蝙蝠が幅を利かせる漆黒の闇夜。
晩御飯が終わっても、ブタだけは独り訓練だった。
「拙者だけ居残り訓練ヒドイぶひ~!」
ニャッポ村一番の俊足を誇る牛【月影】から飛び降り、お尻からドスッ!っと着地。
すぐさま、膝と肘にあてた革製防具を頼みに窪地に飛び込み、伏せる。
少しでも頭が高いと、夜間教官であるスケルトンにその10円ハゲ頭をシバかれた。
──暴力反対!
『いいことである』が、この世界では少しでも早くに死なない術を身につけなくてはならない。
すなわちそれが、愛すべき友邦を守ることにつながるのだ。
のんびりブヒブヒしていると、敵は容赦なく大量の暴力の嵐を浴びせてくるのだ。
伏せた後、まるっこいお腹を下にして、茂みから遠眼鏡で目標を探す。
見つけたら即座にスケッチ、偵察とは主観的意見を出来るだけ排除した具体的な情報が求められる。
ブタがブヒブヒと訓練用目標物をスケッチしているのを、上からまじまじと見る簡素な鎧を着た教官役スケルトン。
このスケルトン士官は【ベネトー・シュコー】であり、赤毛の女アサシン【ライン・シュコー】の祖父の躯だった。が、それを知っているのはハイオーク族族族長アガートラムとンホール司教の二人だけだった。
はたして、ベネトー爺さんはブタを育てたかったのか?
実は否であり、ンホール司教の開くインチキ賭博場で大損こいているだけだった……(悲惨)
ブタの訓練は、ただの返済義務の履行であったのだ…… (´・ω・`)
──次の朝。
「ふああぁぁぁ……(´Д⊂ヽ) なんだか最近頭がガンガンするでござるなぁ~??」
(……ブタは現実世界で気絶させられたことを覚えていないようだ?)
がやがやがや……。
ハロルドが帰ってから1か月たったその日は収穫祭だった。
南部諸侯にあわせ収穫祭としただけで、ブタ領には収穫された麦やコメはない。
なにしろ少し前まで、ただの湿地帯だったからだ。
が、楽しみは必要で、収穫期で大きく値の下がった穀物がニャッポ村に流れ込み、屋台が立ち、道は村人(人か?)であふれた。
ヾ(゜∀゜)人(゜∀゜)人(゜∀゜)ノ ポコウサぶひぃ~♪
ブタ達も大いにはしゃいでいた(単純)
──ニャッポ村にも新たな産業が産まれようとしていた。
【酒造】である。
穀物やら、果実を仕込む。
他の領からやってきた技術者たちは、この地での酒造権を入札で争ったのだ。
ハリコフ王国ではお酒は許可制で、ラベルにはその領地の主の印璽が必要だったのだ。
どこの世界でも酒税は領主の貴重な財源であり、またお酒を造るほうもその確実にもうかる権益に大いに励んだ。
兵士たちと違い、商人たちは平時も戦場でもあったのだ。
「いつ出来るでござる?」
領主は素朴な問いを酒造商人に向ける。
「う~ん、早いので来年ですかなぁ?」
酒造商人はそう答える。
Σ( ̄□ ̄|||) ……仲良し三匹はがっかりした模様。
さらに、クロ-ディス商館はより濃いお酒を造るための【村営酒造工場】を建設していた。ここのお酒は三年以上の年月が予定されていた。
今でいう第三セクターのような事業形態だった。
──カンカンカン
威勢のいい木槌の音が響く。
お酒とは別に、ンホール港においては新たな産業がはじまろうとしていた。
……【造船】であった。
☆★☆★☆
今日の空は青い。青い空の下、海もまた青かった。
──カンカンカン
威勢のいい木槌の音が響く。
そんなンホール港の一角の小屋で、積み木のようなものを並べながら、様々なことを考えるブタ達がいた。
「こうかな? こうするブヒ?」
「殿! そうすると重量が!」
「ぢゃあ、この辺をこうするブヒ!」
「殿! そうするとバランスが?」
「ぢゃあ、こうするぶひぃぃぃ!!」
「殿! 再び重量が!?」
Σ( ̄□ ̄|||) ぶひぃぃぃ~(怒)
「コイツが邪魔でござる!!」
ブタが前足のヒヅメで叩いたそこには、船の設計図の中で記された【蒸気タービン】の部分だった。
そう、ブタ達は新造の大型帆船【ブタ丸君(仮称)】の設計会議中だったのだ。
「こいつが邪魔でござる! 蒸気タービンさえなければ! みんなで漕いだ方が速いでござる」
「それだと、蒸気タービンのデータがとれませんぞい?」
ブタにそう言い【蒸気タービン】に執心するのが、クローディス商会が誇る天才設計士【ロバート・モイスチャー】博士だった。
「蒸気タービン使いましょうぞぃ?」
「重くて邪魔ブヒィ!!」
ブタがブヒブヒ喚くと、
「じゃあ、今回の話はなかったということで……」
Σ( ̄□ ̄|||) ご……ごめんやっぱ訂正。
モイスチャー博士は笑う…… ( ̄― ̄)ニヤリ
「では聞きましょう? 蒸気タービンと言えば?」
「最高ブヒ!!」
「よろしい❤」
……そもそも大型帆船の設計などは誰でもできることではなかった。そんな楽しい設計計画は、蒸気タービンと外輪システムの取り付けが義務とされた計画案だった。
ここの世界で言う蒸気タービンとは、質の悪い石炭を燃やし、魔力で硬化された銅釜のお湯を沸かす。そしてその水蒸気で、大きな扇風機のようなものを回すものだった。
今回はその力で水車のようなものを回し、船の補助動力とするのだ。
……しかしながら、使用する部品点数は多いし、部品の摩耗も早い。
一般的な魔法に比べても、エネルギー効率は悪く、イニシャルコストも維持コストも膨大なトンデモ機関だったのである。
正直な話、屈強な男たちに漕がせた方がいくらでも効率が良かったのだった。
確かに位置づけとすれば、蒸気タービンは補助動力ではあるのだが、その部品が上手に働くには油が要ったのだ。その油とは大海に棲むといわれる海獣のもので、この船でその海獣を獲ろうという計画でもあったのだ。
あまりにも迂遠な計画であったので、ブタ以外の幕僚も首をひねっていた。
「すべては将来の世界の為です」
モイスチャー博士は総じてこんな調子だった。
──穀物。
それは我々にとって素晴らしいものだった。
安易に保存でき、長距離の移動も可能で、好きなときに栽培にも転用できる。
かたや、野菜や肉はそうはいかない。
保存するには、高価な塩やコショウを大量に消費するのだ。
ブタ達にとって、塩田の開発も急務だった。
いち早く干物を安価に作らなければならない。幸いにも領内に海はあった。
次は、穀物の番だ!
我々は狩る獲物がなくなるたびに、他の者たちが住まう集落を襲い、大移動を繰り返す。そんな過酷な道をたどるわけにはいかなかった。
その土地の領主が、住んでいる者のために十分な穀物を確保するということは、現在で言う社会保障のようなものだったかもしれない。
ひたすら狩れるかどうかも分からない狩りをする社会とは、現代の我々が一切の会社勤めを選べずに、我々全員が自営業に挑戦しなければならない社会に似ているかもしれない。
強者だけでなく、弱者を含めた我々全員が厳しい冬も生き残るためには、どうしても穀物が必要だったのだ。
ブタ領はこの秋の収穫がなかった。
よって、大量の穀物を王都の商人たちから借り入れた。
返済のためにブタ達は春に収穫できる麦を栽培することに決めた。春は麦、秋にはコメを収穫する二毛作を選んだ。
年に二回収穫を行うということはリスクを二分化させるということであり、そのための土地も今のところ十二分にあった。
しかし、肝心の麦の借り入れコストは、現物で年利150%。収穫で2.5倍にしなければならなかった。
「なんで売ってくれないブヒ?」
「いまは北方戦線が膠着中で食料は右肩上がりなんですわ!」
「銅貨なら利息は2倍だすでござるよ?」
「春にはいくらになるかわからないのに、そんな冒険はできませんわ! はっはっは!」
ブタ達は高笑いをする穀物商人から、穀物買い入れ証書にしぶしぶ印璽を押した。
しかし麦の構造上、ちゃんと収穫できれば返済は理論的に可能だったのだ。
……が、そんなブタ達をあざ笑うようなことが起こった。
北方へ援軍として出兵中のボロンフ辺境伯爵領東部で、反乱が起きたのだった。
高騰した穀物価格が何らかの形で関係していることは、誰の目から見ても明らかだった。
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