ブタさん子爵の大戦略!?

SA・ピエンス・ブタ史 ~第八惑星創造戦記~
黒鯛の刺身♪
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第四十六話……月明かりの脱走

公開日時: 2020年12月6日(日) 16:00
文字数:4,708

今日の天気は雨になるかもしれない。

朝焼けが奇麗だ。





「起きろ! このブタ!」


「ブヒ!?」


 惰眠をむさぼるブタを、鞭を片手に持つ男が蹴り起こした。


「今日から学校だっけ?」


「訳のわからないことを言いやがって! 寝ぼけてやがんじゃねぇ! 今日も明日も明後日も有難い労働だ!!」


 ブタとポコは他の労働者ともに、木こりが木を切り倒しているような現場につれてこられた。


「木を切るブヒ?」


「馬鹿か! 木を切るのは技術がいるんだよ。おまえみたいな奴らにはこれだ」


 ブタ達は鋤のような道具を手渡され、切り株を掘り起こす作業についた。

 木を切れば農地が広がるイメージがあったブタだったか、確かに切り株は邪魔だ。

 この切り株を掘り起こす作業は思ったより捗らず、一つ掘り越すだけで疲れて尻もちをついた。


「疲れたブヒ」

「疲れたポコ」


 早々に音を上げる二匹に鞭を持った男は笑った。


「お前たちは役立たずだな。あれを見ろ」


 現場監督といった風の男が指さしたのは、ロバだった。



「ロバかぁ」


 ブタの隣で休む労働者の一人が嘲笑めいたセリフを吐くと、現場監督の男は怒った。


「貴様のような役立たずが、ロバを笑うな!」


 大声にビックリしたブタとポコだったが、男は憤りが収まらない。


「ロバはな、餌も水も少なくても頑張って働くんだぞ! なんなら今日のお前の昼飯を少なくするぞ!」


 ロバは実際に乾燥した環境や山道などの不整地に強く、馬に比べてタフである。また家畜としては、比較的少ない餌で維持できる。

……ということを、現場監督が偉そうに教えてくれた。



「おい、そこのブタ! 馬の世話をしろ!」


 ブタは馬のブラッシングでもするのかと思ったのだが、


「これで水を汲んで来い!」


 と言われ、木製の桶を渡された。


 近くの小川で水を汲み、よたよたと運んでくると、


「次!」


 新しい桶を渡され、結局何往復も水汲みに行かされた。

 その水を美味しそうに飲む馬。


「次は餌だ!」


 ブタは納屋から大量の飼葉も運ばされ、疲れて地面にへたり込んだ。

 美味しく飼葉を食べる馬の愛くるしい姿が、なんだか悪魔に見えてくる。


 ちなみに馬は一日に約10メートル四方の草原の草を食べつくす。もし1万の騎兵部隊なら一日で東京ドーム17個分以上の草原が必要な計算である。

 水なら一日に約40リットル飲む。牛乳パック40本分である。もし1万の騎兵部隊なら一日に40万リットル、重量で言えば400トンで、一か月従軍したなら1万2000トンにも上る。これを考えれば水源から遠い行軍はおそらく無理である。

 今、我々は蛇口を捻れば水が出るので考えが及ぶのが難しいが、この世界では水を運ぶのも馬などが運ぶのだ。当然その馬にも水も飼葉も必要である。

 中世の戦争において機動性はとても大切なことだったが、当時に機動性を担う馬を扱うには補給事情も綿密に計算されなければならない。

 騎乗兵のみならず、軍馬は長い訓練期間が必要で、綿密な育成計画も必要とされた。


 結局は機動力を誇る用兵家とは、こまめな計算と邪魔くさい計画を立てられる人だったのである。



「はいよぉ~♪」


 水汲みと飼葉運びで疲れるブタはポコ達と昼食を摂っていたが、現場監督は馬にまたがり楽しそうにそこら辺を駆けていた。


「あいつらを蹴散らせ!」


 現場監督は馬にまたがったまま、突如昼食をとるブタ達に突っ込んできた。


「ぎょぇぇええ!!」


 ブタ達はチリジリになって逃げた。

 ちなみに馬とは体重が300キロはある。軽トラがこっちに向かって走ってくるようなものであり、凄まじい運動エネルギーを誇る。

 それは遠くから見る分には恐怖を感じないが、実際目の前だと信じられないような怖さだろう。

 よく騎兵は槍を構えている歩兵に弱いと言う人がいるが、きっとそれは突っ込んでくる騎兵を体験したことがない人だろう。よほど強い動機がなければ普通は逃げるだろうし、筆者なら間違いなく恐怖で逃げる自信がある。よしんば倒したとしても、その莫大な運動エネルギーで重傷を負うのは避けられないだろう。




――ブタとポコはそれより七日の日を重労働で過ごした。


そして、月が明るいその日の晩。


「もうやってられん。俺は逃げるぞ!」

「ならワシも」


 ブタと寝食をともにした労働者たちは、晩御飯の後に逃げることを決意したようだった。確かに歯向かうことも選択肢だが、現場監督は馬に乗っており鉄剣を腰に帯びていた。


 馬に乗れるということは、当然武芸もできるだろうということである。それより大きなことは鉄剣だった。

 この世界では、ハリコフ聖教会に認められないと鉄の剣を帯びることはできない。鉄の斧や鉄の槍とは異なり、それ相応の身分でないと帯びることはできなかったのだ。

 それによって、無難な選択肢は逃げることだった。


 見張りの小者が用を足しにいった時を見計らい、ブタ達は一斉に丸太小屋を出て逃走した。目指すは小川が流れる近くの森だった。



「逃げたぞ!」


 見張りをしていた別の小者が叫んだ。

 後ろを振り返ると、無数の松明が追いかけてくる。

 ブタ達は暗闇の中、必死に逃げた。



――

「そちら側へ行くな! 小川に沿って逃げろ!」


 逃亡者の中でも年長者の者がブタに注意した。生き物は食料がなくてもしばらく生きることができるが、水は常に必要なことをブタは彼から教わった。

 むしろ下手に逃げて、水がなく死ぬのは精神的にも残酷だった。


 小川のそばを、月明かりの下走る。

 皆は松明を持ってないので、よくこけて擦りむいたが、捕まる怖さで気にならなかった。


 途中モンスターにも出くわし、隠れてやり過ごすこと数回。ついには森を抜けた。



 既に目の前には朝日が昇っていた。

 逆光できちんと見えないが、水車小屋のようなものが見える。目の前には畑も広がっており、鶏の声が聞こえた。


「やったぞ~!」

「おお~!!」


 ブタ達は喜んだ。感涙しながら再び走り出し、この地の住民に助けを求めた。

 彼らは、力が全ての不毛地帯を脱出し、概ね法が支配する文明の地に戻ったのだ。



 ブタ領で司法を担うンホール教教団騎士2名がやってきて、聞き込みの後、周辺の村々に動員がかかった。

 翌朝にはンホール騎士の指揮の下、地域住民が犬も連れて総がかりで山狩りを行ったが、既に悪徳開発業者は逃げた後だった。



――更に翌日。


「たのしかったぽこ~♪」

「ぇ~。あんなのもう嫌ブヒ!!」


 ニャッポ村への帰りの馬車で、ブタの隣に座るポコはご機嫌のようだった。



 ……が、ポコはこの後、友人の巨大サイクロプスであるビットマンも連れて、猛然と山狩りを敢行する。

 そして不正開発業者を次々と摘発していったのだった。





☆★☆★☆


今日の天気は雨。

ここは雨が多い地方だという。





 ポコが山狩りにいそしんでいるとき。ニャッポ村では臨時の会議が開かれていた。ハリコフ王が崩御したのだが、ブタが開発業者に拉致されていたために今まで開けなかったのだ。



「まずは、国王陛下がご崩御された件ですが……」


 議長を務める老騎士が重々しく口を開いた。

 王都ルドミラから遠く離れたこの地だが、やんごとない身分がより力を持つのも中央から離れた地であることが多い。

 政争に敗れた貴族が地方にて力をつけ逆襲に転じる場合も、地方において如何にやんごとない中央の血筋が力を持つのである。



「zzz……」


 重たい議案に静まり返る一同であったが、この茸族であるブタ領内務役ンホール司教の寝息が皆の本音を代弁した。

 いかにやんごとない血筋が地方に影響力があるといっても、それはやはり人間においてだった。ブタ領においてはキノコ族やオーク族など魔族が住民の大半を占めていた。またブタ領の人間族の住民の8割は最近のトリグラフ帝国からの移民であり、彼らはハリコフ王のことなどどうでもよかった。


 この一見重大な議案は、『王都にブタの名前で弔辞をおくる』という無難な線でまとまった。



「え~っと、他に何かある方は?」


 急ぎブタを捜索し、諸将も招集し、会議を開いた老騎士であったが、なんだか空振りに終わった雰囲気が漂っていた。


「あ、意見いいブヒ?」


「ど、どうぞ」


 そもそも領主であるブタが、彼の家宰に発言の許可を求めるという不思議な形となったが、彼は元の世界ではダダの中学生である。


「お馬さんの増産と、騎兵部隊の設立をお願いするブヒ!!」


 ブタは詳細事案をまとめた書類を老騎士にわたした。そこには騎兵のみで構成された部隊の運用と、それを可能にする馬の増産が記されていた。

 この素案は、ブタが先日開発地で馬に追いかけられた経験を契機に、経験豊富なモロゾフやダースに相談をし、かついろいろと調べて作ったものだった。


「お、それは良い考えですな。是非私をその騎兵部隊の部隊長に!!」


 書類を覗き込んだお馬大好きヴェロヴェマが、珍しく他の参加に先んじて意見を述べた。


「いや、某こそが、この騎兵部隊の隊長に!」


「いやいや、俺だろう?」


「いやいや、ワシだ!!」


 雪崩を打ったように、アガートラムの大森林に居する諸将が手を挙げた。


 ハリコフ王国は遊牧民が支配する王朝ではなく、農耕を主体とする国家である。必然的に騎乗兵の割合は低く、総兵力の10%に満たない。そもそも騎乗兵は武術のみならず学問も収める支配階級の常勤エリート兵であった。

 よってそれを一手に引き受ける部隊を指揮したいのは皆同じだった。



「ま、まぁ、皆さま落ち着いて、この案件は次の機会に!!」


 白熱し、盛り上がる諸将を抑えきれないと見た議長である老騎士は、議案を継続審議するという形で流し、この場をやっとのことで落ち着けた。



「この他になにかある方?」


「ブヒ!!」


 ブタがまたもや手を上げる。老騎士はハンカチで汗をぬぐいつつ『またお前か?』みないな不謹慎な眼差しを向けた。


「ぞうぞ」


「ロバを育てるブヒ!!」


 ブタは先日強制労働させられた現場監督の言葉をもとに、いろいろと調べ、ロバを推した。

 しかし、ブタ領軍務役アガートラムが異を唱えた。


「わははは! ロバを育てるだと? 我々オーク族の食料を案じてくださるので?」


 ちなみに、このアガートラムはオーク族の頂点であるハイオーク族族長をも務める大身であった。ブタとは昔に『豚豚同盟』を結んだ盟友といった経緯もあり、また家宰である老騎士の義兄にあたる。

 よってブタ領でのアガートラムの存在は大きく、ぞんざいな態度も目立った。


「あ、食べちゃうんじゃなくて、荷物とかをいろいろ運んでもらうブヒ」


 ブタ領には、ロバは自生していない。ちなみに馬もほとんどいなかった。なぜなら大森林地帯のモンスター達が餌として食べてしまっていたからだ。

 ブタに提出された書類を読んだ老騎士とンホール司教は、ロバの活用に益ありと判断。アガートラムらの反対を押し切って『ロバを食べることを禁止する』法律を策定。議場紛糾の末に可決し、ロバと馬の育成に道を開いた。



「……えと、もう終わりでよろしいか?」


「もうひとつ、いいブヒ?」


 窓の外は日が暮れかかっており、老騎士は『まだあんのかよ!?』みたいな白い眼をブタに突き刺した。が、ブタは残念ながらとても鈍感であった。


「どうぞ……」


「水筒をみんなに持たせるブヒ!!」


 ブタが提案したのは、行軍する兵士に公費で水筒か水入れ袋を持たせることだった。

 これもブタが開発地でのどが渇き、つらい思いをした経験に基づいてのことである。


「賛成!!」

「大賛成!」

「異議なし!!」


 次々におこる賛意にビックリする老騎士だったが、実は皆が水入れに合法的に酒をしのばせることを思いついての賛意であったことが後になって判明した。



「もう、……よろしいか?」


「もひとつ、あるブヒ!!」


Σ( ̄皿 ̄|||) まだあるんかい!?



 今日はなぜか天を衝くほど会議に熱心なブタに、老騎士はへとへとになっていった。


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