんはその甘〜いマスクで私と同年代の侍女達にモテモテだ。オレンジ色の髪と黄色い瞳に、右肩に垂らした三つ編みがチャーミング。
いつの世も年上のお兄さんは人気なのか……私も意識はガッツリ9歳女児に引っ張られているので気を付けないと危うい。
あとなんか襲撃事件以降私を推してる奴が紛れてる。優勝は私とウォルさんを勝手にカップリングしてきた奴だ。会話もしてない接点無し無根拠顔カプを推すんじゃない!
「アレどうしましょう?」
「別の所にしよっか」
というわけで座れる部屋に移動した。野次馬を睨んでおく事を忘れずに。
★★★★★★★★★★★
「それで、相談とは?」
「手間取らせちゃって悪いね。いやさ……最近のパンジー様、なんだか様子が今までと違う気がするんだ。魔法も上手くなってるけど……それ以外にも。心配でさ……」
「私は最近じゃないパンジー様を知りませんよ」
最近というか前世なら知っているわけだが。
記憶が戻る前のパンジー様に関してはむしろウォルさんの方が詳しいだろう。
「具体的には、どういう?」
「何というか……焦ってる?気がする。あと、危ない事をするようになった。イタズラする時も僕達が危なくなる事はやっても自分が危なくなるような事は絶対しなかったのに」
「そこだけ聞くとだいぶ勝手ですね」
「いや、イタズラはむしろ前より酷くなったんだけど……でも、僕らを庇うような事もするようになったんだ。護衛は僕達なのに」
「……」
「事件の時だってそうだ。反撃を受ける危険があったのに狙撃で援護してた。あの魔力なら攻撃されても平気だと思ったんだろうけど、以前ならそれでもそんな事はしなかった」
「……」
「顔合わせの時に何か渡されてたでしょ?何か知ってたりしない?」
流石だ。
流石は攻略対象と言ったところだ、記憶を思い出してからの短い期間でパンジー様の変化に気付いている。驚異の観察力だ。
イタズラの悪化は単純に技術の向上だろうが……リスクに無頓着なのは彼女が自分自身を大事にできないからだ。
護衛を庇っていては意味がないではないか。
「心当たりは……あります」
この人に嘘は通用しない。
★★★★★★★★★★★
「どうして突然魔法が上手くなったのかも、どうしてイタズラが酷くなったのかも、どうして焦っているのかも……どうして危ない事をするようになったのかも、私はその理由を知っています」
「!それって……」
「ですが、今はそれをウォルさんにお伝えする事は出来ません」
背筋を正す。
話せない事は沢山あるが、この優しい人には誠実でありたい。
「情報は即ち価値であり、政治です。情報を明かすにはそれにふさわしい時がある、騎士様なら分かりますよね?」
「!?」
貴族教育も受けていない平民の少女から情報の価値という概念を語られた事に、ウォルナットは目を丸くする。
「……驚いた、9歳の子からそんな言葉が出てくるとは思ってなかったなあ」
「人を見かけで判断しちゃあ駄目ですよ?」
「ははは、僕もまだまだだね」
「ウォルさんはパンジー様を心配して言ってくれているのですよね。優しくて、人をよく見てます。ですから、私も伝えられる事は伝えようと思います」
「……随分評価を改善してもらえたね」
「話さなければ分かりませんから。……パンジー様はある壮大な計画を立てています。それは、この地方、この国……ゆくゆくは、この国だけでなく他の国のためにもなるような、壮大な計画です。夢物語かと思われるかもしれませんが、実現の目処も一応はあります」
「え……?」
「それには少しばかり急ぐ必要がありますから、パンジー様は焦っているのだと思います。ですが、確約しましょう。パンジー様は、私達を、民を、国を想って行動しています。不肖、このローズ・シルヴィが保障いたします」
「……君の口上なら信頼できそうだ。君は、己の名に誓う事の重みを分かってそうだから」
賢く強いとはいえ、9歳の少女の荒唐無稽な夢物語をそこまで信用出来るあたり、本当に良い人だ。
「それと……お気付きの通り、今のパンジー様は己の命を大事にできません」
「理由は……話せないのかい?」
「はい……これは、パンジー様は自覚していないと思います。なので危険な行為が増えているのかと。……ウォルさん、一つお願いがあります」
この世界でもまたパンジー様が悪役で終わってしまう。そんな事は許せない。
「何だい?」
「パンジー様を御守りください。今までよりも、確実に、慎重に。パンジー様が志半ばで斃れ、その意志が砕かれる……そんな事は、我慢なりません」
「分かった。君の言葉を信じて……騎士ウォルナット・ノイクス、どこまでやれるか分からないけど、出来る限りやってみるよ」
戦争を止めるだけじゃない。私達は、生きて平和を迎えるんだ。
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