ブタさん子爵の大戦略!?

SA・ピエンス・ブタ史 ~第八惑星創造戦記~
黒鯛の刺身♪
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第三十九話……アルサン侯爵領東端の港町ジャムシード

公開日時: 2020年12月1日(火) 16:20
文字数:4,008

朝焼けの海は美しい。

のちに雨が降ることがわかっていても。





 日の出が美しい大海にて、荒々しく波を刻んで走るブタ船団旗艦エウロパ号と僚船群は、海図に印をされていた岩礁を左へ回頭した。

 だんだんに整備された入り江が見えてきた。



「殿、海図の通りですと、ここがアルサン侯爵領東端の港町ジャムシードでございますな」


ヴェロヴェマは少し疑った意趣を覗かせた。

 彼らは陸戦の勇士であって、海の上はやはり心なしか心配の様だった。ブタは珍しくそれを感じ取り、


「ちゃんと地図はあってるブヒ~♪」


とわざと明るく笑って見せたところ、船倉からザムエルが上がってきて、


「カッカッカ! そうでしょうとも、殿が天国と言えば、そこが地獄であってもそこは天国と思うのが臣と申すもの!」


ザムエルは大いに笑い、そして皆を和ませた。


「流石は伯父貴よの」


 ヴェロヴェマは静かに『参った』といった表情でつぶやいた。

 彼らに特に縁戚関係はないが、古くからのブタ家臣からザムエルは次第に伯父貴と慕われてきていた。




――接岸後。


「殿、私どもはこれから港湾事務所に行って入港手続きをしてまいります」


 そう言ってザムエルとヴェロヴェマはブタ達と別れた。

 ここは完全に人間の文化圏なので、骸骨姿のザムエルは鉄仮面に季節外れの厚手のフードといった格好だった。



 ブタはジャムシードの政庁が開くまでには少し時間があったので、ウサたちと相談をし、朝の魚河岸を見て歩くことになった。



「いらっしゃい!」


 威勢のいい女性の声が響く。

 市場は活気にあふれており、とてもこれから戦が行われるような気配ではなかった。



「あ、あの……、このへんの戦とか、どういう情勢ブヒ?」


 ブタが若い男の仲買人らしき男に尋ねた。


「戦? ああ、らしいね」

「でもさそれで特に我々の仕事が変わるわけでないしね」


 若い男は忙しそうに箱を並べながら答えてくれた。


 忙しない若い男が言うには、アルサン侯爵側も反乱勢力側もこの港の重要性は嫌というほどわかっており、とくに反乱勢力側の領主の中には漁業で生計を立てている漁師の親玉みたいな海賊領主もいるとのことだった。

 当然、魚を現金化できるこの港の住民に矛は向けにくい。

 更にはこの港町ジャムシードより東は、海の中に島がぽつぽつと続いている地勢らしい。


 若い男は『忙しいから、またな』とブタに手振り、急いで魚の入った箱を担ぎ、仕事仲間のところへ戻っていった。




「ブヒ!?」


 ブタがリーリヤたちの元へ戻ってみると、リーリヤとポコが小さな真珠のアクササリーまみれになっていた。



「ウサちゃんが買ってくれたの~♪」

「ぽこ~♪」


 <(`^´)> 喜ぶ二人に、威張るウサギ。



「また来てね~」


 真珠アクセサリーを扱う行商人のおばあちゃんが、笑顔で手を振りながら離れていった。

 ちなみにウサはブタ領鉱山関連の最高責任者であるので、お小遣い制のブタよりよっぽどお金持ちだった。




「殿、こちらでしたか?」


 ブタはリーリヤたちと早めのお昼をジャムシードの出店で食べていると、エーデルハイトがやってきて声を掛けてきた。

 なにしろこの港町で二足歩行のブタは、彼女の主しかいない。

 とても見つけやすかった。



「ザムエル殿とヴェロヴェマ殿は兵士の野営地を町はずれに造るから、先に政庁へ挨拶に行ってきてほしいとのことであります」


 大勢の見知らぬ人達の前なので、報告後に珍しくきちんとした敬礼をする緊張の面持ちのエーデルハイトに少しブタは困惑しながら、



「わかったブヒ」


 と短く答え、エーデルハイトも加わり、皆で楽しく食事を続けた。




「まいどあり!」


 出店の親父の言葉に笑顔で答えると、ブタ達は町はずれの丘の上にある政庁を目指した。


 政庁よりさらに一段高いところには防御用の城塞も見えた。隅部に張り出した石造りの四角い出隅がとても目立つ。


 ちなみに防御施設とは高ければ高い処にある方が有用である。

 視界としても上からは下が見下ろせるが、下からの逆はほぼない。

 現代兵器においてもミサイルは高い処から飛ばした方が射程は長くなるし、レーダーの有効範囲も一般的に広くなる。

 いわんや弓矢と投擲が主力の世界ならば、絶対的に有利と言ってもおかしくはなかった。


 ブタは趣味でもあるこの後の防塞造りに思いを馳せながら政庁まで登った。




「止まれ!! 怪しいやつ」


 政庁の門を見張る衛士の厳しい声が、政庁の敷地へ入ろうとしたブタ達を呼び止める。

 護衛のアーデルハイト以外は、ブタとウサギとタヌキと猫と幼女なのだ。


 とても『怪しくありません』とはいいがたい一行ではあった。





☆★☆★☆


海辺の闇は深い。

まるで夕方の濃い霧が落ちて来たかのように。





「このような偽書は幾らでも作れるわ! 私の目を欺こうなど100年早い!」


 ブタがアルサン侯爵より頂いた親書を政庁の入り口を守る衛士に渡すも信じてもらえない。

 この衛士は品のある銀のアクセサリーをいくつか身に着けていた。

 現代の感覚だとアップル社製の製品を使っているイメージだろうか、出自の良さをどこかに感じさせた。


 そうこう押し問答を続けていると初老の執事めいた紳士が通りかかり、声を掛けてきた。



「リーリヤ様ではありませぬか?」


「「!?」」


 老紳士は腰を低くして応じた。



「ささ、どうぞこちらへ」


 衛士は目を白黒させたが、老紳士は一向に構うそぶりを見せず、リーリヤとそのお供の者たち(?)を政庁内へ案内した。



「ご結婚式以来でありますかな?」

「うん~♪」


 よく磨かれた大理石の廊下を歩く。

 ブタはよく覚えていなかったが、この老紳士はブタ達の結婚式のときにアルサン侯爵に従ってきた部下の一人なのだろうと思った。



「で、アイスマン子爵様はいずこに?」


……(´・ω・)(・ω・`)


「こちらにおわします」


 護衛の女騎士であるアーデルハイトがバツが悪そうに、10円ハゲが3つ見える貧相なブタを老紳士に丁寧に紹介した。



「ブ……ブタ、ブタ殿でしたか!?」


 老紳士はしどろもどろになりながら、その場を取り繕うのに精いっぱいな様子に早変わりし、ブタに丁寧に詫びた。

 たぶん結婚式でも内部には入っていなかったのだ、ブタはそう思った。



――コンコン。

 老紳士はある部屋の前で立ち止まり、扉をノックした。


「入れ」


 どこか間の抜けた中年女性の声が中よりして、ブタ達は老紳士に案内されて部屋に入った。

 部屋の中には執務中のアルサン侯爵がおり、眼鏡をかけて机の上の書類に忙しなく目を通していた。すこし間をおいて彼女は目を書類より上げる。



「お? リーリヤちゃん!」

「はい~♪」


 ここでもリーリヤは人気であり、アルサン侯爵は走り寄るリーリヤを抱きかかえた。



「で、アイスマン子爵殿はいずこに!?」


 アルサン侯爵が尋ねると、皆はバツが悪そうにブタへ視線を向けた。


Σ( ̄皿 ̄|||)


「ああ、そうであったな、アイスマン殿はブタであったな。だいぶ時間がたって忘れたのだ、許されよ」


 (;’∀’) まだ、式から三か月も立っていないが……。


 アルサン侯爵は『すまんすまん』といった感じで、舌を少しだし、照れながら笑ってみせた。


 アルサン侯爵の小さな執務室にて皆で楽しく歓談した。

 老紳士がとても上等そうなお茶も出してくれた。


 老紳士が恭しく退出したあと、2時間は皆で喋っていたであろうか。

 再び老紳士がノックをして恭しく入ってきた。



「侯爵様、子爵様、そろそろ作戦会議の時間になります」


 と告げてきた。落ち着いた中年淑女であるアルサン侯爵は控えめに左手を上げて、



「あいわかった」


 と静かに答えた。




――

 アルサン侯爵とブタはすでに席についているアルサン侯爵領諸将の前を通って席に着く。


「くさいくさい、田舎のブタの匂いがする」

「ほんにのう、ブタと同席など先祖に申し訳が立たぬわ」

「アルサン侯爵様も、よもやブタなどの助けがないと戦えぬとは」


 諸将は口々にそういったが、ブタには違和感があった。

 ブタが罵られることはよくあることだが、彼らには彼らの盟主であるアルサン侯爵を馬鹿にしている空気があったのだ。

 アルサン侯爵はハリコフ王国の海将軍であり、その序列は国王と宰相に次ぐ三番目。名誉と序列を重んじる貴族社会から考えれば少し変なことだった。



「まぁまぁ、みなさんそろそろ会議をはじめましょう」


 蒼い髪の中年の男が騒ぐ列席の諸将をなだめた。



「スプールアンス殿が仰るなら、ブタと同席でも」

「まぁ某も、スプールアンス軍政長が仰るなら」


 誰もアルサン侯爵の顔色は窺わないが、この蒼髪の男の言うことには従った。

 どうやらアルサン侯爵領の軍務においては、この蒼髪中年男であるスプールアンス軍政長が実力者のようだった。


 スプールアンスが議長となり、補給兵站、出征規模や東部反乱地域に対する布陣などが次々に決まっていった。


「で、アルサン侯爵様におかれましては、メナド海上群島砦にて我らの補給線を守っていただく」


 ようやく名前が出たと思ったら、前線から遠く離れた小島の防衛にて布陣してほしいとの旨だった。

 おおよそ主人に頼むような場所ではなかった。




「失礼します」


 先ほどの老紳士が諸将にお茶を供しており、ブタの処へもきてお茶のはいった器を静かに置いた。


「ブヒ!?」


 老紳士はブタの耳に何かをささやくと、ブタは突然気色ばんだ。


「せ、拙者もアルサン侯爵とともにメナドに布陣させていただきたく」


 突然に発言するブタ。


「「「!?」」」


 ずっと静かに黙っていたブタの存在を諸将は思い出し、



「そうですな、アイスマン殿はとくに戦力として考えておりませぬゆえ。女子おなごの下の世話でもして頂こう」


「「「わはは」」」


 下卑た笑いが会場を一気に占める。

 ブタは収まりが悪そうに頭をかいた。

 女子おなごとは彼らの主人であるアルサン侯爵そのものを指していることは明白だった。

 それにむかついたアーデルハイトはブタのお尻を陰で蹴り飛ばした。


「痛いよ」


 ブタは小さくそう呟くと、老紳士から頼まれた事案と、見返りに示された二つの事案に想いを馳せた。





――とくに一つはブタにとってとても大切な懸案事項であった。


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