「今日のおみやげはー……ホットケーキです!」
「「わーい!!」」
襲撃事件の後、現場の指揮と戦闘参加に対する褒賞としてエルムント本家から特別賞与が出され、更に侍女兼同年代で目立たない護衛として給金大幅増が確約されたので、生活にかなり余裕が出来た。
こうして、家で待つ弟妹たちにおみやげを買ってくる余裕まで出来た。
「おねーちゃんすげーよなー!わるいやつらをギッタンギッタンにしてほめられたんだってな!」
「え゛っ゛ここまで噂伝わってるの!?」
屋敷と家は結構離れているはずなのだが。
派手好きのパンジー様と違ってローズはあまり目立ちたがらなかった。
「ギッタンギッタンにはしてない。それと、あの人達だって命令されてやったんだから悪い人って確定してるのは命令した人だけよ。誰が悪いのか見破れないと本当に悪い人に騙されるわよ」
「「はーい」」
私も想像力が足りずに不躾な事を言ってパンジー様に怒られたばっかりの身だ。幼女パンチをしてきた時のパンジー様は、本当に悲しそうな目をしていた。
反省しなければ。
★★★★★★★★★★★
私達はただの買い物と称して、お忍びで屋敷から少し離れた所にある市場にやってきた。平民の友達同士にしか見えず目立たぬ護衛として自然にパンジー様に同行できる。
もちろんこの市場には何度か来た事があるが、現代知識を備えた状態で現地で市場調査をしなければ有効な経済計画は立てられない。
騎士達は距離を置いて後ろについてきてくれるが、この喧騒の中では会話を聞かれる事はないだろう。
「食糧。インフラ。治安。娯楽。衛生環境。教育。当たり前だけど全部中世水準ね」
「そ〜ね☆食糧と教育に関してはどうしても時間がかかるから……まずは娯楽で集金。そこからインフラの整備かしら。水道と街道をまともにしないと話にならないわ」
「娯楽って何よ」
「暴力☆」
「却下よ却下!」
本当にこの女は真面目なのかどうかわからない。
「そういえば……死ぬ前の捕虜の話。アレはアンタ本気で言ってたのね。時間稼ぎだと思ってた。勝ち目がなくなっても殿として最後まで戦ったのも残党を素直に諦めさせるため。醜い抵抗じゃなかったのね」
「そ〜よ?☆私はいつでも仲間の皆のために戦ってたわ☆私が全力で戦ってそれでも敗けたら大人しく降伏するって約束させておいたの☆」
あの時は殺人鬼の言う利他など信用できなかったが……彼女が本心から残された民の無事を願っていた事は今ならわかる。
「結局誰にも伝えられなかったけどね」
「それもそっか。でも将軍様は国連につっつかれるなんてドジ踏まないでしょ?」
「……!?」
「それに非戦闘員に手を出せない臆病者」
「な!?」
ゾッとした。
革命の主導者であり、帝国側からは血鬼と恐れられた友の人となりが見抜かれていた。
付け込まれていたら、綱渡りでようやく成した革命は失意のうちに終わっていただろう。
「……付け込まれたら敗けていたわ」
「私は帝国側の人々のために戦ったんだもの☆勝者が出れば敗者が出る、納得出来るぐらいの爪痕を遺さないと反乱分子が残るし、あっさり行きすぎてナメられたら迫害されるでしょう?私が最後まで戦ってそれで敗けたら降伏するのがちょうどいい落とし所だったのよ☆」
「な……」
敗北を、自らの無駄死にを、前提として戦っていたというのか。ただ、敗者側の国民感情の調整のためだけに。
「民のために戦ったんだから民を餌にしたら意味が無いわ。私という最後の砦が落ちる事で皆は諦めて大人しく降伏できるのよ。ちなみに私が死んだ途端私の戦争犯罪の証拠がワンサカ出てくるオマケ付き☆やったことも、やらなかったことも、全部極悪非道殺人鬼黄島菫のせいにできるわ☆」
呆然とした。死にゆく他人の名前に泥を塗れる人間などいくらでもいるが、死にゆく己の名前に泥を塗る覚悟のある人間などどれほどいるだろうか。
「……どうして!?」
「?」
「どうしてそんなに自分を捨てられるのよ……!?」
私が己の命を捨てられたのは名誉があるからだ。
最後の帝国戦力を討ち破り、革命を成就させた英雄。死後も永く讃えられるだろう。カッチョいい死に方ってやつだ。
命のお釣りとしては不足もいいところだが、少なくとも慰みにはなる。
だがこの女はどうだ。
醜く反抗し続けた帝国軍の大悪人。幕府軍はおろか帝国民間人をも苦しめ続けた戦争犯罪者。我欲のためだけに幾多を殺した殺人愛好者。英雄に討ち滅ぼされた……悪役。
悪役が殺されてめでたしめでたし、新しい国に生きる帝国の生き残り達の未来の為に命を捨てて戦った彼女の真意は省みられる事なく、永久に咎人として嗤われ続ける事になる。
あんまりだ。例え、殺しあった仇敵だとしても。
「どうして……」
「ずっと心からの欲求を否定されて。自分で自分の欲求を憎んで……社会から出ていけと言われ続けて。それで自分が大事にできると思う?」
「……」
殺人鬼だからそんなの気にしてない、と言われる方がずっとマシだった。価値観を異にするただの協力者として納得できた。
だが彼女は人並みに社会を欲していて、人並みに正義感があって、でも、その己の正義感ゆえに己を肯定できなかった隣人だった。
「それにしても、ここ、いい所よね〜!☆何もかも足りないけど……少なくとも前世よりずっと平和」
前世の革命前の国は荒れていて、私達は革命が終結するその瞬間に死んで。
平和にするために戦った私達は、そもそも平和を知らなかった。
物理的に武器の火力がないこの世界は、少なくとも殺しの効率が悪いという点で戦乱は小規模であった。盗賊とかは出るが。
「……私はここにいてもいいのかな」
「……」
私はそれに答えられなかった。
★★★★★★★★★★★
東京幕府初代将軍、猿華理子は京都の帝国畿内方面軍拠点跡地を訪問していた。
公式には先の戦争を終わらせた英雄柴咲花の慰霊のため、私人としては亡き友に別れを告げ見送るため。
しかし……武人黄島菫に謝罪するためでもあった。
不自然なほど噴出した戦争犯罪の証拠の数々。罪を被るために捏造されたものであることは明白だった。
将軍はその意を汲んで黄島菫のシナリオ通り、黄島菫を戦禍を長引かせた大罪人として名誉を貶めた。
戦争を長引かせ、友の命を奪い、国力を疲弊させた黄島が憎いのは今でも変わらない。
戦時中に見せていた通りの、ただの不埒な殺人鬼であればもっと気楽に悪し様に罵れただろうに。
誰もいない焼け焦げた拠点の中で、将軍はそっと二人分の花を捧げた。
リコはハワイ語でつぼみです。
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