あれっ、ここはどこ?
しらないばしょ、しらないことば、しらないたてもの、しらないもの、しらないひとたち……しらない、ぶき。
ひとが、たくさんしんでる。
こわい。
わたしのからだはおおきくなってて、とてもつよいまほうがつかえて、なぜだかたたかわなきゃいけないきがしたから、にげだしたくてもたたかう。
りゆうはわからないけど、ここでにげたらだいじなものをなくしてしまうきがする。
それがなにかもわからないのに。
わたしのいうことをきいてくれるひとたちがいて、どういうふうにしゃべって、どういうおねがいをすればいいのかなぜだかわかったから、そのとおりにしゃべる。
おねがいしたひとたちはそのとおりにたたかってくれて、そのとおりにしんでいく。たたかっているあいてのひとたちも、しんでいく。めいれいをきいて、しんでいく。
わたしもたたかって、ひとをころす。ころして、ちがでる。ころされそうになって、ちがでる。
にげちゃだめだ。
たたかわなきゃ。
でも……こわい。
★★★★★★★★★★★
うなされて飛び起きた。
前世を思い出したって、私は依然として9歳の無知で非力な少女だった。
どれだけ恐ろしい戦争に加わっていたのか、前世では分からなかった。
9歳の少女から見たそれは、まさしく狂気の地獄だった。
いや……前世でも、本当は怖かったはずだ。
物分かりがいいフリをして、賢しげに振舞っていただけなんだ。
目をつぶって、耳を覆って、呆けて、見ない、聞かない、知らない振りをしていただけだった。
あんな戦争は──二度とごめんだ。
ふと下を見ると、自分がくまのぬいぐるみを抱えていることに気がついた。
窓が開いて満天の星空と満月が見えていた。
★★★★★★★★★★★
私達は覚えている限りの原作知識、使えそうな現代知識、発展の為に構築すべき社会構造及びシステム、今後やるべき事リストを書き出した。
複製してパンジー様と私のそれぞれの部屋で鍵を掛けられる複数箇所に保管し、紛失や盗難に対してのバックアップを取る。
大目標は、未来に起こる列強同士の戦争の阻止、エルムント伯爵領の平和と繁栄、この二つだ。
そして直近にやるべき事は……
★★★★★★★★★★★
夜、パンジー様は侍女と騎士、召使達、この屋敷にいる者全員を広い一室に集めてニタニタしていた。
この屋敷にお嬢様が越してきてから仕えた者も皆パンジー様のお転婆に慣れてきていて、次は何を企んでいるのかと身構えていた。
そして──時は来た。
「敵襲!!!北北東に侵入者!!!戦える者は全員即座に向かって!!!それ以外の者は私に続いて移動!!!」
あらかじめ存在を知っている敵襲ぐらい、気配の察知程度なら余裕だ。
突然立ち上がり叫んだパンジー様に部屋は混乱に陥った。騎士の一人が疑問を投げかける。
「敵襲……?お嬢様、またイタズラですか?」
「──クビになるか生首になるか選びたくなかったら今すぐ向かいなさい敵の気配も気取れない大マヌケ!今の失言は聞かなかった事にしてあげるわ」
巨大怪獣のようなプレッシャーで、しかもこの前とは違い隠す気も無い殺意で凄まれては慌てて向かうしかない。その気になれば今すぐひとっ跳びで首を蹴り飛ばせただろう。
まさしく悪役の恫喝で、ちょっと騎士様がかわいそうだった。
パンジー様は説明もなく私を含む戦闘員全員に強化魔法を掛け、騎士達は慌てて扉から廊下へ……そしてあらかじめ窓際に陣取っていた私は窓から外に飛び出した。
「ローズちゃん!?」
同僚侍女達が慌てるが説明は後だ。
そのまま飛行し領地を侵犯した不届き者の元へ急行した。
★★★★★★★★★★★
「いたぞ!本当に侵入者だ……!」
私の交戦開始後、遅れて騎士達がやってきた。
「遅いです!北門は突破されていますが残りは無事です!残り敵数は27人ですがゴロツキだけ!騎士様は東に4人、西は3人!残りは北玄関前で二重円状に展開して防衛してください!」
「な!?」
幼い私に指示された事に何か言いかけるが、飛行しながら絨毯爆撃を行う私の術式威力を見て押し黙る。
初撃で司令官らしき人物を撃破したので烏合の衆など騎士達だけでも抑えられるだろうが、こちらの最終目標は──自軍の死者・重傷者0だ。攻撃の手は緩めない。
私の主力魔法はベクトル操作だ。赤黒い矢印の形に成形された魔力を、そのまま相手に発射し攻撃する。
非直線運動で曲がりくねり、反転し、撹乱する弾幕にゴロツキ風情が対応できるはずもない。
自身の移動にも使えるため、相手の攻撃はまともに私に当たらない。
(それにしても……こいつらの動き、遅いなあ……)
前世で近代軍隊の軍人として鍛錬を積み一応は異名持ちだった私と、中世の不出来な軍隊よりもさらに格下のゴロつき風情では、速度、火力、練度全てにおいて天と地ほどの差がある。
「コイツちょこまかと……!」
「遅いぞ、間抜けども」
煽って平静さを失わせる。大振りになった攻撃の回避は楽だ。魔導師もいるんだからもっと進路妨害を考えて撃てばいいのに……
敵の目標であるパンジー様は出てこれないが──姿を見せないまま時計塔の窓から支援射撃を行なっている。幕府軍を苦しめた黄島司令官の精密狙撃だ。
非戦闘員は狙撃位置の更に上に避難しているはずなので、反撃の流れ弾が非戦闘員に危害を加える事はないだろう。
とはいえ長引かせるとこちらの被害も増える。
『我が同胞達よ』
ルーティーンであり、前世で友から伝授された呪文の一句でもあるそれを呟く。
『汝の神を敬おう』
魔力が集束する。
『偉大なる者、平凡なる者、全ての者に分け隔てなく敬意を表そう』
その素晴らしき決意に結束せんと、怯えた心に力が湧いてくる。
『見守ろう』
己を鼓舞する。
『弱き者達が、死や隷属や危害に怯える事なく』
決意を固める。
『道端に腰を下ろし、安らかに休めるよう』*
魔力で法陣を描く。
『我に平和のための力を──与えたまえ』
そして──敵の残数を確実に減らしていき、無事死者を出す事無く、我が軍の勝利、襲撃者全員捕縛で決着した。
余裕が出来たから敵にも死者を出さないようにしたので褒めてほしい。
★★★★★★★★★★★
本来のゲームのシナリオはこうだ。
周辺の小領邦との小競り合いにより、エルムント領内でも辺境のこの屋敷とパンジー嬢が移住直後に狙われる。
防衛には成功し黒幕は領地召し上げの上追放されるが、戦闘による死傷被害と自身が狙われた事に怯えきったパンジー嬢は、悪戯っ子だったのが見る影もなくこの事件の後保身と権力獲得に執心する悪役令嬢となる。
あとはご存知の通りだ。
それがどうだ。
自軍は勿論襲撃者側にも死者は0、重傷者も自軍には無し。治癒魔法により軽傷者はほぼ全快している。
的確な指示と自身の援護射撃により完璧に屋敷と人員を防衛しきったパンジー様は、素晴らしき才覚を備えた御令嬢として讃えられるだろう。
何より……こうして誰も死ぬ事なく、美しい朝日を迎えられた。
「お嬢様」
「な〜に?☆」
「皆を守れて……良かったです」
「あら素直。殺した相手と向かい合ってて気不味いとか散々言ってなかった?」
「それはそれ、これはこれです」
「そうだわ、あなたの活躍もしっかり皆に宣伝しておいたから☆給金大幅アップ、これで下の子達を養えるわね」
「……ありがとうございます」
生まれ育ったこの故郷を守るため、生まれ育ったこの故郷に恩を返すため。そして自分達の安寧のため。
穏やかな朝日を迎えるために、私達は戦うのだ。
*『我が同胞達よ〜休めるよう』……ハワイ王カメハメハ一世によって編纂された、非戦闘員の保護を明文化した法典ママラホエ・カナヴィ。
制定当時極めて先進的な法律であり、一説によっては現代人権法のモデルになったとされる。
ここで出てきたお友達はハワイ出身だそうです。
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