「貴様とここで心中すれば我々の勝ちだ。死ね」
「あらあら、そうきたか〜。私達の完敗ね〜☆」
首筋を掴まれ今から殺されるというのに、ケタケタと笑っている目の前の女に、煮えくり返るほど無性に腹が立つ。
大日本帝国軍に残る唯一の有力者であるこいつを始末すれば、革命は成就するだろう。
元より死を覚悟して加わった革命だった。私一人の命で成就させられるなら、迷わず命を投げ打つと決めていた。
「あ〜あ敗けちゃった〜。そうだ、私が斃れたらみんな降伏すると思うから、丁重に扱ってね。捕虜を虐げると国連につっつかれるよ☆」
「生憎だが、貴様も私も死ぬから伝える者がおらん。遺書でも書いておくんだったな」
自爆魔法を唱える。
私の肉体はバラバラに弾け飛び、死んだ。
★★★★★★★★★★★
……という死に方を前世でしたのを、9歳の少女ローズ・シルヴィは目覚めと共に思い出した。
「あー、なるほどなるほど、そういうパターンね……」
我ながら、随分カッチョいい死に方をしたもんだ。どうやら、前世でラノベとかでよく見た異世界転生というヤツを私もしてしまったようだ。前世がオタクだったから、状況を理解しやすくて助かる。ほんとか?(冷静)
「えーっと、まずこういう時は状況整理から始めるのが定番よね……」
私はローズ・シルヴィ、この片田舎の屋敷でエルムント伯爵家に仕える侍女だ。軍人としての前世を思い出したとはいえ、自意識の比重は今世の「9歳の平民の少女」の方に寄っている。自己認識 イズ 幼女。
体感としては前世の記憶は「今さっき思い出した、九年以上前の出来事」だったので、まあ順当な優先順位だろう。
「……明らかに、昨日までの私よりも思考力が上がってる……」
自意識としては幼女優先とは言ったが、どうやら知識量はしっかり合算されて思考力を上げているらしい。うーん、ご都合主義……
「今の私が魔法が上手なのも、前世で沢山使ってたからよねえ……」
私は平民の出には珍しくそこそこの出力の魔法が使えるが、これは今になって考えれば前世でいわゆる魔法少女だったからだろう。言うほどいわゆらないがいわゆれることにしておこう。
おもむろに起き上がり、手鏡を見る。
見た目は幼い頃の前世の私にそっくりのジト目気味の目付きに、黒髪碧眼でおでこの目立つおさげボブヘアーだ。
↓廿.廿↓←こんな感じ。
この辺は混乱しにくくて助かる。
私は侍女としては新入りである。幼い弟妹を養うために雑用から這い上がり、エルムント本家の御令嬢がここに引っ越してくるのを機にようやく私は侍女の一人として仕える事を認められたのだった。
同年代の侍女が混ざっていれば親しみやすいだろうと、新しく侍女が選定されてその中に私も含まれていたのだ。御令嬢も9歳らしい。
御令嬢……パンジー・エルムント様は夜のうちに到着しており、今日が顔合わせの日だ。
「どう考えても前世知識で成り上がれって感じのタイミングよねえ……」
これはアレだな、前世知識で無双しますって言わんばかりのタイミングで記憶が戻ってくれた事だし、デキる侍女アピールして気に入られるチャンス!従軍経験を活かせば護衛にも加われるかもしれないわ!
そうと決まれば思い立ったが吉日、早速顔合わせに向かうわよ!私はイソイソと支度をした。
広間に集められた侍女達は、これから仕える御令嬢はどのような方なのだろうか、初日でいきなり不興を買ってしまわないだろうかとソワソワしていた。
「どんな方なんだろう」
「ねー」
(フフフ……我勝利せり!)
当然私も多少ソワソワしていたものの、知識チートで気に入られる算段が付いている以上必要以上に慌てる理由もなく、大人しく待機して呼吸を整えていた。
勝負はもう始まっているのだ。
「パンジー様がいらっしゃいました。皆さん、頭を下げなさい」
侍女長の号令に、侍女達は慌てて礼の姿勢を取る。
私も落ち着いて頭を下げ、パンジー様の挨拶を待った。
扉が騎士の手によって開かれ、パンジー様と思わしき人物が入ってくる。
あれ?この気配、どこかで……
「パンジー・エルムントと申します」
──名乗りと共に恐ろしい殺気が放たれ、私は危うく飛び退いて戦闘態勢を取る所だった。
★★★★★★★★★★★
紫色のパッチリおめめにギブソンタックとお団子で纏めた赤茶色の髪、動きやすそうな薄手のドレスと、立場の割にはお転婆そうな事を除けば一見普通の御令嬢としか見えないパンジー様は、その凍える程の殺気を持ってして自身が異質である事を証明していた。
まるで夜の闇で巨大怪獣に遭遇したかのような圧迫感を、真っ昼間に幼い少女が放っている。
──間違い無く、格上。
(なになになに!?!?お嬢様何者!?!?)
平静を装いながらも周囲を伺うと、護衛の騎士達は内心では動揺しているのが伝わってくるものの表面上は落ち着き払っていた。
護衛対象であるはずの幼子から、命を脅かさんばかりに威圧されている不可解な状況で取る態度としては合格点だろう、流石といったところだった。
侍女長は動揺を隠し切れていないが、非戦闘員ながらも殺気に気付けたあたりは、人の上に立つ立場としての経験と鋭さを感じさせる。
その他の侍女達は……殺気に気付いていなかった。
パンジー様に見惚れる者、護衛の騎士達に色気付く者、侍女長の動揺を不思議そうな目で見る者……様々であったが、この場で一番目立つ者からこの場で一番凶暴な覇気が放たれているというのに、誰一人として鮮烈な殺気を向けられた状態で取るべき警戒を取っている者はいなかった。
大人も混じっているというのに、先が思いやられる……
そうこうしているうちにパンジー様は侍女達への挨拶を始めた。勿論、その殺気を放ち続けたまま。
★★★★★★★★★★★
「皆さん、よろしくお願いしますね!」
簡単な挨拶を済ませたパンジー様は、殺気を収め侍女達一人一人に対して握手を求め、丁寧に友好の意を表した。
先程の殺気さえなければ気さくで礼儀正しい令嬢に見えるその行動も、威嚇に気付いてしまった私にとっては気が気ではなかった(多分侍女長も)。
私の前に来たパンジー様は……手汗を拭くフリをして何かを取り出し、握手ついでに私に手渡した。
それは使われていない書斎の鍵だった。
★★★★★★★★★★★
巨大な殺気に直面した以上、もうかなり関わりたくなさがヤバいのだが、無人の部屋の鍵を渡すという事実上の呼び出しをスルーするわけにもいかなず、私は渋々書斎に向かった。
私の勘が「絶対碌な事やあらへんで!」と高らかに告げている。
書斎の扉をそーっと開く。
「失礼しまーす……」
「いらっしゃい☆」
どこかで聞いたような口調にもう嫌な予感がする。
足を振りながら手元の本を弄んでいるパンジー様は、椅子があるというのにわざわざ蔵書を積み上げてそこに座っている。
要はカッコつけている。本に謝ってほしい。
「……何の御用でしょうか」
「しらばっくれないでよ〜。アレに反応出来たのは騎士達と侍女長とあなただけよ?同い年だって聞いてたけどタダ者じゃないでしょ?」
タダ者じゃない奴にタダ者じゃないと言われるとムカつく。
イラだちを隠しながら答える。
「貧乏育ちなので敏感なだけです」
これ自体は嘘ではない。記憶が戻る前から私は勘が鋭かった。
「ほんとに〜?侍女長だって動揺してたのに、あなたは落ち着いていつでも動けるように意識していたわ。騎士達と同じように。まるで……戦の経験でもあるみたいだったわね?」
「気のせいではないでしょうか」
「私が広間に入った時他の侍女と比べるとあなたは落ち着いていたわ。私に気に入られうる算段があったんじゃないかしら?」
「だから気のせいで──
ヒュンッ!
左下後方から突然放たれた風魔法の刃、正確にはその射線上に予告線のように張られた殺気を咄嗟に避けてしまった。貧乏育ちなので敏感なだけ、程度の幼子が反応出来るはずはないものを避けてしまった。
収束していないただの暴風だったし大人しく当たっていれば疑いは晴れたかもしれないが、それは被害を確認してから言える結果論でしかない。
前世で見たものに似た透明な魔法陣が宙に浮いていた。
そーっとお嬢様の方を振り返る。確信を得てニヤついた表情がムカつくが、今はそれよりもどう取り繕おうか無駄な思索を巡らせていた。
そもそも、あの殺気には覚えがあった。
初対面こそ突然の事で気付けなかったが、前世で幾度も交戦し、死のその瞬間まで気圧されそうになっていた、あの殺気。そしてさっきの風魔法。
何より、脳裏に焼き付いているその顔と髪型をそのまま幼くしたような風貌。間違いない。
「やっぱり避けられるじゃないの。東京幕府空軍第八航空師団団長──柴咲花少将殿?」
底冷えするようなゾッとする口調で前世を看破される。間違いない、コイツだ、コイツと私は最期に戦っていた。
その時点での残っていた敵軍の最高戦力で、私が自爆して殺した女。
よりにもよって、前世で殺した女の侍女に私はなるらしい。
前世が血生臭いやついいよね……
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