「うーん……どうするべきか?」
「ウチに聞くな。自分の理想を作れるのは自分だけだから、ウチに頼られても困る」
地区大会まで残り1日……いや残りは半日だろうか? 俺は梨乃と残された時間を模型店の工作ルームで過ごしていた。
お互いに機体の微調整や改修を済ませるためだ。だが、俺の手は一向に進まない……
「やっぱり凍結対策の改造をしたいんだよ……」
「バーカ、敵はスノーレディだけじゃないし、まだトリックすらわかってねぇんだからさ」
「それはそうだけど……」
もう、時間がないというのに、俺たちは委員長のトリックを破れていない。それは俺たちの中で焦りに近い何かに変わっていた。
「おい、鋼太郎! また手が止まったぞ!」
「悪い……、どうにも集中出来そうにないから、表の空気を吸ってくるよ」
「ダメだ」
梨乃が俺を小突いた。外に出たら出たで、戻ってこなくなりそうだから、だそうだ。
梨乃は黙々と改造を進めている。より間接部の強度を上げるためだ。もしトリックがわからなくても、力押しで強引に勝利に繋げるためらしい。
機体の武装も完全に格闘メインの機体へ移行させるらしく、二丁拳銃は腕のパーツの内側に仕込み直していた。複合機能の武器腕を作りたいらしい。
「なぁ……エクスコード、お前はどうなりたい?」
「えっ……お前、プラモデルに話しかけんのか?」
「あぁ、なんか応えてくれてるように感じるからな」
「いや……なんとなく気持ちはわかるけどさぁ……結構キモいぞ」
うっ……! 同い年の少女からのキモいというワードは死を意味するってのはこう言うことか……。確かに心が折れて死にそうになるぞ!
「ふーん、応えてくれるねぇ。それならエボリュート二式、お前はどうなりたい?」
梨乃はその細い指先でエボリュートを優しく弾いた。そして迷わず頭のパーツに手を加え始めた。
「確かに聞こえたかも知れねぇ。エボリュートがウチとどんな戦いをしたいのか……」
「ふーん……キモいな」
「あ? テメェが言い出したんだろ!!」
少し意地悪かもしれないが仕返しだ。男子から言われるキモいは、そんなにダメージないだろ。だが梨乃は思った以上に機嫌を損ねてしまったようだ……
目で殺すと言ってやがる!
「おい、鋼太郎……目を閉じろ。そして私が良いと言うまで絶対に開けるな!」
「ちょっ……! 俺が悪かったから!!」
俺は目隠しをされた。思い返せば、ここは工作室だ……。プラモデル作成用の機材の中には悪用すれば凶器になるものなんていくらでもある。しかも梨乃はヤンキーだ。こう言っては失礼かもしれないが、彼女は惨いこともやりなれているのかもしれない!
ぬるり……
それが俺の最初に味わった感覚だった。そして次の瞬間、手首を捕まれて……
ばちんっ!!
「あっっっっ!! 痛ってえぇ!!」
「ははーん、ザマァ見やがれ!」
どうやら梨乃は俺の手を掴んでカッターマットに叩きつけたようだ。にして、コイツどんな力してるんだよ。めっちゃ手が痺れてんぞ!!
待てよ……待て! ばちんっ!! が痛みなら、最初に感じたぬるりとした感触はなんだ!
「まっ……まさか、梨乃さん?」
「私をバカにしたら、そうなるぞ……」
俺の手のひらはベットリとカッターマットにくっついていた。そう! コイツは俺の手に接着剤を塗り付けていたのだ。
「あのさぁ!! 冗談でもダメだからな、考えて分かんないの!? バカなの!?」
「あ? もう片方の腕も引っ付けるぞ」
しかも、コイツ……自分の接着剤じゃなくて金欠の俺の救世主とも言える100均一様のチューブ接着剤を全部使いきりやがった!!
「まぁ……私もやりすぎたよ。剥がすの手伝ってやるからさ」
そういって、力付くで俺の手を力任せにカッターマットから外そうとしやがる!
結構ガッツリ、くっついてるから! そんなことしたら手の皮が剥がれるから!!
「大丈夫ー、痛いのは一瞬だから」
「まて! 今度こそ本当にやめてくれ……って、おい梨乃!」
「なっ……なんだよ! いきなり大きな声出すなよ」
わかってしまった……わかってしまったんだ!
「わかったぞ! 委員長の凍結トリックが!!」
「は? はぁ!? ちょっ……詳しく教えやがれ!!」
はは……まさか、こんな簡単なトリックだったとは。我ながら笑ってしまう。
いや違うかもな。こんな簡単なトリックだからこそ気づかなかったのかもしれない。プラモデラーに限らず玩具の加工や改造を行った人間なら絶対に体験するであろう、この"現象"を委員長は利用してやがったんだ!
「なるほど……確かに、クリエイティブ・バトラーズの過剰すぎる演出と合わされば、そう見えるかもしれない!!」
「だろ! しかも対策も簡単と来たぜ!」
俺は早速、席をたった。目指すは貧乏学生の味方、100均一様だ!
全ては委員長に勝つため、そして俺の手に接着された、このカッターマットを外すために、俺は店を駆け出した。
※※※
地区大会がいよいよ開幕した。
俺はコックピットで呼吸を整える。大丈夫だ。やれることは全部やっていた筈だ。ただ、俺がすればいいことは勝って突き刺すむだけだ!!
「コウ少年! 敵は君の今、君に向かっている……武装はチェーンソーだが、いまの君にとっては苦戦する相手ではないだろう」
「了解です!」
フィールドは雪山、そして俺は木々の物陰に行きを潜めていた。空中を飛び回るアールさんの偵察機が敵を発見して情報を、流してくれた。俺はアールさんから送られてきた情報をもとに敵を分析する。
両腕をチェーンソーを嵌められた特撮の怪人のフィギュアか……あの刃の回転数はラジコンのモーターをつんで強化してると見た。
ギュイイイイイン!!
チェーンソウが俺の隠れていた木を斬り倒した。だから俺は足元の雪を舞い上がる要領で地面を蹴りつけた。
「リアナ、お得意の目隠し戦法だ!」
エクスコードのブースターを全て解放した胴回り蹴りでヤツのチェーンソーを両方とも折ってやった。プラ板でクリムゾン・バーストの負荷にも耐えられる程、分厚くした装甲だ。重さと威力だって上がってるんだよ!
「エクスコード・破天弾丸蹴り!!」
俺は渾身の技名に合わせて、敵の腹部を蹴り飛ばした。
「よっし! まずは一機!」
「バカ! フラグ立てんな!」
俺を咎めるような口調と共にリアナが割り込んできやがった。そして俺が倒したはずの敵に、腕に仕込まれたマシンガンを乱射する。
「よく見ろ! あの機体、自爆装置をつけてやがる!」
「悪い……助かった!」
「礼なら勝ったあとにしようぜ、ほら爆発するから、頭伏せろ!」
「おう!」
俺たちは雪山の渓谷に飛び込んだ。その後、一コンマ遅れてチェーンソー怪人が大爆発を起こした。
「ふぅ……まじでアレを食らったらヤバかったな……待て、空中を飛び回ってるアールさんの偵察機!!」
「やっべぇ!! 情報伝えんのわすれた!」
すぐに俺たちのコックピットの通知欄に警告が入る。アールさんの偵察機が爆発に巻き込まれたという速報だった。試しに通信を繋いでみると、画面の向こうで、アールさんが俺たちを恨めしそうに睨んでいた。
「マジですいません!!」
「ウチもすっかり忘れちゃって……」
「言い訳なら聞かないぞ……二人を許すには、それこそこの試合に勝って貰わなければな……」
はぁ、どうやら不機嫌な上司の機嫌を取り戻すには圧倒的か勝利が必要らしいな。
「行こうぜ、リアナ。敵と俺たちの数は同じだが、性能ならこっちが上だ」
「いや待てよ……!」
また、俺たちのコックピットの通知欄がけたたましく鳴った。今度は警告のアラームだ。すぐに俺たちはセンサーで索敵する
「クッソ! 上かよ!」
「まんまと作戦にハマって、この渓谷に誘い込まれたってか?」
どうやら、そうみたいだ。俺たちは逃げ場の少ない渓谷に誘導され、頭上の敵達はそれぞれガチャガチャのモデルガンを装備している。
「あれって……ガチャガチャのレア枠じゃないか?」
「あぁ、最近のガチャガチャの商品ってクオリティが高いから、威力も半端ないぜ」
弾を喰らい過ぎるのは勿論アウト、それに下手をすれば雪崩にも巻き込まれるってか?
「ウチのエボリュート参型の方が方が装甲が分厚い。ウチがギリギリに接近するまで壁になるからお前は背中に隠れとけ!」
「わかった、接近したら前後を入れ換えて、クリムゾン・バーストでまとめて倒す!」
属に言うスイッチってやつか。おもしれぇじゃねぇか!!
「「いくぞ!!」」
俺はリアノのエボリュート参型の背に張り付いた。さすがリアナと言ったら良いのだろうか? 彼女によって強化されたエボリュートは弾丸を弾いて寄せ付けない。
「オラ! 道は作ってやった!」
「分かってるよ! あとは俺が決める!」
リミッター解除、コード入力「クリムゾン・バースト」!
エクスコードの一部、装甲が外れてそこからエネルギーが溢れ出す。内部フレームに事前にエネルギーを放出するための穴を開けているんだ。これで効率よくエネルギーをまとえる。
「テメェら、まとめて燃やしてやるよ! エクスコード・炎爪脳天破壊ぃーーー!!」
俺はエクスコードの両腕の指先にエネルギーを集めた。そして敵、二体の頭に爪を引っ掛ける。あとは、そのままブースターを地面とは反対の方向に吹かせるだけだ!
「堕ちろォォ!!!」
俺が爪を振り下ろす動作に合わせて敵たちは、まとめて奈落へと堕ちていった。余分に解放しすぎたエネルギーはまだ熱を残し、周囲の雪を溶かす。
「おい、バカコウ! 私まで巻き込まれそうの、倒しかたすんなよ!」
あっ……奴らをぶん投げた渓谷の先にはリアナがまだ居たんだった。チーム戦というのは先程のアールさんもそうだったが味方が何処に居るかを把握し、情報を共有しながら、連携を求められる。
「頭では分かってても、実戦は難しいな」
「1回戦突破」とコックピットに表示された。観戦していたギャラリー達も沸き上がり、実況のでは俺たちのことを、やけに盛大に公表している。
そして、俺たちは勝利の余韻に浸ることなく、強制的に現実に戻された。
「ふぅ……大会ってこんな感じなのか」
俺たちが、いま現実世界でたっているのは、町の大型ドームだ。観客席がぐるりと俺たちを囲んで声援を送っている。そして真ん中に備え付けられた計6つのブースの中からヘッドギアを嵌めた林檎さんと梨乃が出てきた。
「まずは1回戦突破、おめでとうだな! 二人とも!」
「ウチがいるんだから余裕でしょ!」
「まだまだ、連携が不十分だけどな……」
「ふふ、反省会は二回戦までの間にすれば良いさ、それじゃあ! ヒメノ・エクステンダーズの初勝利を祝そう!!」
彼女は、頭に被っていたヘッドギアをガバッと外した。プレイヤーの個人情報を守るために顔の全体を覆うヘッドギアを被っているというのに、この人は……
いや、林檎さんは元々、会社の社長だから有名だし、顔を隠すこともないのか。
「おめでとう、ヒメノ・エクステンダーズ」
そう語りかけてきたのは対戦相手のギルドだった。ギルドリーダーの男は俺たちに握手を求めてくれた。
「良い試合と白熱したロールプレイ、見事だったよ! コウくん!」
「ありがとうございます!」
「絶対に次も勝ってくれ!」
彼は俺たちに、エールを送ってくれた。だが俺にはわかった、ヘッドギアで顔を隠して、どれだけ爽やかなフリをしても、彼が瞳に悔し涙を浮かべていることが……
「どうしたのかな、コウ少年……?」
「いえ、すいません。ちょっと考えちゃって」
そうだ。負けられないのは俺たちだけじゃないんだ。皆がこの大会に何かを賭けて全身全霊で望んでいるんだ。
委員長もきっとそうなんだろう……
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