降りしきる激しい豪雨。
暗闇を照らし出す雷鳴。
スメルズ男爵は形勢不利を悟り、即断撤退を開始した。
王国軍右翼総司令ボロンフ辺境伯爵もスメルズ男爵から報を受け、撤退を開始。
しかし、ダース司令は周辺の帝国領の村々に『そろそろ王国軍は撤退する』と伝えてあった。
そのためにスメルズ男爵率いる部隊は、毎晩のように地域住民による夜襲を受けた。
この世界は、俗にいう『兵農分離』が完全には行われておらず、特に退却する側が侵略者だと周辺住民による執拗な夜襲や落武者狩りが行われた。
スメルズ男爵は、明らかに退路が事前にわかっているような激しい夜襲を三日三晩にわたって受けた。
しかしながら、その分ボロンフ辺境伯爵率いる王国軍右翼本隊への被害は軽微に終わった。
多分にスメルズ男爵が殿を引き受けた形になったのだ。男爵はのちにこの功績で沢山の褒美を受け取ることとなる。
──数日後。
周辺の治安の悪化の恐れもあり、ボロンフ辺境伯爵は更なる戦線の後退を指示。
それに伴い、帝国軍左翼のモロゾフ将軍は戦線を拡大。王国軍中央軍集団の東側側面をうかがった。
王国軍の中央軍集団は回り込まれる危険をさけ戦線を後退。
更には続いて王国軍の左翼軍集団も、王都の参謀本部に無断で後退するなど、我先に王国貴族たちは帝国領から撤退していった。
……こののち、戦場は机の上での交渉へ移行することとなる。
──同じころ。
ブタ領首脳部は、王国の北方戦線の旗色が悪いことに着目した。
今ならブタと港湾自治都市アーベルムの姫リーリヤが結婚しても、王都は何も言う余力はないと判断した。
……むしろ王国のハロルド王太子殿下にも招待状を出すことにした。
その後、王太子側は名代を出すことを決定。お祝いの品は、水面下での協議の末に大森林地帯の正式なる支配権の授与と相成った。
王都の情報や外交担当部門が、帝国に引っぱりダコになっている情勢も確実に追い風となっていた。
しかしながらこれは、アーベルム港湾自治都市とブタ領との婚姻をハリコフ王国が認めるということであった。
いつの時代も既成事実と大義名分は幅を利かせる。
王都の承認を得たブタ領家宰は、むしろ結婚式を大々的に開き、内外に知らしめようと考えた。
よって日は後ろにずらされ、王都のみならずアーベルム港湾自治都市からも賓客を招く方針となった。
その他にも、大森林地帯の在地領主や土豪たちにも招待状が送られた。
もし、お祝いをもって出席することになれば、その主従関係を内外に示すこととなり、また、欠席すれば当然追討先にされかねなかった。
老年期に差し掛かっていたブタ領家宰ヘーデルホッヘは、このころ騎士というよりも外交や内政に素晴らしい力を発揮させていたと言える。
家宰である老騎士を中心としたブタ領首脳部は、北方戦線にて苦戦していた王都を尻目に着実に力をつけつつあった。
(゜∀゜)人(゜∀゜)人(゜∀゜)ノ ぽこぶひうさ~♪
ちなみに……彼らは最近、とても潮干狩りに夢中だった。
☆★☆★☆
春の足音に冬は去る。
王国の強兵も北国を去る。
「……馬鹿な!?」
「皇帝陛下の御為よ……」
トリグラフ帝国とハリコフ王国は停戦協議を進めていた。
王国が提示した前提条件には、味方兵士にも無慈悲だった戦争犯罪人『モロゾフ』の公職追放があった。
それさえ飲めば、対等な講和条件が帝国に提示されていたため、モロゾフ将軍は即時に追放処分となった……。
――
順次段階的な交渉が進められていくが、それは勇敢な兵たちではなく、理知的な文官の主役たる戦場に移行していった。
「将軍、名残惜しいですが……行きますか?」
「……あまりいい思い出も無いし、名残惜しくはないかな?」
そうにこやかに元将軍は親友の元司令に言葉を返し、雪解けの帝国領を去っていった。
――
「ぶひぶひ」
相変わらずブタ族の住民が多いニャッポ村では、村を挙げてのお祝いムードだった。
なにしろ、初代領主さまの結婚式である。
道には出店が立ち並び、美味しい匂いが立ち込め、酒臭い住民でごった返した。
厳しい冬が抜けたのも大きかった。
村はずれの畑には、黄金色の麦が収穫を待ちわびていた。
邪教の館別館で式を挙げた後。
村の最も大きな旅館を貸し切り盛大に披露宴が行われた。
披露宴の主役は、きれいに着飾り楽しそうなリーリヤと、大変緊張の面持ちのブタ。
見た目はまさにブタに真珠だった。
彼らの二人の後ろには、二代目の護衛隊長に抜擢されたンホール教騎士団団長を兼務するアーデルハイトが目を光らせる。
貴賓席上席には、ハロルド王太子代理キッシンジャー伯爵と、港湾自治都市アーベルム最高議会議長代理マイヤー外相。
二人は、この場で目の前の相手を厳しく牽制し合った。
キッシンジャー伯爵は王太子の側近で、実は反ドロー派だった。
このころになると、王太子の地位は確立されてきており、後ろ盾の大身ドロー公爵と側近達は水面下で争うようになっていた。
当然にブタ達の結婚式でも、自分たちの権勢の絶好のアピール場であったのだ。
……しかし。
「はい、リーリヤ様。ジュースですよ~♪」
「ありがと~♪」
Σ( ̄□ ̄|||)
「リ……リーリヤ様ですと!?」
キッシンジャー伯爵は目を剥いた。
幼い主人公たちにジュースを給仕している中年の女性は、名をアルサン侯爵という。
そう、大身の侯爵様が、所詮は田舎子爵夫婦に、甲斐甲斐しくお酌をしているのだ。
特に、アルサン侯爵の出席を知らされていなかったキッシンジャー伯爵は目を白黒させていた。
「はぃ~新郎様の一気飲み~♪」
「ぶひぃぃぃ!?」
政争に明け暮れる披露宴になると思っていた老騎士は胸をなでおろし、隣の席の義兄であるアガートラムと再び乾杯をした。
「ぶひぃぶひぃもう飲めないぶひぃ」
……ブタよ、一気飲み頑張れ!!(謎の声)
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