明くる日の2月22日。
鬼塚は朝早くから報道番組に出ずっぱりで、多忙を極めていた。
「朝の7時からニュース番組にコメンテーターとして出演して、次は9時から、更に11時から、あ~目まぐるしいぐらい忙しすぎる!!」
昨晩に見た樹のこともあり、鬼塚は一睡もできなかった。
他のTV局へマネージャーの澤井康夫が運転する車の中でいびきをかいて熟睡していた。澤井が心配になり「どうしたの?思いっきりいびきをかいちゃって寝ていないのか?」と聞くも、「まあ現地に着けば起きるだろうしゆっくりさせてあげようか。」と考え、そのまま車を走らせるのだった。
その一方で、饗庭は朝の8時には虹の松原へと向かい、レンタルで借りてきた金属探知機を使い、福冨が埋めた金庫の行方を追っていた。
日本三大松原の一つで特別名勝に指定され、日本の白砂青松100選、日本の渚百選、かおり風景100選、日本の道100選にも選ばれ、玄海国定公園の一部でもある虹の松原は、幅約500 m、長さ約4.5km にわたって弧状に約100万本のクロマツの林が続いている。面積は約216haと広大である。また、海水浴場と隣接することでも知られるこの地でたった一人で金属探知機を用い探すのは時間のかかる作業だ。
「福冨克哉が死んだ地を目指して、まずはそのあたりをターゲットと搾り探すしかない。あとは俺一人じゃ広すぎて探し切れない。」
饗庭は予め調べてきた福冨が最期を迎えたクロマツの木を目指して歩いた。
「この辺りはやばい。松原で首を吊った数多の方々の御霊の視線がこちらを向いている。自分たちと同じこの地で最期を迎える仲間を増やそうとクロマツのほうへと導こうと手を伸ばして俺を引っ張ろうとしているな。残念ながら俺は君たちと仲間にはならない。」
饗庭がそう話すと、持ってきた清めの塩をまき始めた。
そして福冨が首を吊ったクロマツの木を手に饗庭は感じ取り始めた。
「福冨さん、どうか教えてほしい。あなたが生前に隠した8mmフィルムは一体どこに隠されたのですか。僕に場所を教えて頂けませんか。」
饗庭がそっと優しい口調で話すが、木々のざわめきだけが聞こえるだけだった。「福冨の、彷徨う御霊は間違いなくこの地にいる。この地にいるのなら僕の前に姿を見せてほしい。僕は望月樹の孫だ。」と語った。
すると何分か経った頃だった。
急に冷蔵庫の中にいるような寒気が走ってきたと同時に、何かが近付くような足音が聞こえてきたが、周囲を見回しても人が歩いてくる様子はなかった。
「福冨が近付いてきたな。」
饗庭がそう話すと、足音が聞こえてきたほうへと振り返り、近寄った。
「福冨さん、生前に色々と悔やまれることを世間に対して伝えられることが出来ずにこの地で命を絶った。僕の祖父の望月樹は福冨さんの死後を機に伝えるべきだった内容を伝えるべきかどうか非常に迷いそして身重の妻の茉莉子に気を遣いながら就職活動を続けてきましたが、僕の大叔父にあたる望月裕が起こしたとされる殺人放火事件により、犯人側の家族として実名報道されただけでなく、世間からの冷たいバッシングに耐えられず、樹は七ツ釜で1975年の3月31日に散りました。福冨さんがお亡くなりになって2ヶ月後の出来事の事です。樹の妻の茉莉子は夫が行方不明になって、翌月4月8日に僕の父親になる息子を、産婦人科の病院に分娩費用を支払えるお金の余裕などはなく、家の近くにあった公園の中にある公衆トイレで一人自力で出産をすると、染澤潤一郎が生前プレゼントをしてくれたゆりかごの中に生まれたばかりの我が子を毛布にくるみ始めると、交番に置手紙を残してゆりかごごと置いた。その後茉莉子は厳木ダムへ足を運び履いていたパンプスと遺書を残した状態で、厳木ダムに入水自殺を図った。遺体は未だ引き上げられておらず未だなおあのダム湖の湖底で沈んでいるだろうと思われる。」と話すと自身の父親のことについても話し始めた。
「俺の親父は交番の前におかれたゆりかごを見た巡査が”保護責任者遺棄”として捜査をしたと同時に赤ちゃんにまだ命があったからすぐ病院に運び、適切な治療を行った後に、誕生した男の子は元気だと分かり、あとは捨てた親が名乗り出てくることを待って、病院で預けていたが一週間以上経てど親は現れてこなかった。里親に出すことにした際に、最初に発見した巡査が”我が家で引き取り大事に育てていきたい”と言って、その巡査の家で養子として育てられた。その巡査は、結婚して10年以上が経っていたが、子供には恵まれなかった。不妊治療もしていた時期もあった。そんな時に天使のような親父がやってきた。捨て子であっても、大事にしていきたいと改めて思ったんだそうだ。親父は饗庭大光と名付けられ、大学に通わせるまで育てると、育て親と同じ警官になる道を選んだ。そして息子の俺も同じ道を選んだ。」
饗庭がゆっくりと話し始めるとさらに木々のざわめきが激しくなってきた。
それはまるで、饗庭の話したことに反応を示したかのようにも見えた。
「福冨さん、僕は怯えたりしない。話しましょう。」
饗庭がそう話し出すと両腕を大きく上げて、合図を出した。
すると、饗庭の前に黒い靄と共に正体を現した。
「僕が話す前から、福冨さんがいらっしゃることは僕はわかっていましたよ。あなたは僕の周囲を取り囲むようにこの地で命散った方々の集団の中心にいらっしゃいましたよね。あなたは僕が持つ強いエネルギーを我が物にしようとしましたが、失敗に終わりましたね。」
饗庭がそう語ると、正体が露わになった。
「ロープで首を吊った後が生々しく残っているのが痛々しいですね。きっと首を吊った瞬間に、息苦しさのあまりにあなたは悶え苦しみながら、息絶えたのだろうと想像がつきました。福冨さん、やっとお会いしたかったですよ。」
饗庭が話しかけると、福冨と思われる御霊は段々と饗庭の目の前まで近づいた。
すると饗庭の両肩を握り、口から黒い靄のようなものを吐き出そうとした。
「残念だが、僕は怨霊に取り憑かれたりしない。」
饗庭が隠し持っていた数珠を取り出すと、御祓いの御経を唱え始めた。
すると福冨と思われる御霊が段々と饗庭の近くから離れていく。
その様子を見ていた饗庭は「言いたいことがあるんだろ。だから俺に取り憑いてでも訴えたかったことがあったんじゃないのか。だったらこの場で吐けよ、いくらでも聞いてやるよ。」と福冨の御霊に問いただした。
饗庭の呼びかけに福冨の御霊は饗庭の元へと近付くと、耳元で囁き始めた。
「樹が死んだことは知っていた。俺が亡くなって、2か月後ぐらいに樹は虹の松原にやってきたんだ。樹は俺がまだこの地で彷徨っていることを察知して、”福冨、いるんだろ?俺だよ。樹だ。福冨に会いに来た。”といって俺の名前を呼んでこの地に現れたときに、俺は最初は、樹もこの地で死ぬつもりで来たんだろうと思い、仲間にしようと思い首吊り自殺に導こうとしたが、樹は微動だにしなかった。”俺はもっといい地で死にたい”と言い残してね。その際に、俺は樹に伝えたかったことを話した。最凶の死刑執行人の正体はな、樹の妻の茉莉子さんなんだよ。俺は茉莉子さんが裕の妻の絹子さんを手袋をした状態でロープで絞殺し、デスクに置かれてあったボールペンから採取した裕の指紋をロープに擦り付けると、続いて出刃包丁で哲也君と和保君を一瞬でメッタ刺しにして殺害した。その際にも採取した裕の指紋を出刃包丁に付けてね、裕による犯行だと見せかけた後、家中に用意されたガソリンを撒き始めると、そのガソリン容器にも裕の指紋をつけた状態でライターにも火を放った後に裕の指紋をこすりつけた状態で家を後にした。俺は茉莉子さんが殺す現場を8mmフィルムに撮影し証拠として残した。あの金庫には染澤潤一郎事件を映した8mmフィルムも残されている。潤一郎の母セツさんだって、ギャンブル依存症に苦しみ金で困っていたからね。俺達を脅した会社がその事実を知れば顔面蒼白になるだろう。セツさんにも、そして茉莉子さんにも共通して言えるのは、皆金で脅された。」
福冨が話す衝撃的な内容に饗庭は愕然とした気持ちになり言葉を失った。
「茉莉子さんは利用されたんだよ。生まれてくる子供のためにも、苦労させたくない一心で、妊婦であってもお金を稼ぐために働かなければと茉莉子は常々思っていた。そんな時に闇はやってきた。”出産を間近にお金でお困りでしょう”とアパートのポストに置手紙をね、恐らくだがソメザワ・マテリアルとモチヅキ・ドリーム・ファクトリーの2社を潰したい目論みがある企業による嫌がらせだろう。ソメザワ・マテリアルは葬った、あとは借金に苦しむモチヅキ・ドリーム・ファクトリーの壊滅を心待ちにするだけだったからね。そのためには再建を阻むための策に出なければいけない。茉莉子は良いように利用された。俺は染澤さんの一件のこともあって、ずっとずっとお世話になった人に対してとんでもない仕打ちをしてしまったと懺悔ばかりする日々で、染澤さんが生前に狂うように執り行ってきたサタンを呼ぶための悪魔崇拝の儀式を行ったあの屋敷内の地下には俺は怖くて入れなかった。実はソメザワ・マテリアルの中にもあったんだよ。社長室の中にあってね、見た目は本棚、でも本棚を動かすとぽっかりと空間が開き、隠し部屋に繋がる間となっている。そこで密かに行われていた。悪魔の降臨会をね。染澤さんは狂うように、何度も何度も繰り返し行い、それを見た社員はたまらず恐怖で次々と辞めていった。俺も見ていて耐えられない恐怖だったが、目を瞑り我慢をした。染澤さんは会社の経営が傾きだして、自分の知識や博学だけではどうしようもないと判断し、悪魔と一心同体になりたくて身を委ねてしまった。無論、そんな俺も染澤さんと同様に悪魔に身を委ねたのかもしれない。自分の過去を知られ、職を失うことに怯えていた。でも失職して、望月裕さんの元で無給だが手伝えるだけでも俺は仕事を与えてもらえるというだけで幸せだった。それもあっという間だった。裕さんも染澤さんが行っていた悪魔の降臨会に参加をしていた人物の一人だったからね。実は言うと俺も、そして樹も皆参加させられたんた。あの屋敷内の収納庫の奥に隠された地下の間でね。染澤さん、裕さん、そして樹さんと俺はもうどうしようもない悪に染まった悪霊そのものなのさ。悪に染まる前に善心の気持ちをこの世に残したいと思い、競合他社に知られる前に自殺の名所として知られるこの地なら誰しもが忌み嫌い入ってくることはないだろうと思い、俺はこの地に秘密のタイムカプセルを埋めることにした。埋めた地は少なくとも俺が死んだところからは離れた場所に埋めた。この付近ではない。」
福冨の話を頷きながら聞いた饗庭は「それで、一体金庫は虹の松原の中の何処に埋めた?俺は闇に埋もれた真実をさらけ出したいんだ。福冨さんが脅されてきた真実だって、樹が遺した遺産さえも、俺はこの世を生きる人間として伝えたいんだ。教えてくれ。」と言って頼み込んだ。
その時だった。
「饗庭さん!待たせたな!透視能力を持つ鬼塚の登場だ!」
饗庭にそう話した鬼塚は、福冨の御霊を見ると近付き利き腕の右手を伸ばし、感じ取り始めた。
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