ブタさん子爵の大戦略!?

SA・ピエンス・ブタ史 ~第八惑星創造戦記~
黒鯛の刺身♪
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第百話……SA・ピエンス・ブタ史

公開日時: 2020年12月10日(木) 08:21
文字数:4,236

雨が強くなる。

遠くの山に細い稲光も見えた。





「この爺!! この私と一騎打ちしようなぞ片腹痛いわ!」


 このヘンシェル伯爵の発言に、周りにいるアーベルムの貴族たちは驚いた。なにしろ矢を受けた手負いの老人からの一騎打ちを、自らの主人は拒んだのである。しかも、相手は名のある老将である。


 今回の戦いはアーベルムの主力が集結しており、なかでもこのモロゾフの面前までヘンシェルが率いてきた精鋭たちは、名誉を重んじる名のある貴族や騎士が多かった。



「奴を殺した奴には、金貨1000枚をやるぞ!!」


 ヘンシェルは大声でそう言い、ゆっくりと周りを見渡した。

 しかし誰もが困惑の顔色を浮かべていた。

 しばらく誰も名乗りを挙げなかったが、一人の槍を持った勇気のある兵卒が進み出て、モロゾフの胴体めがけて槍を突き刺した。



「雑兵ではなく、総大将殿お相手を……がはっ」


 言葉を続けようとするモロゾフの口からは、言葉の代わりに血がこぼれる。



「ええい! 奴の体に傷をつけたものは誰でも金貨をやるぞ! かかれ!!」


 ヒステリックになるヘンシェルを見て、金貨欲しさに兵卒たちの槍は次々とモロゾフに突き刺さった。



「……」


 いつまでも笑顔のまま床几の上から崩れ落ちない老将を不審に思ったアーベルム兵が調べると、老将は3枚もの厚手の胸当てを纏い、背中には木の杭が結ばれて動けないようになっていた。




――ズズゥゥゥーン


 ヘンシェルが音のする方向を見ると、自らの本営の方角から火柱が上がっているのが見えた。彼はハンスロルの堅城に立て籠もるボルドーへの対策で、大きな石の弾を発射できる青銅製の大砲を用意してきていた。

 その火薬がブタ達に襲われ爆発していたのだ。


 それに合わせてブタ勢の総攻撃を合図する戦太鼓が響き始める。アーベルム側の兵士たちが逃げ出し、戦線が崩壊する様が誰の目から見ても明らかになっていった。



「ふふふ……、しかしこの幕舎の中には……」


 老将モロゾフの後ろにはブタ側本営の幕舎があり、そこにヘンシェルは踏み入った。



「な? なんだこれは!?」


 ヘンシェルが探していたリーリヤの姿は、なんと精巧に造られた人形だった。もちろんポコが造ったものである。




【16:30頃】


「退けぃ! 今一度体勢をたてなおすぞ!!」


 火柱を確認していたアーベルムの勇者オーキンレックはたまらず後退を指示していた。

 これに、我先にとアーベルムの兵士たちが逃げ出す。



「こら! 整然と退くのだ! 敵に付け込まれるぞ!」


 後ろを振り返り、兵士を叱責することに気を取られているところに、



「御首頂戴仕る!!」


「!?」


 獣人ザムエルの剣が一閃し、アーベルム最強の勇者オーキンレックの首は胴体から跳ね飛んだ。



「オーキンレック男爵、討ち取ったり!!」


 獣人ザムエルの大声が響く。

 アーベルムの兵たちは既に戦意を喪失していた。剣も捨て、主人たる貴族や騎士を置き去りにし、我先にと逃走しはじめた。

 戦場にて踏みとどまる貴族や騎士は孤立し、次々に打ち取られていった。


 ヴェロヴェマの指揮する地域も同様であり、アーベルム側は全体に総崩れとなっていた。




――ブタ側本営。



「小娘はどこだ!?」


 ヘンシェルが必死に探すも、お目当てのリーリヤの姿はどこにも無かった。怒気を纏い幕舎から出ると、彼と彼の親衛隊はダース率いる部隊に囲まれていた。



「捕虜としての正式な待遇を要求する」


 ヘンシェルの部下たちは剣を地面に置き、指揮官に無断で次々と降伏した。



「是非に及ばず」


 ダースはそれを受け入れたが、ヘンシェルにだけは無数の矢が刺さった。




【18:30頃】


 アーベルム側は全面潰走していた。勇者オーキンレック男爵も、総大将ヘンシェル伯爵も既にこの世の人ではなかった。


 アーベルム側は渡ってきた川をもう一度渡り逃げねばならなかった。武器も食料も放棄していた兵卒たちと違い、貴族や騎士たちは高価な装備が重く格好の目標となった。

 日が暮れてもブタ勢の追撃は熾烈を極め、やむ気配を見せなかった。


 ブタ領軍務役アガートラムが定めた軍法によれば、押し太鼓が鳴っている間は決して退いてはならず、攻め続けなければならないと書かれていた。



【21:00頃】


 ブタ勢の押し太鼓は未だに鳴っていた。



「ひずめ!!」


「!?」



 ブタ勢は夜戦用の合言葉を日替わりで決めていた。今日は『ひずめ』に対して『ぶた』である。

 松明の明かりと怒声が一晩中響いた。



 朝日が昇るころ、ブタ勢はようやく元いた河原に戻ってきた。

 戦利品をお互いに自慢する兵士たち。

 商業で栄えた国の兵士たちから獲た戦利品はとても良かった。



 ブタ側は沢山の被害を出したが、二倍以上の相手に勝利した。

 執拗に追撃され生き残ったアーベルム側の兵士たちに『もう二度と戦いたくない相手』と心胆寒からしめた。


 他にもアーベルムの貴族や騎士などの支配層だけで1500名の捕虜を得た。これは実質的な全滅的被害と言ってよく、政治的にも大きい戦略的大勝利だった。





――今日において、この戦いはリーリヤを奉じてブタが武勇と知略をもって大軍を打ち破った正義の戦いと語られている。


 古戦場に流れる川はモロゾフと言うが、この名前の由来を知る者は、今はもういない。



 モロゾフ川は今日も沢山の水利を周辺の村々に供している。





☆★☆★☆


「なぜそこまでするブヒ!?」


ハンスロルの戦いの前、モロゾフが立てた作戦は相手を完膚なきまでに叩くためのものであった。



「この地域の民は利に聡い。我等が不利と見るやいつ裏切るとも限りませぬ。よって心を獲る戦いをせねばならぬのです」


図面には戦う前から、勝利したあとに如何に徹底的に追撃するかが検討されていたのだ。



「ここまでする必要があるブヒ?」


ブタにはモロゾフの真意がわからず首をかしげる。



「そうお思いになるのが人の道、君主の道です。ですからこの戦いの指揮は殿ではなく私が執るのです」


ブタが寝た後もモロゾフは作戦立案に励み、人生最後の睡眠をとることはなかった。




――戦後、ブタのもとへは近隣在地領主が次々に恭順の意を伝えに来た。


 モロゾフの読み通り、アーベルムが誇る親衛隊や勇者オーキンレック男爵を正面から散々に打ち破ったことは大きかった。策を弄して勝ってもこれほどの成果は無かったであろう。


 敗報はアーベルム全体に伝播し、これを機に情勢は一気にリエンツォ議長に不利になっていった。



 その後、シルベストレ山岳辺境伯爵の元に身を潜めていたメンデム将軍が、行方不明と言われていたネーメロを推し立てて突如挙兵。



「クーデターを起こし、アーベルムの議会を蔑ろにしたリエンツォを討て!!」


 これに賛同したシルベストレ山岳辺境伯爵をはじめ、おおくのアーベルム西部諸侯がメンデム将軍に従い連合軍を結成し、一路アーベルムの都ピエンスに迫った。


 ブタはリーリヤにザムエルやヴェロヴェマなどの精鋭部隊を付け、メンデム将軍の元へ送る。


 その後ブタは僅かな手勢を引き連れ、北から来たハリコフ王国からの援軍【王国混成第六師団】と合流。彼らとともにボルドーが立ても籠るハンスロルに入城する。


 そこへ起死回生の戦況挽回を狙うリエンツォがアーベルム東部諸侯を引き連れ、北部諸侯と合流し一時はハンスロルの城の占領に成功する。

 この時のハリコフ王国軍は信じられないくらい弱く、【王国混成第六師団】はほとんど戦わずに城を捨てて逃走し、後詰に来ていた【王国第五師団】は有利な高地から一歩も動かなかった。


【よろしければ、この場面はプロローグ①を御参照ください】



 しかし、アーベルム港湾自治都市の首都ピエンスがメンデム将軍たちに降伏したことを知ると、リエンツォに従っていた貴族たちは次々にメンデム将軍に降伏。身の危険を察したリエンツォはどこかへ逃走した。




――この一か月後。


 ブタはボルドーと共に首都ピエンスに入城。民衆より歓迎を受けた。

 このころのハリコフ王国は内戦で財政がひっ迫しており、優良な外貨を求めていた。それに際し、ボルドーは属州ハンスロルをアーベルムに返還するのと引き換えに、アーベルム正金貨50万枚の譲渡と正金貨100万枚分の借款を取り付けた。


 しかし、お金がない理由で領地を返還するのは格好が悪いため、ボルドーがブタに土地を引き渡し、ブタがアーベルムから受け取った金貨をボルドーに引き渡すという形をとった。


 首都ピエンスにて、アーベルムの民衆の前で、ブタとボルドーによるハンスロルの地の返還約定が交わされた。



「ブヒ!?」


 ブタがうっかりサインをする場所を間違えて温かい失笑を買ったが、ここに【ハンスロルの和約】が成立し、ハリコフ王国とアーベルム港湾自治都市は相互不可侵を誓った。


 この政治的成果を背景に、ボルドーは予定通り王女レオンティーヌと結婚。王族となり宰相補宮中伯にまで任じられるが、突如『皆が幸せに暮らせる王国の建設』を掲げ【ハリコフ正統王国】を樹立し自らが王位に就く。未だ王位を誰にするか暗闘していた王都の貴族たちに激震が走った。



 一方。港湾自治都市アーベルムのネーメロ議長は、今回の混乱の責任をとり国家元首たる議長職を辞した。

 その後の選挙で議長に当選したのは、なんと今回の件で人気沸騰中のリーリヤだった。アーベルム史上最速の議長就任、若干6歳。

 流石にマズイということで、ネーメロが議長代行となり実質的な政務を執り行うことになる。





――秋の収穫祭が終わり。

年が明けて1月。


「汝、ブルー・アイスマンは貧しいときも病める時もリーリヤを助けると誓うか?」


「誓うブヒ!」



 アーベルムの大会議場には、酒の匂いが抜けないブタ領の面々も駆け付けていた。


「よろしい。我がアーベルム最高議会は汝をリーリヤ・ピエンスの夫として認める。明日からは、ブルー・ピエンスと名乗られるがよかろう!」



――万雷の拍手の下、人前式は閉幕した。






……(´・ω・`)



 でね、ブルー君はね、ネーメロさん家の婿養子になったポコよ。

 なんだか由緒正しいピエンス家だっけ?


 それからね、ブルー君にはSAって称号を貰えたみたいポコ。

 SAって何かって?

 Second・AceかService・Aceだっけ?

 分かんないけど、アーベルム復活の縁の下の力持ちって聞いたと思うポコ。



 ぇ? 今のブルー君?


 今日はコッソリお仕事を抜け出して一緒に釣りをしてたポコ。

 久しぶりに今、丸太小屋でウサと3匹で仲良く寝てるポコよ。

 なんだか懐かしくて、ちょっぴり嬉しいポコ。




「むにゃむにゃ……、母ちゃん、拙者はそんなにトンカツ食べれないブヒ」




 幸せそうな3匹の寝顔を場違いな自販機が優しく見つめていた。

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