主役は遅れてやってくる!
そして。林檎さんに弄ばれる!
2030年、精神をネット空間にダイブさせ仮想現実で遊べるVRMMOゲーム、『クリエイティブ・バトラーズ』のオンラインサービスが開始された。
このゲームはギルドを結成したりpvpに挑んだりと自由度の高いゲームなのだが、このゲームの最大の特徴は現実世界の玩具を、ハード機でもあるヘルメット型マシン『ヘッドギア』に格納してスキャンすることでゲーム内で操ることができる点だろう。
そして、サービス開始からは運営が有能なアップデートや大規模なイベントを開くことで、今では若者の8割以上がログインする大人気コンテンツに成り上がっている。
だが、クリエイティブ・バトラーズとは無縁の少年がここにいた!
その少年とは俺、黒川鋼太郎のことだ。
「さて、今日の授業も終わりか……」
俺は荷物を投げるように鞄に放り込んだ。これからバイトなのだ。そんな俺の行く手を遮るように一人の少女が現れる。白泉冬美、メガネとポニーテールが印象的な俺のクラスの委員長……
「待って鋼太郎君! 今日こそ私とクリエイティブ・バトラーズをやってみない?」
彼女は挨拶のように俺をゲームに誘ってくる。だが、前にも断ったよな……。
普段は真面目で大人しい委員長だが、クリエイティブ・バトラーズのことだと人が変わるようなオタク少女的な一面をみせる。
「委員長……お誘いは嬉しいけど何度も断ってるだろ。そもそもゲームをプレイするためのヘッドギアを買う金もないし」
「それなら、お兄ちゃんのを貸すから一緒にやろうよ。自分の思い出が詰まった玩具が動いたり、一生懸命作ったプラモが闘う瞬間は感動するよ!」
「玩具は弟や妹にあげたしな、プラモデルは作ったことがない……」
俺のプラモデル未経験という言葉に相変わらず彼女は呆れていた。まぁ、男子でプラモデルに触ったことのない人間の方が珍しいのかもしれない。
「……ってこんな場合じゃねぇ! バイトに遅れちまうからまた今度な!」
「行かせないよッ!」
俺は無理矢理にでもヘッドギアを被せようとする彼女をバックステップで避けてみせる。
「へッ! 悪いな、委員長!」
そして、足早に廊下を駆けた。後ろから委員長こ「廊下を走っちゃダメだよ!」なんてお決まりのお説教が聞こえてくる
俺だって流行りのゲームに興味が無いわけではないのだが、俺には可愛い妹と弟の学費を稼がなければならないんだ……
許してくれ、委員長!
□□□□
「はぁ……またダメだった」
「ふーん、なるほどねぇ。君はあの少年に恋をしているのかな?」
「えっ! いや恋とかそういうのじゃなくて、えーっと……!」
妖艶な声の女性が冬美の耳元で囁いた。冬美は反射的に飛び退き、真っ赤になった顔を隠すように腕をブンブンと振り回すが、女性はその様子が可笑しいのか、クスクスと笑っている。突然、背後に現れたのは真っ赤なスーツに身を包み、緋色の目と派手な桃色の髪をした奇妙な女性だ。
「えっと……貴女は? 新しい先生? それとも誰かの保護者……?」
いや、女性の雰囲気はそのどちらでもないだろう。
「失礼、私は姫野林檎。ちゃんと許可を貰って入ってきてるから不審者じゃないわよ!」
「は、はぁ……? それで姫野さんは何をしに?」
「黒川鋼太郎という少年を探しているのだけど……」
「彼ならもう帰りましたよ、ついさっきの子です。目付きが悪い黒髪の」
「そうか! 彼が鋼太郎少年だったか……情報を感謝するよ、名も知らぬメガネの少女ちゃん!」
「えっ! ちょっと待ってください!」
林檎は冬美と強引に握手を交わすと学校を飛び出していく。いきなり現れて颯爽と去っていく嵐のような林檎に対し冬美は、困惑することしか出来なかった。
「なっ……何、今の人……やけにハイテンション」
□□□□
「あぁ……ただいまぁ」
俺は飲食店のバイトでクタクタになって自宅の玄関で倒れこんでしまった。そんな俺を二つ下の妹、加奈が出迎える。兄の俺が言うのもアレだが、外見だけは清楚で髪をパッツンに切り揃えた可愛らしい少女だ。どうやら夕食の支度中らしくエプロンを巻き付けお玉を握っている。奥のキッチンからは我が家の名物、具ナシ味噌汁の匂いが漂ってきた。うちは多額の借金を背負っているから、お金がないのだ。
それこそ絶望的な程に……
「お兄ちゃん、お疲れ様」
ありがとう我が妹よ、その一言でお兄ちゃんは救われるぞ! 頑張って嫌なバイトの先輩に頭を下げた甲斐があった!
「これバイト代。喜べ、明日は味噌汁にネギと豆腐が入れられるぞ!」
我ながら味噌汁に具が入るということで喜んでしまうのが悲しいな……加奈もきっと同じことを考えているのだろう、笑顔が引きつっている。
「具あり味噌汁……私がバイトすれば週に2回は食べれるかな?」
「バーカ、お前は受験があるだろ。お兄ちゃんがしっかり稼ぐからお前達はしっかり勉強をしなさい!」
「お兄ちゃん……無理はしないでね! 私たちお兄ちゃんに迷惑かけてばっかりだけど……」
加奈とこういったやり取りをするのは初めてではない。お金の話が出る度に、二人の妹と三人の弟達が揃って俺の体を案じてくれる。だが俺は笑顔を作って、
「お兄ちゃんは鋼鉄みたいに頑丈だから!」
と誤魔化してきた。長女の加奈は受験生だ。看護師を目指す彼女に余計な心配を掛けるなんて兄として論外といえる。
「お兄ちゃんは鋼鉄みたいに頑丈だからな……って加奈? お前泣いてないか……」
「ほんとは無理してるでしょ……。毎日毎日、お金の為に無理して、そんな生活してたら体が持たないよ!」
確かに俺は最近、玄関で倒れてしまったばかりだった。それに大事な妹を泣かせてしまうのは、どうにも罪悪感が拭えないな。普段は大人しい筈の加奈が声を上げて涙を流したのだ、幼い妹弟達までもが何事かと集まって来てしまった。
「はは……お前ら何でもないんだ。お兄ちゃんが、ちょっと加奈ねーちゃんに意地悪しただけさ」
俺はすぐに妹弟を部屋に返すと加奈と向き合った。だが頬を膨らませて不満そうに俺を睨み付ける妹を上手く言いくるめる方法は見つからなかった。苦し紛れの言い訳しか出てこない。
「加奈、俺はほんとに大丈夫なんだ……」
「だったら、彼女作ってきてよ! 彼女作れるくらい余裕があるくらいなら大丈夫だってしんじてあげるから!」
ん、えっーと加奈? それはちょっとおかしいよね? あっダメだ、この子本気だ。目がそう語ってやがる。
「は? そんなの無理だろ……お兄ちゃんクラスの端っこだぞ!」
「ダメ! 約束だからね、彼女とまでは言えなくても友達を作る余裕すらないなら、私もバイトするから!」
加奈は涙に目を潤ませながらも本気で俺を見つめた。そんなまっすぐな瞳と、妹の突拍子のない提案から逃れるように、俺は作業着に着替えて家の裏にある工場へと足早に向かった。
『鉄のように強くなれ! 誰かを守れる男になれ!』
これは天国の両親が俺に遺した言葉だ。俺はこの言葉を胸に刻みながら、遺して貰った昔ながらの製鉄所で少しでも妹や弟の学費の足しになればと、刃物を制作してはネットで売っている。大した稼ぎにならないが、ハサミ擬きの小さな刃だけは、何故か大金で売れるのだよな。購入した物好きは爪切りにでもしてんのか? なんて考えても見たが、想像がつかない。まぁ、考えても仕方ないか……
「なぁ、父ちゃん、母ちゃん。俺はお兄ちゃんやれてるかな?」
熱くなった鉄を打つ度、俺はそう思わずにはいられなかった。返事の代わりに返ってくるのは鉄を打つ音だけだ。カンッ! カンッ! という音だけが真っ暗な工場に響く。俺はこの音が嫌いじゃなかった、父ちゃんの背中を思い出すからだ。
青春を送るクラスメイトが羨ましくなる事だってある、だがそれよりも大切な人の為に出来る事を精一杯したい。父ちゃんみたいに、頑張ることが俺の中では小さな幸せだ。
「ふぅ……今日はこんなもんか」
「ほう、ほう……これがあの黒川ニッパーになるのか、美しいな。部下に任せず私が直々に会いに来てよかったと改めて思うよ」
そりゃ、父ちゃん手伝いをするために、めちゃくちゃ練習したからな……
て、待てよ! この工場に居るのは俺一人の筈だぞ!?
「うぉぉぉ! アンタ、誰だよ!?」
女性は作業に夢中になっている俺を覗き込んでいた。美人だが、スーツと髪色の主張が激しい女性だ。どうやら彼女は質問が聞こえないほど、俺の打った鉄に魅とれている。そして彼女はあり得ない行動にでた。キラキラと目を輝かせて、その鉄の塊に指を伸ばしたのだ!
「ちょっ……! それに触っちゃ!」
「へ?」
ジュッと、まだ熱を持った鉄が女性の指を焼いた。女性は悲鳴を上げて、熱くなった鉄を冷やすためのバケツに指を突っ込む。俺も慌てて救急箱を引っ張り出したが、大丈夫だろうか……?
「ひっ……! 私としたことが、うっかりしていた」
「いや、うっかりのレベルではないでしょ! 貴女は誰なんですかッ!?」
幸い軽傷だったようだ。彼女はもう指先の痛みなんて忘れ、妙なテンションを発揮している。
「おっと失礼、また自己紹介を忘れていたな。私は姫野林檎、林檎でいいぞ!」
「それじゃあ……林檎さん? 貴女は何者なんですか」
「ふふ、私か? この私を知りたいのか、少年よ!」
林檎さんは胸元のポケットから名刺を取り出した。社長の文字と姫野コーポレーションのロゴがやけに悪目立ちした名刺だ。待て、てことは、この怪しい女の正体はまさか……
「玩具を作ってる会社の、社長なんすか……?」
「なんだね、その疑問の目は?」
「いや、なんとなくバカみたいだなぁと。それに俺なんかに社長様が何の用ですか?」
「ふふ、いい質問だね。鋼太郎少年よ」
彼女は、その包帯を巻いた指でビシッと俺の眉間を指差し、得意気に俺を指名する。
「君には我が姫野コーポレーションの宣伝の為に、クリエイティブ・バトラーズのプレイヤーになって貰う!」
林檎さんは有無を言わさず俺にペンを握らせるた。そして無理やり契約書にサインをさせやがった! 満面の笑みを浮かべる彼女の顔には「よろしくね!」と書いてあるようだった。
いや、よろしくじゃねーよ!
「ちょっ……困りますよ! 俺はクリエイティブ・バトラーズなんてやったことないんだから、それにバイトだってあるし」
「お金なら出すから、それにクリエイティブ・バトラーズ未経験だとしても貴方にはプラモデルを愛する心と才能があるの」
「いや、何を言ってるんですか……」
この人、もしかしなくても相当ヤバイ人だということに俺は今さら気付かされた。
「じゃーん、貴方の作ったハサミ擬きを我が社が買い取り製作した限定品の黒川ニッパーよ、このニッパーで切ったパーツの断面は美しいの! まさにプラスチックと対話するための刃よ!」
「いや、意味がわかりませんよ!」
林檎さんは戸惑う俺に対し延々とそのニッパーの魅力を語り尽くした。鼻息を荒くまでしてニッパーを褒めてくれた。だが、
「あの……喜んでいいんですか?」
「ふふ、強いていうならガードが甘いね」
「は?」
「こういことさッ!」
彼女の勢いに呑まれて生まれてしまった俺は隙を突かれた!
奇妙なポーズ突然に決めたかと思えば、俺の頭にヘッドギアを被せて顎のベルトにロックまでかけた。ちょっ! これ全然、外れないんだが!!
「何するんすかッ!」
林檎さんは俺に馬乗りなってヘッドギアの、電源を入れようとする。だから俺も必死に抵抗した。
むにゅ……
「こら! 暴れながら変な所を触るな!」
触ってねーよ! 触ってねーからな……柔らかい球体が二つあったけど、何かの間違いだ!
「離せ! 意味がわからない!」
「大人しくしろ! そして、ようこそ少年よ! 無限に広がる玩具の世界へ」
林檎さんが強引にヘッドギアを起動させやがった! 体がふっと軽くなるような感覚と共に俺の意識が電子の海へと突き落とされていく。
「ふふ、くふふ……最後まで私の野望に付き合ってもらうぞ。鋼太郎少年!」
◇宣伝◇
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