ウォルナット・ノイクスには親友がいた。
友は、盗賊からウォルナットを守る為に死んだ。
彼の目の前で。
丁度今のパンジー達と同じ、9歳の時であった。
ウォルナットは悔やんだ。自分の身も守れない己の弱さを。
守られないために、守るために、強くなる。
それがウォルナットが騎士を志した理由だった。
★★★★★★★★★★★
ここの屋敷に来てから、何故かパンジー様の魔力が突然とてつもなく強くなった。その理由を、ローズというやたら強くておでこの目立つ謎の新入り侍女はどうやら知っているらしかった。
パンジー様に何が起こったのかは結局教えてもらえなかったが、ローズちゃんとの約束は果たすつもりだ。
今のパンジー様は明らかに自分よりも強いと思うが、それでも僕はパンジー様を守り通すつもりだ。
何故なら、僕はパンジー様の騎士で、僕はこのお方をお守りしたいと思っていて、このお方を守ってくれと頼まれて、僕は己の名に誓って守る事を約束したからだ。
「ウォル!あれが欲しいわ!取って!」
「これですか?」
こうしてショッピングにつきあいながら、パンジー様に危険が及ばぬよう気を払う。
天真爛漫というにはあまりに悪童なパンジー様だが、快活で、よく笑う、守りたいと思える人だった。
「ウォルは気が利くわね〜☆誰にも取られたくないわ☆」
「取られる?誰にですか?僕はむこう十年はパンジー様の騎士でいるつもりですよ。色恋沙汰は苦手ですし」
「……なんでもない」
そう答えたパンジー様は、何故か少し寂しそうな顔をしていた。
「……どうかされましたか?」
「ううん。……そんな事より!実はね、ローズの昇格祝いを考えているのよ☆あの子は嫌がるかもしれないけど、嫌がっても押し付けるわ☆ローズは素直じゃないからね☆」
「相変わらずですねえ」
この押しの強さ、仲が良いと言われて何とも言えなさそうな顔をしていたのも納得だ。
「食事……形に残らないものは好きじゃないわ。服……あの子はオシャレしないわね。オモチャ……あの子はいらないわよねえ。武器……祝い事には無粋ねえ……本かしら?貸し本じゃない持ち本ならローズも喜びそうね☆」
「二人ともよくロマンス小説を読んでますもんね」
「ええ☆本の趣味だけはよく合……
──何か臭わない?」
木の焼ける匂い。
「結構臭いますね……」
「火事なら不味いわ、この辺りは木造の家が多い……急ぐわよ」
臭いの元へ向かう。
幸か不幸か、それは住宅街で起こった火事で|は《・》なかった。
「「──山火事!?」」
大規模な火事で、山そのものが丸ごと半分メラメラと燃えていた。
あわてふためいている群衆。
「あそこは今日狩猟団が行っていたはずだ!」
「なっ……」
「チッ」
狩猟団はまだ戻ってきていない。つまりあの火事の中だ。
更に都合の悪いことがある。
群衆達は気付いていなかったが、ウォルナット達の実力なら一目見れば分かる。
魔力炎。人為的な放火だ。魔力による炎は広がりやすく……消えにくい。
★★★★★★★★★★★
「──『酸素球×100』『急冷却』『耐火』『抗魔力』『運動補助』『探索』『思考加速』『水纏』」
駆け出すパンジー様を縋り付いて止める。
「お待ち下さい!何を……」
「何をって、救助活動よ。あの中に突っ込めるのは私しかいないわ。魔力炎だから消火には時間がかかりすぎる」
「ですが!」
今のパンジー様でも、この規模の山火事に突っ込んで無事に戻ってこれるかは分からない。
魔力炎ならなおさらだ。
「ならば僕も同行します!」
「ウォル、あなたは本気で言っているわね。──本当に愚か!」
ガンッ!
足の骨を蹴り砕かれた。
「大人しくしてなさい。足手まといよ」
「ぐっ……!お、お待ちを……!!!」
パンジー様は燃え盛る山に消えていった。
まただ。また僕は守れないのか。
守ると、己の名にかけて誓ったのに。
もう二度と誰も死なせないと、あの時誓ったのに。
また僕は守られる立場にしかなれないのか──
★★★★★★★★★★★
ローズが火事に気付いたのは、運悪く非番であり弟妹達へのおみやげを買っている時だった。
パンジー達がショッピングをしていた場所よりも更に山から遠く、臭いに気付いた頃には炎は山を完全に覆っていた。
駆けつけたものの、最早どうしようもない規模にまで拡大していた。
(大規模過ぎる……!そうだ、パンジー様達は!?こっちに買い物しにいくって聞いてたからこれに気付いてるはず……!)
目を走らせる。焦りで視界がグラグラするが、なんとかウォルナットを見つける。避難を手伝っているものの、その表情は青く、明らかに平静を保てていなかった。
「ウォルさん!パンジー様は!?」
「パンジー様は……あの中に……一人で……!!!まだ戻ってきていない……ローズちゃん、頼む……!!!」
矜恃もプライドもかなぐり捨ててウォルナットは悲痛な声で頼み込んだ。
唯一もう一人あの中に向かえるだろう人間に。
「パンジー!!!」
ローズは敬称をつける事も忘れて飛び込んでいった。
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