「私は怒っているぞ……」
「仕方ないじゃないっすか! 俺たちはあんなリーダーを見ていられないし……だいたいお前が現れなければ!!」
「そうじゃないっ! 私が怒っているのはそこじゃないんだよっ!!」
林檎が二人を体育館の壁際に迫力だけで追い詰めた。
「少年少女というものは時に道を間違える。けれど、それは一時的なものだ! 色恋沙汰なんて当人同士が解決して成長するんだから、他人が余計なことをするなッ!!」
「はは……社長様は考えることも、勢いだけと言うか、バカみたいだというか……」
「私は大人だぞ? そして私のような大人が君たち少年少女にできることはひとつだけだ」
彼女は端末を開いて一枚の契約書を作成した。
契約書
我々、ヒメノ・エクステンダーズが地区大会で敗北した場合、我々は解散し、今後一切、黒川鋼太郎と関わりを持たないことを約束します。
と契約書には記されていた。林檎はそれを二人に突きつける。
「私はサインをしたぞ? 君たちもサインをしたまえ」
「ちょ……こんなのって?」
「因みに鋼太郎少年は私が経済的に援助している。この契約が成立した場合彼の家族の幸せを奪うことになるぞ? お前たちのワガママのせいで彼は不幸になると言うのに、そんな事は関係ないのか?」
竜崎も三鳴も、少しずつだ自身の過ちに気付き始めていた。自身がどれだけ愚かだったか。どれだけ冷静さを欠いていたのか気付いたのだ。
「はぁ……安心して、少年たち。少し脅し方が意地悪だったわね」
林檎から圧のオーラが消えた。その代わりに二人に諭すように語り出す。
「私、大人にできることは、こういう風に君たちに教えて、諭して、成長を見届けることさ……」
「ッ……俺たち!」
「待て! 皆まで言うなよ。君たちのすることは2つだ!」
彼女は一本目の指を竜崎の眉間に、もう一本の指を三鳴の眉間に銃のような形を作って押し付ける。
「ひとつ……貴方達のリーダーを信じなさい。」
「もうひとつ、地区大会には全力で余計なことを考えずに戦いなさい」
ばぁん!
と指の銃で撃つ真似をした、林檎は二人に背を向けて言い残した。
「君たちのリーダーはまだまだ幼い。道も間違えるし、感情を整理するのも苦手だ、けど……」
「10年もすれば、白泉冬美は強くなる。私なんかが足元に及ばない女性になるんだから、君たちは彼女を信じてあげなさい」
竜崎と三鳴はこれまで自分達が一番、冬美を信じていると思っていた。思っていた筈なのに、二人は冬美を信じていなかった。それなのに、彼女とほんの数回しか顔を会わせたことのない林檎は、二人以上に彼女を信じていたのだ。
「ははっ……俺らバカっすね……」
「仕方ないさ。俺たちはクソガキなんだから、道だって間違える」
「そうすっね……どうしよっか、今から?」
「とりあえず、言われた通りにリーダーを信じて、地区大会に絶対勝つしかないんじゃないか?」
※※※
鋼太郎は梨乃の治療を受けていた。
「ボコボコじゃん……なんでやり返さないの?」
「お前みたいな脳まで筋肉と一緒にするな」
「ケッ……皮肉は言えるのかよ」
梨乃はコンビニで揃えたカットバンを強めに張りつけて来やがった。
「鋼太郎少年、大丈夫か?」
林檎さんが追い付いてきた。あの二人と何かを話していたのだろうか? 少なくとも今日の彼女にはいつものような楽しげな雰囲気がない。
「私は君にも怒っているぞ……」
「げぇっ……説教だってよ。私は席をはずそうか?」
「いや、梨乃少女も聞いてほしい」
彼女は雑に座って、俺と視線を合わせた。
「君は冬美少女を救うために、辞退を選んだのか?」
「はい……」
そこから聞かれていたのか……。林檎さんはどうやら、かなり前から俺たちの会話を聞いていたらしい。そして彼女は興味深く俺の言動を試していたのだろう。
「君が辞退して縁を切るという行動が、私と誓った夢や梨乃少女との絆、加奈少女たちの生活、それらが全てを捨てるということを意味しているんだぞ」
「そっ……それは!!」
盲点になっていた……。恥ずかしい話だが、俺の頭のなかは委員長のことしかなかったようだな。俺は自らの謝った選択を呪うように歯を食いしばった。
「鋼太郎少年はまだ子供だから、目の前のことに囚われてしまったんだろう」
「すいません……。俺はとんでもない過ちを」
「分かれば、よろしいよ! 君が間違えたら私が何度でも大人として助けてやる!」
林檎さんに背中を叩かれた、まるで気合いを入れ直されたようだ。
「けど、ウチは鋼太郎のそういうところが好きだぜ。誰かを救いたいとか、守りたいって簡単にはできねぇことを、当たり前のようにする所が」
「そこは私も同感だし、鋼太郎少年の冬美少女を救いたいという思いは私たちも全力で尊重してあげよう!」
林檎さんが俺にヘッドギアを被せる。そして何やら特殊な部品を嵌め込んだようだ。
「個別通信装置の試作品だ。それを使えば配信に音が拾われることなく、二人だけで戦いながら会話できる」
「えっ……と、どうせすればいいんすか? これで?」
「それで冬美少女の全部を聞いてやれ、そして鋼太郎少年も全部吐き出すんだ。殴りあって本音をぶつかり合うんだ、少年、少女よ!」
「プッ……古いヤンキー漫画じゃないんだから勘弁してくださいよ」
思わず吹き出してしまった。結局、林檎さんは林檎さんだ。勢いで突っ走って、アホで何処か抜けてて、それでも彼女を発言は信頼できるものだ。
「いいか。鋼太郎少年? 私は大人して君たちの成長が見たくて仕方がないんだ。その仮定で何度でも間違ったて構わないぞ、そのときは私が助けてやる」
「わかりました。林檎さん、俺は、がむしゃらにやりますよ。貴女が助けてくれると信じて、ひたすら世界を目指して突っ走ります!」
「おいおい、ウチを忘れてんじゃねぇぞ! 鋼太郎だけじゃ世界一なんて無理なんだから、ウチが肩貸してやるよ!」
いつもなら、余計なお世話だと吐き捨てていたが、梨乃も頼りになる仲間に見えた。
「つーか、鋼太郎は自信を持て! ウチを負のループから救ったのはお前だろうが!」
「ふふ、鋼太郎少年には人に寄り添う才能がある。その人の一番目欲しいところに手を伸ばして、引き上げる才能があるんだ」
いいや、その才能に溢れているのは林檎さんの方だ。だから俺はその手をとって立ち上がれる。
漫画の主人公でもなければ、何かの才能があるわけでない。むしろ俺は金なしの貧乏人だ。そんな俺でも努力くらいはできる。目標を定めて、その目標に向けて走ることができる。
「俺は勝ち続けて、守れるんだ。皆の笑顔を、この日常を俺は守るんだ!」
「ったく、鋼太郎の癖にカッコいい事言うんじゃねーよ」
「ふふ、これにて説教はおしまいだ」
林檎さんがパンッと手を叩いた。彼女の雰囲気はいつの間にか、いつもの彼女に戻っていた。
「それは、それとして……」
いや雰囲気は戻ってなかった。林檎さんが俺をジトッとした視線で睨み付ける。俺に呆れているような視線だった。
「君はデリカシーと女心を理解する気持ちが足りていないんだ」
「は?」
「だいたいだな、この年の少女というのは君たち男が思い描く理想以上に面倒臭いものなんだぞ」
「だから……何いってるんですか?」
「はぁ……ここまで、いっても分からんとは。梨乃少女、やれ」
うっ……!
俺の腹に鈍い痛みが走った。また梨乃に殴られたのだ。手加減はしてくれているようだが、その代わりに痛みが持続するように彼女はグリグリと捻りを加えてきやがった……!
「ウチも林檎さんに同感だからな! これだからお前はモテないんだよ!」
「うるせぇよ! あーもう、ワケわからねぇ!」
「君の鈍感さには敬服するよ……はぁ、冬美少女は大変な思いをしたのだろう」
そのあとの帰り道は、ひたすら俺のことを童貞だとか、人の気持ちがわからないサイコパスだのと、罵られた。
クッソ……最後の最後で感動を台無しにしやがって!!
※※※
一つの小包みが冬美の元に届いた。彼女はバンズ社の社長の誘いにYESと答えた結果だ。
「これは……」
小包のなかに納められていのは、オーバーロードの顔に合わせた仮面のような拡張パーツだった。
「またビデオメッセージだ……」
冬実はそのビデオメッセージを再生する。
「このビデオが再生されているということは、無事にそのパーツが届いたようですね」
「そのパーツは、機体の性能を一時的に飛躍させる特殊システムを発動できるようになる強化アイテムです」
「こんな小さいのに……」
目を凝らせば、電子基盤のように線が掘られているのが解る。そして仮面の中央には、小型のチップが内臓されていた。
「システムの名はエンヴィー・システム。尚、そのパーツを装着して得られたデータは新型の七つの大罪シリーズ作成のサンプルにさせて頂きます」
エンヴィーとは七つの大罪の中でも嫉妬を司る悪魔の名前だ。皮肉にも、その悪魔は今の彼女にはもっともふさわしいので、はないだろうか?
「それでは健闘を祈っています。地区大会でまでの残り4日間を有意義に過ごして下さい」
映像はまたそこでブッツりと消えた。
「私は……負けられない。スノーレディになるために負けられないんだ」
彼女は眠気をカフェインで無理やり押さえ込む。そして、作業台に機材を広げた。
「オーバーロード……私を守ってくれるのは貴方だけよ」
オーバーロードに仮面を嵌め込んだ。その顔付きはまるで別な機体のように感じられた。
「一緒に生まれ変わろう……」
彼女の手を伸ばした先にあったのは、鋼太郎にプレゼントするために作成していた特殊武装だ。各所に装備する強化アーマーなのだが、取り外して可変武装にも変形する機能を有している。
「全部……全部……凍らせてやるわ」
オーバーロードに取り付けられた刃一つ一つに凍結攻撃のトリックを仕込んだ。
彼女にとっての地区大会は儀式のような物へと役割が変わっていた。彼女にとって、これからの闘いは全てを捨ててスノーレディという人間に転生するための聖戦とも言えるだろう。
だが、彼女は何処かで鋼太郎のことを忘れられなかったのかもしれない。気付けば涙を流していた。
「助けてよ、鋼太郎くん。情けない悩みだけど、私、ほんとに消えちゃうよ……」
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