「俺の祖母がかつてソメザワ・マテリアルの社員だった。リストラされた後に祖母は俺の母親となる娘をたった一人で出産した後に、女手一つで育て上げた。祖母がまだ生きていたときに、思い出したくもないほどの嫌な過去があったのだろうか、あのソメザワ・マテリアルには闇に隠された何かがあると思う。孫として知りたい。」
「俺は俺の祖父が誰であれ、ソメザワ・マテリアルに関与をした人物に違いないと思っている。俺の母は祖父の顔を知らず育ってきた。改めて祖母が勤めたソメザワ・マテリアルの事を知って、自分が生まれてきた血筋を知りたい。」
支倉の言葉を聞き、鬼塚の中である思いが芽生えた。
「二人は、もしや関係者なのでは・・・?」
心の中でふと思ったが、なかなか二人の前では声を出せずにいた鬼塚の姿があった。
3人で引き上げた金庫は一度饗庭の家にて保管をすることになり、内容が分かってから改めて話をしたいということになった。
支倉が「俺は土日の訓練のない時ぐらいしか来れない。鬼塚さんや饗庭の予定はどうなのか?」と語ると、鬼塚は「俺はもう次の週から忙しいと思うピークは終わってしまう。世間は既に七ツ釜での集団自殺の事なんか記憶の遥か彼方に忘れてしまって、仕事があるとしたら長崎でのラジオ番組か生前の幽鬼がコメンテーターを務めていた佐賀のオカルト番組の”禁断の地へようこそ”のロケ出演とか或いは福岡での生放送のラジオ番組のDJぐらいしかないからな。俺は”この日なら集合できるというのがあればいつでも都合を合わせることが出来るよ。」と語ると、饗庭は思わぬ返事をした。
「今日は非番だから来れた。だけど明日からは石川に応援に行かなければいけない。暫くはずっと石川にいることになる。」
饗庭の答えを聞いた鬼塚が思わず「石川に行って何をするんだよ。唐津署で全く関係のない事じゃないか。」と話すと饗庭は冷静な口調で答えた。
「富山から来た山岳部に所属する大学1年生から4年生の学生の集団35人が千里浜なぎさドライブウェイでドライブをした後に、肝試しにあの有名な牛首トンネルこと宮島隧道へ行って、それから行方が分からなくなっているんだよ。Yahoo!ニュースにもなっているから調べてみるといいよ。」
饗庭の話が真実なのかどうかがこの目で確かめたくなってきた鬼塚は思わず調べ始める。「えっ、国立黒部大学の山岳部の学生35人が牛首トンネルで行方不明?まさかこれに応援に行くっていうのか?饗庭正気なのか!?」と聞くと饗庭は答えた。
「霊障がらみの事件ほど俺は呼ばれる。俺は現地に行き、行方不明になった大学生の行方を応援に入る福井や富山の警察、そして山岳救助が専門のレスキュー隊と共に探さなければいけない。所詮警察で調べられることを調べたとしても”説明のつかないことが起きた”ぐらいしか調査書には書けないからね。しかも一台のみならず集団でね。車を残した状態で、どこかへ行ってしまった可能性があるが、一体あんな山中を誰一人土地勘もないのに当てもなく彷徨うことは果たしてあるのだろうか?しかも一人残らずもだよ。北陸の中でも断トツの、恐怖を誇る化けトンでもあるからね。俺とは違い透視能力をお持ちの鬼塚さんはどう思う?」
饗庭の質問に「俺の透視は現地に行かなければわからない。凄い人は写真を見ただけでその地に何が起こったのかを見抜く人はいるが、俺はそんな力はない。だけど、牛首トンネルと聞けばやはり何か起きたとしか思えない。あそこは数ある北陸の心霊スポットの中では曰くつきだからな。俺にとってはヤセの断崖と同様に危険なスポットだと思う。きっと何かに巻き込まれた、それぐらいしか言えない。」と語った。
鬼塚なりの答えを聞いた饗庭は「そうだね。俺も悪い予感がしてならない。でも行方不明になった大学生全員が生きていることを信じて俺は探してくるよ。佐賀に帰ってきたら石川土産でも買ってくるから、帰ってこれる目途が立ったら二人に連絡するよ。」と話した後に、饗庭は鬼塚だけを呼び出した。
「俺の師匠の霊能力者の楠木藍子さんに見てもらったほうがいい。先生は強力な霊能力をお持ちだ。俺みたいな高校から大学の7年間みっちりと修業を霊能力者としての修業を続けたアマチュアよりも、先生はプロとしてこの道でずっと御祓いや除霊などを行ってきた。俺から紹介をするから、一度先生に診てもらうべきだ。楠木先生なら、教会の関係者も知っているはずだ。罪を犯した自覚のある福冨克哉の御霊言えど、この世に怨みの念を抱き死んだのは事実だ。そう簡単には成仏はしない。きっと鬼塚さんの肉体を乗っ取ると同時に、鬼塚さんの魂を奪うことを目標に精神的な嫌がらせをさらに強めてくることが予想できる。いいか。悪魔というのは生者の魂を奪い、それをエネルギーとして自らの力を増大させるんだ。いつも、どんな時でも、己が己であることを忘れてはいけない。」
饗庭にそう言われた鬼塚は「わかった。楠木藍子さんの連絡先を教えてほしい。俺から連絡をする。」というと、饗庭は「わかった。連絡先をLINEのメッセージで送信するね。」というとすぐに饗庭からメッセージが届いた。
饗庭からのメッセージを見た鬼塚は「ありがとう。相談してみるよ。」というと、3人は虹の松原を後にして、近くのカフェへと足を運ぶことにした。
3人でゆっくりと手作りハンバーグなどを食べながら雑談をし始めた。
鬼塚がふと気になったことを支倉に聞き始めた。
「最後に話していた、支倉さんのお婆さんがソメザワ・マテリアルの社員だったという話なんだけどさ、最後まで働いていたのって大体いつだったか覚えている?」
鬼塚の質問に支倉が答え始めた。
「ああ。俺が母さんから聞いた情報になるけどね、祖母は1967年の5月7日に入社し辞めさせられたのは1974年の7月23日と聞かされた。時期的にもソメザワ・マテリアルの事実的な経営倒産が決まっていたわけだし、リストラというより倒産により働けなくなったというのが正解だろう。染澤潤一郎とお婆さんの関係ってどうだった?」
鬼塚がすかさず聞くと、支倉が続けて答え始めるも、声が小さくなっていく。
「俺も、聞いた話だ。俺の祖母は技術者において女性ながら高いスキルを持っていた。だけど同時に、自分のスキルを高めるためなら男の前でも”俺の事を好きなんじゃないか?”と勘違いさせるようなことをするのは得意だったそうだ。妻帯者の染澤潤一郎にも気に入られるために色々と女性の色気を駆使しながら近づいたとも、染澤が死ぬ前に本気だと思われたら、俺の母親はきっと染澤潤一郎が死んだ後に生まれた子供に違いないだろう。」
支倉の発言を聞いた饗庭が思わず聞き始めた。
「それはおかしいんじゃないか。だって仮にもし、潤一郎が死んだ後に産まれた子供ならば、潤一郎と生前に交わっていたことになる。でも潤一郎は愛妻家だったわけだし、不倫なんか絶対にしない家族思いの父親だったとも聞いている、そんな人からいったいどうやって精子だけを抜き取るなんてことは出来るのか?仮にできたとしても潤一郎を拘束した状態で、彼を性的に興奮させた状態で採取するしかない。採取した精子を冷凍保存し、それを用い病院で不妊治療を受けたら、潤一郎との間に子供を授かることが出来る。仮にお婆さんがソメザワ・マテリアルのことを悪く思いながらリストラされたのならば、退社をした時期なども考えて、お婆さんは最後まで勤めたことになる。つまり矛盾が生じる。ソメザワ・マテリアルの経営が悪化するようになってからリストラは始まったと伺っているが、お婆さんが実力者だから残したい目論見があるとしたら、何も会社のために残る必要はないだろう。給料も会社の経営が貧しくなればなるほど保証をしてくれるわけではないからね。そんなリスクを背負ってまでなでお婆さんは残った?ってことになる。俺の憶測だが、魔王サタンを呼び出すための隠された部屋でサタンへの忠誠を示す不貞行為として、支倉のお婆さんを呼び行為に及んだ可能性は十分考えられる。潤一郎のDNAなら犯罪者リストの資料として残っている、潤一郎の子孫にあたるかどうかを調べられることは可能だ。」
支倉に饗庭が説明すると、支倉は「饗庭が勤めている唐津署でもしできるのであればDNAが一致するか確認をお願いしたい。それから石川に逝ってほしい。その際は俺も”お憑かれ様でした”っていって出迎えてあげる!」と話すと饗庭はこう言い放った。
「俺は取り憑かれるために行くんじゃない!!」
カフェで退散をする形になった3人。
青色のアウディのQ3に乗る饗庭。
黒色のBMWのX1に乗る支倉。
そして黄緑色のダイハツのムーヴラテに乗る鬼塚。
並んである車を見て支倉が語りだした。
「何だか鬼塚さんの車だけ貧乏感が満載だね。いったい何年前の車なんだよ?もうムーヴラテなんてとっくの昔に生産終了してるよ。」
支倉の一言に鬼塚が憤慨した。
「仕事が不安定の俺に君たちみたいな高級車を購入できる余裕なんてない!俺は本を出版して”この世に居る良い幽霊”という児童書がベストセラーになって印税で儲かった幽鬼とは違う!あいつはMINIのクロスオーバーに乗っていたけど、俺はそんな本を出版出来る程の力も無ければ、怪談の話も幽鬼ほど上手ではない。今の俺はTVかラジオの出演だけで生活しているんだからね。」
鬼塚が反論すると、饗庭が出てきた。
「俺たちは頑張って中古の車を買っただけに過ぎないからね。気にしないでほしい。無論俺達だって大卒でまだ駆け出しなんだからね。」
饗庭の一言に鬼塚の心の中では突き刺さった。
支倉が二人の様子を見て「言い過ぎた。悪かった。反省するよ。ごめんなさい。」と言った後に「明日は朝が早いから俺はここで帰ることにするね。」と言って先に店を後にしてしまった。
鬼塚と饗庭、二人でポツンとカフェのレストランに立っている状態で、鬼塚が饗庭に話しかける。
「俺ね、ちらっと饗庭の携帯を見ていたんだけど、待ち受けの隣にいる女の人、誰なんだよ。小雪に似た美人だったじゃないか。あの人って一体誰なんだよ?」
鬼塚の何気ない質問に饗庭が答える。
「俺の奥さんだ。大学を卒業してから結婚式を挙げる予定だった。お互い大学在学中だったがお互いお金を貯め合って結納も済ませ、婚姻届も提出していた。式はお互い社会人になってからする予定だった。それが、彼女が出演する舞台で、本来なら使うはずの予定のなかった奈落が、舞台装置に不慣れなスタッフによって、彼女が動いたと同時にその奈落が開いてしまった。彼女は奈落の底に落ち、頭の打ちどころが悪かったから、救急隊の到着も虚しく”即死”と判断された。俺は結婚式を挙げる前に男やもめになってしまった。」
饗庭のまさかの答えに鬼塚が「聞いて悪いことを聞いてしまって申し訳なかった。でもそんなことがあって饗庭君は良く立ち直れているよね。俺は凄いと思う。」と語ると饗庭はこう話した。
「辛いけど、前を向いて歩いて行かないといけない。そのうち希望が見えてくる。明るく割り切るしかない。」
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