ブタさん子爵の大戦略!?

SA・ピエンス・ブタ史 ~第八惑星創造戦記~
黒鯛の刺身♪
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第四十四話……『第八惑星戦記」

公開日時: 2020年12月4日(金) 16:00
文字数:3,309

今日の天気は雨。


だけどみんな体が痒かったので、丁度いい。





 アルサン候領は古くはアルサン侯国と呼ばれていた独立国である。アーバン穀倉地帯を制した歴代王朝に自治を許可された形で統治を行っていた。

 東方の諸群島を港町ジャムシードが結び長く栄えていた。


 時が移り変わり、ハリコフ王国がアーバン穀倉地帯を制した時。ハリコフ王国の準王族の地位と引き換えに、正式にハリコフ王国の侯爵として幕下に入ることとなった。

 それはとくに問題はないように思われたが、ハリコフの神聖教会がアルサン候領に教会をたて始めた時にあることが発覚する。

 歴代のアルサン侯国の主は、性も名も無く忌み名であるアルサンを名乗る。実はこれが問題発覚の発端だった。実はアルサンとは遠く死霊使い(ネクロマンサー)の子孫だったのだ。


 ネクロマンサーを容認できないハリコフ神聖教会は、あろうことか時のアルサン侯爵を公開諮問にかけてしまう。もちろん遠い祖先がネクロマンサーというだけで時のアルサンの主が死霊を使えたわけではなかった。

 ハリコフ王家が仲裁に乗り出し事なきを得た形となったが、ハリコフ神聖教会の自尊心は傷ついたため、アルサン候領の家臣たちに信仰の名のもとに当主であるアルサンを蔑むよう教化していったのだ。

 それは今にも尾を引いており、軍政長スプールアンスをはじめ現当主のアルサン侯爵に忠誠心の低い家臣が多いのはそのためだった。

 世界のすべての統治者がそうであるように、ハリコフ王国とハリコフ神聖教会の関係も微妙である。

 それはさておき、そのような家柄であるアルサン侯爵の宝物庫は、侯爵家執事のレオナルドが管理していた。




「ほう、これが伝説の秘薬か?」


 晩餐が終わり寛ぐ上帝も興味津々である。


「はい、肉芽の秘薬にございます……」


 レオナルドは上帝に小さな壺を見せたあと、ブタに渡した。


「お約束の品です」


「ブヒ」


 ブタはポンと蓋をあけ、隣でぼんやりしていたザムエルに内容物である液体を振りかけた。


「あ……徐々に掛けてくださいね」


 言うのが遅いブヒ~Σ( ̄皿 ̄|||)


「!?」


 謎の液体をかけられたザムエル。

 途端、骸骨で形成された体に黒い蒸気が湧き出る。


 ジュゥゥゥ……。


 黒い気体の中、骨から赤いものが芽吹く。


「痛いですぞぉぉぉ!?」


 焼けるような熱がザムエルより湧き出る。


 モクモクモク。


 黒い蒸気が白色にかわるころには、赤い芽は次々に筋肉を構成し始め、皮膚ができ、体毛が生えそろっていった。



「伯父貴……人間では無かったのですか?」


 オーク族のヴェロヴェマが言うのも変だが、ザムエルは人間の躯だと思われていた。が、秘薬により肉体を得たそれは獣人だった。



「おお……、懐かしい我が体。殿、感謝いたしますぞ!!」


 上帝も目を見開いて一部始終を見守ったそれは、骸骨戦士ザムエルが獣人戦士ザムエルに蘇った瞬間だった。ザムエルは皆の好奇の視線を他所に、嬉しそうに手を握ったり開いたりして生身の体の感覚を愉しんでいた。




 ちなみに、ザムエルはこのあと深夜まで喜び勇んでお酒を沢山飲んだ。


 彼は骸骨の体だったときに、飲んだ酒が下にこぼれるのをとても気にしていたのだ。


 このため、このブタからのプレゼントに、ザムエルは終生感謝したと伝わっている。





――

「こちらでございます」


 ザムエルが楽しくヴェロヴェマたちとお酒を飲んでいるころ。ブタはレオナルドに案内されて、メナド砦の暗い地下室にいた。



 その存在を教わり、ついにこの日をブタは迎える。


 小さな木製のテーブルに置かれた水晶玉。ブタは齧りつく様に水晶玉を覗き込んだ。




「どうぞごゆっくり」


 ブタの後ろでレオナルドはドアを閉め、静かに去る。




「ブルーや元気だったかい?」


 ブタが水晶玉の中で目にしたのは、懐かしい彼の祖母の笑顔だった。





☆★☆★☆


絶海の孤島にそびえる城塞。

豪雨のなか、稲光だけが光る。





「おばあちゃん」

 ブタはそう言い、メナド砦の地下室で一人泣いた。


 ここにおいてだけはブタというのは失礼だろうか。地球人アイスマン・ブルーは泣いた、が正しいのかもしれない。

 彼はVRMMOの世界から何か月もの間ログインアウトできていなかった。他の同年代の子と比べ精神的な成長も決して早い方ではなく、両親とたのしく晩御飯を食べるのが好きだった彼だ。家に帰れないことを人知れず泣くことも多かった。


「ブルーや」

 彼の祖母は泣くじゃくる孫に優しく声をかける。


「ゲームから出れないんだ! なんとかしてよ。ばあちゃん!!」

 優しい祖母にひさびさに甘え、彼は声を荒げた。


「それはね、ゲームじゃないんだよ……」


「え?」

「じゃあ、なんなの?」


 不思議そうな表情を浮かべ、寸時なきやむアイスマン少年。


「地球はね、テレビが報道しているほど猶予はなかったの……」


「え?」


 彼は地球での風景を思い出す。いつも空に広がる核兵器焼けが美しかった。

 たしかに学校で四季というものがあると習うが、年中変わらない景色に時たま不思議に思うことはあった。


「年寄りはさ、みんな考えたものさ。自分の孫だけは疎開させたくてね……」


「え? みんなでどっかいけばいいじゃん?」


 不思議におもうアイスマン少年。


「もう、他の惑星に移り住めるほどの資源はなかったの……。でね、みんな考えたものさ。いい方法をね」

「そこで調べた中で良さそうなのが、昔に流行ったこのゲームだったわけ……」


「結局ゲームじゃん」

 久しぶりの肉親との再会に、味わうように拗ねるアイスマン。


「このゲームはね、昔の人が避暑地の惑星へ行くのに使った肉体転移式VRMMO。現地での肉体も変えられるらしいの」


「このブタさんの体も?」


「ああ……、それはゴメンね。私がそれ選んじゃったの」

 すこし自嘲気味に笑う祖母とヒヅメをみてほほ笑むアイスマン少年。彼の顔に温かい笑顔が戻る。


「ということは、帰れるんだね?」


「帰れないよ」

 すぐに冷たく言い返す祖母。


「なんで?」


「あんたを疎開させるために買ったんだもの。帰ってこられたら困るよ」

 再び祖母が明るく振舞い、そして作った笑顔で笑って話を返す。


「えー帰りたいよ。そっちに機器があるんでしょ?」


「もう、壊したから……。だからね、ログアウトはね、出来ないのよ」

 祖母は少し下を向き涙ぐんで、そして彼女の孫に小さくピースをして見せた。彼女指の皺が小さく震える。


――そして彼と彼女の顔に涙が流れ続けた。



 滔々と説明されたが、頭にはいってこないアイスマン。呆然と、そして強い力で引きずられるように、彼の祖母が映る水晶を気のない眼で見つめ続ける。


「地球に帰る方法は!?」

 突然思い出したようにアイスマンは尋ねた。


「んー。今いる地下施設が無事な間に宇宙船で迎えに来てくれるかい?」

 彼の祖母はあっけらかんと答えた。


「えー無理だよ。ここは飛行機もないんだよ?」


「あんたは何時も意気地がないねぇ……、男の子だろ?」


 その後も傍からすれば、かなり無体な応酬が続いた。が、アイスマンは不思議にも段々と生気を取り戻していく。



「頑張れ、頑張れ!!」


 祖母から素朴な励ましを次々と受けて、その気になっていくアイスマン少年。


「でさ、ここどこなの?」

 あたかも今から迎えに行くから地図を教えてといった風で聞く。


「説明書には、避暑地第八惑星としかかいてないね」

 眼鏡をずらして、書類を確かめる祖母。それを受けて彼がすこし上に視線を移し、考えを巡らせた瞬間。



――プツ。


 電気が切れたように水晶が真っ暗になった。



「え? 何? 酷いよ! 何これ!?」


 突然のことに彼が水晶をゆすると、水晶は以前の硬さを手放したように脆く崩れ去った。


 刹那。

 彼は真っ白な頭になりそうになったが、意識は彼が思っている以上に頑強だった。むしろ生物として頑固だったとも言っていい。



「……くそう。絶対この世界を発展させてオウチに帰ってやるぞ!!」


 彼は今までの人生になかったような情熱を声に滾らせた。

 ところどころに声は震えて、涙も零れ落ちる。




 この様子を扉の隙間からずっと食い入るように見ていた者がいた。

 その名はリーリヤ。

 彼女は終生この風景を忘れず、後日日記に事細かく記したそうだ。



 この日記はのちに『第八惑星創造戦記』という名で編纂され、親しみをもって市井の民に広く伝わっていったという。

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