ブタさん子爵の大戦略!?

SA・ピエンス・ブタ史 ~第八惑星創造戦記~
黒鯛の刺身♪
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第四十話……老紳士の名はレオナルド

公開日時: 2020年12月1日(火) 16:25
文字数:3,631

今日の海は晴れ渡る。

純白の船の帆のように。





「それでは各々方、頼みまするぞ!!」

「「「応!」」」


 スプールアンス軍政長は会議を取りまとめ、主人であるアルサン候爵を無視して作戦開始の号令を発し、またそれに諸将も応えた。


 ジャムシードの港町では、次々と船に帆が張られ、勇ましく出航していった。



――ただ一人、その景色を政庁の窓から見下ろすアルサン侯爵の姿は寂しそうではあったが。





「すみませんな」


 諸将が出払った政庁の一室で、リーリヤたちとくつろぐブタに、老紳士はお茶を入れてくれた。緑色の湖に波紋が広がる。

 老紳士の名はレオナルドといった。白髪交じりの淑女うけしそうな男だった。



「あの話は本当ブヒ?」


 お茶の器を手にしたブタから静かに話を切り出した。


「ええ、二つのお礼は必ずしますとも」


 レオナルドは明るく、そして快活に答えた。


「そうじゃなくて、アルサン侯爵……」

「……ええ」


 二人とも歯切れが悪い会話が続いた。

 先の会議中に老紳士ことレオナルドがブタにお願いしたこととは『味方よりアルサン侯爵様を守ってほしい』とのことだった。

 えもいわれぬ会議室の空気も相まって、それを聞いたブタはアルサン候と同じ場所に布陣することを慌てて申し出て許可された。


「そんなに味方が信じられないブヒ?」


 珍しくブタが眉間にしわを寄せる。それはリーリヤたちが煩いせいもあるのだが、


「ええ、そう思われて構わないかと。子爵様もお館様に肩入れするなら、このジャムシードの町の夜道は気を付けられた方がいいですぞ」


 レオナルドは冗談めいて笑ってそういったが、


「ブヒ!?」


 ブタはとてもびっくりした。元来ブタは不動の山のごとく豪胆といったタイプではない。人通りの少ない夜道も怖い、中身が中学二年生の男の子だ。


「なんでそんなに味方と仲が悪いブヒ?」


 ブタは心を鎮めるために、コップの中のお茶を忙しなく匙でかき混ぜる。


「はっきり言いますと、もともとが敵同士なのですよ」


 レオナルドはびっくりしているブタを上から笑うようにそういった。

 レオナルドが言うにはアルサン侯爵領とは、ハリコフ王国に臣従した小さな王国が祖であるそうだ。

 長らく平和であったが、宰相がドロー公爵になってから重臣ポストがハリコフ出身者で占められるようになったという。


「もともとの重臣さんはどこへいったブヒ?」


 ブタは若干この男との話つらさを感じるも続けた。


「……」


 きこえない。レオナルドは見かけによらず声が小さいのもあるが、近くであそんでいるリーリヤとウサがとてもうるさいのだ。


「ブヒ?」


 ブタはしかたなく身を乗り出した。


「いえ、今回の反乱勢力のいくつかは当家の元重臣でして」


 レオナルドは人ごとのように笑いながら告げた。が、ブタが白い眼をしているのに気づき、大きなため息をつき元の沈んだ顔つきに戻り話をつづけた。


「その昔、ドロー公爵は当時19歳であった若きアルサン侯爵に目を付けまして、その地位と政治背景をもとに強引な求婚をしたのです」

「しかし、当時のアルサン侯爵の重臣たちはそれを頑なに跳ねのけまして、ドロー公爵はそれを根に持ち今に至るわけです」


「ドロー公爵はそんなアホブヒ?」


 ブタが不思議そうに問うと、


「いかに神算能う知者であっても、感情には勝てません。それが人間というものです」


 レオナルドはブタに『まだお若いですな』と優しく諭したかったようだった。


「でも、アルサン侯爵を殺すまではしないと思うブヒ」


「わたしも今まではそこまではないと思ってはいたのですが……」


 老紳士はそういい、一枚の羊皮紙をブタの前に示した。それはハリコフ王国の財政状態を端的に示したものだった。


「ブヒ? 真っ赤赤ブヒ!」


 クローディス商館で少し帳簿を学んだブタはその酷さにびっくりした。


「そうですな、昨今の不作にも関わらず南方のアーベルム港湾自治都市に海上にて大敗を2回。で、この度トリグラフ帝国に実質上敗北しておりますれば……」


「とてもお金ないブヒ? ……ということは?」


「そうです、ここアルサン侯爵領はハリコフ王直轄地についで豊かな地でございますよ、子爵様」




 ドロー公爵は数々の失政のツケと、大きく傾いた王都の財政の帰結地として、この豊かなアルサン侯爵領を欲しているのだ。レオナルドの示唆するところの危機はあながち嘘ではない、ブタはそう思ったのだった。





☆★☆★☆


雷雲が立ち込め四方に雲が広がる。

生物への恵みともいえる大量の雨が降り注いだ。





「放てぇぇぇ!!」


 空を真っ黒に染め上がるほどの矢が飛び交う。

「進めぇぇ!!」


 大盾を構えた重騎士が隊列をなして敵兵が待つ城へと進む。




――

 ブタ達がハリコフ王国領東方へ救援に向かっている最中、王国領南方に位置するアーベルム港湾自治都市北部支配地において反乱が発生していた。


 アーベルムの反乱鎮圧軍総司令は、リーリヤの伯父であるメンデム将軍であった。



 ハリコフ王国のボルドー伯爵による平和的な侵攻計画ともいえる策略により、アーベルム北部諸侯は動揺していた。

 アーベルム最高議会は『このままでは北部の支配権が怪しくなる』との考えから、打開するには中央の議会の威信を知らしめる強硬策が必要と判断。北部諸侯に対し検地を実施することに決めた。



 検地とは内政政策の一環であり、平和的な政策と受け取られがちである。しかし厳しい兵役や労役は検地により算定した台帳に基づいて行われているのである。


 学生さんなら今度親御さんに聞いてみて欲しい。

 国から『税を計算するための所得を再調査する!』と言われてうれしいかどうかを。または会社の上司から『ボーナス算定するための評価見直しをする!』と言われて嬉しいかどうかを。少なくとも作者なら気分は真っ暗になる。


 一般的に在地領主の経済力に対し、今でいう累進課税のように、兵役などが中央政府より課される。つまるところ、帳簿上は自領の経済価値は低ければ低い方が良いのだ。

 そのために洋の東西を問わず、在地領主は生産力を過少報告し、その裏で隠し里などを作り実質生産力の向上に勤めていた。


 よって中世における生産力は中央政府がとくに政策を出さずとも上昇した。よって中央政府は検地や領地替えを度々行って兵員動員力や工事動員力を底上げしていった。

 逆を言えば、在地領主は検地に対して間違いなく抵抗する。自領を教会に保護させたりだとか、外部の有力者に頼んで荘園にしたりした。

 結局はそのような在地領主に対し、中央政府は強大な武力をちらつかせながら検地を行うのである。内政というより武力政策の側面が大きかった。

 少なくとも中世において理想郷のような国富政策はどこにもなかったと言える。



 余談であるが、中央政府は検地の次に在地領主を利権から完全に引きはがす方策を実施することになる。それは中央の宮殿などに地方の有力者を無理やり集住させる施策であり、これが完全に行われた時代は近世と区分される場合が多い。




 話を元に戻すと、検地を知らされたアーベルムの北部諸侯は最高議会の要求を拒否して、彼らの拠点にて反乱を起こすことに決めたのだった。


 それは明確に『自分の住む国の最高議会を見限り、外国勢力のボルドー伯爵を選んだ』ということであって、普通の辺境造反とは違った意味合いが込められていた。



 これをある程度予測していた最高議会は、直ちにメンデム将軍を総司令として派兵したのである。



 ちなみに他国へ内応した在地領主が万一敗れると苛烈な報復が待っている。

 領民が奴隷にされ、建物は破却。

 厳しいときには耕作地に塩が撒かれ、二度と作物が出来ないようにされる場合もあった。いつの時代も裏切りには厳しいのである。




――

 メンデム将軍率いる4万の軍勢は北上し、北部諸侯たちの盟主格ともいえるローレンス辺境伯爵とその麾下の5000名が立て籠るアイザック城を激しく攻め立てていた。


 これに対しローレンス辺境伯爵は、ハリコフ王国のボルドー伯爵がある程度のプランを作成してくれていたのもあり、武器兵糧の貯えも十分で万全の構えであった。

 また、さらには兵法の常識として、籠城の手段をとるのは援軍の存在があることを示している。



「ぬぅぅぅ……小癪な」


 援軍の存在を恐れるメンデム将軍は一秒でも早くこのアイザック城を落としたかった。その焦りは結果としてローレンス辺境伯爵の手の上で踊ることとなり、強いてはボルドー伯爵を高笑いさせることへつながっていくのだった。





――

「おぇぇぇ……」

「ブヒィィィ……」


 汚い話で恐縮ではあるが、アルサン侯爵領東部の海上にて、ブタ達はお魚さん達に撒き餌をしていた。


「きもちわりゅぃぃぃ」

「苦しいウサァァァ」


 彼らが乗ってきた中型船はジャムシードに係留したままにし、アルサン侯爵が保有する大型船に分乗していた。

 大型船は一般的に揺れにくいのであるが、その不思議な揺れ具合に歴戦の勇士であるザムエルやヴェロヴェマなども等しくやられたのである。




 メナド海上砦についた時には、ブタ勢は一様にボロボロだった。


(´@ω@`) 目がまわりゅぅぅ……。


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