今日の天気は晴れ。
海の上の天気は変わりやすいけど。
「ほ、包囲はまだ完成せんのか!?」
「敵城の廓が思ったより大きく、そ、その連絡網がいまだ築けません」
焦るメンデム将軍は包囲戦を試みようにも、幕僚の返答に落胆と疲労の色が隠せなくなっていた。
攻城戦の基本は包囲である。例えば全方向から攻撃されると周囲360度に対して的確に指示できる将などは存在しはしない。
なぜならば生き物は基本的にその視野の範囲の空間を的確にとらえるために脳は存在している。それ以外においては訓練で多少マシになろうとも苦手である要素は隠しようがなかった。
「アーロン男爵より、敵の攻撃が激しく所定の位置に近づくことができない。よって新たな指示を乞いたい、とのことであります」
籠城側から予想外に攻撃された諸将より伝令が次々に幕舎へ入ってきた。
それに対し、総司令官たるメンデム将軍は逐一情報を丁寧に確認し、ときには調べなおし、幕僚と相談ののちに指示していった。
アーベルム側正規軍はローレンス辺境伯爵が籠るアイザック城を包囲しようにも、その前段階での指揮系統の処理が追いついていかなかった。
ちなみに相手より情報処理を早くして、部隊運用の高速化を図るのも『機動戦』の一種である。『速度の二乗に攻撃力が比例する』という有名な説もあるほどである。
ちなみにブタ領で城攻め巧者なザムエルとヴェロヴェマあたりは、本営に確認などしない。勝手にそれぞれ手柄の立てやすそうな位置に陣を張り、その功を焦る競争が綿密な包囲を図らせた。
ちなみに現代のように衛星があるわけではないので、地理の実情は前線指揮官にしかわからず、また通信機もないので各指揮官が情報を共有することはほぼ不可能な時代だった。
「ルノー東方騎士長より、どこを攻めれば良いか!? とのお問い合わせが」
駆けこむ伝令をその場に待たせ、メンデム将軍とその幕僚たちはその地域の地図を急いで拡げ討議した。
ちなみにザムエルなどは、兵権を預かる家宰である老騎士からの攻撃命令を待たず、城方の『水の手』を切りに行くのを常道としていた。それをみたヴェロヴェマなどが『伯父貴ずるい!』となり次々と抜け駆けが発生し、本営から眺める老騎士が一度も攻撃命令を出さずに城が落ちたなどの逸話に事欠かなかった。
「左翼監督であらせられるメロー男爵より、矢が少なくなった。補給があるまでいったん後退する、とのことです」
「うむ!」
メンデム将軍は心地よさそうにそれを聞き、声を出して頷く。急ぎ補給担当官が呼ばれ補給案件の討議に加わる。メンデム将軍は『補給第一』といつも語っているのだ。
「で、どちらの部隊へ、幾ばくかお届けすればよろしいでしょうか?」
輸送部隊長に問われる。補給量が定まっても、これからが『補給第一』を語るメンデム将軍の腕の見せ所かもしれない。
ザムエルあたりは矢が切れても『石でも投げとけ!』といって、功をたてる機会が得られる前線から決して離れようとはしない。
確かに補給はとても大切だが、攻め手が休めば城方の将も安易に補給が整えられ、末端の兵たちも休む機会を与えられた。こちらが補給をしないなら相手も補給をしている暇はないのである。貴方ならどちらのパターンで攻められたいだろうか?
ちなみにアーベルム港湾自治都市自体が有力者による最高議会を頂く政体であり、それぞれの意見を丁寧にくみ取り合理的な判断を皆で討議し時間をかけて行う方式だった。
知者と賢者たちが法典をじっくり読み込み調べ討議し決断を下すのだ。それを授かる立場の者は確かに納得したに違いなかった。
それに対してブタ領では、内政で困った事案に対してンホール司教が感で適当に判断するというとても嘆かわしいお粗末な政体であった。
「メンデム将軍! 一大事ですぞ!!」
情報処理能力の限度を超えているメンデム将軍の幕舎に、今度は地方の名士である初老の紳士たちが一斉につめかけてきた。
「「「……」」」
その報告を受け、メンデム将軍以下幕僚はより深い疲弊の極みへいざなわれることとなった。
地方の名士たちが陳情してきた案件とは、北部諸侯の一人ジョーンズ男爵の遊撃部隊による攻撃であった。遊撃部隊は次々にアーベルム側の行商人たちをあちこちで襲っていった。
人類史上最も嫌われる職業とは商人である。金を貸したりモノを右から左に流すだけで利を得て、何も作らないからだ。
しかし、行商人が来なくなった村々も悲惨である。商人たちは農村で余った食料を買い取ったり、農村に娯楽や生活に役立つものを届けたりしたからだ。
商人が来ない農村は生活が一気に古代へ逆戻りする。
彼ら商人の利は、襲ってくる夜盗などのリスクにも対処せねばならない。いろいろな危険や経費もあるのだ。一概に狡いとは言えない。
そもそも楽して利が得られるなら、子供たちは皆競うように商人になりたがるはずであるが、決してそうはならないのが世の中の一面ではあった。
しかし、農民からすればやはり商人は蛇蝎のように嫌われているのが相場であり、遊撃部隊の
ジョーンズ男爵の部隊は周辺の農民の支持も次々に取り付けていったのだ。
商人を保護しないといけないメンデム将軍は、単に面子を潰されただけではない状況に追い込まれていったのだった。
メンデム将軍とその幕僚たちの処理能力が崩壊しているころ、
「相変わらず見事なお手並みで」
「いやいや、それほどでもありますまい」
北部諸侯の面々たちと、静かに酒を飲みかわすボルドー伯爵の優雅な姿が、とある幕舎にあった。
――
「おっきいブヒ!?」
「こ、これは龍殺しですな!?」
武具大好きのザムエルが声を上ずらせる。
ブタ達はここメナド群島に上陸し、そこで古参兵より城塞の案内を受けていた。
「最新式の火炎魔導炉製ですかな?」
水上生活で伸びた無精ひげをさすり、ヴェロヴェマが問うた。
「いやいや、我らの技術ではとてもとても。北方のトリグラフ帝国製と聞き及んでおりまする」
古参兵が紹介してくれている兵器は今でいう大砲である。大砲とは個人用の小銃よりはるか前より存在している。しかしながら当時はさく裂弾などがないために対人兵器ではなく、建物などに対する対物兵器であった。
前線とは違いのどかな雰囲気なブタ達であったが、ここは四方が海に囲まれた絶海の孤島のそびえる美しい城塞であった。少し寂しいが安心感はぴか一だったかもしれない。
「ここの守りは好きにやっていいブヒ?」
「お願いいたします」
アルサン侯爵お付きの執事であるレオナルドは丁寧にそう答えたが、少し趣向が異なる結果となる。
ブタ領各位は美しい大理石の城壁の上にさらに乱雑に土塁を築いた。城内の花瓶はすべて叩き割られ城壁の下にばら撒かた。奇麗な植え込みの薔薇でさえも刈り取られ逆茂木の一部として使われていった。
南方で荒っぽい戦経験が多いとは聞いていたが、さすがのアルサン侯爵とその執事レオナルドもこの田舎者の所業にはたいそう驚いたようであった。
☆★☆★☆
今日の海は曇り。
通りすがりの漁師がそろそろ嵐が来ると告げてきた。
――
「メンデム将軍が我が方の遊撃部隊を攻撃に向かう様です!!」
「ふむ」
黄土色の麻でできた幕舎の中で、銀髪蒼眼の男はまるで関心がないといった感じで、優雅に器の中に入ったお茶の匂いをかいでいた。
「ボルドー伯爵殿! 何を悠長なことを! 我が配下の手の者は正規部隊ではありませぬ。メンデム将軍の攻撃を受けてはひとたまりもないのですぞ!」
豪奢な椅子にて寛ぐボルドー伯爵に対して、アーベルム北部諸侯の一人ジョーンズ男爵は唾を飛ばし、まくし立てる。
「ジョーンズ男爵殿、お茶が冷めますぞ。それに彼らがくるのは後2日はかかるのです」
「なぜですか!?」
ひげが立派な壮年の男爵の顔は真っ赤だ。
「癖ですよ……」
「クセ、だと??」
ボルドー伯爵は急かすなといった感じで左手をあげ、お茶を一口口に含み鼻に抜ける香りを愉しみながら説明し始めた。
メンデム将軍は英才と称えられているわけではないが、兵と民衆にソコソコに人気がある。兵には無理をさせないし、現地の民に対して強制的に徴収することも無い。
よって入念に食料や飼葉などの補給物資を用意する。輸送用の馬車なども用立て、積み込みも合わせると出立に1日はかかってしまうのだ。
なおかつ彼は必ず輜重部隊とともに行軍する。補給物資を大切に守るためだ。そのために行軍速度は極めて遅く、且つ測定しやすい。重い荷馬車がどれだけの速度でどれだけの距離を進むかを計算すればいいからだ。
したがって現在、アーベルムの中央政府管轄の行商人を襲っているジョーンズ男爵の遊撃隊が、いつまでに退避したらいいのかが正確に割り出せていたのだ。
一通り説明した後、ボルドー伯爵は机の上にお茶の入った上等な陶器の器を置く。彼の器には美しい龍が描かれている。
「尚、もし攻撃を受けても、メンデム将軍は決して補給の届きにくい地まで追撃してきません。私の情報を信じてください」
すこし営業がかったスマイルで応じ、更に右手を挙げて従卒を呼ぶ。
そして従卒が手にしてきた地図を机に広げ、丁寧に指で指し示しながらジョーンズ男爵や他の北部諸侯にわかるように説明していった。
このようにメンデム将軍の用兵は、予想到達時間から作戦範囲までが正確に分かってしまうスタイルだった。民衆や兵卒に優しい用兵ではあったが、それゆえにボルドー伯爵の予想範囲にしか動けておらず、この後も一方的に苦戦を強いられていくのであった。
――政の正道を歩む君主たちが、なぜ将軍や用兵家をもちいるのか。それは戦争そのものが正道ではなく、ときには拙速や詭道を用いるものだったからかもしれない。
このころの吟遊詩人たちは、用兵や立ち振る舞いも優雅なボルドー伯爵を、サファイアに喩えて歌って周っていた。それを聞いたブタ領の農民たちが『ウチの領主様はどうなんだ?』と問うたところ、『ブタは食えるが宝石は食えぬ』などと皮肉を謳い、好評を博したそうである。
――
そのころブタ達はというと、遥か東方に位置するメナド島海上砦の防備増設がひと段落していた。
……しかしである、
「ごはんができまちたよ~♪」
「ごはんできましたウサ~♪」
こともあろうに、コダイ・リューが近場でエビを大量に採ってきたため、食事は毎日エビフライ地獄が続いていた。
最初はアルサン侯爵も『おいしいですわ!』と褒めてくれていたが、さすがにリーリヤとウサの特製エビフライ毎日3食コースに怯えるようになっていった。
(´・ω・`) えびふりゃぃおいしいぢゃん♪ (←誰の声よ?)
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