◇ ◆ ◇
――数十分後。
クエストに向かうための準備を始めた私、ユキノちゃん、リーナちゃんの三人は、アオイちゃんに教えてもらった魔法屋で魔法を物色していた。
「おー、【影縫い】【分身の術】【水蜘蛛の術】【口寄せの術】……結構便利そうな魔法があるねー。覚えられる魔法の数にも限りがあるから慎重に選ばないと」
「いいなー、『闇霊使い』の習得できる魔法は相変わらずなし。『エンチャンター』はどう?」
「私はこれ、【憑依 神性】がありました。神の力を付与できるとか……」
「強そう……」
なんとなく私は店番をしていたお婆さんNPCに話しかけてみた。
「すみません、『闇霊使い』が習得できる魔法ってありませんか?」
魔女のような黒い服を身につけたお婆さんは、かけていた眼鏡をゆっくりと持ち上げて私をジロジロと眺めると、目を丸くした。
「おやおや、まさか今どき『闇霊使い』をやっている子がいるとはね……しかもこんなに若いのが……」
「やっぱり――『闇霊使い』って不遇なんですかね?」
私の問いかけにお婆さんは静かに首を振った。
「いんや、アタシがまだ若かった頃はもっと『闇霊使い』がいたさ。――『闇霊使い』にはそこらじゅうに溢れる悪しき『闇霊』を使役し、鎮めるという大事な役割があった。が、今はこのとおり、『闇霊使い』は衰退し、その支配から解き放たれた悪しき『闇霊』が至るところで悪さをしてる。――ちょっと待ってな」
そう言い残してお婆さんは店の奥に引っ込んでしまった。私は少し前から隣にいたユキノちゃんと顔を見合わせる。
「これってもしかしてクエストかなにか?」
「さぁ……? 不遇職を救済するための調整クエストですかね?」
「にしても、昔はもっと『闇霊使い』がいたんだね……みんなどうしちゃったんだろう?」
「そういう設定なだけだと思いますけど……」
話していると、お婆さんが店の奥からヨチヨチとなにやら一本の古びた巻物のようなものを持って現れた。そして巻物をカウンターの上に乗せて被っていたホコリを白い布で拭き取る。
「こいつは『闇霊使い』の知り合いが遺していったものでね。とっておいてもしょうがないんで誰かに譲ろうと思っていたんだが――こいつを使うには伝説級の『闇霊』と契約しなきゃいけない。――もしあんたにその力があるというのなら……こいつを託そう。まあ難易度は相当高い。熟練の『闇霊使い』でも伝説級と契約できたものは極小数と聞いている。見たところあんたにそんな力があるとは思えないし、無理にとは言わないが」
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クエスト【『闇霊使い』の伝説】を受注しますか?
はい ◀
いいえ
【『闇霊使い』の伝説】
かつてこの一帯に多く存在していた『闇霊使い』は衰退し、その技、魔法のほとんどが失われた。そんな中あえて『闇霊使い』を志した者よ。強力な伝説級闇霊と契約し、その技術の伝承者となるに足りる力を見せよ。
達成条件︰『精霊の谷』『迷いの森』『龍の墓場』『混沌の湿地帯』『悪霊の巣』『夢魔の洞窟』のいずれかに存在する『邪龍』と呼ばれる伝説級闇霊との契約を成功させる
達成報酬︰【破滅の光】の巻物(スクロール)
編成条件︰『闇霊使い』を含むパーティ
禁止制限種族︰なし
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うわぁ、やっぱりクエストだ! ふむふむ、なかなか難易度高そうだけどこれって……もしかして……?
私は気配を感じて後ろを振り向くと、そこには満面の笑みを浮かべながら腰に手を当てて胸を張るメイド娘――ミルクちゃんの姿があった。
これでいいんだよね? 私は『はい』をタップする。すると瞬時にメッセージが浮かび上がってきた。
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クエスト【『闇霊使い』の伝説】を達成しました!
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「はやっ!!」
私は思わず声を上げた。まさか私が達成済みのクエストだったなんて……本来のシナリオだと、この街で初めて闇霊と契約する段階に入って、これから『精霊の谷』なりそういう場所に向かうっていう流れだったに違いない。それを私はベータテスターのホムラちゃんに連れていかれて先にクリアしてしまっていたのだ。なんという……インチキくさいプレイング……。
カウンターの向こうのお婆さんも、ミルクちゃんを見て驚きを隠せないでいる。
「ま……まさか本当に契約してくるとは……あんた……いや、あなた様は真の『闇霊使い』なのでしょうか……?」
んー? 一気に態度変わったなこのお婆さん。
「分かりませんけど、なんか契約できてました」
しかし、この言葉は返答のアルゴリズムに組み込まれていないのか、お婆さんは首を傾げながら手に持った巻物を私に差し出してきた。
「こいつを持っていきなさい。お代は要らない。――あんたなら世界を救えるかもしれない……くれぐれもよろしく頼んだよ」
――え
えぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?!?
なんか随分スケールの大きな話になりましたね! こんなドMのロリ巨乳に世界の運命を託すなんて、お婆さんそろそろボケが始まってるんじゃないだろうか! 私なんかに託されてもしょうがないですよ! 世界を丸ごと自爆で吹き飛ばすくらいしかやらないですよ! 世界を救うとか……そういうのは勇者さんにお願いしましょうよ! この街にいるんでしょソラさん!!
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魔法【破滅の光】の巻物(スクロール)を手に入れました!
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なんか手に入っちゃったし! 私は慌てて巻物をお婆さんの手に押し付けた。
「受け取れません! 私には世界は背負えません! 残念無念また来年! さようならー!」
「――おやおや、いらっしゃい。何が入り用かい?」
だめだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! クエストが完了して『いつもの魔法屋のお婆さん』に戻ってるぅぅぅぅぅっ!! NPCってこういうところ都合がいいからむかつく!
あー、はいはい分かりましたよ! 世界を救いに行けばいいんでしょ!
考えてみたらこれはゲーム。世界を救えなくても何も責められることはない。まあ、気楽にやりますかね。
無理やり状況を理解した私は、ユキノちゃん、リーナちゃん、ミルクちゃんを伴って魔法屋から出た。世界の救い方なんて分からないし、とりあえず目の前のクエストをこなしていかないとね。まずはあれ【望まぬ救済】とかいうやつ。
あれもあれでだいぶハードそうな内容だったし、いかんせん今のままだと編成条件がクリア出来ない。……ということで。
私たちは時計広場にやってきた。するとそこには既に装備を新調したクラウスさんとアオイちゃん、キラくん、そして……昨日からお世話になっている赤いツインテール痴女の――ホムラちゃんがいた。
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