夜分、蝋燭だけが灯るバートルム砦の中で首実検が行われていた。
──最初に落武者の兜をかぶったブタ族の生首。
でっぷりと太ったそれは、オーク族戦士【ミズロー】のものだった。
──バートルム砦攻撃時に、ブタは四本目の矢が体に達すると白目をむいて気絶。
ブタの側廻り筆頭であるミズローは、素早くブタから兜を剥ぎ取り自らが被り、役目を果たした。
そのとき、ブタは意識不明の重傷で後送されていた。
ミズローはオーク族にしては珍しく酒が飲めず、人は良いが話下手で、仲間と打ち解けるのが下手だった。ブタが酒を飲めないこともあり、ブタ領初期のころより身辺警護を担当していた。
──
「おのれドローめぇぇぇええ!」
老騎士ヘーデルホッヘはその両目から涙を流し絶叫した。
ドロー公爵はブタ達の限りない勢力拡大を抑えるために、ハリコフ王国の宿敵である港湾都市アーベルムを唆し、更には彼らに重要拠点であるバートルム砦の正確な位置を教えたことが、赤毛のライン・シュコーの手の者よりもたらされた。
砦内の捕虜であるアーベルム作戦参謀たちからの証言がそれを裏付けていた。
ライン・シュコー達がもたらした情報はそれにとどまらなかった。
──
ハロルド王太子を擁立するドロー公爵の目論みは、次期宰相の椅子である。
当然、ハロルド王太子の周りが全てそれに賛成しているわけではない。
ハリコフ王国の最高地位は、神の代理たる国王であるが、その下に三つのポストがある。
──宰相、大元帥、海将軍の3つである。
宰相は、王国内政の頂点。
大元帥は、王国陸上兵力の頂点。
海将軍は、王国海上兵力の頂点。
ちなみに現国王レーデニウスⅢ世は大元帥を兼任している。
大陸国家であるハリコフ王国は、港湾都市アーベルムとの戦いで、ただでさえ小さな海上兵力を喪失。再建真っただ中であり、海将軍の地位は極めて低く、申し訳程度に東方諸侯の一人【アルサン侯爵】が紙の上に名前だけをとどめていた。
よって実質的に実りのある、臣民が望む最高位は宰相ということなのである。
よって王太子の後見人であるドロー公爵への権力集中には、表向きはともかく貴族達の間では不満もたまっていた。
特にブタの寄親でもあったボロンフ辺境伯爵においては、ブタの寄親の地位をドロー公爵に奪われたこともあり、捲土重来を図っていた。
……が、このような情報をなぜライン・シュコーが手にしたのだろうか? 確かに彼ら彼女らは優秀であったが、その人手は十分とは言えなかった。
☆★☆★☆
──以前に【シュコー家】は御家再興を期するために借金である債券を発行、つまり起債していた。
が、もちろんハリコフ王国の陪臣騎士爵などに、クローディス商館など大手はお金を貸さない。
シュコー家の家宰ベネトー・シュコーはなんと債権の保証人に、ブタではなくボロンフ辺境伯爵を選んだ。
ドロー公爵によりブタ領権益を奪われたボロンフ辺境伯爵にとっては、再びブタ領に関与できる口実として悪い話ではなく、上限限度額を双方で協議のうえ定め保証することとなった。
シュコー家の債権は、ボロンフ辺境伯爵が保証したことで、一応の信用の担保を得た。
その債権の内容とは『シュコー家に払った銀貨は、その金額の4倍を5年後に受け取れる』というものだった。
つまるところ、シュコー家に銀貨1枚を貸せば、5年後に銀貨4枚を貰えるといことだった。
──が、これを売り出したベネトーは当時だれも見向きもしてくれなかったという。
実は、一番最初に来たお客さんはタヌキのポコだった。
シュコー家の起債の話を聞きつけたクローディス商館長ポリー嬢は、ブタ領家宰に起債の話を持ち掛けるが取りあってもらえない。
で、人の良いタヌキで通っているポコに話を持ちかけたところ。
「OKポコ!」
と二つ返事でポコが受諾。ちなみにポコはINT1で有名である。
ポコはブタに了承を取り、クローディス商館長の言う通りに『払ってもらった金額の3倍を5年後に受け取れる』債券をブタの名のもとに、クローディス商館やニャッポ村民に売り出した。
鉱山経営が順調なブタ領の債権は、ニャッポ村村民に人気ですぐ売り切れた。そのお金でポコは大量にシュコー家の債券を買い入れた。もちろんポコはクローディス商館長であるポリー嬢に言われたままをやっているだけである。
──読者の皆様の視点からすれば、ブタ領は5年後に銀貨三枚の支払いと同時に、銀貨4枚を手にするトンデモ取引である。
とりあえず、シュコー家の資金調達は、ポコが大量に買い付けた姿を見て他の商人たちが追従して購入したため成功する。
──が、これがなぜシュコー家の『諜報力』に繋がるか……。
直接的な要因としては、ブタ領から王都の宮廷闘争により近いボロンフ辺境伯爵とのつながりと、もう一つはそのままの資金力強化。
三番目は、家宰ベネトーが起債した債券である。
古来、二つの勢力が戦えば双方とも大量の軍事費の調達のために起債する。勝ちそうな勢力の債権は値上がりし、負けそうな勢力の債権は紙くず同然の価値となる。
そこに介在するものと言えば情報であり、双方の勢力よりも債権を保持した商人たちの方が、情報網がより広大で正確だった。
戦争屋の王侯貴族より情報がお粗末であれば、到底商人は商売にならなかったのだ。
つまるところ、シュコー家の家宰ベネトーが債券を大量に起債したことにより、その動向はあまたの商人たちの監視下に置かれた。
商人たちは危険から身を守るために情報をやりとりし、交換もした。
もちろん出る情報もあれば、入る情報もある。
さきほどニャッポ村に来た商人は、王都ルドミラから来たものかもしれないし、遥か当方のアルサン侯爵領から来たのかもしれない。もちろんボロンフ辺境伯領から来たのかもしれないし、更にはその商人の取引先は遥か北方のトリスタン帝国の人かもしれなかった。
──そうした人々の流れを読み解き、シュコー家は次第に膨大な情報を手にすることになっていったのだった。
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