脇道を外れ、森の中へ進む。
「今日は楽しかったなあ……」
夕方の森はもうとても暗いが、自分の体から発せられる光によって視界は確保出来る。
「最高のキラキラも見れたし」
常に革手袋を付けている手で木々をかきわけ進む。鎧を着ているから、服が枝葉に引っかかることもない。
「ずっと見てたいなあ」
獣が恐れる炎の魔力によって、魔獣に襲われる事もない。
「一緒にいたいなあ」
いつもの所に着く。
「見られたくないなあ……」
野宿は慣れている。罠で捕まえておいた獣肉を焼き、途中で採った木の実も食べて空腹を満たす。
「炎魔法も隠さなきゃ」
布団も燃えてしまうので使えないが、高い体温のおかげで寒いと感じた事はない。手袋は高い体温を隠すために付けている。
「あの人たちは多分結構強そうだから、魔力が強いだけなら気にしないでくれそうだけど」
不気味な体を、恐ろしい炎の魔力を見られない為に私は隠れて暮らしている。
「パンジーさん、酷い火傷してたし、見られたらやっぱり嫌われちゃうだろうなあ……」
今日も、夜の暗い森の中、一人で眠る。
この森だけでなく、別の所の森でも、ずっとこうしてきた。
「罠よし、消火よし、藁ベッドよし」
藁を敷いてその上に眠る。
おやすみなさいは言わない。応える者がいないから。
体は寒くないはずなのに、心はずっと寒かった。
★★★★★★★★★★★
「……人と炎の気配」
長い事森で野宿していると、いないはずの人間の気配には聡くなる。
加えて私の強い炎の魔力によって、近くの炎の気配も感じ取る事が出来る。ざっとこの森中の範囲くらいはいけるだろう。
十人程度の大人の気配と松明程度の四つの炎の気配。魔獣達がひしめく夜の森を突っ切るなど、尋常の事態ではない。
遭難した旅人か、追手から逃れる要人か、はたまた盗賊か……
私は気配と発光を抑え、そっと気配に忍び寄る。
見えた集団はどうやら武装していた。
「この街は山火事の始末にかかりっきりだ。まだいけるぜ」
治安警備の薄さに言及している。盗賊でほぼ確定だろう。
「あん時は取り放題だったなあ」
私が来る前にあったらしく、パンジーさんも巻き込まれたらしい山火事で火事場泥棒を働いたという事はだいぶ前からこの地域にいるのだろうか。
相当大規模な山火事だったようだし、成る程取り放題だろう。
元より、私は盗賊に然程敵意がない。
火事の人的被害に加えて財をも盗まれたこの地域の人達は可哀想だなとは思う。しかし、家の無い生活をする者同士、火事場泥棒を働いた事くらいには怒りもない。
私はお金が無いわけではないので宿無しの理由こそ違うが、盗賊だって金が無く食い繋ぐ為にやっているのだ。
これ以上聞いても何も無さそうだが、一応殺しぐらいは止めたいので会話を聞き続ける。
「まあ燃やしたのも俺達だけどな!ワッハッハッハ」
な……
「いや〜実行犯だけ突き出せて助かったぜ」
どういう事だ。伯爵家の調査結果では元近隣領主の逆恨みだと言うことだったはずだ。
「依頼主の話だけしかしなかったみたいだな。まあ俺らの話なんて出来ねえだろうがな!」
「ちげえねえ!アイツいつもビクビクしてたもんな!」
「いつお前に殺されるかってな!」
「「「ギャハハハハ!!!」」」
気付けば私は魔力を全開にして奴らの前に立っていた。体から出る光で森が照らされる。
「お前達……私に会った事を後悔するがいい」
★★★★★★★★★★★
「誰だ……ガキ!?」
「お前達が山に火を付けたんだな?」
掌に炎を纏い、術式を準備する。
自分の後ろに五つ、奴らの左右と後方に一つずつ、自分の足元に一つ、奴らの足元に二つ、奴らの頭上に一つ。全て透明で屈折でしか判別できない状態で仕掛けたため、この暗い森の中で視認する事はできない。
向こうが仕掛けてくるまで会話で時間を稼ぎ、迎撃準備を整える。
「なんだコイツ光ってるぞ?魔力持ちか?」
「今の話を聞いて帰れると思うなよ」
「奇遇だな。私もお前達を帰すつもりはない」
盗賊達は逃す気は無いようだ。私もそのつもりだ。
「火事で沢山人が死んだ。沢山癒えない傷が残った。その山火事はお前達の仕業と言う事でいいんだな?」
「おいおい俺らじゃねえよ。やった奴は放火の罪でバッチリ死んだだろ。俺らは……押し付けただけさ!」
下卑た笑いを浮かべる盗賊共に怒りが湧き、今にも飛びかかりそうになる。が、抑える。
確実に仕留める為にこちらからは絶対に仕掛けない。
なんとしてでも……大勢を殺したこいつらの罪を白日の元に晒さなければならない。
「猿頭共には火が使えないのか?なるほど付けた奴は火を使える知能はあったんだな。貴様らは猿以下だな」
「アァ!?調子に乗りやがって……!やるぞお前ら!」
狙い通り挑発に乗った盗賊共が剣やら槍やらを抜き襲いかかってくる。
こんな安い挑発に乗るあたり本当に愚かだ。
「魔力持ちのガキだ!高値で売れるぜ!」
真っ先に駆け出した盗賊の剣の切っ先が今にも私を斬りつけんとする、その瞬間。
「【ファイアバレット】!」
あらかじめ仕掛けておいた魔法陣から油を核とした大量の火炎弾を射出し、そいつを焼き払う。私程の魔力があれば意思を向けるだけで容易に消火できるので火事の心配は無い。
燃えた男がのたうち回る。
「貴様らが山に撒いた炎の味はどうだ?火の扱いを教えてやろうと言っているんだ、無能な猿共?」
苦しむ男を踏み付け盗賊共を挑発する。
「「「このガキ!!!ブッ殺す!!!」」」
★★★★★★★★★★★
「急いで帰るから尾けてみたらこんなギャップが見られるなんて……!」
「アンタ尾けた罪悪感は無いの……」
バレットちゃんの戦闘を私とローズはこっそり遠くの茂みから観察していた。……ウォルは鎧の音が尾行向きじゃないので置いてきた。
危なくなれば加勢する事も考えていたが、これだけ一方的な蹂躙であればその必要はないだろう。
「それにしても……」
「ええ……」
「「推せる……!!!」」
スチルで見た通りの美しくも激しい戦闘がそこにはあった。
躱す。掴む。蹴る。躱す。頭突き。
魔法陣から炎が噴出し、己の体にも炎を纏ったその戦いはまるで舞踏のようだった。
その戦いぶりを見ればわかる、強き信念に裏付けられた天然の判断力と勇気。戦闘訓練を受けていないとはとても思えない素晴らしい動きだが、型にとらわれておらず職業軍人よりも厄介な動きだ。
ゲームのモノローグではなぜ自分にこんな強い力が宿ったのか分からないなどと言っていたが、いざ他者の視点から改めて見てみればその強き意志と信念に裏付けられた力である事は丸分かりだ。
加えて会話で時間を稼ぎながら術式を仕込み、激昂しながらもおくびにも出さず挑発して我を失わせる冷静さまである。あと口調が変わって萌える。
これでまだ9歳というのだから恐ろしい。私も似たようなものだが。
★★★★★★★★★★★
「クソッ!!!このガキ!!!」
「ありゃ」
盗賊の一人がヤケで振り回した槍が、バレットの腹に深々と突き刺さった。
「バレット!!!」
思わず飛び出そうとするが、パンジー様に抑えられる。
「待ちなさい、あの子は平気よ。私達は逃げた盗賊を仕留めなきゃ」
「でも……!」
「その証拠に彼女は盗賊を仕留める事を優先した動きをしていたわ。最初からこの程度のダメージは想定済みのはず」
どういう事……?というか、これだけ見てそこまで分かるの!?お嬢様が私より格上なのは分かっていたけど、ここまで……
「えい」
バレットは槍を容易く引っこ抜く。
「は……?」
想定外の行動に盗賊は唖然とする。
重い槍を容易く抜き取る膂力、激痛をものともしない余裕。
槍の抜けた傷跡から血がドクドクと溢れ出す。
腹に風穴が空いているとは思えない余裕の笑みでバレットが語り出す。
「炎の魔法には知られざる使い道があってね。史実にちょっと残っているくらいだし、そのレベルで扱える人もほとんどいないから全然知られていないんだけど……知ってる?人、動物、植物、あらゆる生き物は常に体の中で火を使ってるの。食べ物だとか、土の中にある栄養だとか。そういう物を燃やして、体を動かしたり、成長したり、傷を治したりする力を手に入れてるの」
「は……?」
血を流しながら呑気に御高説を垂れるバレットに盗賊が後退りする。
「つまり全ての生命活動は火で出来てるの。それを応用すれば、こんな事だって出来るのよ。……炎を恐れ、這い蹲れ。この愚かな猿共に恐怖を!!!【リザレクション】!!!」
途端、バレットを紅の炎の柱が包む。太く強烈な火柱はまるで竜巻のように高く高く巻き上がった。
それが止んだ時、バレットの腹の傷は跡形も無く塞がっていた。
「『灼熱の』……、」
「『リザレクション』……!」
タイトルの元となったバレットの十八番に、私達は二人して興奮で固まってしまった。
とてもつよい
読み終わったら、ポイントを付けましょう!